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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-休養日-
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蜂蜜酒


 今、私は兄上とエルリネらと共に街へ出ている。

 私の身体に合った服を見繕ってくれるとのことだった。

 私はまだ人化が不十分の未完成で、背中は鎧鱗がまだあるし、長い尻尾も見えている。

 知識の中にある人化は、鱗はもちろん尻尾も隠し、人の姿で外界へ(くだ)り、あるときは人の(いとな)みを真似して共に生き、存分にその地に生きたらまた別の地で生きる。

 よい(つがい)相手を見つければ、自身の正体を教えて相手から許しがあれば、まぐわい、次世代へ遺す。


 私は兄上一人しかいないと決めているし、兄上がもし亡くなれば死ぬまで独りで過ごすつもりだ。

 よって『竜種』はこの世界から滅ぶ。

 もちろん、それでもいい。

 次世代の子どもたちが苦しむならば、私の代で苦しみは終わりにしたい。


『勇者』に狩られるかもしれない。

 小型化しているときであれば、他者の獣からも食われる可能性もある。

 たまたま兄上が助けてくれたから人化出来るまで魔力を溜め込めた。

 そして今も人化出来るように、と兄上から魔力を頂いている。


 私の仔はそんなことが望めないかもしれない。

 だから、私の代で終わりにする。

 私が最後の『竜種』だ。


 そんなことを考えながら、私はセシルとクオセリスらと共に小物や服を決めて貰っている。

 知識での服などの有用性は知っている。

 番相手の気を引くために、自らを飾り選んで貰うためのものだ。

 あるときはきらびやかに、またあるときは質素に。


 小物もあるときは生活必需品として、最低限の髪留めとして使う。

 またあるときは髪留めだけではなく、色々な装飾が施された櫛などを使う『竜種』もいたようだ。

 そういった知識があるからこそ、そういった小物や服には特に感じない。


 だが、そういった知識は少々古臭いらしく、「これ」と思ったものは(ことごと)く「古い」とセシルとクオセリスから一蹴されてしまった。

 一通り服を選んでからは、下着を選ぶことになった。

 下着も有用性については知識がある。

 だが、実物は全く違っていた。


 知識としてあるものは、番相手にしか見せないためこれも質素なつくりの筈であったが、目の前の下着の作りは細かいながらも装飾があった。

 他にも私自身の背中には鱗鎧がある。

 ただ、着るだけでは文字通り背中側が切れて破れてしまう。

 だが、実在しているその下着は背中が開いており、背中と首を紐で結ぶというものであった。


「これで、パイソも普通にお洒落出来るね」とはクオセリス談だ。

 セシルが背中が開いている服を幾つか持ってきてくれた。

 曰く「パイソの趣味が古いから、今風のものを持ってきましたよ」とのことだ。

 ちょっと余計なお世話だ、と思ったが事実でもある。


 しかし、やはりというべきか、なんというべきか。

『炎』の魔力が色濃く出た、私の赤い髪の色によく似合うというこの服は、私一人では絶対に見つけられなかった。


「いや、もう本当にパイソさんはエルリネさん以上に体格があるけれど、エルリネさんに負けず劣らず何着ても似合いますね」

「そうか?」

「ええ、本当に」

 クオセリスがはぁと溜息を漏らした。


「こんなにも旦那様の周りに美しい方が何人もいらっしゃると、嫌でも私は焦ってしまいます」

「ほう」

 それは。

「何故だ。クオセリスも雌、いや女性である私から見ても魅力的だが」

 率直に言って人間族からすれば私は恋敵(こいがたき)とも言えるであろう。

 それなのに、このように敵に塩を送るようなことを平気でするクオセリス。

「お気遣い、ありがとうございます」

「いや、お気遣いではなく本心だが」


「そうですか。正直に言えば、私はそれなりに嫌なことを考えます。

私はこの通り性格と、必ず孕むことが出来るという体質があります」

 それは知っている。

 セシルの肩にいたが、一応聞こえていた。


「ですが、その体質を抜くと私の特徴は性格だけです。

エルリネさんやパイソさん、エリーのような能力はありません。

そして今現状、エルリネさんやパイソさんのように体格、背格好が完成していませんし身体を使っての籠絡(ろうらく)が出来ません」

「何をいうクオセリス」

「…………、」

「その性格が最大の強さではないか」


「そう、でしょうか」

「そう、だ。よいか?

雄というものは、雌に何を望むかは個体次第だ。

だが、大抵は癒やしを求めると聞く」

「…………、」


「自分で言うのも(しゃく)だが、私のしゃべり方は雌らしくない。

どちらかと言うと雄だ。

一緒に狩場に出かけて共に狩るならば、雄として扱ったほうが楽だろう。

だが、雄の巣で待つ雌は雄の帰りを待ち、帰ってくれば雄の身体を舐めて労働を(ねぎら)い、自身の仔たちに雄が狩ってきた食餌(しょくじ)を与える」


 これが。

「本来の『竜種』の姿と聞く。というのも、あくまで『竜種』が滅びず、『竜種』の村があちこちにあった時代の話らしいがな」

 クルオゲウム・コラップス様がいらっしゃった時代の話だが。

「私のしゃべり方で落ち着く雄はいるか?

