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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-休養日-
189/503

戦闘訓練


「今後は、パイソの飲み物は飲まないようにします」


 そう兄上から宣言されて途方にくれたのはちょっと前。

 ちょっと悲しいなとは思ったけども、嫌われてはいないようなので頭のなかで置いておく。

 ……今度また、気付かれないように、口移しをしてみよう。


 と、思うぐらいには余裕が出来た。


 そして今は寮という巣に向かって帰路についている。

 あのあと兄上に戦闘訓練について聞いてみると、「いいよ」の二つ返事で許可を貰った。

 これで兄上と共に戦える、とおもいきや。


「そうだな、じゃパイソとエルリネの二人で掛かってきな」

「え?」

 思わず聞き返してしまうぐらいに衝撃的だった。


「なんだよ、そんな"鳩が豆鉄砲を食ったよう"……じゃなくて、そんなに驚いた顔して」

「ご主人様、いくら私たちがご主人様より他愛も無い存在だとしても、ご主人様が持っていた力があるのですよ。

そんな力を持っているのを相手に大丈夫なんですか?」

 エルリネの心配も最もだ。

 事実、私は『最終騎士』と『前衛要塞』を使う予定だ。

 下手したら捻り潰してしまう。


 いや、それはなくても重傷を負わせてしまう。

 だけど。

「んーいや、それでも俺が間違いなく勝つから気にしなくてもいいよ」

「いや、それでもだな」

 思わず私の方から苦言を呈してしまう。

「いやね、正直に言えばもう勝ち筋は見えているんだ」

「なに?」

 戦う前から見えているだと。

 いくら兄上でも、これにはカチンと来てしまう。


「寧ろね、パイソの『前衛要塞』がないと、エルリネが死ぬ可能性がある」

「…………パイソがいないならいないなりの手加減をすれば」

「いや、それもいいんだけどさ……。前回の「x,y,zの爆弾(キュービックボマー)」があるだけの戦いになって、『闇夜の影渡』であっさり完封でつまらないと思うよ」

「…………なにをする予定なのだ、兄上」

 声を絞り出す。

 思わずごくりと喉を鳴らす。


「知りたいの?」

「ええ、教えてください」

 心底悪そうな笑顔で、兄上は。

「ひ・み・つ」

 と答えた。


 むっと顔をしかめるエルリネ。

「と、だけじゃ駄目だよな、当然。

だから教えてあげるけど」

 と、一つ溜めて応えるのは。


「魔法陣が一つと二つが相手になるんだ、魔法陣二つと上級魔法を何発か撃たせてもらおうか、なんて思ってる」

 その答えに私は「え」と思わず、呆けてしまった。

 見ればエルリネは眉を(ひそ)めている。


 対して、兄上はニイっと笑い「大丈夫、エルリネはともかくパイソにとって有益となる魔法だよ」と聞かされても、上級という魔法は正味な話、非常に怖い。

 でも、それ以上に興味が湧く。

 ……兄上の使う魔法は、一族の魔法よりとても凄くて強くて狩られなくなる魔法なのか。

 と、興味が尽きない。


 これを覚えれば狩られないで済む、そう信じるだけで私はとても魅力的に思えた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 巣の裏庭は少々暴れても、問題ない広さだった。

 しかし、この広さでは魔法は使えない。

 私の種族であれば個体差があるが大抵の者が使える『咆哮』と『息』の射程範囲よりも狭い。

 私が二つ使った場合、巣が壊れてしまう。

 それぐらいの広さだ。


 私たちがその裏庭で戦闘の準備をしていると、クオセリスと兄上らの同郷の(ともがら)というロルフェアラとその関係者を含めた者がわらわらと、巣から出てきた。

 その姿はなんとなく、知識の中の巣で雄を待つ雌が雄が帰ってきたことに喜ぶ様のようだ。


 雌たちが見ている目の前で今朝の兄上使った、私を引き離した魔法が使われた。

 あのときは恥ずかしながら必死だったので、よく聞いていなかったが『世界』という魔法、いや魔法陣というらしい。

 これがあれば、どんなに魔法を使っても外に漏れないという。

 だから、『世界』が張られて、兄上が「掛かってきな」と煽られたから、早速使ってみた。


 この私の人生初めての『咆哮』を。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 大きな『咆哮(こえ)』が出た。

