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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-ある日の一日- I
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とんぺい焼き

 シークさんが料理の際の注意事項の口上を述べている。

 曰く「刃物は相手に向けてチャンバラしない」は、当然だろう。

 相手に向けなくても当然だ。

 むしろ相手に向けないでチャンバラはどうやるのか。


「魔法も出来るだけ使わない」

 これについては、生活魔法が怪しい人もいるので……ということらしい。

 そう、俺のことだ。

 先に攻性魔法から覚える奴なんて滅多にいないそうだが……、ここにいる訳で。


「仲良し組で集団作って」と、厳密に言えば注意事項ではないが、コミュ障にとってちょっとぐさっとくる人もいるであろう、魔の台詞。

 幸いなことに生前にハブられることはなかったが、今世では残念なことにエルリネたちからはハブられている、一応隣には文字通り肉食系女子のパイソがいるにはいるが、仲良し組みというより家族、いやペットか。

 ちろちろと蛇のような舌が見え隠れしている。

 この姿のパイソの付き合いも半年とはいえ、長い。


 長いがやっぱり違和感はある。

 長めのでろんと伸びる舌で匂いではなく魔力を感じ取り、割りと人間の舌のように厚さを持つが、なんだかもうでろんとしている。

 長すぎである。

 これでも畳めているというが、そんな十センチメートルぐらいにでろんと、唇から伸びて舌先がちろちろと蠢き、ずるんっと舌が口の中に消えてしばらくすると舌先がちろちろと蠢きながら伸びるとか、本当になんだろうか。


