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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-休養日-
187/503

特別



 兄上に正体がバレてしまった。いや、語弊があった。バラしてしまった。

 兄上はただの小動物として私を愛でてくれた。

 優しく撫でてくれて頭を掻いてくれて。

 いつも兄上の心臓の近くの温かいところで、眠った。

 

 兄上のとくんとくん、という心臓の鼓動を揺りかごに、毎日微睡(まどろ)んで。

 目覚めて見上げれば兄上の顔が傍にあった。


 兄上が喋った。その言葉に私も早く兄上と喋りたいと夢見た。

 兄上が激昂(げっこう)した。その言葉に私も憤りを覚えた。

 兄上が笑った。その言葉に私も一緒に笑った。

 兄上が悩んだ。その言葉に私も解決出来ないのに悩んだ。


 兄上が助けてくれたから、今私はここで微睡んでいられる。

 兄上が助けてくれたから、今ここに兄上の力が宿っている。

 兄上が口の中に魔法陣を張った。でも、私の背中には。

 兄上の力が文様として彫られている。


 強大な魔力で傷を付けられた。

 キズ物にされた私の身を守る鱗鎧。

 だから、私は特別だと思った。

 みんなとは違う。

 身体に直接彫られた力。


 我が『竜種』、魔力を食す我が一族。

 兄上の魔力の波動を食し、兄上の言の葉に篭もる魔力を食し、兄上より魔法の魔力を頂き、そして味が濃縮した魔力も頂いた。

 魔力を頂き、初めて兄上がいう人化というものをした。

 初めて人化をしたときは真夜中で、兄上がセシルとエルリネに挟まれて寝ているときだ。


 そのときに私は頭のなかに入ってくる知識よりも、私は喜びが勝った。

 これで、私は。

「兄上と喋れる」と。

 知識なんかなんでもいい。

 とにかく、兄上と一緒にいたい。


 エルリネなんかにはない。

 私には膂力(りょりょく)がある。

 私には鎧がある。

 私には兄上と離れずにいたから、貴女とは違う魔法陣を持っている。


 兄上が魔法使いならば、兄上を守護(まも)るのが騎士なんだ、と私の中の知識が教えてくれた。

 ならば、私は騎士になる。

 魔法使いを守護る騎士に。

 私の中の知識と『最終騎士(クラウン・シュヴァリエ)』が教えてくれた。


 ならば『炎』となれ、と。

 破壊だけの『炎』ではない。

 再生の意味を持つ『炎』にもなれと『前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』も口添えしてきた。


 我が一族は魔力を食べることで、個体の能力を固定し強くなりる。

 そしてその度に『勇者』に狩られた。

『勇者』に狩られたくない一族は更に魔力を食んだ。

 また『勇者』に狩られた。

 狩られ続けた結果、私の一族は私だけになった。

 ひとりぼっちだ。

『竜種』はどこにもいない。


 ならばと、兄上の力と私の知識が私の行く末を見つけてくれた結果は『炎』。

『最終騎士』が炎を剣とする方法を教えてくれた。

『最終騎士』が知っている魔法、それを教えてくれた。

 有効に使うには兄上の魔力が必要だと『最終騎士』は教えてくれた。


『前衛要塞』が炎を盾とする方法を教えてくれた。

『前衛要塞』が知っている魔法、それを教えてくれた。

 有効に使うには兄上の魔力が必要だと『前衛要塞』は教えてくれた。


 二柱に聞いた。

「兄上の魔力とは何か」答えはたった一言。

『精製された魔力』。

 精製された魔力について聞けば。

 なんだ「私の種としての次世代への本能と同じことをすればいい」ということが分かった。


 ただ、私はもう次世代は作れない。

 人の身であれば、寿命から見ても精々五人。

 卵としては産めない。

 産んだ仔を一人前にするには、魔力が貯まる百年という人の身であれば膨大な時間。

 それを短縮できる兄上の魔力。


 いくら兄上の魔力が膨大で、いくらでも貰えるとしても。

 それをずっと貰い続けるなんて出来ない。

 魔力は『竜種』のように無限ではなく、有限だ。

 有限の魔力を私と私の仔たちに恵んで貰えるようになんて、頼めない祈れない。


 いくら私が特別でも、有限の寿命を持つ人族から限りある魔力を頼ってなんて出来ない。

 だから私は仔は要らない。

 自分が強くなって兄上を守護れる騎士というものになるために。

 仔なんか要らない。

 仔を欲しがったらずっと頼ってしまう。

 千年以上の寿命を望んでしまう。


 駄目だ、それだけは。短い寿命だからこそ、人族なのに。そんな『世界の理』から外れたことなんて。

 千年も兄上に寿命があれば、私の仔が百匹単位に育ってくれて、滅ばずにいられる。

 更に兄上が建国してくれれば、言うことはない。

 建国した国から出なければ、きっと狩られない。

 でも、駄目だ。

 建国なんてさせない。それは私の我儘(わがまま)だから。


 安心して私に仔が作れるようにするには、全てが足りない。

 だから私は種の本能、知識に反して兄上と共にいたい。

 兄上の顔が好き。

 兄上の声が好き。

 兄上の鼓動が好き。


 だから、いつの日か兄上の前に立ち、先導出来るように頼られるようになるために。

 そして、仔を作る代わりに特別な私に特別な魔力を貰えるために、添い寝して循環したり。

 あるときは、直接繋がった。


 だから、私は特別なんだと。

 寵愛を受けていると。

 寵愛を受けているからお腹と胸を触られた。

 いやいやと拒否しても触られた。

 寵愛を受けているから、いやでも触られているんだと。


――だから勘違いした。


 寵愛を受けているから、兄上が嫌がることをやった。

 最後は、好きだから甘咬みしようとした。 

 兄上がエルリネの耳にするように。

 かぷっと噛んでやろうと思った。




 兄上から捨てられそうになった。

 兄上から殺されそうになった。

 でも、それよりもなによりも、心に残ったのは。


――どうして、寵愛を受けているんだと思ったんだろう。


 という、後悔だけだった。

 だから、その後悔が大きくなって、わざと小さくしていた身体が大きくなってしまった。


――嫌だ嫌だ、この姿は嫌だ。愛してくれない。こんな姿は見せたくない。


 でも、後悔だけは止まらない。

 嫌だ嫌だ。ごめんなさい。特別なんて要らない。捨てられたくない。嫌だ嫌だ。兄上にもう二度と会えなくなるなんて、絶対に。


「嫌ぁぁああああああ」


――承知した。管理者に喧嘩か、()が悪い。

――お前が潰されても我がある、任せとけ。


 頭に響くその声は。

「あ、あ……あ」


 兄上から借りた力。

 兄上から特別に貰ったと思ってしまった力。

 その力が兄上に牙を。


 駄目だ、そんなこと。

 兄上の力は兄上のもの。

 そんな仲違いなんて、だめだ。


――ごめんなさい、兄上の力は兄上のものだから。


 だから、私は立ち上がって。

 倒れた。

 拒否されてもいい。


 それだけのことはしてしまった。

 離れたくないから。

 特別だと思い込んでいたから。


 だから、自分の姿を隠さずに。

 一度兄上に姿を見せて。

 いろんなところを隠すのではなくて、いろんなところを教えて。


 鱗も出来るだけ伏せて。


 兄上を前から抱きつけた。

 自分の膂力で今度は潰してしまわないように。

 前から抱えるように、抱き抱えて。


――ごめんなさい。

 



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