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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-ある日の一日- I
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クオセリスの考えたこと。

 旦那様がシーク先生の「料理」という言葉に涙を流しておりました。

 何かがあったのでしょうか。

 とてもお辛そうです。

 旦那様は滅多に泣かれません。


 今までに戦闘訓練と呼ばれる、どこをどう見ても魔法戦争でしかない毎週の出来事でところどころに打撲痕や火傷、刺し傷、切り傷などで血が出ていたりしていても、「痛い」とは言うものの、泣きべそをかいたり涙を流すことはありませんでした。

 父上が嬉し泣きすることを実践しても、旦那様は喜んでくれども涙を見せることもありません。

 そんな人が「料理」という言葉に涙を流される。

 これはとてもとんでもないことではないでしょうか。


 私は旦那様ほど強い者ではありません。

 痛いと思えば思わず涙目になりますし、あんな大戦争を目の前に見せつけられれば凄いとか思う以前の問題です。

 初めて見たときは、何も考えられませんでした。

 魔力の暴力ではなく、光の暴力です。


 過去にツペェアの図書館で読んだ建国神話の物語も中々に凄い表現がありましたが、それ以上でした。

 建国神話の物語が今、目の前で起きていると言われても信じる程です。

 全てを焼き尽くす炎の嵐、見たことがない早さの「火球」、そして神の怒りと言えてしまえる赤くて白い空に出来た球。


 旦那様に「今まで見た魔法は、お遊びのような魔法」とお伝えしましたが、お遊びというのも甚だしい。

 最早、今まで見ていたものは児戯に等しい。

「火球」の一個に一喜一憂し、「炎の槍」を見ていつか私も使いたいと想いを馳せた私。

 そんなものは児戯だと一蹴するような魔法。

 旦那様と兄が戦ったときも凄いと思いましたが、それでもここまでではなかったので、そうも思いませんでした。

 しかし、結果はこれです。


 兄を倒すというのはとんでもない方だと思いました。

 兄はとても強い者です。

 私が誘拐されたときも、兄は一人で犯人を全員殺しました。

 それぐらい凄く強い者なのに、その兄をなぎ倒した私と同年代の宮廷魔術師。

 とんでもない方に嫁いだものだと思いました。


 ここまでとんでもなければ、夜も暴力を振るわれたり、宮廷魔術師として好色であるべきですが、心は余り晴れやかではなく、恐ろしく感じましたがそんなこともなく。

 婚約したとはいえ、初夜であればと心臓が高鳴り抱きついても、特にされず。

 特に何もされない内に、エレイシアと共に寝るようにされて、家族になってから既に半年。

 孕むために家族になった私が、孕まされずにこのままだと、私は愛されていないのかと度々不安になります。


 エルさん、いえエルリネさんにそのことを先日相談したところ、「一人一人を一つの者だと考えていらっしゃるのでは?」とのことでした。

 どういうことかと詳しく聞いてみれば、「"確実に孕める道具"ではなく"一人の人間"と考えていっしゃるのでは」とのこと。

 道具としての使い方ではなく、あくまでも人として見てくれる旦那様。

 私は体質的にも政略結婚の道具として生まれた者。

 なぜ、私を一人の人間として見てくれるのか。

 道具として扱ってくれてもいいのに。


 成人してから結婚して子作りするとは言われてはいるものの、釈然としません。

 セシルさんたちは私よりも順番は上です。

 階級的には私のほうが上ですが、降嫁しているので通常の規定に従い、私は一番下。

 ですので、順番が上のセシルさんやエルリネさんから『いじめ』を受けるかもしれないと、実家でも散々諭されていましたが、実際は全くありません。

 順番が下なのに階級が上だからといって、セシルさんやエルリネさんは私を上げようとしますし、エレイシアは「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と慕ってくれます。


