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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第3章-登校日初日-
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『治癒の手』


 朝目が覚めると、つい先程まであった目の前のことは夢だということに気付いてしまったことに涙をする。


 夢の内容はこうだ。


――髪が赤い美人で、持ちきれないほどの胸を持つ女性と致す夢。


 やたらとリアルだった。

 耳の奥に息遣いと水音が聞こえる始末。

 打ち付け合う腰と、それに伴いグニグニと蠢き……。

 ……おっと。

 余りのリアルっぷりがヤバい。

 生前に体験したことはないから、どうリアルかは説明出来ないがなんかこう、うん……なんだろう。


 この世界に来てから、長いというよりも一つの人生を歩ませて貰っている。

 で、この長い人生に於いてやたらと女性と巡る率が高い。

 村での女性は姉さんと、幼馴染で男性はテトぐらいしかいないし、旅の仲間として"理解者(エルリネ)"は女性。

 ザクリケルニアではセシル、と一応セシルの父親。ツペェアの男性はセシルのお爺さんと、クオセリスのお父さんとお兄さんに丁稚奉公(アルバイト)先のおじさん。

 対して女性は、セシルのお婆さん、エレイシア、センさん、ニルさん、リコリス、クオセリスに丁稚奉公先のおばさん。

 女性の方が比率が大きい。

 つまりは。

「欲求不満になるのも已む無し」か、と自分の状況確認のために呟く。


 この世界の第二次性徴がいつかは分からないが、生前だと早い人だと小学校三、四年生ぐらいだ。

 俺は現在八歳なので生前換算すると小学校二年生だが、異世界在住だからという理由で、更に一年早いというのも可能性としてあり得る。

 この第二次性徴が始まるとどうなるか。

 これから長い間男性を苦しめる「性欲」というものと戦わざるを得なくなる。


 生前の小学生時代は、好きな女の子とか一丁前にいたと思う。

 中学生時代にモテないのでモテることを諦めて、例の黒歴史ノートを描き始めた。

 で、この世界に来ている。

 では、この世界の俺はどうだ。

 現状は嫁が四、いや五人。

 内訳は幼馴染に姉さんとセシル、クオセリスにエレイシア。

 エルリネは理解者として、ずっと共に生きるというだけで厳密には嫁ではない。


 そんな女性に囲まれている俺。

 生前とは違う、違い過ぎる状況。

 モテモテの状況。

 今まである程度、聖人的な反応を示せた。

 だが、今後は性欲が合わさりさいつよになり、好みの女性……主にエルリネに対して野獣になるかもしれない。

 わんこな女性相手に、血肉に狂った狼。

 しかも、命ずればきっと身体を開く。

 ヤバい。主に理性の天使が悪魔になりそうで、感情の悪魔もそのまま悪魔になり、精神会議では天使がいなくなってしまう。

 それによって止める奴がいなくなり、全力投球でGO! する羽目になる。

 ただでさえ女性の園の女子寮に男という異物一匹。

 宮廷魔術師だからという理由で、選り取り見取り状態。


 第二次性徴が始まったらどうやって性欲抑えようとかなんとか言ってた矢先にこの夢である。

 欲求不満が隠れずに表面で夢として出てきて噴飯物(ふんぱんもの)である。

 生前二十七歳と現在の八歳を合わせて三十五年で、エロ夢を見る。

 それも赤い髪の女性。

 身近に赤い髪の女性など、一人しか知らない。

 そう、姉さんだ。


 欲求不満だからといって、エルリネとか幼馴染ではなく姉さんが夢に出てくる。

 あれか。俺はシスコンなのだろうか。

 妹属性よりも姉好きの姉属性持ちだが、好み一直線のエルリネを素通りして姉さんが出てくる始末。

 姉より歳上のエルリネではなく、三歳歳上で肉親の姉さん。

 その姉さんがやたらとナイスバディーになっている。

「姉さんに向かってどんな期待をしているんだ、俺は」

 思わず自己嫌悪せざるを得ないぐらいに、危険な夢だった。


「夢のなかの姉さんは、お胸に触れると手指が沈み込む人だった」と、夢のなかの出来事を反芻するように呟く。

 妄想怖い。

 肉親に対しても自分好みに妄想して、夢に出すのだから怖い。


 今日から始まる念願の学生生活。

 その朝は自己嫌悪から始まる罰ゲーム。

 そんな中、視線を感じて布団の上を見やればトカゲくん、もといパイソのつぶらな瞳の小動物(トカゲ)がじいっと見ていた。

 いかにも、「お前の変人行為は見飽きたから、餌よこせ」と言っているような目だ。


 可愛すぎる小動物を見て、急激に頭のなかが冷える。

 その可愛らしい小動物に触れてみれば、嫌がりもせず撫でさせてくれた。

 鱗に逆撫でしないように尻尾の先まで撫でてみれば、気持ちよさそうにぐううっと背筋を伸ばすかのように、後ろ足がプルプル震えている。

 なんとなく可愛いというか、愛しいというか。

 ……いやぁいいですねぇ、小動物。

 七の鐘が鳴るまで小動物(パイソ)に一風変わった重力魔法の「重力杭(グラビトネスバンカー)」の発生時の魔力を食わせながら、撫で続けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 パイソを入れるいつもの胸ポケット付きの服に着替えて、またいつもどおりにニルティナに精製された魔力水をあげる。

