洗濯
「ウェリエ……ですか。えっと、貴方様のこと……ですか?」
「うん、そう。俺がウェリエ。
ああ、そうそう。これが俺の素だから」
「…………、」
固まったぞ、彼女。
「申し訳ございませんでしたッ。とんだご無礼をッッ」
急に応答なしから動き出した。
誰かがタスクマネージャーから再起動したのだろうか。
「ああ、いいよいいよ。気にしていないから、もう何度も言ってるけどね」
「で、ですが、その」
この手の人は「気にしていない」と言っても、そう言わせたことが悪かというぐらいに謝罪してくる。
だから、交換条件を出すのが得策だ。
「まぁうん、悪いと思っているのであれば、そうだなぁ……」と思わせぶりに言葉を切れば、「ならば学生の間、奴隷のようにこき使って……!」と言い出した。
うん、普通に要らない。
「奴隷は二人いるので結構です。
……まぁなんだ、あれだ。女子寮の中案内してくれないかな。
あと共用風呂だと思うんだけど、俺専用の時間を作ってくれると助かる。
もし、作れないなら街の共用風呂を教えて欲しい、そっち行ってくる」
「いえっ、女子寮ですがその時間作ります」
「いや、ごめん。言っといて難だけどやっぱり要らないや」
"郷に入らば郷に従え"だ。
俺専用の時間を作れなんて"郷に入らば郷に従え"から離れている。
「何か粗相しましたでしょうか」
この短時間に粗相なんて出来ないわ。
「いや、これ以上特例を作る訳にもいかないからね。
だから、街に行く」
「それも特例かと……」
「大丈夫、そこら辺は先生方に意見として通すようにするから。
ただ、代わりと言ってはなんだけど、ちょっと暴れてもいいところがほしいかな……」
対する彼女の顔は訝しげだ。
「何故で――」
「いや、宮廷魔術師なだけにね。攻性魔法は覚えていてね。授業では使えないから、その手の訓練として空間が欲しいんだ」
「でしたら、裏庭がありますが……。その流れ弾とか、大丈夫ですしょうか?」
「それは大丈夫。気にしなくていい。
もちろん、見学もできるよ」
「本当ですか?」
「うん、本当本当。今日はまぁちょっと来てから二日目だから、やらないけども。
明日の休養日の空いた時間にやろうかなぁと」
「分かりました。……正直なことを言えば、ザクリケルの民として宮廷魔術師の戦いに興味が有るのですよ」
「へぇ……」
「我が領地には宮廷魔術師様はおりませんから。どういった方が成って、どういった強さを持つのか。
父上や母上が言葉の端には、宮廷魔術師を出しますが、事実どのようなのかは分からなくて」
「じゃあ、驚かせてあげるよ。
それと、」
「それと?」
「宮廷魔術師を目指す女の子がいたら、その桁違いさに驚きと絶望を」
「…………お、お手柔らかににお願いします」
「ん、何故君が?」
「いえ、わたくしも目指しているものでして」
……ほほう?
「そ、そんなにジロジロ見ないでくださいまし」
そういわれたら見たくなるのも事実。
そういえば、名前聞いてないな。
「そういえば、名前は?」
「わたくしの名前ですか?」
うん、君以外に誰がいるのかな?
「わたくしの名前はロルフェアラです」
"日本語"が異次元語の割には、英語の名前が出てきた。
それもカトレア系の属種だ。
彼女にこの名前を付けるとは、相当な蘭好きとみた。
変に感じるが、まぁ似たような名前も無きにしも非ず。
もしかしたら、この世界では蘭系ではない、別の意味を持つかもしれない。
そう"イエ"のように。
本当に"イエ"には騙された感が強い。
ロルフェアラと共に女子寮に入り、談話室やら何やらを紹介される。
その間、宮廷魔術師が女子寮に入るということは、既に伝わっているらしく、みんな物珍しそうな目で見てくる。
目を合わせれば、ほとんどが恥ずかしそうにささーと隠れる。
中には色気が混じった目もある。
更に言えば、その手の魔眼持ちもいるようだが……。
全部、『自動起動:魔法撹乱』が弾いており、耳元でパキィンパキィンといってうるさい。
流石に自動迎撃能力は外しているが、迎撃してやりたいぐらいにしつこい。
掛けているのであろう、女の子は「ムムムム」とガン見してくるが、こっちはひたすら弾き割っている。
いい加減諦めればいいのに。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロルフェアラとセシルが似た者同士として、意気投合し一緒に夕食を食べに行くことになった。
セシルとクオセリスのどろんこで汚れた服を脱がせて、新しい服を着せてからロルフェアラらが待つ談話室へ向かい、一緒に食堂へ向かう。
ロルフェアラと同じ貴族または平民のザクリケル民と夕食の食堂机を共にし、談話していればみんな仲良くなる。
そして、その談話内容は。
「あの男を胃袋とハートでしっかり握ろう」だ。
男がいるところでやる会話じゃないと思う。
