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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第?章-囚われ身の「Bad End」または、囮の餌-
190/503

F? A

※警告※

胸糞があります。

嫌いな方はお戻りください。

また第三章後の内容が散見しています。

こういったものも嫌いな方はお戻りください。

――だいじなひとがあわのように


――とけて、いく


 古代歌詞の碑文:啜り啼く黒い海の呼び声-エレイシア・フローレス-


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


――おきて


――いつもみたいに「おはよう」っていって


 古代歌詞の碑文:血識騙る蒼くて青い海-イニネス・メルクリエ-


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あははははははははははははははははははははははははははははははは」


 森の中で不快なほどまでに響く少女の声。

「血肉の袋ごときが、この私を封印するってさあ!

あはははははははははは」

 それでいて叫ぶ声は喜色と悲哀が混じった歌のよう。


 今、少女の目の前には男性と女性が入り混じった旅団がある。

 少女の嗤い声に対して、誰一人とも笑みをこぼしておらず、無言で刃渡りが各々の腕の長さほどもある刃物を構える。

 いや、少女と同じく笑う者がいた。

 それは少女の隣に立ち、苦笑いをしているようだ。


 嗤い響かせている少女の隣には似たような歳の少女が二人いた。

 どちらも背格好は一緒であるが、どれも服装や身体的特徴は違う。

 嗤っている少女は、濡れた墨汁のように黒い長い髪に黒い瞳を持ち、片目から濃い深海のような色合いの炎が燃え盛る。

 服装は黒い破れたぼろを身にまとい、そのぼろを最低限脱げないようにと身体の関節や腹に押さえつけるような金具が付いている。

 だが押さえつけていても所々より、茶色く日に焼けた脇とふとももが見えており、艶かしいが如何せん年齢が成人間際の幼い姿で、この姿に欲情するものはいないだろう。

 なお足は包帯で巻いており、土で汚れていた。


 苦笑いをしていた少女の姿はかの修道女のような服装だ。

 但し黒の修道女の服装ではなく真白の白一色で、髪の色はくすみのない真なる金髪が修道女が頭に被るヴェールから見え隠れする。

 瞳の色は緋眼。

 身体の線は細く、女性らしさは出ていない。

 苦笑いをするその姿は可憐な年齢通りの見た目の少女のようだ。


「エレイシア、あなた笑いすぎ。ニルティナが困ってる」

 嗤っている少女を(たしな)めるのは、少女の顔の大半を隠す目隠しをしている少女。

 服装はいかにもな魔術師然としたもので、肩から腰まである毛皮の外套、毛皮の外套の下には薄くヒラヒラとした布が垂れ下がる。


 胸元はそれなりに開かれ、健康的な肌色のお腹を露出しており、手首と指は青み掛かった黒くぴっちりと手指にあった手袋をし、まるで手の動きを阻害させずに複雑な手指の動きが出来る上で、素手では防御力がないからとつけているようなそんな印象を受ける手袋と、裾から肩まで同じく青み掛かった黒く肌に吸い付いているような印象を受ける袖がある。

 手袋と裾の縁には金色の手錠のような小物があり、手錠の鎖は長く、首に嵌められている首輪と繋がっており、手錠の体は為していないようだ。


 また、足には同じくまた青み掛かった黒の靴と脱げないようにまた金色の留め具。その靴からひざ上までの白の靴下。

 腰からは下半身を覆うスカートのようなものを履き、長さはくるぶし付近まであるが、足の動きを阻害しないようにと両足が掛かるところから切れ込みが入り、前面部は前掛けになっている。

