小説
ここが私の居場所なんだね。
だから、ずっと一緒にいさせてください。
古代の歌詞の碑文:啜り啼く黒い海の呼び声-エレイシア・フローレス-
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夕焼けが教室を染めているこの空間で、同期の女の子、『メティア・フォロット』は泣いていた。
啜り泣いていた。
と、言っても啜り泣いているような声が聞こえていた程度で、実際に泣いていたかは分からない。
表情を読めばいいのかもしれないが、生憎夕焼けの光が彼女を照らしており、顔が陰に隠れているため、表情は読めない。
ただ、泣き声と雰囲気で泣いていたんだろうと、当たりは付けられる。
「なん……の用?」とメティアは震える声で聞いてきた。
正直に言えば用なんて崇高なものなどない。
ただ、幼いとはいえ『女の子が夕焼けの差す教室の中で泣き、陰で顔は見えない』という、この空間は漫画や小説でよくみた光景だ。
その光景を自分が遭遇した。
それだけで、このイベントは価値がある。
だが、理由はそれだけで遭遇したいがためにいただけ。この前に続く言葉なんて用意などしていない。
エロゲのようにここは気の利くことでも言えればいいのだろうが、齢四歳に満たない子供がそんな気障で歯の浮くような台詞を吐いても理解出来るわけがない。
一応、選択枝を挙げよう。
1.夕陽に照らされる君が気になったもので。
2.ほら、なかないでおにいさんといいことをしよう?
3.ぐへへへ、泣いている可愛い子いねがー攫っちまうどー
アカン、一部除いて選択枝が全部お下劣や。
エロゲってこの場で押し倒すようなものばっかりじゃないですかー! ヤダー!
四歳が四歳を押し倒すってなんだよ……犯罪だよ!
この世界の犯罪、倫理周りについてまだ分からないけど、多分犯罪!
選択枝決めに悶々としているところで、彼女はしっかりとした声音で「何の用?」と再度聞いてきた。
ええい、ままよとそれに対して応える。
「泣いているメティア、君が気になったから、だ」
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「泣いているから、気になって思わず見ていた」とミルは言った。
その返答に対して、私は思わずポカンと口を開けてしまった。
人が泣いていた程度で、見とれるなんて。
そもそもこの返答は、四歳未満の子にしては大人びていると思った。
私は魔族だ。だから思考は大人びていると自覚はある。
私の思考に付いてきている、いや、魔族の考え方と似る人族なんて聞いたことがない。
それになんで泣いているからといって、見惚れるのか。
それについて、聞いてみれば。
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メティアから見とれた理由について聞かれた。
このイベントについてエロゲでよくある場面なのでと、馬鹿正直に答えても仕方がない。
それになにより、エロゲって言ってもこの世界で言い方が分からないし、
『エロ』が説明出来ても『ゲーム』が無理だ。
生前のゲームというものには、ジャンルがたくさんあった。
RPG、パズル、FPSに、オフゲ、ネトゲなどなどと全部説明するのは難しい。
ましてや、この四歳児がゲーム、ラノベ、小説、漫画などでよく聞く、『転生者』というジャンルを理解出来るとは思えない。
だから、小説とかそういったものではなく、あくまで直接的に感じたことを彼女に言えばいい。
では、何を言うか。歯の浮くような台詞は吐けない。
可愛いから。綺麗だから。そんなものはありきたりだ。どうせ男なら心に残るような台詞を吐いておきたい。
いや、まて。やり過ぎると案件だ。王国裁判所に連れて行かれる。
それは困る。
懲役食らってから帰ってきて見れば姉さんが別の野郎とくっついてたら、俺は魔王になる自信がある。
「メティア、君が泣いていた姿が幼いながらも夕焼けと相まって綺麗だなーと思っただけ」
当たり障りなく、本当にその通りに思ったことを吐いた。
彼女はそれを聞いて、何かを言おうと口を開けたが、
その句を吐かせずに、続けて、
「誰でもいいって訳じゃない。最初に友だちになってくれた。君だからそう思った」