 ニルティナも慣れたようで、生前のパックンフラワーのようにぐねぐねと蠢くこともなく、寧ろピチピチと双葉が揺れる。

 ニルティナも割りと不気味な植物だ。

 何せ、相変わらず双葉しか無い。


 茎の高さがほんの五センチメートル。茎の頂点からは左右二つに葉っぱがちょこんと出ている。

 ぱっと見、緑色掛かったガラス細工のような透明なモノで、思わず「なんでガラス細工を鉢に植えてるんだろう?」と思ったぐらいである。

 夜に見れば、たまに自らぼうっと燐光だして発光していたり、ピチピチと反応を示すところから「一応、生きているんだろう……?」と疑問符はつくが、それでもやっぱり不気味である。

 その姿は。

「三ヶ月前から変わらねぇんだからなぁ」と思わずボヤく。


 年単位で成長する植物なのかもしれないが、それでも鉢の土から上に成長の兆しがない。

 ふと気になって鉢の土から下を見ても、根っこの類はなし。

 正にガラス細工が鉢に刺さっているだけ。

 その割には蠢いたりする。

 これを不気味と言わず、何を不気味というのか。


「本当にこのガラス細工は、美しく成長するのだろうか」

 思わず不安になる。

 "国墜とし"が出来る俺に"国滅ぼし"の魔草。

 育てると言った手前、当然最期まで育てるがずっとガラス細工だったらどうしようか。


 いや"森人"たるエルリネが一目で、マンディアトリコスと見抜いたのでガラス細工ではなくて、マンディアトリコスで違いは無いのだろうけども。

 なんだろうね、こういうのは。


 異世界ファンタジーであれば、大抵は人化したりする。

 マンディアトリコスも人化するだろうか。

「まぁいいか」と、意識をまだ寝ているであろう、姫たちに移し、「さて、起こしに行くか」と呟き寝室の扉を開けた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 起こしに行った時には既に姫たちは起きており、既に着替えていた。

 そのため、懸念していた寝過ごしなどはなく、八の鐘が鳴る前に女子寮の前に着いた。

 その女子寮だが、どうやら俺たちが住む部屋は一般用の女子寮からちょっと離れているようで、その間学友らには会わなかったが、一般用の女子寮の部屋の窓にはカーテンなどがあり、無人ではないことが分かる。

 余りの人に会わなさに嘆きたいところだが、まぁ会ったら会ったで悲劇、ある意味喜劇な展開になるから、うんやっぱり会わないほうがいいや。


 しばらく待っていたところで、クォリャさんが来た。

 どうやら迎えにくる人はクォリャさんらしい。

「よく眠れましたか、ウェリエさん」

「ええ、久し振りに故郷を思い出しました」

 ここでいう故郷は生前のベッドを使わずに敷布団と掛け布団で寝たということだ。


「え、故郷……ですか?」

「ええ、故郷です」

 そう答えるもクォリャさんの見る目が、なんとなく憐憫を感じさせる目なのはなんなのか。

 あれか、村ではベッドが無い家庭、つまり干し草の上でごろんだと思われているのか。

 後ろから肩をギュッと掴まれたので、後ろを見れば「大丈夫?」って顔でエルリネ。

 可哀想な家庭で生まれた訳じゃないからなとは思うものの、面倒なのでそのままにしておく。


「ああ、そういえば朝食まだなのですが」

 強引に話を変えないと、先に進まない。


「そうなのですか」

 どうやら成功したようだ。

「そうですね。それでは教師の皆さん挨拶をしてから食堂へ向かいましょう。少々駆け足になりますが、宜しいでしょうか」

「俺はいいけど、皆は?」と問えば、皆一様に頷く。


 で、現在文字通り走っている。

 さっさと終わる的な意味の駆け足かと思えば、意味通りの駆け足とは。

 丁稚奉公先へ走って向かったりしていたので、別に走っても疲れはなく無事にフォートラズムさんの部屋の前に着いたが、エルリネとエレイシアは元旅人だけあって、特に疲れは見えてないようだが、セシルとクオセリスは座り込んでいる。

