なんでもないこと。
唐突だが半魚人のヤークさんとシークさんは、鮫から名前を取ったのではないかと突っ込みたくなるが、本人たちの面構えはサンマ顔である。
サンマな顔に眉毛がついている魚顔。
いや、まんま魚だ。
日本人で言う、しょうゆ顔とかソイソース顔とかそういうのではなく、まんまサンマ顔。
それしか言えない。
このヤークさんとシークさんの同類というべきか、顔をみてこの人はアジで、この人はサバとか、あとゴンズイ顔もいた。
みんな揃って半魚人という枠組みらしい。
ちなみにゴンズイの人は何となくゴンズイ顔の人魚だった。
アホ面と言うのは些か、いや大変失礼だが残念系の顔で男だ。
女性はちょっと珍しいらしい。
というのも授業で聞いたところ、「子作りに関しては男性も女性もお互い別種族」で、というのがこの世界における常識であるが、人族同士、魔族同士、獣人族同士も当然あって、中には兄妹、姉弟ということも多々あることらしい。
俺も割りと姉さんにキちゃってるド変態だけども、こういう近親相姦がわりとままあるという。
座学担当の半魚人B先生ことシークさんが言うには、「近親相姦によって血が濃くなり、魔力が強くなる」だそうだ。
同じ種族同士で結婚し出産をすれば、広義の意味でいけば同じ血縁の種族として「血が濃く」なる。
だけども「血が濃く」なり過ぎると、逆にその者の子は生まれなくなり一族が滅ぶことになるとか。
であれば、俺は人族と人族の間に生まれているので血は濃い方になる。
この状態で姉さんを自分のハーレムに突っ込んだ場合、息子または娘が可哀想なことになる、かもしれない。
幼馴染は魔族、セシルは人族の血が濃い獣魔族、エルリネは純魔族の森人、エレイシアも純魔族、パイソは……魔獣だし、そもそも女性型ではあるが系統がまず別だ。
人間の精と狼の卵子を併せて人狼が出来るかというと、そんなことはない。
パイソ本人が人、獣人、魔族の精を持てば孕むとか、言っていたがそれは特殊として。
そういえば、クオセリスの種族が分からない。
やたらと魔族率が高い俺だ。きっと彼女も魔族だろう。
この「血が濃く」なるから近親姦が非推奨ってわけでもなく、魔族的にもいろいろな種族と交わることによって魔法に多種多様性が見えるようになるために、別種族と交わりなさいというのが主な理由だそうだ。
例えば地属性の人族と地属性の魔族が交わり地二属性の人魔族、更に地二属性の人魔族が交わって地四属性の人魔二族……というのはちょっと禁忌もとい一族が滅ぶ理由だけれども、地四の人魔二族に風三火一属性の純魔族とか無属性の獣人二族とかいろいろ複雑にしたほうが、多種多様性が見えて魔法に強い獣人族、身体スペックが高い魔族が生まれたりとか、そんな感じにするためにも、近親姦は非推奨だそうで。
ちなみにこういうときの「虹」は大変便利で、地五風五火一水二とかそういうのに「虹」を当てると全部上がったのが子どもに出るそうで。
更に子どもには親の魔力容量がある程度遺伝され、親の潜在属性もある程度参照される。
よって「虹」が親にいれば、「虹」の子どもが生まれる。
もちろん親に「虹」がなくても先祖返りで「虹」が生まれることもあるし、「虹」同士の子どもでも「虹」が発現せずにお互いの属性を打ち消し合って、無属性になることもある。
ある子どもは「虹」になっても、ある子どもは無属性、ある子どもは風とか個体個体で違うので、「虹」持ちってだけで血縁を気にするご家庭だと引く手数多で就職なんて騎士にならなくてもいい。ずっと家にいてくれと頼まれることも起き得る。
ヤバいぐらいに俺に有利な状態である。
肉体的、魔力的にもバランスのよい人族で且つ「虹」持ち。
使用魔力が少々特殊だが、魔力容量は人並み以上。
今のところ"日本語"を覚えれば、国を墜とすという魔法陣が付いてくる。
更に一個の国に所属するとはいえ"宮廷魔術師"で、将来も安泰。
授業を受ければ受けるほど、自分が「優良物件」だというのが分かってくる。
確実に子どもが出来るというクオセリスがいるとしても、確かにこんな「優良物件」が目の前に襲うだろうなと考えたりはするが、それ以上は自分にとって危険な思考なので切り離す。
さて、なぜこのような話になったかというと、人魚がこの世界にいる。
なお、上半身が魚なのが半魚人、下半身が魚なのが人魚らしい。
特殊な言い方されたが要約すると上半身が魚なのが優性遺伝、下半身が魚なのが劣性遺伝。
つまり人魚は劣性遺伝でレア。
更に人魚の男性は優性遺伝で対する女性は劣性遺伝。
超レアな女性人魚。
あと、人魚系は下半身が魚類のほかに人型の足にもなれるという。
下半身だけ人化らしい。
流石ファンタジー異世界。人化って割りとメジャーなことなんだろうかと思えば、なんでも「人間と同じ身なりをしていないと、多種族と交われない」そうだ。
ごもっともである。
あと人魚は獣魔族の枠組みのようだが、半魚人は獣人族。
どこらへんがどう違うのか。
まず基本種はバランス良い人族、生命力に傾いた獣人族、魔力に傾いた魔族。
血肉に魔力を載せている人族。文字通り血と肉で身体を動かす獣人族。血肉の代わりに魔力を通している魔族。
血肉に魔力を更に傾かせたのが人魔族。血肉に魔力を載せているがそれが少量なのも獣人族。
血肉に魔力を載せてせめぎ合う爆発力を持っているのが獣魔族。