 そして例によって各縁は金色に彩られており、服装だけを見れば他二人と違った派手さがある。


 肝心の身体的特徴については、女性らしさはあるがあくまで年齢通りで、彼女たちが知っている者たちに比べればまだまだお子様体型だ。

 髪の色は緑掛かった青い髪。

 目は隠されている。


「なんだよ、メルクリエ。いいじゃん、(かたき)だよ?」

「……あなた、いつも笑いすぎて声出なくなってニルティナに「治癒の手(ヒーリングエッセンス)」頼むでしょう」

 エレイシアと呼ばれた少女は、子豚のようにぶーぶーと不満をメルクリエと呼ばれた少女に不満をぶつける。

「えー、いいじゃん」

「ボクもニルティナも、あなたのお()りじゃないんだから」

「えー、ニルティナはそう思ってるの?」

 エレイシアはニルティナに聞くと、ニルティナと呼ばれる少女はえへへへと淡く笑いながら「我は癒やししか出来ぬからな。「治癒の手」程度など」と答える。

 その答えに「ほらー、メルクリエのほうが間違ってたんだよ」と得意げに、先ほどとは違った風に笑う。


 傍目から見ればとても和やかな空間ではあるが、相対する者からすればここは地獄であった。

「ぐっ、嘘だろ」

「悪夢だ。誰か殿(しんがり)務める奴いないか……?」

 旅団の各々は考える。

 何故この場に。


「『魔王』、それもよりによって『殺戮』と『災厄』、『砂瀑』の三体か……よ……」

「『災厄』って……あれだろ。見たことのない魔法で人族と獣人族の軍隊をまとめて薙ぎ払った上に、着岸していた大型船と船内にいた連中をまとめて殺したっていう……」

「ちげーよ、そっちじゃねぇ。そっちは『殺戮』のほうだ。

……『災厄』は『殺戮』からどうにか逃げれた大型船複数を海の上で(なぶ)り殺した方だ」


 ごくりと唾を飲む男女。

「更に言えば『砂瀑』のほうは、海の怪物と魔獣を使って食い散らかした奴だ。

あの戦争で生き残った奴らは、みんな思い出すのも嫌ってぐらいに口を閉ざす。それだけの化け物が目の前にいるんだ。

どうしろっていうんだよ……」

「奴らは談笑しあっている。今のうちに特徴を教えろ」

「『災厄』の特徴は魔法、だ。

とんでもない威力と広範囲の魔法……それも聞いて驚け」


「……なんだよ」

 旅団の男女の目は正面を、耳だけを情報通にそばだてる。

「火の海、洪水、氷漬け、地形変化、竜巻、毒沼を一瞬にして作り出す」

「……な」

 情報通の声にみな驚きを隠せない。

「地形変化だと……」

「地形変化と洪水で死ねばいいが、かろうじて生き残った地獄さ。

なにせ河を作って死体も武器も馬も何もかも押し流し、即席で作った泥の湖に流し込んで……窒息さ」

「なぜ、それをお前が……」

「生き残りを酒で酔わせてどうにか喋らせた」


「上も下も分からず、泥を掻き抜身の刃物に身体を切り裂かれながら、まだ生きてうめき声をあげる誰かを踏み台にし泥から出てこれたときは、『生きている』と思ったそうだ」

「…………」

 声を出して逃げたくなる旅団。