 舌だけを見なければ普通の成人女性であるのでまぁ……いいだろう。

 舌だけを見なければ。


 一先ず料理作りの授業が開始された。

 一応これらの授業に意味はあるようで、この学園に入れば大抵はこの世界でいう公務員程度の職業に就く。

 騎士とか学芸員とか、そんな感じでいろいろ。

 そういう訳だから家庭料理を覚えて損はないし、もちろん冒険者というものを生業(なりわい)にする人も出てくる。

 となると自炊は必須。


 幼いころから料理作成に触れるべし、というのが本日の授業の理由らしい。

 お手伝いさんとか料理長とかいらっしゃるお(いえ)さまでは不要であるけども、当然そんなところはあるしではある。

 もちろん、絶対触らないという者も当然いるし料理長が作るからいいという者には、そのまま待たせる方針らしい。

 ちなみに護衛もノータッチを貫くようだ。


 そういう連中は放っといて、俺としては料理を作ることに専念する。

 パイソも鍋の類似品――要はフライパン――を借りている。

 そして目の前にはいろいろな材料。

 よく分からないけども生前で言う豚だから牛っぽい肉に、異世界では毒物として有名な生卵。

 キャベツっぽい野菜に、ツペェアで見たことがある魚粉ソース。


 ほかにも良う分からん魚、ミノカサゴとかオジサンっぽいものとか。

「なんでピラルクいるんねん……」

 生前での生きた化石ことシーラカンス。

 そいつに並ぶ生きた化石ピラルク。


 そいつが目の前に「でーん」といる。

 しかもでかい。

 まんま成魚である。

 これぐらいでかいと味が淡白そうだが、生前のピラルクは食ったことがないので比較は出来ない。


「兄上」

「うん?」

「ピラルクとはなんだ?」

「ああ、あのでっかいものがなんか、その」

 この世界でいうと俺の心は異世界人だ。

 生前の世界の生き物にソックリとはいえない。

 "パイソ"と"ニルティナオヴエ"を名付けたときに、うっかり異世界人だとバラしてしまったが覚えていないことを祈るしかない。


「む、あれは私の知識の中だと"ザックーア"と呼ばれるものだが」

「あ、うん。そうなの? いやぁ助かるなぁ生き字引のパイソがいると」

 とりあえず、ここは誤魔化す。

「そうか? ありがとう兄上」

 誤魔化せたようだ。

 少々無理があったが。


「卵と肉と野菜……か」

 材料を聞いてピンとくるのはあるにはある。

 だが、卵と肉の味が分からない。


 卵と肉の種類を見ると、この辺りの魔獣の肉と魔獣の卵らしいが本当に分からない。

「パルマーの肉って何の肉だ」

「パルマーはパルマーだよ」

 横から声が掛かる。

 その解答は俺が知りたかった内容ではない。


 牛肉のロースとかタン、レバーとかをひっくるめて牛肉というのと同じぐらいに強引なものだ。

 それよりもパルマーというのはなんだ。

 牛、豚、鶏のどれ似の肉か。

 生肉を齧るわけには………。


「って、誰だ今の」

「や、ティータと二人だけだと寂しいから、来ちゃった」

 と、カクトと、最早お約束のぶすっとした顔のティータ。

「ああ、カクトか」

「ふふふ、一緒に作らない? 僕たちもちょっと悩んでいるんだ」

 どうやらメニューに悩んでいるようだ。

 だが。


「悪いな、俺はもう決っているんだわ」

「そうなんだ、ざんねーん」

 と残念さはそう感じさせない声で肩を竦みながら「じゃあ、さ」と呟いて「敵情視察として来ちゃったから、是非見せてよ」とだった。


 きっと真似する気なんだろう。

 だが真似もくそも誰でも簡単にできる家庭料理。

 それを簡単に作ってしまうことにする。

 それはフライパンを使って玉子焼きのように層を作るものでもない。

 本当に簡単なものだ。


 まずパルマーの肉を薄く切る。

 薄く切って、ちょっとだけ匂いを嗅ぐと肉の匂いと共に心なしか薬味の匂いがする。

 飼育していて薬味を食わせているのか、既に薬味で下味つけているのか。

 パルマーの肉を切った際に()みでた脂を使って、ひたすら焼く。

 とりあえずウェルダン。


 じゅうじゅうと焼かれる肉脂は最早暴力的。

 パイソがじっとりと見てくるのをガン無視する俺。

 これだけでも食欲がそそる。


 とてもいい匂いだ。

 パイソの舌の蠢きかたが異常だ。

 左右あっちこっちに蠢く。

 肉の味を楽しみたいので、ちょっとだけ塩を混ぜる。

 焼けた塩の匂いが鼻腔(びこう)をくすぐる。

 パイソは最早、舌がヤバい。

 顔もヤバい。

 蕩け顔だ。


 焼いただけなのに料理TUEEEとかどこの異世界だろう。

 ああ、この世界は異世界だった。


 ファフンの卵を割ってフライパンに投入。

 当然ファフンの卵などどんなものかと、ドキドキしながら投入してみれば、鶏卵だった。

 なお、味は当然分からない。


 焼いてちょっとだけ待ったら、水を入れて蓋を閉めて更にしばらく焼き、程よく焼きあがったら火を止めて、皿に移す。

 そして移したら魚粉ソースをぶっかけて出来上がり。


 一人暮らしの男性に最適自炊のひとつ『とんぺい焼き』だ。

 本物は大きめの鉄板の上に豚肉を焼きながら、溶いた卵でじゅわあっと焼く。

 その上に豚肉とネギにアオサを入れて出来上がり。

 ネギがなくても最悪、豚肉と卵とフライパンがあれば出来る料理だ。

 お好みで塩と胡椒をぱっぱと振りかけるなり、濃厚ソースなどをかけてはい出来上がり。


 ケーキとピザとシュークリームの作り方と、こういった自炊用の料理だったらある程度覚えている。

 ちなみにケーキとシュークリームは、生前の幼い頃に従姉妹のお姉さんたちが母さんから師事を受けていて、それつながりで知っている程度だ。