 全ての鬱屈を咆哮にしたと思う。

 鬱屈といってもただの不満解消だけれども。


 たった一回の咆哮で大地を(えぐ)り浮かせ、浮いた土塊は砕け散った。

 普通ならばこれ一撃で終わると、知識が訴えている。でも、私の直感が告げる。


「まだ、終わっていない」

 エルリネが告げる。

「流石、エルリネね。あのときと大違い」

「いつの話をしているの」

「あれからまだ……っと」


 無駄話を叩くなとばかりに私とエルリネとの間に魔法が穿たれる。

 何を言っているかはわからない、でも意味は通じることから多分"日本語"だろう。

 そして、その内容は。


「"焼尽の風の如く、声を出さずとも生命(いのち)を食い尽くせ。其が行く末は炎の道なり。また、滅び行くは罪を犯した街よ、空を見上げるな! それは見てはいけない禁忌の榴弾(りゅうだん)なり」

焼夷の命令(インセンダリィ)焼夷徹甲弾(ピアースインシノレート)

焼夷の命令(インセンダリィ)焼夷の雨(ナパームフォールアウト)


 よくわからないけれども、わかる。

 とても危険だと。

 その一瞬後に発生するのは、私ですら熱いと悲鳴を上げざるをえない熱量を持つ一撃。

 焼き尽くされると自分が心配になるほどの危険な魔法。


 見たことなんて、ない。

 知識が言う。

 これは、分からないと。

 耐えるべきか、避けるべきか。


 分からないのであれば、耐えるべきではない。

 だが、避けられない。

 周辺は焼き尽くされている、逃げ道は炎の道を超えるのみ。


 だが。

 順々に道が狭まれていく。

 炎の道が炎の河となり、炎の海となる。

『竜種』ですらも地獄と思わされる炎の海。


 炎の海が湧き上がっていない地は、既に炎の雨に晒され最早立つ場所は無い。

 息を吸い込み、先ほどの『咆哮』の準備をする。

 炎の海も炎の雨も大地ごと吹き飛ばす……!


 だから息を深く吸い……込めなかった。

 何故か。

「基本的に焼きつくすってことは、"酸素"を燃焼するんだよ。

だから、息を吸って吐こうとする相手には、"酸欠"を誘発させることが狙えるわけだ」


 兄上の声が聴こえる、でも聞き取れない。

 何を言っているんだろう。

「この世界の酸欠について、どう思っているかわからないんだよね。

ほら「火球」っていう魔法はあったけど、これを多数作って燃やしたとしてもガッツリ酸欠に陥らせるほど燃焼出来るかっていうのと。

どことなく隙間があるのが、この世界だからぴっちりと締まった空間が無いんだよね。

だから、"酸欠"っていうっていう現象が起きるか分からなかった」


 何を言っているんだ兄上は。


「まぁエルリネとパイソの反応からすると、酸欠っていう現象と概念はあるようで……うん。

これについてはパイソの武器になりそうだから、今度詳しく教えるよ」


 カヒューという呼吸音が聞こえる。

 ああ私の呼吸音だ。


「あとは「獄炎(ヘルファイア)」と「瞬炎(インシネレート)」辺りはやりたかったけども、魔法陣使わせる前に完封しちゃったな。

恐るべし、現地人からみる未知の現象。

さて、……竜風衝墜(フィアード・テンペズム)、火を消せ。それと新鮮で且つ清潔な酸素を送れ」


 一瞬にして兄上が作る竜巻により、炎が巻き取られ残るのは先ほどの地獄を感じさせないほどの涼しげな空気と、満足に呼吸が出来るようになった空間。

 格の違いを見せつけられた。


 兄上の騎士になると信じた私は馬鹿だ。

 ただの思い上がりではないか。

 為す術もなく惨めに死ぬところだった。

 

 エルリネが完全に沈黙している。

 あれは……気絶だ。

 