「大丈夫?」と聞いてみれば、二人共「だ、大丈夫です……」と力なく答える様は、絶対大丈夫ではない。

 お腹に何も入れてないときに、全力ダッシュはキツいだろう。

 お腹に何か入れてから即ダッシュもキツいだろうが。

 二人を落ち着かせてること、体感で約五分。


 落ち着いたところで、属性回復魔法の発展形として「治癒の手(ヒーリングエッセンス)聖域(モード・サンクチュアリ)」という魔法を使う。

 効果はただの回復魔法に、属性付与がない代わりに匂いを付けたというモノ。

 これにより怒りを和らげたり、イライラしてたりはもちろんのこと、眠気覚まし、リラックス、ストレス緩和などの効果が見込める。

 それ自体の魔法は「治癒の手(ヒーリングエッセンス)」と呼ぶ。

 名付けの由来は、(たかぶ)った感情を優しく落ち着かせる(におい)、という意味。

 

 系統は『十全の理』ではなく、意外にも『蠱毒街都』の毒魔法系。

 匂いは生物学的なものなので、イメージ通りといえばその通りであるが。

 その魔法を範囲化させる。

 半径一メートル程度にして、ローズマリーを多めに白檀の匂い軽く混ぜ合わせる。

 毒々しくない程度に合わせるのは意外と難しい。


 エルリネの匂いは薄荷で、彼女曰くどこにもない匂いだという。

 そんな匂いの生前世界でいう薄荷。その薄荷がある世界の匂いのローズマリーと白檀(びゃくだん)

 もしかしたら彼女たちからすれば、嗅いだことのない気持ちの悪い匂いかもしれないが、彼女たちの息切れっぷりを見ていれば、思わず出したくなるのが人情だ。

 嫌がられたら、俺だけの魔法にすればいい。


 反応にワクワクしていたが、特に嫌がられず、寧ろ「いい匂いがします」と言われ思わずガッツポーズ。

 良かった、生前の世界の匂いはこの世界でも通用するようだった。

「今の匂いは、旦那様が?」

「そうだよ、朝っぱらから走らせちゃったからね」

「あ……、ごめんなさい。お手を煩わせてしまって」

「いや、気にしなくていいよ。好きでやっていることだから。

……ところで、匂いはどうだった?

嫌いな匂いとか、(くさ)いとかあった?」

 いい匂いとは言われたが、それはセシルにだけだ。

 ほかの娘はどうだろう。


「私も好きな匂いです」

「私も」

「私もです」

 と他の娘も賛同してくれた。

 やはり通用するようだ。


 クォリャさんはこの光景に疑問符を浮かべているようだったので、彼女にも「治癒の手」を掛けてあげたところ、彼女の顔も(とろ)け顔になっていた。

 ……うむ、上々の効果なり。

「このような回復魔法が使えるのであれば、癒し手にもなれそうですね」とはクォリャさんの弁。

「……癒し手、ですか?」

「ええ、回復魔法で癒やすだけではなく、優しく癒やすという仕事もあるのです」

「へぇー」

「ああでも、宮廷魔術師でしたね。宮廷魔術師では癒し手は無理ですね」

「いえ、宮廷魔術師でも癒し手は出来ますし、卒業後の可能性の一つとして良さそうですね」


「あぁなるほど、そういうやり方もアリですね」

「もし開業したら、クォリャさんも来て下さいな。ぜひ癒やさせて頂きます」

「うふふ、楽しみにしていますね」

 クォリャさんが大人の女性らしい色気がムンムンしてて、グッと来るから困る。


 さて、「治癒の手」で落ち着いてからは、改めてフォートラズムさんの部屋に入る。

 今度は明るい部屋だ。

 部屋の中には既に教師五人いた。

 女性二人の男性三人らしい。

 というのも、性差がないのが二人。

 両方とも男性らしいが、服を着ているが顔が魚の半魚人で、違いが分からない。

 一応獣人族の括りらしい。

 で、森人系の男性と女性一人に一つ目巨人(サイクロプス)族らしい女性で一応魔族。

 一つ目巨人族らしいというのも、普通に二つ目で、身長も普通の人サイズ。

 でも、一つ目らしいので一応一つ目巨人と呼ぶ。


 とにかく、この五人が俺たち家族が編入する教室の、教師陣とのことだ。

 フォートラズムさん曰く彼らは「基本学校」にいる間のみで、体術学校と魔術学校はまた別の教師陣らしい。

 それはともかくとして。

 名前の紹介があるかなと思ったが、時間が惜しいということでそういったこともなく。

 困ったことがあったら彼女(サイクロプス)を頼ってねとフォートラズムさんから、頼り先を指定された程度の顔見せだった。


 二言三言も話すことなく、さらーっと話が終わりそのまま部屋を出れば、またクォリャさんと一緒に走って食堂へ向かい、「治癒の手:聖域」を掛けながら朝食を食べ終わった時には九の鐘が鳴っていた。

 



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