ぶっちゃけですね。メティアはかなり美人なんですね。
姉さんも結構美人だわ、と思ってたし考えてたけど、メティアは可愛い方面で美人なんですわ。
くすみがない本物の金髪に、茶眼のタレ目。
ええ、俺の好み一直線です。四歳だから顔の特徴はまだどんぐりの背比べで特徴なしだけど、なんかこう「あ、こいつ美人だわ」と直感で分かる感じの美人。
そんな奴を相手に気障な台詞を吐くなという方が難しい。
特に俺は、彼女いない歴=年齢というものだった。生前は不細工だったし、せっかくそこそこイケメンに生まれたんだ。そんな台詞を吐きたくなるもんだ。
その台詞を吐いてから目を瞑った。
どんな反応を示すか、分からない。
ポカンと口を開けられて「は? 何言ってるんだお前」ってでも言われたら、俺はもう姉さんと一緒にいることを誓う。
自分の黒歴史の所為で新しい人生でも黒歴史が発現するわけだ。
これは痛い。
激痛。こうかはばつぐんだ。
うわあああ何か話してくれ。この沈黙がキツい。
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ミルから、お父さんが街で買ってくれた恋愛小説の主人公が女幼馴染に対して言った求婚に近い台詞をそのまま言われた。
そう一字一句間違いなしのそのままで発言。
その小説の女幼馴染は、この台詞を聞いて主人公のことが気になって、好きになるけど艱難辛苦が主人公と女幼馴染に襲いかかって、でも全部退けて女幼馴染の方から求婚して平和に暮らしたとある。
その台詞を今言われた。
私の中で人生で一度は言われたい台詞、第一位だったものをここで言われた。
顔が熱い。
泣いていたときよりもっと熱い。
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彼は、その主人公が言った通りに"何気ない"一言なんだろうと思う。
だから、女幼馴染は主人公のことが気になりだしたのだ。
さり気なく言えるその発言。その真意を確かめたくて、気になって気になって気になってどうしようもなく気になって、自分から主人公の気持ちを確かめるのが難しいから、彼から自分のことを見てもらえるように。
主人公好みの女性になるべく、四苦八苦して。戦争で引き離され、彼が勇者として帰ってきて、それでも幼いときに言われた、あの台詞が気になって気になって、でも時の人だから会えなくて寂しくて寂しくて寂しくて、それでも彼は覚えていて。
総てを捨てた上で女幼馴染の元に来て。
「国のお姫様や色々な人に求婚されたけど、『君しかいない』」と主人公から言われて、女幼馴染は『ずっとずっと好きでした。結婚してください』で締めくくる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この恋愛小説を読んだとき、私もこんな感じのことを体験したいと思った。
でも、無理だと思った。
私は魔法が使えない。
作中の女幼馴染は魔法が使える。
だから、辛い出来事も魔法で退けるということが女幼馴染では出来ても、私には出来ない。
それでも憧れた。私のような出来損ないにでも主人公がいて欲しい。
主人公が勇者になって。
誰もが羨み、誰もが彼に求婚し。
それでも、それでも主人公が女幼馴染の元へ一直線に迎えに行き、そのお蔭で破談になったお姫様の縁談や、怖い悪役の貴族の脅しにも屈せず、全ての面倒なことを捨てて。
お互い初めて会ったときのように、主人公はただの女幼馴染のことが好きな男の人で、女幼馴染は主人公のことがとても大好きな女の人で、改めて会って。
生まれ育った国から出て行って、別の国で幸せに暮らした。
その夢にまで見た小説の一つの女幼馴染に形だけでも私はなれた。
もしかしたら、それだけかもしれない。
ミルとは、ただの友だちで終わるかもしれない。
ミルが勇者になったりもしないで平凡かもしれない。
ミルが勇者になってお姫様と結婚するかもしれない。
……ミルが勇者になって、全てを捨てて私の元へ来てしまうかもしれない。
それが、嬉しくて嬉しくて嬉しくて私は視界が歪んで。
座り込んで泣いてしまった。
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……おおぅ、これは新しい。
