体力づくり
無事、検査も終わったところで次に進もうとするも、生活魔法組が遊びに行っていて誰一人としていなくなっていたことで、授業はこのままお開きと相成った。
「あの子たちは、いつもこうなのよね……。子どもだからしょうがないといえばしょうがないけども」溜息と共に吐かれるのはサイトさんの弁。
俺みたいに精神年齢が身体年齢に引き摺られていない子どもはそういなく、そもそもとしてエルリネ以外八歳である。
生前の"日本"のように、子どもを椅子に座らせてじっとしてろ、というのは中々無茶だ。
遊びたい盛りであるし、身体を動かしたくもある。
俺も生前の小学生時代は、無駄に身体を動かしたがった。
運動神経へっぽこでも、自ら登った木の上で降りれなくなり消防車が出てきたこともある。
それぐらい無茶もする歳でもあるが、その根幹としてあるのは遊びたいという思いだ。
幼学校があるとはいえ、"日本"のように保育園や幼稚園で「落ち着かせる」、「集団行動」を身に付かせるようなことを学ばせるのではなく、あくまで生活魔法というのと、簡単な計算と簡単な会話を教えていて、それ以外は特になかった。
つまり、子どもは思い思いに育つ。
それによって、ご覧の有様だ。
ティータもアークもそわそわしていることから見て、行きたいんだろう。
だから、ちょっと進言する。
「先生」
「なあに?」
「僕とエレイシアを除外するとなるとティータとアークとサイアのみの授業になるので、解散なんてどうでしょうか」
「……そうね、そうすることにするわ。
…………ということで、皆さんも解散で、ね」
その宣言により、喜色満面になるティータとアーク。
校庭の奥にある森へ、走っていく元気な子ども二人。
「子どもは風の子」とはよく言ったもんだ。
残ったサイアは駆けることもなく、俺とエレイシア、先生と共に教室に向かうこととなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
教室へ戻ればエルリネが戻っていた。
エルリネは遊びに行かず、かといって外で一人で待つのも良かったが、「教室で待ちたかった」ということでいたらしい。
……どちらにせよ、授業の続行は難しかったのでいてもしょうがなかったが、それは黙っておく。
あ、そういえば。
「エルリネ」
「なんでしょう、ご主人様」
「攻性魔法の使用許可貰ったから、また休日に俺と訓練しようか」
「本当ですか?!」
エルリネの笹穂の耳がピコピコと上下に揺れる。
この動きは本当に嬉しいときの動き方だ。
本当に犬のしっぽやで、エルリネの耳の動きは。
「お兄ちゃん」
「ん、どうしたエレイシア」
「その訓練、私も参加していい?」
エレイシアの興味ありげに聞いてくる。
対して、
「いいけど、なんでまた」
「今日の初『魔王系魔法』を使って分かったけど、私の知っている魔法じゃなくて。
あと、『ガルガンチュア』の魔法も使いたいし」
「なるほど……」
「もちろん、エルリ姉には使わないよ。だから、お願い」
懇願するエレイシア。
「……別に誰も駄目とか、嫌とか言ってない」
「え、じゃあ」
「いいよ、別に」
「ほんとに! やったー」
とても嬉しそうな人魚姫だ。
だが。
「但し、最初の内は体力づくりから」
「……えー」
「最低限の体力づくりとして"マラソン"と腹筋とかその辺りはやろっか」
「……"mrsspm"ってなに?」
「……? あぁ、"mrsspm"は日本語でマラソンっていうんだ。意味は、ええと長距離かけっこ?」
「ふ、ふぅん?」
分かってなさそうな反応だ。
正直な話、俺とエルリネはともかく、エレイシアも旅人人生は長かったのである程度の体力はあるだろうし、並程度には瞬発力などもあると思う。
やる意味は正直ないとは思うが、苦楽を共にすれば仲間意識は簡単に出来る。
エルリネとエレイシア、同じ『精神の願望』を持つなんちゃって『奴隷』組。
十分なほどに仲が良く、俺としても満足だが、だからといって彼女だけを免除とかそういう訳にもいかない。
「あのー」
「ん?」
「話が見えなかったから、黙ってたけど何を話してたのかな?」
サイトさんが控えめに聞いてきた。
「先ほど先生に話しました、戦闘訓練のことを森人系彼女、エルリネとエレイシアと話してたのですよ」
「体力づくりとか聞こえたけど」
「それは、僕の魔法とエレイシアの魔法が体力を使うので、その話を」
厳密に言えば、イメージでいくらでも魔法を唱えるというか使えるので、動きまわるための体力づくりである。
俺とエレイシアの魔法特性から見ると腰を落ち着けて、高火力魔法で砲台になるのがベストだろうけども、接近戦をしないとも限らない。