 だが、声を出せば目の前で談笑している『魔王』たちが直ぐに戦闘行動を取るだろう。

 だから、誰も悲鳴を出せない出さない。


「次に『砂瀑』だが文字通り砂を使い、こいつも地形変化を使う。

先の戦争以外でもこいつ単品で見る奴は多いからな。だから知っている奴は多い。だがそれよりも」

「地形変化だけじゃなくて、ほかにもあるのかよ……」

 地獄が更に地獄に感じられるようで、もはや土気色だ。


「他人への回復術を持っているほかに、それを転じたのか奴の周りは生き物に囲まれている。

因みに俺も個人相手に相対したことがあってどうにか逃げれたが、大型の鎧甲殻百足を従えていた」

「……マジかよ」

「あんな可愛いナリをしていて、近くに味方がいれば強大になる系統の怪物だ。

更に回復術も持っている。そんな化け物が二人の『魔王』と共にいる……。普通に考えてありえない」


「神様……どうにか俺を無事に……」

 旅団の何人かが神に祈る。

「俺達はこの地域の奴隷商人に売るための魔族がいないか。探しに来ていただけだっていうのに、なんでこんな大物が……」

 彼らはただの狩人だ。

 魔族奴隷を狩るための。


 だから、この場に特別な存在である『勇者』などはいない。

 いや、いるにはいる。潜在属性が『虹』の者がだ。

 だが、この場では言えない。

『虹』であれば殿にさせられるからだ。


「俺たちが何をしたっていうんだ。狩りをしていただけじゃねぇか」

 誰かが呟いたその言葉は、ほぼ全員の心情を表していた。


「最後に『殺戮』だ――」

 情報通が最後の特徴を述べるところで、唐突に声が切れた。

 代わりに聞こえるのは。

 ごぽっがぱっと口から水があふれ出たような音。

 それに伴う、桶から水をこぼした音。


 その後、どさっと倒れこんだ。

 見たくはない、見たくはないが、思わず視線を……。


「あははははははははは。何をこそこそと言っているのかなぁあああああ……ゲホゲホッ」

 咳き込む少女。

「言わんこっちゃない……、ニルティナ」

「うむ、「治癒の手」」


 エレイシアと呼ばれている少女の足元が仄かな燐光を帯びる。

「"薄荷"の匂いを濃くしてみた」

 どう? と聞かんばかりに首を傾げる少女。


 少女たちの談笑を尻目に情報通を見れば、胸に大きな大きな空洞が……。

「うっぐっ……」

 旅団の各々が吐き気を催し、おえええと今朝に食べた物を吐き出している。


「「処刑者の剣(エクスキューショナー)」、あはははは、吐いている暇なんてないよっ……ゲホッ。

これで血肉も吐くんだから……」

 嗤い転げている少女は右手に返しがない槍が、複数本現れる。

 旅団の男女は思った。


『魔王』は今、戦闘行動を取っている……と。

 そして、その事実に関して今自分たちが為すべきことは……。

 だがそれよりも早く。

「さ!」

 嗤い転げた少女が右手を前に出せば、槍が射出され男女を分け隔てなく刺し貫き、爆発を起こす……!


