成長①
貴方がこの世に産まれてくれてありがとう
この先貴方にもたくさんの絶望と苦痛があり
この先貴方にはたくさんの希望と喜びの未知がある
誰が嫌おうともわたしは貴方の味方だから
古代の歌詞の碑文:杜に響く大智の言葉――ケフ
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
これは俺の覚えている文章で、一番の好きなフレーズだ。
新幹線で東北地方へ行けば必ず言ったぐらい好きだ。
だから、俺の今の気持ちを言った。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」と
いや、どちらかと言えば「意識が長く暗いトンネルを抜けると桃源郷であった」と、言うべきか。
凄いいい匂いがして石鹸とミルクの匂いもしてクラクラする。
音声は聞き取り辛いが、声音からして女性がいて、男性も二言三言喋ってる。
薄ぼんやりとした輪郭しか見えず、辛うじて一番近い人の性別は女性という事はわかる。
わかるが薄ぼんやりとした視界でイライラするのと、何故か非常に眠くなってきたので考えることを一先ず止めて、俺は寝た。
次に目覚めたとき部屋は静かだった。
暗くて得も知れない不安に襲われたが、俺の隣にいた自分の匂いと酷似している人間がいて、安心した。
誕生日迎えてないので齢27歳。
これが安心する匂いかと自覚したのは目が覚めてから5分ぐらい経ってからだ。
ところで、こんな安心する匂いを出す女性と何故俺は添い寝されているのか。
トンネルを抜けた先の桃源郷のときは気にしなかったが、ここは病院ではないのか。
病院であれば硬質な蛍光灯の光と、薬品の臭いがしてそれはそれは安心とは程遠い臭いを嗅がされるものだが、ここでは蛍光灯の光はなく、ほんのりと柔らかい光を出すガス灯のような内灯で部屋を照らし、とても過ごし易いミルクのような甘い匂いがする。
添い寝をしてくれている女性からは、熟睡しているような寝息が聞こえる。
しばらく寝息を立てている女性をじっと見ていると、薄ぼやけていた視界が女性だけをクリアにしてくれた。
……幼さが残っている女性だな、と思った。
Q.こんな幼さを残る女性と何故俺は寝ているのか。
A1.ここは病院で添い寝してくれているのは、看護婦。
それ、なんてエロゲ。
そもそも病院が小洒落ている、ガス灯のような柔らかい光点使うか?
それにこの安心する匂いの理由が不明だ。
これじゃないな。
ほかに候補があるとすれば……。
A2.俺を轢いた婆の孫娘に添い寝されている。
それもなんてエロゲ。
やっべー幼さが残るってことはつまり10代?
10代に添い寝されている四捨五入すると齢30歳の男。
なにこれ犯罪。
男としてはこの展開は好きである。
だが、この安心する匂いには説明がつかない。
まさか……やっちゃった後か!
いや、ないわー。
うん、ない。
そもそもとして轢かれた際に下半身が壊れている。
壊れているからそういった「お楽しみでしたね」という某ゲームの宿屋の主人が言い放つ、いわゆる余計なお世話といえる下世話な行為は出来ない。
それに顔も商品棚と車によって大根おろしよろしく、顔をおろされている。
骨も逝っているはずだし。
2もないわ。
A3.思考を放棄してぐっすりする。
いや、悩んでいたら眠くなってきただけです。
規則正しい寝息を出す女性の顔に触れると、人らしく安心する暖かさと匂いで俺の意識も刈り取られそうだ。
声が出ない。あんな事故だ、声帯も潰れて当然か。
声に出さず、頭のなかで女性に話しかける。
――おやすみなさい、ママ。
……ん、ママ?
と、疑問に対して声に出す前に、俺の意識はブラックアウトした。
次に目覚めると、俺は抱き抱えられている状態で一定のリズムの唄とゆっくりとした前後に揺られていた。
唄を歌っているのは、この匂いからして前回目が覚めた際に添い寝をしていた女性と思われる。
とてもリラックス出来る、唄だ。
唄に匂いを付けるならばローズマリーか。
自分がいるところは屋内ではなく屋外だろうか。
唄の音が屋内特有の反響する音色ではなく、屋外の拡がる音色なのだ。
また、お日様に照らされた草木の匂いと、近くに森があるのだろう、濃厚でありながら風によって薄まった匂いを感じる。
風に運ばれてきた濃厚な匂いを感じ取った俺の鼻はくしゃみをした。
女性は俺を「起きたの?」と言ったのであろう。
聞き取れない単語を発しながら、俺をみて微笑んだ。
ありきたりな感想だが、この微笑みで俺は天使を幻視した。
天使を幻視したところで、唐突に俺は空腹感を覚えた。
お腹が減ったと声を出そうにも声帯が壊れているのだろう、声が出ない。
もどかしい。
もどかしいがそれでも声を出そうとしたら、泣いてしまった。
大の大人がビャービャー泣く。
『何だこいつはあたまおかしい』とドン引きになるだろう。
この女性には悪いことをした、などと思っていたところでこの女性は微笑んだあと、なんと自分が来ていた服をまくり上げ俺の口に乳房を押し当てた。
なんだこれは、赤ちゃんプレイですか。
嬉しいけど嬉しくないよ、何このエロゲ。
事故にあって、コールドスリープで数百年経ってからVRMMOならぬVRエロゲでもやってんのか。
漫画でも小説でもコールドスリープする奴は大抵、高貴なお方がするものだった。
俺はいつから高貴になったんだ。
などと、自分自身に対しツッコミしている間に、俺は本能的に女性の乳房、いや乳首に吸い付いていた。
女性の声は相変わらず自分の言語に変換されないが、なんとなく嬌声が聞こえたのは多分気のせいだろう。
しかしこのVRMMOもといVRエロゲは高性能だな。
味があるよこれ。
……あれ、これってもしかしなくても転生じゃね……?
俺は転生した可能性を自覚し、お腹が膨らんだところで、強烈な眠気に襲われまた視界がブラックアウトした。