剣士系が自己バフ、つまりは自己強化魔法が使えれば弱点を隠せる。
対して、魔法使い系が接近戦に強くなれば、弱点が無くなる。
接近戦は近距離用魔法または体術、剣術。
中距離・長距離はそれこそ魔法。
流石に接近戦で剣士系が相手であれば、負けることもあるだろうが、それでも接近戦にとにかく弱い魔法使いではなくなる、だけでも相当なメリットだ。
実際に俺自体が弱点を潰した魔法使いとなっている。
「瞬炎」、「重力杭」、「乱気流」、「爆縮」などといった『装填』したもので、接近して射出したものは多い。
エルリネは……まぁ方向性がちょっと違ってきていて剣士系というか暗殺系だが、エレイシアはまだ、俺に似たような魔法使いだ。
つまりはエレイシアも接近戦という弱点を潰せる魔法使いになれるということ。
この世界の魔法使いという生き物は、接近戦という弱点を潰すのが主体なのか、長所で短所を隠し、補うのが主体なのかは分からない。
だが、『魔王系魔法』は少なくとも、この世界の魔法の中でも異質なぐらいに、高火力・高出力だ。
たった一つの魔法で、長所が伸びまくるものだ。
ならば『魔王系魔法』を持つのであれば、短所を潰すのがセオリー。
近接用に『装填』を覚えればいい。
イメージも簡単だ。
魔法の現象をゴム状の球体にイメージして、それを握る。
または付与するイメージ。
これだけで、『装填』が出来る。
「体力?
魔法使いになんで体力?」
サイトさんの眉が八の字に歪む。
体力がなさ過ぎると立っているのも辛くなる。
だから、そういうのも考えると、体力はあったほうがいい。
だが。
「体力なんて、魔法使いになんて無用でしょ」
どうやら分かってくれないようだ。
「かも、しれませんが、少なくとも僕の魔法には必要なので」
「……そう、そこまで言うのであれば、止めないけど。
無駄だと思うわ」
無駄じゃないからやっているんですが。
……それとこの世界の魔法使いは長所を伸ばす方針が多いかもしれない。
そう心にメモをした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さて、今日の授業が終わったということで早速体力づくりから始めることにする。
もちろん初回は走るのではなく、ひたすら歩くこと。
校庭から敷地をぐるっと回る。
当然、街の中には入らないようにし、歩く距離はざっと五キロメートル。
これを週に一度の休養日にやる。
体力が割りと有り余っている俺は毎日やるとして、付いてくるならエルリネともやりたいところ。
流石にエレイシアにそれを強要するのは酷だから、彼女は週に一度にする。
ルート確認のため、てくてくと男一人、女二人で歩く。
この世界、春夏秋冬がないとは思っていたが、実はあったようで、途中で紅葉を見かけた。
中々に赤く、近くに湖があったお陰で中々の様になっており、「綺麗で趣がある」なんて呟くもエルリネとエレイシアには良さが分からなかったようだった。
この世界では花見というものはないのかもしれない。
てくてくと主に俺がこの島の景色に酔いしれながら歩み、ゴールに着いた時には日が傾いていた。
流石に帰ってきた頃には、セシルとクオセリスが既に教室にいた。
二人共泥遊びしていたのか、泥だらけだ。
苦笑しながら「あららら、汚いねぇ」と言ってみれば、「マリーが泥魔法使って、その……えっとぉ」と声が段々垂れ下がるクオセリス。
別に怒ってなんていない。
だから、言い訳なんてされてもどうも思わない。
……そもそも「マリー」って誰だろうか。
と、突っ込みたいが彼女たちにはプライベートに友だちが出来た。
そのプライベートに足は踏み込まない。
俺は彼女たちの保護者ではない。
保護者として、全部を知る必要はない。
一家の大黒柱として知る必要があるかもしれないが、それでも必要はない。
ただまぁ一日の終わりに、今日あったことを話す場は設ける必要があるとは思う。
以前よりエルリネとやっていた、一日の終わりのお話大会を、今度からは皆でやろうか。
「今日、寮に帰ったら泥を落とすからね。別に気にしなくていいよ」
「……本当?」
「うん、本当、本当」
「マリーが、その『泥は落としにくいのよ! くらえー!』とか言っててぶつけてきたから、そのえっとぉ」
なるほど、いじわるって奴か。
「普通ならそうかもしれないけれども、まぁ見てなって」
「このお気に入りだから、その」
嫁入りに来て初めて買った服だ。
そりゃお気に入りだろう。
「大丈夫だって、ただまぁ時間は要るけど、多分明後日には直ってるよ」