ロルフェアラと今度はエルリネが似た年齢なので、猥談としてヒートアップしており周辺は付いていけてない。
一応、俺は通じてはいるが、突っ込むと色々面倒そうなので、現実逃避にパイソを弄る。
小動物は可愛いなぁ(以下略。
夜がとっぷり更けても変わらず猥談に花を咲かす年上組と、それに付いて行くことを諦めた年下組。
そして俺は相変わらずパイソを弄る。
ひたすら弄る。
首元を撫でたり、鱗鎧一つ一つをハンカチで磨く暇つぶし。
もちろん、やるのは背中や尻尾だけではない。
お腹を見せるようにひっくり返して、その鱗も磨く。
ちょっとだけ抵抗されたが、構わずお腹を拭き拭きしてやったら、諦めてくれた。
つるつるピカピカになったところで、また身体を抱くということを何回も繰り返し。
「もういいよ」と言いたげなぐらいに完全に諦めきって、何の反応も示さなくなったパイソを胸ポケットに尻尾から入れてから、エルリネたちを見やれば、どうやら話は終わったようで年上組と共に撤収し、多人数の女性らと共に女子寮へ向かい、何食わぬ顔でしれっと女子寮に入り、自室に帰ってきたころには、我が家の消灯時間間近であった。
"日本語"講座をしたかったが、それは明日にしよう。
日本語講座はあくまで我が家で決めた規則ではないが、消灯時間については規則だ。
そして日本語講座の内、時間がなくても出来るのは洗濯の方だ。
だからそちらをやる。
「さて、セシルとクオセリス」
「ん、なんでしょうか。ウェリエさま」
「夕方に言った、泥落としですが」
「教えて頂けるのですか、旦那様」
「日本語講座は、しっかりと腰を落ち着けてやりたいからね。
時間が足りないのであれば、洗濯の方をやりたい。
ということで、これから増えるであろうどろんこ対策を教えます」
「はーい」
「はーい」
セシルもクオセリスも良い返事だ。
教え甲斐がある。
「さて、まず泥を乾かします」
「乾かすのですか? 洗うのではなく?」
「確かに直ぐに洗うのも大事だけど、直ぐに洗うと他のところにくっついちゃったりするから、まず乾かします」
「うんうん」
「乾かした結果がこちら」
と言って、見せるのは先ほど彼女たちが脱いだ服だ。
日が傾いていたとはいえ、それなりに乾燥しており、また、ベランダで干しておいた。
これなら確実に乾く。
「で、これを……」
ベランダに出て、泥だった砂をパッパとはたき落とす。
「これだけで、ある程度砂が落ちます」
「うんうん」
「ほらこの通り」
見せて残るのは砂の残り。
「で、お次はこれ」
タライを用意して、これに水を加えて……。
「エルリネ、この水を温めて欲しい」
軽く温めて貰ったところで、石鹸を千切って投入。
「で、これをかき回します……。
そう、このように……って熱っ!」
中指が赤い。
水球を作り中指を入れて冷やす。
「で、これをちょっとだけ待ちます」
「ふんふん」
「待っている間、暇なので寝る前の準備。そうだね、寝間着に着替えよっか」
「はーい」
うん、いい返事だ。
寝間着に着替えさせる前に、もう一つのタライに水に熱を加える。
今度は熱湯ではなく、ちゃんとしたぬるま湯で布を濡らしてから、彼女らに渡す。
エルリネ以外未発達の身体つきしており、脱いでもぐっとも全く来ないが、エルリネだけは危険だったので、物置に逃げた。
みんなが寝間着に着替えて、歯磨きもさせたところで、セシルらの服をタライから取り出し、石鹸を服に馴染ませながら手もみ洗いをする。
彼女たちは既に寝間着なので、俺がひたすら実践をする。
「このように洗い終わったら」
「洗い終わったら?」
「また、このまま放置します」
「ふんふん」
「じゃ、この間はやっぱり暇なので、今日あったことを報告しあおうか」
報告内容はみんな揃って「友だちが出来た」という内容だった。
それこそ何人も、である。
羨ましくな、ないんだからね!
「で、服のほうですがこのように放置が終わったら石鹸を流水ですすぎます。
するとこのように石鹸が抜けて、こんな感じに綺麗になります」
「すごーい、本当だ」
「あとはこのまま、他の服のように洗うだけで終わりです」
まぁ。
「手間があって面倒だけれども、こんな感じになる訳だから、絶望的ではない。
ということは分かって欲しいかな」
「はーい」
「うん、元気な返事だ。
さ、明日は街に行くんだから。さっさと寝よう」
「街?」
「うん、街。
少なくとも四、五年はここに腰を落ち着ける訳なんだから、ある程度備品は買い込まないとね。
あと、エルリネ」
「何でしょう、ご主人様」
「明日から、開始ね。あとエレイシアもか」
「あぁ、ええ頑張りましょう。ね、エレイシア」
「うぇー、はーい」
エレイシアが心底嫌そうだ。
「"千里の道も一歩から"だ。最初の一歩として、頑張んな」
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