 肩が抉られ、腹が爆発し、胸が貫かれ、首が両断される。

 爆発した衝撃により血肉が空に舞い、降ってくるさまは。


「あははははは、血肉の雨で綺麗だね!」

 と、高らかに嗤う少女。

 その声に思わず「趣味が悪い」と呟く旅団の人間……と、目隠しをした少女。

 目隠しをしているにも関わらず、彼女にはこの状況が見えるようだった。


「なんだよー、いちいち。メルクリエは忘れたの?」

「なにが」

「だって、こいつらは。

――『お姉ちゃん』の(かたき)だよ?」

 先ほどの喜色と悲哀の混じった声ではなく、底冷えだけがする声になる。


「…………、忘れている訳ない。

あなたよりもボクが一番――」

「知っているよ……。絶対に忘れられないって」

「決めたね、ボクたちは先生(マスター)の代わりに」

「恨みを晴らすと決めたな」

「うんうん、お兄ちゃんは私たちを危ない目には遭わせないと言ってくれたけれど」

「我らは、そう人間が出来ていない」

「人間ではなく……魔力人形らしいからね」

「都合のいいときだけ、人間扱いにされたくない」


「む、それは先生から扱われたくない、と……?」

「違う、違う。ボクは先生からはいつも人間扱いしてくれるし、一つの性格を持つ人として愛してくれているからいいのだけど。

――この間、殺した血肉族がボクのことを人間扱いしてきたから、さ。

いつも魔力人形として見てくる血肉族が、殺されかけると「一つの人間として云々」って説教垂れてくるから」

「あぁ、そういうこと」

「それはともかく、というより抜きにしても、エレイシアはちょっと趣味悪い」

「む」

 不満気な顔になるエレイシア。


「エルリネと先生が、ちょっと言ってたよ」

「え、なにを」

 急に挙動不審になるエレイシア。

「趣味悪いって」

「…………、」

 急速にしょぼくれるエレイシア。

 それに追い打ちを掛けるように、白い服の少女が。

「確か似たようなことは言っていたな。

趣味悪いとは言っていなかったが、どうにかしたほうがいいと先生が」


「…………」

 ずーんと暗い顔ではぁと溜息を漏らし、両足を揃えて膝を折りて両足を抱える座り方――いわゆる体育座り――をした。

 くちから魂が漏れでているような錯覚を見せる。


 そのように談笑している中で生き残った旅団員は、逃げる算段を組み始める。

 だが。


「逃げられると思ってる?」

 と、告げる少女は紫電を纏った右手を旅団員に向ける。

「イニネス」

「なに、ニルティナ」

「今、ツィエセアから情報があった。魔族はいないそうだ。

どうやらこの森の森人はみんな捕まって奴隷、または石にされたかと」

「ふぅん。ここに来た理由なくなったね」

「そうだな」


「帰ろっか」

 その発言に幾ばくかの期待と希望に満ちた目で見る旅団員。

「血肉族は?」

「……ボクはいいや。先生からたとえ敵であろうとも無闇に力を振るわないと言い付けを守ってるからどうでもいい。

だから、あのお姉さんのように先生の近衛(このえ)の任に就かせて貰っているのだし」

 心底どうでもいいと言い切る少女。


 旅団員が帰れることを約束されたようなものであったと感じたのは無理もない。

 なにせ、話を聞いていた中で一番危険に思えたのが『災厄』だからだ。

 その『災厄』がどうでもいいと言った。

 であれば、あとはあの二人を出し抜けばどうにかなる。


 だが。

「ふむ、では餌にしていいか?」

「ご自由に」

――不穏な"餌"という単語。

 誰もが新しい恐怖を得る。


「――『蠱毒街都(ヴェナムガーデン)』通常駆動」

 白い少女が呟く。

「併せて『薬毒(インフェクション)害毒の囁声(ライフゼロ)』と『創薬(クリエイション)植暴の囁声(スタンピードプラント)』。

起きなさい。そして起き抜けの"餌"は、あれらよ」

 そういって指差すのは旅団員。


「ヒッ」誰かが短く悲鳴をあげるが、その悲鳴をあげたものは既に。

 腐葉土溢れる土ごとを飲み込むように口を開け、閉ざす植物。

 見た目はハサミ罠式の食虫植物だ。

 それに飲み込まれる複数人。


「ツィエセアも、お食べ」

 と白の少女が宣告するのは、死の宣告。

 宣告から逃げようと思い思いに、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う者。

 それを嘲笑うかのように迫る不穏。


 姿が見えない恐怖。

 誰も減っていない。

 だからこその恐怖。

 だが、考えてしまった。

 だたの恐怖に怯える姿をみて笑い転げる悪魔の『魔王』だと、少しばかり考えてしまった。


 だから、襲われた。

 その姿は蛇のような長い身体。

 その長さはまるで一つの街を縦断出来そうな長さ。

 鱗があり、一つ一つの鱗が攻撃的な刃のような鋭さを持ち、その鱗の大きさは首都の家屋の屋根のような大きさであり、それが高速で蠢動するため木々と大地を耕しながら、その蛇は獲物に向かって移動する。


