特別
兄上に正体がバレてしまった。いや、語弊があった。バラしてしまった。
兄上はただの小動物として私を愛でてくれた。
優しく撫でてくれて頭を掻いてくれて。
いつも兄上の心臓の近くの温かいところで、眠った。
兄上のとくんとくん、という心臓の鼓動を揺りかごに、毎日微睡んで。
目覚めて見上げれば兄上の顔が傍にあった。
兄上が喋った。その言葉に私も早く兄上と喋りたいと夢見た。
兄上が激昂した。その言葉に私も憤りを覚えた。
兄上が笑った。その言葉に私も一緒に笑った。
兄上が悩んだ。その言葉に私も解決出来ないのに悩んだ。
兄上が助けてくれたから、今私はここで微睡んでいられる。
兄上が助けてくれたから、今ここに兄上の力が宿っている。
兄上が口の中に魔法陣を張った。でも、私の背中には。
兄上の力が文様として彫られている。
強大な魔力で傷を付けられた。
キズ物にされた私の身を守る鱗鎧。
だから、私は特別だと思った。
みんなとは違う。
身体に直接彫られた力。
我が『竜種』、魔力を食す我が一族。
兄上の魔力の波動を食し、兄上の言の葉に篭もる魔力を食し、兄上より魔法の魔力を頂き、そして味が濃縮した魔力も頂いた。
魔力を頂き、初めて兄上がいう人化というものをした。
初めて人化をしたときは真夜中で、兄上がセシルとエルリネに挟まれて寝ているときだ。
そのときに私は頭のなかに入ってくる知識よりも、私は喜びが勝った。
これで、私は。
「兄上と喋れる」と。
知識なんかなんでもいい。
とにかく、兄上と一緒にいたい。
エルリネなんかにはない。
私には膂力がある。
私には鎧がある。
私には兄上と離れずにいたから、貴女とは違う魔法陣を持っている。
兄上が魔法使いならば、兄上を守護るのが騎士なんだ、と私の中の知識が教えてくれた。
ならば、私は騎士になる。
魔法使いを守護る騎士に。
私の中の知識と『最終騎士』が教えてくれた。
ならば『炎』となれ、と。
破壊だけの『炎』ではない。
再生の意味を持つ『炎』にもなれと『前衛要塞』も口添えしてきた。
我が一族は魔力を食べることで、個体の能力を固定し強くなりる。
そしてその度に『勇者』に狩られた。
『勇者』に狩られたくない一族は更に魔力を食んだ。
また『勇者』に狩られた。
狩られ続けた結果、私の一族は私だけになった。
ひとりぼっちだ。
『竜種』はどこにもいない。
ならばと、兄上の力と私の知識が私の行く末を見つけてくれた結果は『炎』。
『最終騎士』が炎を剣とする方法を教えてくれた。
『最終騎士』が知っている魔法、それを教えてくれた。
有効に使うには兄上の魔力が必要だと『最終騎士』は教えてくれた。
『前衛要塞』が炎を盾とする方法を教えてくれた。
『前衛要塞』が知っている魔法、それを教えてくれた。
有効に使うには兄上の魔力が必要だと『前衛要塞』は教えてくれた。
二柱に聞いた。
「兄上の魔力とは何か」答えはたった一言。
『精製された魔力』。
精製された魔力について聞けば。
なんだ「私の種としての次世代への本能と同じことをすればいい」ということが分かった。
ただ、私はもう次世代は作れない。
人の身であれば、寿命から見ても精々五人。
卵としては産めない。
産んだ仔を一人前にするには、魔力が貯まる百年という人の身であれば膨大な時間。
それを短縮できる兄上の魔力。
いくら兄上の魔力が膨大で、いくらでも貰えるとしても。
それをずっと貰い続けるなんて出来ない。
魔力は『竜種』のように無限ではなく、有限だ。
有限の魔力を私と私の仔たちに恵んで貰えるようになんて、頼めない祈れない。
いくら私が特別でも、有限の寿命を持つ人族から限りある魔力を頼ってなんて出来ない。
だから私は仔は要らない。
自分が強くなって兄上を守護れる騎士というものになるために。
仔なんか要らない。
仔を欲しがったらずっと頼ってしまう。
千年以上の寿命を望んでしまう。
駄目だ、それだけは。短い寿命だからこそ、人族なのに。そんな『世界の理』から外れたことなんて。
千年も兄上に寿命があれば、私の仔が百匹単位に育ってくれて、滅ばずにいられる。
更に兄上が建国してくれれば、言うことはない。
建国した国から出なければ、きっと狩られない。
でも、駄目だ。
建国なんてさせない。それは私の我儘だから。
安心して私に仔が作れるようにするには、全てが足りない。
だから私は種の本能、知識に反して兄上と共にいたい。
兄上の顔が好き。
兄上の声が好き。
兄上の鼓動が好き。
だから、いつの日か兄上の前に立ち、先導出来るように頼られるようになるために。
そして、仔を作る代わりに特別な私に特別な魔力を貰えるために、添い寝して循環したり。
あるときは、直接繋がった。
だから、私は特別なんだと。
寵愛を受けていると。
寵愛を受けているからお腹と胸を触られた。
いやいやと拒否しても触られた。
寵愛を受けているから、いやでも触られているんだと。
――だから勘違いした。
寵愛を受けているから、兄上が嫌がることをやった。
最後は、好きだから甘咬みしようとした。
兄上がエルリネの耳にするように。
かぷっと噛んでやろうと思った。
兄上から捨てられそうになった。
兄上から殺されそうになった。
でも、それよりもなによりも、心に残ったのは。
――どうして、寵愛を受けているんだと思ったんだろう。
という、後悔だけだった。
だから、その後悔が大きくなって、わざと小さくしていた身体が大きくなってしまった。
――嫌だ嫌だ、この姿は嫌だ。愛してくれない。こんな姿は見せたくない。
でも、後悔だけは止まらない。
嫌だ嫌だ。ごめんなさい。特別なんて要らない。捨てられたくない。嫌だ嫌だ。兄上にもう二度と会えなくなるなんて、絶対に。
「嫌ぁぁああああああ」
――承知した。管理者に喧嘩か、分が悪い。
――お前が潰されても我がある、任せとけ。
頭に響くその声は。
「あ、あ……あ」
兄上から借りた力。
兄上から特別に貰ったと思ってしまった力。
その力が兄上に牙を。
駄目だ、そんなこと。
兄上の力は兄上のもの。
そんな仲違いなんて、だめだ。
――ごめんなさい、兄上の力は兄上のものだから。
だから、私は立ち上がって。
倒れた。
拒否されてもいい。
それだけのことはしてしまった。
離れたくないから。
特別だと思い込んでいたから。
だから、自分の姿を隠さずに。
一度兄上に姿を見せて。
いろんなところを隠すのではなくて、いろんなところを教えて。
鱗も出来るだけ伏せて。
兄上を前から抱きつけた。
自分の膂力で今度は潰してしまわないように。
前から抱えるように、抱き抱えて。
――ごめんなさい。