エンディング:滅びゆく種族
とある王様がいた。
その王様は滅びゆく種族に涙を流した。
涙の数は幾千幾万、数えきれぬほど涙を流した。
森を焼かれた。
涙を流した。
山が壊された。
涙を流した。
海が汚された。
涙を流した。
数えるのも億劫なほどに夥しい数の人が死んだ。
子を為しても滅びゆくことが確定したものは、その王様を詰った
王様は泣いていた。
自身が人を愛してしまったから。
王様は泣いていた。
彼女を想い続けたから。
王様は泣いていた。
自身の無力さによって彼女を喪ったから。
王様は泣いていた。
寂しいと。
王様は泣いていた。
寂しいから、無力な王を詰ってくれと。
滅びゆく種族はたった一人の王様を詰った。
王様は泣いていた。
自分は詰られるべき存在だと。
王様は泣いていた。
こんな自分を愛してくれている娘たちが、立ち上がったから。
王様は泣いていた。
娘たちも滅びゆく種族だったから。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
自身を拾い愛を教えてくれた王様が壊されていく姿を。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
壊さないで、私達の父を。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
血の繋がりは無くても家族なのに。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
家族を信じてくれない、その王様に。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
生命を賭してでも、好きな王様に。
その王様の姿に娘たちは涙を流した。
娘とその一族はみな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
森のなかの道の両脇に木の柱がありその柱を横の梁で結ぶ。
それは古来より結界・聖域の門または入り口とされていた。
見る人が見れば、それは鳥居と分かる。
その鳥居を数えきれない数が建立てられている。
建立てられた数は、先の戦で王を慕いながらも亡くなった者と同等の数ほどあり、その全てに名前が彫られ、鳥居の根本には常に新しい献花が添えられていた。
その光景を日本人が見れば、こう答えるであろう『千本鳥居』のようだと。
その道を静々と歩く少女一人と付き添う護衛の男女2人。
少女は成人したばかりかそれ以下年齢の娘に見える。
胸、尻などに女性らしさが足りないが、それでも清楚な華のような印象を振りまく。
青と黒を混ぜたような濡れた闇色の頭髪を、肩まで伸ばしており、眼力はあるが、少々垂れ目の所為か、目だけを見ると少女がまさに威厳を醸し出そうと背伸びをしているが、失敗しているような微笑ましさが見受けられる。
その少女の格好は、緋袴に白衣を着用していた。
白衣の下にはなにも着ていないようで、女性らしさは足りないがそれでも女性の線が強く出ている。
きっと抱けば、柔らかいであろう。
だがそれを許さないような雰囲気がある。
その雰囲気を醸し出しているのは、少女の後ろに控えている付き添いの2人だ。
両名とも鷹のように鋭い目つきをし、その視線は少女の道の先を睨む。
常に目の奥で剣呑な光が宿っており、少女に近づく者が害意あるものかと、少女の代わりに視るのが彼らの仕事だ。
少女の付き添いの男女は、この国で作られる非常に軽い銀鎖をふんだんに使った鎖鎧を着こみ、その上に少女の髪の色と同じ色の軽い服を来て、少女の害になるものがあれば自己の生命を顧みずに動く、その道の本職であった。
前を歩いていた少女がはたと足を止めた。
付き添いの二人も足を留め、直ぐに行動に移す。
少女の前に男性の護り手、後ろに女性の護り手が控え、二人共この国一番の標準的な二刀流派を構える。
この場所は戦闘行為は行えない。
この二刀流派は高速戦闘が売りの流派だ。
鳥居という門と、森の木々が二刀流派の売りを殺す。
だが、彼らは守護るのが役目。
圧倒的な不利でも、立ち向かう。
だが、ここは戦闘行為が行えない場所である。
何故か。
それは、この道がこの国の王城へと続く道であるためである。
この国に属する者は、『常識』として伝えられてきたことであった。
矛盾が生じる。
「ぬ」
男の護り手が前方の存在に気付いたとき、守護られていた少女が嬉しそうに声を上げる。