 大地を捲らせながら巨大な蛇が獲物を嬲る。

 蛇の顔も凶悪だ。

 蛇でありながら登山道具のピッケルのような一本の鋭い鎌状の爪を大小各左右に一本と、物を掴むためにあると思われる手があり指は三本。

 口の歯は鋭い牙が立ち並び、一度噛み付けば離さないかのような歯。

 曲がりくねった角まである。


 まさに姿は『竜種』。

 だが『竜種』ではない。

「ツィエセアは我の魔法陣、種族特性と呼ばれる魔法陣の三つ目なり。

折角の大群且つ、イニネスがいるのだ。我も魔法陣を見せたくなるのだよ」


 だが唯一、目の前で逃げずに歯を食いしばり向けている者がいた。

 性別は女性。


 刃物を抜こうと指を剣の鍔に触れている。


「へぇ、この血肉族元気あるね」

「そうだな……どうする?」

「ボクはいいや。興味ない」

「生憎、我もツィエセアの餌だけで十分だ」


 女性の顔が歪む。

 つまり。

「良かったね。少なくとも助かるよ、あなた」

「我の名において、貴様にツィエセアはけしかけないよう約束しよう」


 旅団員にとって望んだものが、今殿として残ったと思われる女性の手に転がり落ちた。

 首の皮が一枚繋がった。

 だが。

「ちょっと待って。逃すの?」

 先ほどまで暗い顔をしていた少女が、少女二人に苦言を呈する。


「あ、起きた」

「少なくとも我は満足している」

「えー、メルクリエはぁ?」

「ボクの力は血肉族一匹に対して使うものじゃない、だからやらないし興味ない」

「えぇええー、皆殺しするべきだよ。じゃないと魔族が滅んじゃう」

 心底、残念そうに呟くエレイシアという少女。


「残念ながらツィエセアがこの森には森人いないっていうし、この国の魔族はみんな石だよ。

まぁ何人かの鎖で繋がっていた女性がお腹を膨らましてたから、ある程度奴隷でいるっぽいけどね」

「ほぼ全滅とみていいだろう。この国も魔族の絶滅は時間の問題だ」

「だったら尚更殺るべきじゃない」

 不満たらたらの少女。


「ボクたちは殺戮に関して雑食ではないようにするべきなんだよ。

血肉族みたいに理由なく殺戮したら、血肉族のように堕ちちゃうって先生言ってたし。

少なくともボクは今後もそうする予定」

「我は定期的にツィエセアに餌をやれれば良い」

 白い少女の発言に目隠しをした少女は「うん」と頷き。


「生きるために殺すならまだしも、血肉族は楽しむために犯して殺して踏みにじって。

それを見て笑って拍手して。

ボクたちいや、先生のとても大事な人を奪った。

だからといってボクたちも血肉族の大事な人を奪ってやるのは、(やぶさ)かではないけども。

血肉族とやっていること、同じだよね。ボクは血肉族とは違う生物だと思っているから、ボクから個人相手に何かするとか考えないかな」

「あのときのみなで泣いたことは覚えている。それをやられたからと言って血肉族ごときと同じことをすることは確かに嫌だな」

「そっかなー……。でもやられたらやり返したいじゃん」


「じゃあエレイシアはそうすればいいんじゃない?

ボクはやらない」

「我もこれ相手にはやらん」

「むぅ、じゃあ私がやったら悪者じゃんか」


「まぁでも、自分を守るためならボクは力を振るうけどね」

 発言した瞬間に女性の手に力が宿り、剣を鞘から抜き、刃が目隠しの少女の首へ迫る。

 が、目隠しの少女は慌てずに「既に使っているんだ、ごめんね」と呟く。

拘束の鎖(バインドチェイン)

 同時に白い少女も使う。

「――麻痺の囁声(パラライズショック)