――ごめん、今更だけど『最終騎士』、『前衛要塞』力を貸して。


――当然だ、任せろ。

 脳内に響く声。

 死にかけた、でも今後兄上と共に歩むならば、兄上以上に危険なこともある。

 兄上と共に征くならば、こんなもので死にかけたと泣いてなんかいられない。


『前衛要塞』の盾が舞う。

 盾が舞う隙間で、兄上の顔が歪む。

 歪む顔は、知識の中の。


「『魔王』め」

「へぇええ、立つんだ。凄いね、やり甲斐あるよ」

「それは、ありがとう。兄上」


 心底ありがたい。

 ここまで差を付けてくれて。

 やり甲斐がある。

 この差を縮めるための努力のし甲斐がある。


「結局見せることはなかったけども、こちらが出す予定の魔法陣はね」

 兄上は一旦言葉を切り、とてもワクワクしていそうな声音と顔で。

「『戦熾天使の祝福(セラフィックイージス)』と『奪熱凍結の言霊(ニブルヘイム)』だったんだよ」

 前者は見たことがある。

 クオセリスの兄と呼ばれる者と兄上が戦ったときの魔法陣だ。


 だが後者はみたことがない。

 どんなものかと好奇心は沸くが、それ以上に危険だという警鐘が頭のなかで鳴り響く。

 見たことも聞いたこともない魔法の中で、凶悪で且つ高火力を持つのが魔法陣だということを、『前衛要塞』から聞いた。

 なるほど『最終騎士』も『前衛要塞』も自我を持つ魔法と考えても異様で、且つ『最終騎士』と『前衛要塞』の能力全てが危険だ。


 それが二つ。

 ゾクゾクっと"武者震い"と呼ばれるほどに震える。

 兄上は私とエルリネを、その高火力の魔法を使うに値すると認めてくれたのだ。

 結果はこのように見せるまでもなく、散々だったけれども。

 兄上はそういった高火力を持つ魔法陣を複数抱えており、それを使ってくれる。


 これほどまでに認めてくれることはない。

 楽しい。これがあれば狩られない。

 仔は残せなくとも、兄上が亡くなってもずっとひとりで狩られることもなく、世界に飽きる日まで生きられる。


 兄上の魔法陣を全て見たい。

 そのためにも強くなる。

 隣に立っていられるように。

 毎日、戦闘訓練が出来るように。


「だからまぁ、上級を一個ぶつけようと思う。だから、これ見て耐えて覚えろ」

 何か言われた、けれど私としたことが聞いていなかった。

 でも。

「ああ、耐えてみせるとも」

 そうか、と軽く呟く兄上の声はとても嬉しそうに聞こえ、そして。


「最低起動で、敢えての詠唱はなし。さ、耐えて覚えろ」

「うんっ」

 何かな、何かな。

「墜ちろ、「天空から墜つ焦灼の槍」」


 熱が頭上に出来た。

 見上げれば、それは橙色の一個の球体。

 ゆっくり落ちてきて見ている内に変化したその姿は赤白い槍。

 その槍には見たことのない文字が彫られた模様が施されていて、それが私の目の前に墜ちた。


 墜ちた瞬間に発生する暴力的な音。

 私の『咆哮』を凌駕する音。

 破砕音でも爆発音でもない、空気を圧縮し続け破裂した音。


 大地は砕かれ土塊はなく全てが灰になる。

 空気が全て焼け落ち、先程までの空気が全てなくなり呼吸が出来なくなる。

 こんな高火力の兄上の隣に立つには、まだまだ力が足りない。

 でも、目標が出来た。


 結局、「天空から墜つ焦灼の槍」には耐えられず、覚えることも出来なかった。

 でも、これが兄上の元に立てる到着地点だ。


 だからこの訓練には意味があった。


 因みに、この訓練が終わりエレイシアは呆然としていた。

 またロルフェアラらの雌どもも、呆然としておりそのまま巣に戻っていった。


 訓練が終わり、夕食もお風呂も楽しみ、全てが終わり"日本語講座"も終わったころには、二つ並んでいる月が窓の枠から見えてきた。


 明日もいい一日になりますように。


――おやすみなさい、兄上。


 そう小さく呟きながら、兄上の小さな背中を(まぶた)が下りるまで見つめ続けた。


 作者名とアカウントネームが違うため、私の活動報告に直接飛べません。目次の下部にある「作者マイページ」から、私のアカウントの活動報告の閲覧出来ます。

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