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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-休養日-
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人化 II


 目覚めた、といっても時間はそこまで経っていないようで、心配そうに顔を覗きこむパイソがいた。

 赤い舌がちろちろと伸びる。

 本当に蛇だ。

 だが目の前の女性は哺乳類だ。

「気がついたか、兄上」

「うん、ああ」

 なんかやたらと男性っぽい言葉遣いだ。

「済まない、ちょっと倒れてしまったようだ」

「いえ、お気になさらず。兄上の寝顔はとても素晴らしいからな」


 そういえば、♂と思っていつも側にいさせたから、エルリネ並かそれ以上に俺の寝顔知っているんだよな。

 そう考えると非常に恥ずかしくなってきた。

「これが、外部供給というものなのだな」

 パイソは感慨深そうに呟く。


「私の中にある魔力を使わない、というのがこんなにも楽になるとは」

「そんなに楽なのか?」

 そんなに使っている感じはしない。

 イメージとして一億ほどある魔力を百ぐらいに切り取って、パイソに流し込んでいる程度しかない。

 具体例でいえば、「土石流(グラウンドアバランチェ)」と「火砕流(パイロティックスライド)」を同時起動している程度だ。


「楽ってものではない、無意識に溜め込んでいた自分の魔力も自由にできるようになるぐらいだ。

素晴らしすぎて、泣きそうだ」

「そうか。ところで、お前(パイソ)の姿は男の俺からすると非常に毒だから、その身体どうにかしないとな」

 そう、今彼女はマッパだ。

 背中は柊葉の鎧鱗としっぽがあり、お尻は一応隠れているが前側はちょっと隠れていない。

 

 こんなものを連れ回したら即刻警備兵に連れて行かれる。

「そういえば、そうだったな。以前"人化"を取ったときは、自分の鱗で隠したが今の私の姿は……、うん」

「前? ああ、そういえばもしかしてツペェアの五銘柄の酒貰った際の騒動って……」

「ああ、それ私のことだ」


 お酒を五銘柄貰った日と俺の博物館騒動。

 公の場では博物館騒動がかなり有名だが、ツペェアの街でそれ以上に有名なのがセシルとエルリネの大捕り物事件。

 具体的に言えば、エルリネともう一人の女性の手によって、対象を殺害または拘束した。

 そのことを感謝した区民は一番高く有名な酒、五本を彼女らに贈呈し、酒に頬ずりしていた謎の女性の格好が鱗鎧(スケイルメイル)だったので、このことを記念に更に銘酒を一つ作ることにしたという。

 その名も『鱗鎧』と名付けられる予定だと、船の中の新聞で見た。


 なんでも、特徴はスパイシーな火酒らしい。

 竜の鱗のような鎧で、更に舞った盾が大きく鱗のように見えるからということで、「『竜種』をイメージし、『竜種』を酔わせるほどに喉を焼き辛味を追求します」とかなんとか。

『竜種』のようではなくて、本物の『竜種』だったわけだが、ツペェア民知っているのだろうか。


「…………、酒瓶に頬ずりした?」

「……何故、知っている。まさかエルリネが?」

「いや、君の姿はツペェアの人たち知っているからね。有名だよ。特に君が」

「…………、」

 恥ずかしさ故か、褐色肌の頬に赤みがさす。


「うん、まぁそのお陰で」

 言葉を一旦切り。

「君の顔を見た絵描きが、絵にして……」

 パイソの顔が一転して仏頂面(ぶっちょうづら)になる。

 それほどに嫌なことなのか。

「パイソの鱗を『竜種』の鱗鎧と思って」

「ええー?」

「『鱗鎧』なるお酒を出すようだよ」

 今度は驚いたように「!」を出しているような顔になった。

「蓋を開ければ本物の『竜種』だった訳だけども、ね」

 "お酒"というワードを出したところで、はしゃぐパイソ。

 この娘にはお酒というワードに弱いらしい。


 もろドラゴンである。

「ここ、卒業したら買いに行こうか。『鱗鎧』」

「ああ、是非に!」

 チョロい。

 