 魔力素で出来た青白い光を仄かに光らせた鎖が女性を雁字搦(がんじがら)めにする。

 まだ手指に握るその刀剣を落とすように、女性の身体を麻痺もさせる。

「ぐぁ……」

 声も出せない女性。


「逃げるよりも戦いを選んだとは、血肉族も中々」

 感心したように呟く目隠しの少女。

「だから、殺した方がいいのに」

 と呟き、麻痺し身体を動かせない状態の女性の首を片手で持つ。

 身長的にも持てず、また鎧などを身につけており見た目以上の重さを持つ女性であるが、黒髪の少女は持ち上げた。

 それをやり為したのは、彼女自身の腕ではなく、彼女の身体から伸びる寒天状の滑りを持った黒いモノ。

 それが腕から伸び、女性の首を掴み持ち上げる。


「がっぐっ……うぐっ」

 苦しそうに(あえ)ぐ女性。

 その姿をみて嬉しそうに微笑む黒髪の少女。

「苦しいでしょう? そんな苦しいことを血肉族は魔族にしているんだよ。

強引に好きでもない男の精で孕ませたり、産まれた赤ちゃんを直ぐに奪ったり。

離れ離れになった親子、夫婦、友だちを何人も見たんだよ」

「あぐっ……」

 更に握る力を強くする黒髪の少女。


「いいよね、貴女は。直接声を潰されるように苦しい思いだけをして。

"断腸の思い"で、(つがい)から引き離される者の苦しみを味わらなくて。

一度強引に孕まされてみる?」

「まって、エレイシア。それは駄目」

「うるさい、黙ってメルクリエ」


「…………、」

「うん、命乞い?」

「ザ……ルツァ、あとは……頼む」

「あらあら、命乞いでもなくて。私たちが知らない人に想いを託したようだね」

 黒髪の少女は持ち上げていた首を地面に叩き落とした。


「がっ」

「ふざけるな。貴女みたいな外道は、(むご)たらしく(みじ)めに命乞いをしろよ。

それを見て魔族のみんなが笑ってこそ、私とその想いが成就(じょうじゅ)するんだからさぁ!」

 少女が何度も地面に女性打ち付ける。


「ふざけるな、何が「あとは頼む」だ!

その想いも! 何も! 全て! 魔族は! 私たちの種族は! 想いを頼むことも!

引き継ぐ想いを! 全部! 全部! 奪っていったのはお前らだろ!

たかだか私たちが! 魔石になるからと! それだけのためになんで殺されなきゃいけないんだ!

なんで私たちが我慢しなきゃいけないんだ! 全部大事な人を奪っていったのは!

お前らなんだ!