 従姉妹が「彼氏に作るんだ!」とか何とかいって、ひたすらケーキとシュークリーム作りに励み、それを毎日試食していた俺。


 そんな従姉妹のお姉さんも、割と有名ながらも小さなケーキ屋のパティシエになっていたから人生何があるかわからない。

 というかいわゆる飯マズ嫁もとい、飯マズお姉さんの頃を知っている身としては、よく飯マズが改善されたなぁとおもう。

 大さじ一杯がなぜ大さじのこんもりと山盛りになったものを、一杯と判断するのか。

 塩のひとつまみがなぜあんなにもしょっぱく出来るのか、疑問は尽きなかったがそれでも大成しているのだから、人生よくわからない。いや、本当に。


 ということがあったので、ほぼうろ覚えだがケーキは作れると思う。

 シュークリームは無理だ。

 あいつは焼き方が特殊だ。


 おっと脱線してしまった。

 ということがあったので、お菓子作りといってもその三つと自炊料理の幾つかは覚えている。

 そして自炊料理のうち「とんぺい焼き」は一番誰でも作れて誰でも美味しくなる。

 俺は出汁醤油(ダシじょうゆ)派だった。


 こんな誰でも作れるもので料理TUEEEは無いと思いたいが、パイソの反応からするとそうも言ってられないようだ。

 というのも、この「とんぺい焼き」に目が釘付け。

 フライパンを移動させると、それについてくる。

 生唾飲み込むパイソ……とカクト。


「お、美味しそうだね」

 ゴクリと何度も生唾飲み込む二名。

「自分で作れるんだから……、ほらカクトは行った行った」

 パイソには手招きし、カクトだけは手で払う。

 パイソは知識があれども元は小動物。


 小動物に剣もとい刃物を握らせるのが出来るとはいえ、まだまだ怖いところはある。

 主に力加減具合でだ。

 力みすぎてまな板を両断したとか笑い話にならない。

 なので、この人化してから半年ほど経つとはいえまだ持たせられない。


 だから、この『とんぺい焼き』は二人前だ。

「ほら、パイソ。お食べ」

 パイソの目の前に「とんぺい焼き」が載った皿をゴトっと置く。

 "イエ"などを食べるときはこんな反応はしないのに、これには過剰ともいえるぐらいに反応を示すパイソ。

 具体的にいえば、口から(よだれ)がだらだらとあふれ出ている。

 なんとなく、生前飼っていたラブラドールレトリバーを思い出す。

 あのわんこも硬いドッグフレークを前にすると、涎を垂らしながら目が釘付けになっていた。


 で、ちらちらとこちらを見る姿もまさにわんこ。

 エルリネとパイソも犬属性が高い。

「食べていい? 食べていい?!」と言いたげな顔のパイソ。

 既に「お食べ」と許可した筈なのに聞いていないか、聞こえてないか。

 ひたすらちらちら。


 その反応に思わず苦笑しながら、木の枝(おはし)二本渡して、もう一度「お食べ、パイソ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 パクパクと食べているパイソを尻目にふとカクトとティータを見やれば、ティータもどうやら「とんぺい焼き」にチャレンジしたようだ。

 ほのかに漂うソースの匂いが香ばしい。


「なんだ、自分で作ったのか」

 感心感心とばかりに頷けば。

「だって、くれないんでしょう?」

 と、カクトが不機嫌そうに呟く。

「まぁ、ね。この授業は出来なくてもいいから、とにかく作れ、そして覚えろっていう内容でしょ。だから作って覚えろ。他人にはやるな、っていうことじゃないの」

「む、じゃあなんでパイソさんには作ってあげてるの」

「彼女は家族だからだよ。家族は当番制だからね。今回は俺が作った。今度はパイソの手料理を期待するさ」

「むぅ……、そういえばウェリエくんは料理作れるのはなんで?」

 そりゃあ。

「村にいたころは、母さんの料理を見よう見真似で作ったり、お手伝いしたからな、ヘタクソでも覚えるよ」

「じゃあ、今の料理はお母さんの?」

 

 この世界からすると異世界の料理だ。

 だが、これはどこにでもありそうな作り方。

 だからきっと下手に母さんの料理といえば、名称があるといわれる可能性がある。

 ならば、導くべき答えは。

「いや、創作料理かな。母さんの料理は煮込み鍋ものが多かったし」

「そう……なんだ」

 カクトの反応からどうやら信じてなさそうだ。

 だが、馬鹿正直に本当のことは言えない。

 だから黙っておく。

「ウェリエくんのご両親って月並みな言い方だけど、素晴らしい人なんだね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「素晴らしい?」

 どう繋がれば素晴らしいと判断されるのか。

「うん、ウェリエくんが創作料理というものに手を出せるということは、そういったものに日頃から触れてないと出来ないものだから。

日頃から触れているから、自分から『これとこれを混ぜて作ったら美味しいのではないか』って考え付くわけでしょ。だとしたら、ご両親がウェリエくんにそう考えられるように日頃からって思ったんだ」


 なるほど。

「僕はそういうことは無かったから……、確かに作れるのはあるけどみんな煮込んで時間が掛かるものしか知らないし、味付けも特殊だと思う。だから今日の授業も数時間かけて作ろうかなと思ったけど……、ウェリエくんのそれを見てたら作りたくなっちゃった」

 ……なるほどねぇ。


「ありがと、ウェリエくん。僕も何か考えて作るよ、時間を掛けないで済むようなものを」

「あー、うん。頑張れ」

 カクトはティータの傍へ向かいあれこれと、ティータと話し込んでいるようだ。


 しかし、まぁ「とんぺい焼き」がここまで人に影響を与えるとは、変なところで料理TUEEEである。



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