「ご無沙汰しております、パイソ様!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パイソと呼ばれた者の特徴を一言で言えば、『抱擁力を持ち、女性らしさが色濃い女性』だ。
髪は朱のロングで腰まで伸ばしていた。
毒々しいほどまでの髪の色だが、事実彼女の潜在属性は固有の『炎毒』であった。
身体的特徴として胸は大きく、手指からこぼれ落ちるほどであり、下腹部の形も安産型で腰はくびれている。
まつげは長く、二重瞼の切れ長の目で容姿端麗。
その彼女に酒場で語られる笑い話的な伝説がある。
それはこの国の若いものは、一度はまずパイソに懸想をしてしまうという。
事実、男性の護り手も幼いときに、パイソに恋心を抱いたことがある。
理由は明白。
パイソ自身の身体的特徴のほか、性格も非常に柔らかく決して驕らず、それでいて一途なのだ。
その想いは建国五百年以上を経過しても変わらない。
その一途さに心を奪われ、その一途さに触れ失恋する。
彼女は、自身が想う王様にこの国へ連れられてきた。
彼女は滅びゆく一族であった。
子を成しても滅びが約束された種族。
その滅びを回避するために、王様に迫るも取り合わなかった。
王様の心には一人しかいなかったから。
王様に好まれるように自身の性格も変えるようにした。
建国時と現在の性格も違うと、パイソと仲の良いものは微笑う。
――猫を被っている、と。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パイソと呼ばれた女性は声を上げた少女に気がつくと、「お久しぶりですね」ところころとした笑みを浮かべながら、少女に応える。
少女の護り手達は直ぐに武装を解除し、片膝をつき頭を垂れる。
何故ならば、彼女はこの国の重鎮であるし、それになにより自分たちがどんな武装をしても彼女に勝てないからである。
純粋な強さでいえば、この国の重鎮の中でも一、二位を争うほどに強い。
建国から数百年後に一度だけ、この地から遠く離れた大陸の国を相手に戦争を仕掛けられたことがあった。
そのときに彼女は、宣戦布告を行った哀れな国を一日で滅ぼした。
なお、その国の歴史書には、こう記されている。
『生ける災害』と。
逸話、伝説のある者に警戒など、するだけ無駄なのである。
彼女は『炎熱焔の紅緋なる暴毒の魂』。
この国が滅ばないのは、彼女がいるからと言える。
「いつお戻りになられたのですか?」と少女はパイソに問う。
そう、この国の重鎮たちは永い間生きており、ずっと同じところにいると飽きるから、と王様に一定周期で世界を周るようにされている。
パイソは、世界を周って帰ってきたところであった。
「つい、さきほどですね」ところころと微笑い、返しとして少女に問う。
「わたくしが、あなたに最後に会ったのは巫女見習いとして、王城に来るようになってからでしょうか」
それについて、少女はかぶりを振って、否定した。
「いえ、私が会ったのはもっと幼いころです。たしか、母と共に――」
「ああ……、あのときの子ですね。失礼致しました」
「いえ、そんなかしこまらないでください。そんなつもりで否定したつもりは――」
「いいえ、間違えたときは素直に謝る。それが我が王からの教えなので」
厭味なくそれでいて鈴の音を聞いているような声。
「…………、」
今のパイソの姿は少女と同じ緋袴に白衣を着用しており、身体的特徴による線が強く出ている。
この艶姿で、供をつけずにのんびりと自国を漫遊する。
パイソを知らない者が見れば、襲ってしまうだろう。
だが、実際に襲われたことはない。
――襲えば自身が死ぬだけではなく『暴毒』の力により、周辺の大地が滅ぶ。
そんな雰囲気を害意を欠片でももった相手の魔力検知に問答無用で叩き込むのだ、無意識で。
ところで、とパイソは少女に声を掛ける。
「あなたは今退城し街に戻るところだと思いますが、登城したのは兄上、いえ我が王に会うためですか?」
と、首を傾げるパイソ。
心なしか声音に嫉妬の影が混じる。
少女は全力で否定する。
「……っ、いえ。ちっ、違います! あの街の元へ行くことになったので、許可を頂きにっ」
「そう、ですか。……あの街へ行くのですね」
「はひっ」
ふふふ、と口許を押さえて微笑うパイソ。
「冗談ですよ。
――我が王はとても、永く生きています。
滅びゆくわたくしたちが寂しさをおぼえないように、と願ってしまわれたのです。
わたくしたちはあくまで我が王を愛してしまった者です。我が王はわたくしたちを愛する者ではなく娘として見られております。
滅びゆく魔族ではなく人族として会いたかった。
……わたくしたちでは我が王の渇きを癒せないときは……、人族であるあなたたちに頼むことしかできませんから、我が王に関してとても頼りにしております」