返せよ! 『お姉ちゃん』を! 今直ぐ『お姉ちゃん』を返せえええええええ!」


 黒髪の少女が猛り狂い、起きるのは誰よりも危険な魔力。

『魔王』の中で最も危険な『魔王』の想いが弾ける。


「あああああああああああああああああああああああ。

――『再活性の円舞曲(リアニメイトワルツ)』! この辺りを全部全部全部!」


 活性する魔力。

 起き上がるは死の軍勢。

 柔らかい地面から起き上がるのは人骨の軍隊。

 数にして約一千体。

 全て只の人骨ではない。

 手には何かしらの得物――剣や弓、斧、槍など――を持つ。


 もちろん人骨だけではない、熊、犬、猫などの野生動物の骨までもが現れる。

 各骨の眼窩には赤黒い炎がぼうっと灯る。


 また、真黒い馬に乗った巨大な黒い騎士も数体現れた。

 馬の(いなな)く声は聞くものを震えあげる。

 他にも腐りかけた身体を持つ蟲に、大きな口角を持ち人間の身体などを容赦なく食い千切ることが出来そうだったり、何百匹もの大群を為す昆虫などが現れる。


「エレイシア、止めなさい」

「…………なんで、メルクリエは止めるの!」

「気持ちは分かるけど止めなさい。先生を悲しませたいの?」

 淡々と感情を載せない目隠しの少女。


「…………卑怯だよ。なんでお兄ちゃんを引き合いに出すの」

「先生はもう興味がないと言ってる。ボクたちの国があればいいの。ボクたちがいればいいの。

欠けたりしたら駄目だし、変に血肉族を突いてボクたちの国を壊したいの? 先生を悲しませたいの?」


「……それは……でも、パイソお姉ちゃんとかはその」

「パイソは自分の任をやっている。……エレイシアの任はなに?」

「……分かったよ。…………分かったよ。もう」

 黒髪の少女は興味を失ったように、叩きつけていた女性をゴミ屑をゴミ箱に投げるようにぽいっと投げた。

 その女性の元へ目隠しの少女は近寄り、「うん、顔には傷なし。いわゆる"脳震盪(のうしんとう)"とかいうのが起きているだけかな。ニルティナ、悪いけどこの人に回復術を」と白い少女に命を飛ばす。


「別に構わんが、何故助けるのだ?

捨て置いてもいいのだろう?」

「確かに捨てておけば、野生の何かに食われると思うけど、万が一助かった場合、国に何かが起きるかもしれないし。エレイシアの『再活性の円舞曲』を見られた。

何かしらの対策を組まれた場合、厄介なことになりかねないから助けて、連れて行こうって話」

「なるほど、……殺せばいいのでは?」

 最もな意見の白い少女。


「それを言われたらおしまいだけど、この胆力は何かに使えそうだし。

もし何かあったらこの血肉族を使えばいいかなーと」

「何に使うんだ、何に」

「さぁ? その時にならないと」


 仄かな虹色の光が女性を覆う。

「そうだなぁ。奴隷紋でも貼り付けて、孕み后にしようかなあ」

「…………、血肉族とやっていること変わらなくないか」

「ニルティナ、血肉族は魔族を孕せたら子どもを奪って……を繰り返すけど、ボクたちはそんなことはしない。

出来た子どもはちゃんと親にそだててもらう。ほら、天と地の差があるはずだけど?」

「至るまでが同じではないか」

「ん、では。それ以外のことをしよう。

例えば市中引き回し……!」

「イニネスは何だかんだ言ってエレイシアと考えることが一緒だな」

 白い少女の発言に、目隠しの少女はぷくっと頬を膨らませ、

「む、あんな情緒不安定なのと一緒にしないでほしい」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「治癒も完了したことだし、この孕み后(にもつ)持って帰るか」

「そうだね、エレイシア。帰るよ、準備いい?」

「うん、全軍解除済みだから大丈夫。ニルティナはどう?」

「うむ、ツィエセアは既に帰らせている」

 両名の答えに満足した目隠しの少女は、自身の魔法陣を呼び出す。


「『世界の理(オーバーロード)』駆動」

 そして目隠しの少女の手元に現れるのは、"本"。

 本を(めく)る少女。

 目隠しをしているため、見えていない筈の(ページ)を捲り止めた頁は、「空間の扉(ポータル)」がイメージしやすいように目隠しの少女の先生がわざわざ絵と、効果を視覚化させた本。

 視覚化させたイメージの通りの魔法が発動する。


「相変わらず、凄い魔法だな。これは」

「この系統使えるの、『姉妹』とメルクリエだけだよね」

「……まぁ、ね」

「……近衛だから?」

「いや、関係ないよ。というのもボクはこの魔方陣があったからだけで、あの『姉妹』が異常なだけなんだけどね」


「というと」

 興味深そうに聞く白い少女。

 対して答える内容は「あの二人は努力の種族特性で出来るようになったと聞くし。凄いと思う」と呟き、気絶している女性を「空間の扉」に投げ込む。

 投げ込まれた女性が消えたあと、白い少女と黒髪の少女が順に入り、最後に目隠しの少女が入って「空間の扉」の光はスッと消えた。


 後には鉄錆の匂いのする森が残され、突風が森を駆け抜けるだけとなった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



――できない、できないよ


 古代歌詞の碑文:薬毒の蝕海、銀杖の姫-ニルティナオヴエ・コリュッソス-



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



――なかないで


――私は幸せだった、から


 古代歌詞の碑(掠れて読めない)




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