一見すると獣魔族が一番強そうであるが、無能力が多いのも獣魔族で、他にもいくつか条件はいろいろあるようだがこれらが基本だというのはシークさん談。
で、人魚は獣の血が強くそれでいて魔力があるため、獣魔族。
半魚人は獣の力が強いけれども人族の血もあるので、獣人族。
そんなことを教えてくれたシークさん。
あまりにも難解だったようで、授業が終わった頃には俺とクオセリスとエルリネ以外殆どの人が寝ていた。
クラスメイトのティータらも、クラスメイトの護衛も一緒に寝ていた。
起きているのもほんの数人というのも、サイア王子とその護衛たちだ。
流石、サイア。
俺にとって面白い内容だったので全部理解したが、エルリネは疑問符を終始浮かべていたような顔をしていたし、クオセリスもエルリネよりマシと言えるようであったが、似たような顔していた。
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唐突過ぎたこの話題だが、座学担当のシーク先生が唐突に「いきなりだが、今日の授業は実践料理だ」と唐突にネタを振ってきた。
俺が以前通っていた村の幼学校では、料理というものは学んでいない。
学ぶのは国と村の歴史。あとは田畑や家畜、刃物などの手入れの方法だ。
料理などは家で家族が作っているのを見よう見真似で作って覚える。
握れるほどの力を持てないころから、包丁のような刃物の柄を握り母さんと一緒に、村の狩人が捕ってきた肉を切り、調味料やらなんやらをまぶす。
俺と姉さんが汗水たらして遊んでいる間に、母さんが料理作ったりがちょっと多かったけども、姉さんと俺も母さんの姿を見よう見真似で作ったりもあった。
懐かしい記憶だ。
直近の記憶なため、生前の頃より鮮明に覚えている。
最近の食事事情は非常に健康的で相変わらずお腹がぽっこり出ているが、作って貰う食事より、例え今より栄養が偏ってても自分で作って、誰かと一緒に食べる食事は何人にも代えられないものだ。
と、最近富みに思うことが増えた。
作ろうと思えば作れるし、作ればエルリネたちはきっと「美味しい」と言ってくれるだろう。
きっと「さすが、ご主人様!」とか言ってくれるだろう。
でも、こればかりは一緒に台所で隣に並んで「姉さん、母さん」と笑いながら、まな板の上で野菜を切って「ほら、ぼくでもこんなに綺麗に切れたよ」と姉さんと母さんに報告して、母さんが「その綺麗に切れたお野菜を鍋にね」といって、まな板を持てない俺の代わりに姉さんが「ミルが切ったこれをぼちゃーん」と言って味付けした水が張られた鍋の中に投入、姉弟で大きな鍋の前で一緒に木で出来たおたまでかき混ぜる。
俺は同じく木で出来た足場で身長を稼いで、同じようにかき混ぜる。
姉さんは「美味しくなーれ、美味しくなーれ」と歌いながら、一緒に微笑う。
母さんがいつものように肉を切って、生活魔法の火で軽く炙ってそれを鍋の中に入れる。
コトコトと煮込んで、腕も棒になるぐらい痛くなりながらも、姉さんの「楽しいね」という言葉に「うん」と応える俺。
あのときに作った料理は未だに思い出される。
あのあと家族で食べて美味しかった。
今だから思う。
姉さんと母さんがいたから美味しかったんだって。
某歌のようだけども、今だから言える。
なんでもないようなことが本当に幸せだったんだと。
「本当に幸せだったんだ……な」
今だって十分に幸せだ。
でも、父さんがいない家族三人の生活があんなにも遠い出来事と思うのは。
肉親だから思う、この寂しさ。
母さんはどうしているだろうか。
最後は、とてもショックだった。
当時はもう何も考えられないぐらいにショックだった。
今だともっとショックだ。
あの時のように台所の前で家族三人で並ぶことは出来ない。
幸せだと思ったその幸せが、何人にも代えられない幸せだったと気付くのが遅い。
今、母さんは何をしているのだろうか。
父さんが無事に帰ってきて、なんとか生活を出来ているだろうか。
母さんは今頃立ち直っているだろうか。
俺が村に帰ったとき、母さんに抱きついて「帰ってきたよ」と言えるだろうか。
姉さんもどうしているだろうか。
姉さんは身内目から見ても相当な美人だ。
きっと彼氏も出来ているだろう。
出来ていなかったら、「残念なお姉さんだなあ」と言いながらツペェアに連れて行こう。
シークさんが言った通りで近親婚が禁忌に近いなら、ツペェアでちょうどいい男性を見つけよう。
姉さんの性格からすると「余計なお世話だ」とか言われそうだけど、宮廷魔術師のコネパワーでそこら辺はまぁあれで。
「旦那様」
「ん、」
「どうかなさったのですか?」
「ん、ああちょっとね」
隣に座っていたクオセリスから心配そうに俺を見つめていた。
「大丈夫……ですか。涙が」
「ああ、いいよ。気にしなくて」
涙を自分で拭った。
なんでもないことが幸せだった、それだけだ。
何人にも犯されない幸せなことがあった。
新しいといっては変だけども、この家族であのように一緒に台所に立って、一緒に料理を作って一緒に食べて寝る。
それを繰り返せばいい。
子どもも作って、大所帯になりながらも、ずっとツペェアの近くかザクリケル国内の僻地に住むのもよし。
俄然とやる気が湧いてくる。
確かに過去は悲劇だ。
悲劇しかない。
だけども小説にあるように、『起承転結』の内の『起』でしかない。
ここから幸せに向かうための成り上がりがある。
だから、まだまだ俺は潰れない。