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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-ある日の一日- III
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碑文伝説 III


「ねぇねぇ、知ってる?」

「なにを~?」

「図書館のうわさ」

「なにそれ?」

 少女が二人話している。


「なんでも、図書館の地下には迷宮が広がっているんだって」

「へー」

「で、その迷宮には怖い怖い『かいぶつ』がいるんだって」

「……えっ」

 少女たちが話している場は朱色に染められた机が多く並ぶ教室のようだった。

 朱色の太陽の光が少女たちを染め上げているため、シルエットとなり少女たちの顔などの特徴は見えない。


「『かいぶつ』ってどんなの……?」

「わかんない。あたまが『バクヘー』の巨人らしいよ」

「獣人族じゃなくて?」

「ううん、ちがうらしいよ。わたしも聞いたけど、「ちがう」って」

「何話してるのー?」

 少女が教室の入口からちょこっと顔を出して中を覗き込む。


「ん、図書館のうわさのはなし」

 中にいる少女の話を聞いて、覗き込んだ少女が教室の中に入る。


「あ、なんだ知っているのかー。『かいぶつ』って『ペクリニエルテー』っぽいんだよね」

「え、ちがうよ。『バクヘー』頭なんだよ。

地下は元々"きんしょ"というものが一杯置かれてたけど、いつからか魔獣があらわれるようになって。

あぶないからということで立入禁止になったんだけど、それでも入り込むひとをあたまからむしゃむしゃとたべちゃう、『かいぶつ』だって聞いたよ」


「ぼくがきいたのは違うなぁ。『ペクリニエルテー』だってさ。

すべてのできごとをしりたがるひとがじんこうてき? に『かいぶつ』をつくったけど逃げてしまって、追いかけた先が地下迷宮でさがしているうちにまよってそのまま死んでしまって、それをみた『かいぶつ』がむしゃむしゃたべて、たべられたひとが『ペクリニエルテー』のことを思っていたから、『ペクリニエルテー』に似ているほんものの『かいぶつ』になったって」


 黙って聞いている少女がぶるると身体を震わせる。

「怖いよー。止めてよ、そんなうわさを聞くの」

 けれども。

「えー、かってに耳に入ってるくるんだもん」

「そうそう、しょうがないよ」


 もしこの場に少女たち以外に誰かが見ていれば、その奇妙な違和感を感じ取れたであろう。


 少女たちは何故か。


 服装は見えても。


 顔だけは黒く黒く。


 えんぴつでぐりぐりと。



――塗り潰されていた。



 眼窩(がんか)がある訳でもなく。


 削ぎ落とされたような鼻骨の穴がある訳でもなく。


 歯が見えることもなく。


 ただえんぴつで塗り潰されたような顔。


 まるで、少女たちの顔は見てはいけないものと。


 第三者が写真に写した彼女たちの顔を塗りつぶしたかのように。


 太陽の光を背にしたシルエットではなく、顔は見えず。


 塗り潰されたところから、声が聴こえる。



「やだよー帰りたいよー」

 先ほどと同様に震えている少女。

 顔は見えず、あるのはただ塗り潰された顔。


 両の手が塗り潰された顔を覆う。

 そこに顔、いや目があるかのように。

 しかし両の手は黒く塗り潰される。


 違和感は終わらない。


 机と椅子の脚が根付いたように。


 天井から机と椅子が生えている。



 しかし、それは誤りだ。


 塗り潰された少女たちではないものたちは、少女たちの頭上で同じく地に根付いたよう動く。


 少女たちが逆に、天井に張り付いているかのように。


 しょうじょたちのかげがのびる。



「かえりたいよー」


「ぼくもかえりたいよ」


「もう、みんなったら。にいさん、なにしているかな」


 ひとりのしょうじょが。


 ぬりつぶされたかおに。



――だんだん


 ――きもちいいな


――いっぱい


 ――たべ


――かえ


 ――こぼれ



「がぶがぶと」

「かじられて」

「くちゃくちゃと」

「ねぶられて」

「きもちいいな」

「きもちいいね」


「はやく、かえりたいな」

「もう、ただいまだよ」

「そっか」


 ひとつだけのおおきなおおきなあかいくちが。

 ふやけた皮をじゅうもんじに切られた赤いトマトのように。


 ぱかっとあいた。


 その後はだれもしらない。




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