 拝啓。

 母さん、姉さん、メティアへ。

 我が家にはわんこと子猫三匹(内一匹は猛獣)に、酒好きのトカゲが追加されました。

 みんな、個性的で魅力的な女の子ばかりです。

 彼女たちに母さんと姉さんとメティアを紹介出来る日を、首を長くして待つ所存です。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて、話がだいぶ逸れたけども。

「出かけるための服をどうしようか」

 そう呟くも、目の前のおっぱい酒好きトカゲは上の空だ。

 ちょっと部屋を出てみれば、エルリネだけが食堂机に突っ伏して寝ていた。

 久しぶりの運動で疲れたようだ。

 寝かせておいてあげたいところだが、パイソの仮の服のこともある。

 気が引けるが起こして、理由を説明。


 エルリネは不機嫌になることもなく、パイソのことを話せば直ぐに分かったようで、以前までエルリネが着ていた脱色された民族服を持ってきた。

 確かに胸元がゆったりとした服のため、胸が小さいと脱げるが、胸がエルリネ並またはそれ以上あれば着れる代物だ。

 これを着てもらうことにした。

 脚や腕には鱗がないため、下着は普通に履けた。

 エルリネとは違う流した朱色の髪と、エルリネで見慣れた必要以上に脱色された服とのギャップに新鮮に見える。


「さて、パイソに聞きたいことがある」

「何? 応えられる範囲なら当然――」

「まず、お前の括りは何になるんだ?