「……いえ、そっそんな……」
くすっ、と口許を裾で隠して微笑う。
「あのとき母に抱かれた小さな子が大きくなり、この国を出るのであれば……。
そうですね、わたくしのでよければ、加護を授けましょう」
「……えっ、め、め、め、滅相も――」
「よいのです。この国を出るのであればわたくしに会うことは難しくなるでしょう。
ならば、ここで巡り会えたのも一つの縁です。
我が王の故郷の言葉でいえば『一期一会』ですね」
パイソはそう言って少女の両手の甲を包み込むようにして両の手で持ち、少女の手に接吻をする。
少女の手の甲で、パイソの唇に触れられた箇所が燦然と輝きを帯びる。
「わたくしの潜在属性はみなも知っているとおりに『毒』です。
加護は転じて『無病息災』、『頑健矍鑠』。
全て我が王の故郷の言い方ですが、わたくしは好きな表現のしかたで気に入っています」
少女はその手の甲の加護を見て、感動をしているようだ。
彼女の一族を滅ぼした、人族である自分が加護を貰えるなどと。
夢か幻か。
「わたくしは人族には強い恨みを持っています。でも、そのお陰で我が王に巡り会えたのです。
恨みを持った上でわたくしは人族を許します。
それにあなたは、わたくしが存じている許された者の子です。
だからこの加護です」
それと、とパイソは一旦話を切り護衛の女性に向き直り、
「……あなたからはあたらしい生命の鼓動を感じられます」
護衛の女性が動揺したかのように一瞬だけ身じろぐ。
そして女性は消え入りそうな声で、言い訳のように言葉を紡ぐ。
「その、護衛の仕事をして、おりますが、この子は望んでいる子です。
申し訳ござい、ません。この、子は。その」
それを聞いて微笑む彼女。
「咎めているつもりはありません。むしろ好いことです。
子を為せないので、同じ女性として羨ましいことです。
わたくしから、あなたの上の方におはなしをしておきましょう」
言葉を一度止める。
「わたくしからの直々の命令です。あなたの旦那様と共にこの子の護衛をしなさい。そして、新たな生命が生まれる前にあの街へ行き、着いたら子を産みなさい」と優しく言葉を紡ぎ、
「そして、あなたの子にも加護を授けましょう」といってパイソは。
制御していた自身の力を解放し、千本鳥居の結界にヒビを生じさせた。
この現象は望まずとも魔力が精製されていく、かの燦然と輝くあの魔法のようであった。
彼女も同じように魔力を自動精製し始める。
自身の姿を一瞬だけ顕現させ、そして人型に戻った。
人型に戻ったパイソは、自身の手の中の一本の牙を手にし、女性の腹を服の上から撫で、牙を触れさせた。
すると牙は腹へ吸い込まれ、消えた。
「あなたの一族に我が加護を与えよう」
「そしてあなたたちは、――壮健に暮らしなさい」
少女と女性はさめざめと泣いた。
パイソは泣いている彼女たちを街へと送り、一度伸びをしてやはりのんびりと王城へ向かう。
また自身を愛して貰うために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔族のなかでもとくに寿命が違う枝族が、人族を相手に愛を識った。
恨みがあった。悲しみがあった。
自身と同じ種族はもういない。
この世界で自身は一人ぼっちだ。
自身が死ねば、この世界から一つの種族が完全に潰える。
だから、彼女は必死になった。
人族相手に愛を識ったのだ。
自身も人族になりたいと、そう願った。
自身に『仔を為させて欲しい』。
自身に生まれた仔を思えば『仔を為すのは悪手だ』と思った。
それでも人族と共に歩んだ時間を形にしたいとそう願った。
だから、一緒に旅した。
一緒に旅をして何度も願いを込めた。
人族が寝ているとき、療養しているとき。
何度も願い、行動に移した。
けれども、いつからか。
仔を作るのではなく、真の意味で『振り向いて欲しい』と、ふっと想った。
人族の心は、ある魔族に向いていた。
その魔族ではなく、自身をずっと見ていて欲しい。
そう願った。
あのとき、『たすけて』と祈って拾ってくれたときのように。
一族を滅ぼして恐怖でしかなかった人族の。
人族の暖かい吐息と鼓動を感じられる、あの腕の中で。
鼓動を子守唄に眠れたあのときのように。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――わたくしは、あの抱いてくれたときからずっとあなたを想い。
――ずっと共に歩んで生きたいと考えたのです。
古代歌詞の碑文:炎熱焔の紅緋なる暴毒の魂-パイソ・フォルティーネ-