気障な台詞を吐いたら、相手が泣いた。
しゃがんで、手で顔を覆って泣いた。
正直に言えば八割がた「何言ってるんだこいつ」を予測していた。
ほか二割はこう、某ゲームのように「○○は逃げ出した!」ってことを考えていた。
しかし、泣くのは予測していなかった。
あれですね。
気障だと思ってたけど、キモい台詞だった訳ですね。
ごめん、悪気はないんだ、と。
言い訳をするために、彼女に近づいた。
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キモい俺が近づいても彼女は逃げずにしゃがんだまま、泣いていた。
太陽が地平線の下へ消え、夕焼けが差していた教室はもう暗くなっていた。
窓は締め切っているため、夜の寒さは感じられない。
それでも暗くても見える彼女の顔の赤さ。
お互い四歳未満とは思えない、この台詞の応酬。
彼女がふと手で覆っていた顔を上げた。
四歳未満のくせに上目遣いする顔が妙に大人っぽい。
それはともかく、その顔がやはり赤い。
怖がらせないように、ニコッと笑う。
だが、まぁうん。生前から俺は笑顔というのが苦手だった。
この世界でも、狙って笑顔をするということはしたことがない。
逆に怖がらせた可能性がある。
この世界では今のところ、ハンカチという概念がないようで、泣けば裾で拭うとかそんな感じだ。
それは見た目的に宜しくない。
野郎はよくても、女性は駄目だ。
だから、彼女にハンカチもとい布切れを差し出した。
しかし、差し出しても世界にそんな文化がなければ、彼女に差し出しても意味がない。
当然、布切れを目の前にしても、明らかに『?』と疑問符を浮かべている顔をしている。
だから、しゃがんで彼女の顔を布切れで拭いた。
拭きながら止せばいいのに、気障な台詞も吐いてしまった。
「可愛い顔が台無しだよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミルから見れば私は変な子だろう。
何気なく言った言葉で勝手に嬉しくなって泣いている。
彼が近づいてきた。
なんて言われるんだろう。怖い。
面倒な女だと言われるのだろう。
嫌だ。ミルにそんなこと言われたくない。
ミルが近くに立った。
私は何を言われるんだろう、と思って彼を見上げた。
私の顔を見てミルは、笑った。
笑っただけなのに、何故だろう。私はとても居心地がよくなった。
居心地がよくてふわふわしていると、ミルから布切れを差し出された。
これで何をすればいいのかと、布切れを見てからミルを見たら彼がしゃがみ、私の顔を布切れで拭いてきた。
目の下とほっぺたに口元も拭かれた。
優しく拭かれた。モヤモヤする。
でも、お陰で私の顔が綺麗になった感じがするから、お礼を言おうと口を開けたときに、耳許で、
「可愛い顔が台無しだよ」
と、囁かれた。
……え、可愛い?
とその意味を理解する寸前に私の思考が限界値を超えたようで、最後にみたのは笑顔のミルだった。
その笑顔を見た瞬間、私は明日からも頑張れると思った。
そして意識が飛んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ええ、俺は何を言っているんだろうな。
一日で黒歴史を何個作るんだろうな!
なんだよこの台詞。
――可愛い顔が台無しだよ。
って、俺ってどこに向かっているんだよ。
彼女に囁いてから全く動いていない。
ちょっと話しかけるが、全くの無反応。
多分、「お前のキモい台詞はもう聞かない。この状態は自己を守るシェルターなのだよ」っていう状態なのかもしれない。
この状態で放っとくのは多分色んな意味で危ない。
平和な村とはいえ、不届き者がいないとは限らない。
俺がそのまま放っといた所為で彼女が犯されていました殺されていました、なんて夢見が悪い。
だから、彼女に形だけ断りを入れておんぶする。
……軽っ
思わず、心のなかで呟いてしまうぐらい、軽かった。
一応、姉さんからメティアの家の場所を聞いていたので、迷わず彼女の家に着いた。
おんぶからメティアを横抱きにしてメティアのおばさんに、メティアを抱き渡した。
暗い夜道だったが、相変わらず自分の燃焼魔法で夜道を照らし、帰路についた。