魔族か、魔獣か」

「『竜種』だから、"魔獣"だと思う」


 えっ『竜種』?! と驚くエルリネ。

「知らなかったのか、エルリネも」

「はい、"トカゲくん"という名前だったので"トカゲくん"という種族なのかと」

「ん、"トカゲ"は種族名ではあるけども……」

「あー、それは私が補足したい」

 パイソが俺の疑問に答えてくれるようだ。


「その"トカゲ"というのがよく分からないけども、私の小型のときの姿でも『竜種』というんだ。

すべて時間をかければ、私の元の姿のように大きくなる。もちろん私ももっと大きくなる予定だ」

 ほほう。

「私から聞きたいのだが、逆に"トカゲ"というものはなんだろうか」

「ああ、"トカゲ"っていうのは、パイソの言う小型種のまま身体の大きさが固定したもので、最大で大きくなっても二、三十センチメートル程度のものだな」


 コモドオオトカゲという例外はいるけども、大抵"トカゲ"といえばこうだ。

「へぇ」

「ほへー」

 気の抜けたように返事をするのはエルリネだ。


「魔獣であっても、人化するのか?」

「ほかの魔獣は知らないし、ほかの『竜種』も知らないが、私の得た知識だと人化する」

「……というと」

「得た知識によると、強靭な生命で長命な『竜種』同士では子は為さない。

為すには、魔力と体力をある程度兼ね備えた存在に身体を許すことだ」

「つまり?」

「人族がその両方を兼ねることが多い。

ただ『竜種』の姿では大きさが違う、だから人化という手段を取る。だそうだ」


「じゃあ、その見た目は」

「ああ、大抵の男性はこういう体型が好むと私の知識の中にあるからな。

もちろん、私が幼いころは子供らしい体型をしていたと思う。

ただ、小型の『竜種』の筈だが」


 まとめると、小型であっても『竜種』は軒並み大きくなり、真の意味の『竜種』になる。

 生前の頃にいた"トカゲ"は厳密にはいない。いても上述した通りに『竜種』である。

 同種同士では子は為せず、為すには人間が必要で、体力魔力ともに『竜種』のお眼鏡に適った者だけが、『竜種』とまぐわうことが出来る。

 魔族や獣人族よりも、人族が好まれる。

 理由は体力、魔力の両方を兼ね備えている。

 で、哺乳類らしい姿を取るのは。


「ああ、人族と交わるからな。人化すれば人に似るのは当然だ。

生殖機能も人族と変わらない……筈だ」

「『竜種』に雌雄の差はあるのか?」

「無い……筈だ。少なくとも私は雌として生を受けたつもりだが、知識によれば雌雄同体らしい。

だから雄になれというならば、雄にもなれる」


 なるほど、人の身になってまぐわい合うことも可能らしい。

「雌として生を受けたつもりだが、雄になれというならば……」

「いや、雌でいい」

「そうか、よかった」

 ほっとした顔で胸をなで下ろすパイソ。


 しっかしまぁ。

「雌雄同体な割には、美人だよなパイソは」

「むぅ、どういう意味だ」

「エルリネと対比するようで悪いけど、垂れ目でほんわか美人のエルリネと、釣り目で攻撃的美人のパイソだなぁと思って」

「…………、」

 頬を突きながら無言でプイッとそっぽを向くパイソ。

 なんだかちょっと嬉しそうに口の端が歪んでいる。

 そしてパイソの尻尾がビタンビタンと床を叩く。

 その仕草は、彼女の頭の鱗を掻いてあげたときの尻尾の動きだ。

 そのときの仕草もビタンビタンと尻尾を叩きつけた。


 掻くのを止めると叩くのを止めて、こちらをじっとみる。

「もっと掻いて」と言いたげな顔でだ。

 で、また掻けばビタンビタンと尻尾を叩きつける。

 まさにこの仕草だ。


「今、さらーっと流しましたけど、知識ってなんですか?」と、エルリネがパイソに問う。

 確かにそれは気になったな。

「それは、人化した『竜種』が持つ魔法、いや能力というべきかな。

我が一族の知識が蓄積されていくのだが、それが人化した際に封印が解けて一度に頭に入る」


「ほう」

「あとは、今の時代にあった情報を取捨選択して、自分の性格というものを作る。

だから、"知識"だ」

「ほへー、あ、あともう一つ気になったのが」

「うん?」

「平均的な寿命は」

「嫌なことを聞くな、エルリネは。

我が一族は千年は生きているようだ。……森人種は二百年前後だろ」

「ええ」

「…………、」

「…………、」

 お互い無言で見つめ合っている女性二人。


「『竜種』は、『魔草』並に危険種として人間に殺されてきて滅んだと聞いています。

少なくとも私が幼いころに住んでいた森では、そう聞いていました。

パイソさん……貴女は」

「ええ、そのことも知ってる。

そして、その答えは『嫌い』って言わせてもらう」

「では、何故……」

「それでも私の知識にはない、温かい感覚。

『嫌い』であるが故に触れてしまったから『好き』なのさ」

「そうですか、では納得済みなんですね」

「ああ、亡き一族に罵られようとも、この気持ちは変わらない」


 二人で勝手に確認しあっている。

 正直に言えば話が分からない。

 誰か説明プリーズ。


「そろそろ、三人起こしてきますね。

起こしたらパイソさんを紹介して、朝食行きましょうか」

「あ、ああ」


 残された俺とパイソの二人。

 大方、パイソの『竜種』について説明を受けたが、気になったことがもう一つあった、それは。

「今、人化の魔力を代理供給しているけど、これ何年続ければいいんだ?」

「それは……」

「それは?」


「いまのままでは、兄上が一生ずっと供給しても駄目かと思う」

「え?」

「魔力循環を毎日やって、食事も魔法を食べさせて貰ってもきっと半年分しか溜めれないと思う」

「えっと、じゃあどうすれば」

「私の身体の魔力精製能力を作り替えて、この精製された魔力を作り出す身体にする必要があるとおもう」


「ええと?」

「……一先ず、今日から魔力循環をよろしくお願いしたい」

「あ、うん。

ま、任せとけ?」



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