「身に受けた冗談は黙ってやり過ごし、自分から冗談は絶対に言うな」と乳母からも聞いておりましたが、そんなことは当然なく。

 むしろ結構際どい冗談も笑って済ませる辺り、世界が違います。

 そして、旦那様は私たち四人の談笑を見ると、満足そうに頷きながら微笑みます。

 その微笑みを見る度に私の身体はとても火照(ほて)ってきますが、この感情は分かりません。

 ですが身体、いえお腹の奥底がとても熱くなってきます。


 きっとこれが孕みたくなる感情なのでしょう。

 乳母も言っておりました、お腹の奥底が熱くなるのはそういうものだと。

 私の身体はこうなっているのに、旦那様は全くと言っていいほどに私に何もしません。

 エレイシアやエルリネさんのように頭を撫でてくれたりはしてくれますが、もっと触って欲しいのにもっとずっと触れ合っていたいのに。

 旦那様が寝るところはいつも日の当たりのいい物置。

 一家の主が物置で、一家の中で一番下の私がとても柔らかい寝具の寝台で寝起き。


 旦那様だって柔らかいところで寝なければ、身体が休まらず疲れも取れないというのに、何故私と旦那様と部屋は逆ではないのか。

 何度もみながいないときに、旦那様と交渉しましたが決まって答えは。


「物置が一番いい。実家に近い作りだし」と言って、取り合って頂けません。

 私が一番下なのに。

 物置で寝泊まりするべきなのは私なのに。


 旦那様の生家(せいか)は、存じません。

 物置が近いということであれば、私が想像も付かないほど貧しいのかもしれません。

 だからもしこのまま結婚して、もしかしたら嫌というほど知るかもしれません。


 そして物置にはパイソも寝泊まりしています。

 セシルさんとエルリネさん曰く、エレイシアがこの一家に来た日からちょくちょく人化していたと聞きます。

 つまりパイソも含めるとやはり私が一番下。

 それでもパイソは物置。


 つまりきっとパイソと旦那様は……。

 そういえばパイソはほぼ毎日旦那様と一緒にいます。

 昼食のときも旦那様と一緒。

 攻性魔法が使えるので授業も一緒、の枠組み。


 旦那様と触れ合っていられるパイソ。

 パイソは私が孕んでから、「自分の番を作って欲しい」と仰っていました。

 ですが、今やパイソの後に私の順番のようです。

 嫉妬ではないですね。

 少なくともパイソの見た目は成人している女性。

 対して私は旦那様のように成人していない者。


 私とパイソの何が違うか。

 それは成人しているか否かと、女性らしさ。

 成人については時間しかないので置いておくと、残るは女性らしさ。

 女性といえば、胸。

 母を見れば割りと『ない』体型。

 であれば、私も必然と『ない』体型に。


 考えてみれば、エルリネさんもパイソもあります。

 そして私は母を見れば、絶望でしかない。嫉妬なんて湧くことすらおこがましい。


 では、どうするか。


 そこで「料理」です。

 料理を作っていわゆる家庭的な女性であることを見せれば、きっと女性として見て頂ける可能性が高い。


「毎日、料理を作ってくれてありがとう。今夜はクオセリスを料理してやる」

 なんて言われたら私は喜びます。

 一人孕むだけじゃ足りません、一度に双子を孕んでみせます。


 姫であったため、料理は下手とよく実家に言われたりしましたが、むしろ得意です。

 実家では当然姫は私だけであり、嫁ぐことが確実であったため、妻としての実力を確立するために料理長から料理を学びました。

 宮廷料理と盛りつけ方とかを教えて頂きましたが、それよりも私は家庭料理だけをせがみました。

 私程度が料理長相手に腕前を競うのではなく、あくまで家庭として妻として、一家の主を癒せる存在になるために、家庭料理を学びました。

 多分きっとツペェアの家庭料理は網羅出来たと思います。


 さて、旦那様が「料理」という言葉に流された涙の意味は私のような下々には分かりません。


 きっと「料理」に嫌な思い出があるのでしょう。

 旦那様は食べ物に好き嫌いはありません。

 私も今のところはありませんが、過去にはありました。

 つまり克服した身です。

 旦那様もきっとそうです。

 だからあのようにさめざめと泣かれるのです。


 嫌いだった食べ物を思い出すだけで、「ウッ」と思いますし、相当嫌いであればあのように泣きもします。

 そうでなくても、肉を切るときに誤って自分の指ごと……。

 ええ、あれは痛かったです。

 痛すぎて泣きました。

 なまじ切れ味が鋭い剣は危険だと感じた事件でした。

 もちろんなまくら剣で木の実を切ろうとした瞬間に、なまくらが折れて高く舞い背後の机にガツンと突き刺さったときは、なまくらも駄目だと感じました。

 とにかく、そういった嫌なことがあったから、泣かれているのです。


 で、あれば。

 私が料理を作って楽しい気持ちにさせれば、泣かれることはなくなる。

 そう思います。





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