「本当に? 実家では、泥は跡がはっきり残ってたりしてたから……」
お国の中枢でも泥落としは確立してないことに驚きたい。
セシルも申し訳なさそうな顔をしている。
二人とも捨てられてダンボールの中に入っている子猫のようだ。
我が家はわんこが一匹に子猫が三匹(うち一匹はサーベルタイガー)で構成されているようだ。
動物成分が中々に高い。
「もちろん、セシルの分もやるし、やり方も教えるから」
「ほんと?」
「ほんとのほんと。というのも簡単だし、手伝って貰う気満々だし」
生活魔法使えないからな、俺。
「とにかく、寮に帰ろっか」
帰らないと、洗濯も出来ない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
寮への帰路中に「あの、旦那様」とクオセリスから興味深そうに呼び止められた。
「うん?」
「私もその"日本語"というものを覚えれば、旦那様とエリーのような魔法が使えるようになるのですか?」
「んー、そうとは限らないとは思うけど」
「けど?」
「エレイシアは使えるし、エルリネも似た芸当は出来るようになっている」
そう答えて、前にいるエレイシアのしっとりした頭を撫でる。
「うにゃあ」とエレイシアから声が聞こえるため、多分きっと気持ちいいのかもしれない。
エレイシアを撫でた後はちゃんと後でエルリネ撫でないといけない。
そうでないと不機嫌そうになるからだ。
「そう……ですか。
旦那様、私にも教えてください。是非」
「……一応、理由聞いていい?」
「今日、泥魔法を避けれませんでした」
「うん、そうだね」
「それが理由です」
……うん?
「というと」
「泥魔法ではなく、攻性魔法だったら。
生活魔法ではなく、自衛、いえ攻性魔法を覚えたいとそう思っただけです」
「だったら、折角学園にいるんだし、学園の攻性魔法でいいんじゃ――」
「いえ、それでは駄目です」
きっぱりと言い切られる。
「何故?」
「こう言っては難ですが、旦那様の魔法は素晴らしいの一言です。
我が国の魔法使いというものを、何人も見てきました。
どの者も『火球』や『火炎弾』、『炎の槍』というものを覚えており、どれも凄いと思いました。
が、それだけです」
つまり、と彼女は呟き。
「今まで見てきた魔法は、相手を撃滅するための魔法ではないのです。
あくまで自分から攻撃するための魔法。
これでは守りたいものを守るために、自分からというものが出来ないと思いました」
ですが、と息を吐き。
「旦那様の魔法は、こいつ相手に手を出したらいけないと相手に知らしめる魔法。
王族は政治的にも軍事的にも、こいつ相手に戦争を吹っかけたらいけないと、相手に思わせる必要があります。
それの努力によって、民が安心して平和を享受出来るように、形を整える。
それが、ザクリケル国として、ツペェアがやってきたことです」
ですから。
「嫁ぎに来たとはいえ、私は王族として生まれた者です。
王族の嫁ぎ相手である旦那様の特殊な言語の"日本語"。非常に怪しいですが、事実"日本語"を学んだことによりエリーは力があります。
きっとマリー相手にやり返すことも出来るでしょう。
そういう力を私も欲しいのです。
ザクリケルの国民である、旦那様やエリーのためにも」
……なるほど、ねぇ。
「駄目、でしょうか。まだ、でしょうか……」
グスッと鼻を啜るクオセリス。
段々と声が小さくなり、最後辺りには涙声だ。
「……分かった。じゃあ今日からクオセリスを交えて"日本語"講座を始めよう」
「……本当ですか?」
「うん、まぁ自衛として攻性魔法一つは覚えて欲しいなーとは思ってたからね。
本人に学ぶ気があるなら、それを止める理由なんて、無い」
「…………、」
「ただ、覚えておいて欲しいのは。
本当に異次元語だからね、言葉の量は多すぎるよ」
本当に異次元というか異世界の言葉だしな。
それに"日本語"にはカタカナを使った和製外国語とか、ガチ外国語に本当に多い。
"日本語"SUGEEE話として、外国人が日本語を覚えるのは非常に難しいと聞く。
発音的(端と箸と橋)なこともあるし、その単語量などが鬼畜だとかなんとか。
それを異世界人が学ぶなんて、無理ゲーにも程がある。
が、それをどうにかこうにか使えるようになった、エルリネとエレイシアはマジで凄い。
「簡単には覚えられるとは思っていませんので、望むところです。
それに攻性魔法は、勉強してひたすら実践して覚えるものと聞いています。
同じぐらいの努力で、私が望む魔法が使えるようになるならば、私は『魔王系魔法』を選びます」
「そうか、ならばよし」
早速今日は、洗濯手順と明日から使える四則演算法だ。