逆に私よりもクオセリスの話し方、気配りで落ち着く雄が多数だろう。

多数ということであれば、兄上もほぼ間違いなく、そうであろう」

 つまり。

「その性格が最大の武器で、私には無い。

私は一種の雄だ。雌の姿をした、な。

クオセリスは雄に対して、羨ましいと妬むのか?」


「いいえ、そうですね。違います」

「私は雌だ。だから兄上と共になりたいとは思う。

私の一生は長い。クオセリスに先を譲る。仔が出来たあとに、私の順番を作ってくれ」

「私が嫉妬深かったら――」

「それはない」

「え?」

「それがないものだと、確信している。

だから、それはない」


 嫉妬深かったら、このように私のお洒落に気を使わない。

「そうですか。ありがとうございます」

 そう呟いたクオセリスの声は心なしか震えていたように感じた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 私の下着と背中が開いた服や小物に、セシルやクオセリスらの新しい服を購入し、各々の荷物は各々で持つ。

 兄上は女性服の店ではなく、男性服の店に行くと言っていたが、集合地点と決めていた噴水がある広場にはまだ来ていなかったため、待つことになったが荷があるため、一休みすることとなった。

 喫茶店と呼ばれるところの噴水が見えるようにと、広場に広がった席で荷物を置き、各自で飲み物を注文する。


 私が頼んだものは、「パイソさん、それお酒ですよ」とクオセリスから(たしな)められる。

 そう、私が選んだものは蜂蜜酒(ゴォーディア)だ。

 というのも、知識の中にこの蜂蜜酒の名前を見たことがあったから、選んだというものだ。

 その名も「ヴァーデ」。

 知識の中のこれは、蜂蜜と酒が半々で作られているようで、激甘い蜂蜜の中に酔う成分が入ったモノだという。


 蜂蜜酒というものは『竜種』の者が番と共に飲んだり、自分が口に含み乳の代わりに自身の仔に口移しで飲ませる飲料でもあるという。

 つまりは『竜種』にとって大事な人と飲み特別な意味を持つのが蜂蜜酒。

 更には願掛けもするものでもある。


 そんな蜂蜜酒で、且つ知識に蜂蜜酒の中でもとても美味しいという「ヴァーデ」をこの目で見られるというのであれば、それは何物よりも優先したい。

 だから、選んだ。


「いや、ちょっとこればっかりは、どうしても」

「仕方ないと思いますよ、クオセリス」

「なんでですか? エルリネさん」

「私がいた森では『竜種』は水の代わりにお酒を(たしな)む種族だと言われてます。

実際にそうなのか、と聞かれると分かりませんが、実際に『竜種』がここにいて、その『竜種』が酒を選んでしまっています」


「…………、本能で酒を選んでしまうってこと?」

「そこまでは流石に。ただ私たち森人が果実を搾った飲み物を好むように、『竜種』がお酒を好むのであれば、仕方がないのではないでしょうか。

私も果実を搾った飲み物を選ぶなと言われると、ちょっと嫌ですし」

「ふぅん」

 クオセリスにじとーっと半目で見られた。


「まぁ、私もお酒と果実搾りを選べるところで、果実搾りを選んだら厭味を言われるのは嫌ですし、だからといって嫌いなお酒を飲めと言われるのも嫌ですし。

…………、それが『竜種』だと逆になると思うと、自然ですね」

 どうやら納得して貰ったようだ。


 ただ、別に私は果実搾りは嫌いじゃない。

 どっちか選べと言われればお酒選ぶけども、果実搾りも選べる。

 蜂蜜酒が特別なだけである。

 いつか兄上と飲みたい。


 今後の予定についてみんなに聞いてみると、あとは兄上と合流し食事して帰るだけということになった。

 確かに私自身にも特に用事はない。

 あるのは服だけだ。

 各自頼んだものが、店員さんの手により配られていく。


「そういえば、パイソ」

「なに、エルリネ」

「私とご主人様とで、帰ったら戦闘訓練やるけどパイソもやる?」

「いいの?」

 戦闘訓練……なんて甘美な響きだろう。


「ご主人様次第だけど、多分「いいよ」って――」

「え?」

 今、兄上の声が重なったような。


「ただいま、ちょっと遅くなった」

「おかえりなさいませ、旦那様」

「うん、ただいま。クオセリス」

「おかえりなさい、兄――」

「お、パイソも一杯買ったな」

 私の声を被せて、後頭部の鎧鱗をカリカリと撫でる兄上。

 とても気持ちいい。


 ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけとろんとしてみたら、目の前の森人(エルリネ)がもっと色づいていた。

 他人から見る色づきは、このように変に見えるのか。

 ちょっとだけ注意しよう、私。


「ん、パイソの飲み物美味しそうだな。ちょっと貰うよ」

「うん? あ、駄目ですご主人様!」

 エルリネが止める前に、目の前でちょっぴり兄上に飲まれた蜂蜜酒。


「……やべ、これ酒か……」

「大丈夫ですか、大丈夫ですか」

「大、丈夫じゃないけど……大丈夫かな……」

 エルリネとセシルがおろおろしている中、私の心のなかだけは嬉しさに荒れ狂った。


――大事な人と飲む特別な意味を持つ蜂蜜酒、それも"ヴァーデ"と呼ばれる特別な蜂蜜酒を飲んでくれた。


 だから、飲んだ。


――ずっと、共に歩めますように。


 その後、エルリネはお酒が苦手だということで、私が兄上の口に接吻をし蜂蜜酒を吸い出した。

 ……役得役得。

 なお、口の中から吸い出したとき、口内に精製された魔力があったようで、とても甘くて美味しかった。


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