女子寮
「それで、今後ウェリエくんたちが宿泊する寮だが」
そういえば寮のこと忘れてた。
だが、そんなことはおくびにも出さない。
「ええ」
「女子寮でいいかな」
…………は?
「…………は?」
「きみでも、そんな顔をするのか」
どんな顔だろうか。
鏡が欲しい。
それはともかく。
「え、ああうん。ええっと、どういうことです?
一応、彼女たちの身分は『妻』っていう括りなので間違いは起こしてナンボですが」
しかし、世間的にはダメなのではないか。
俺自身にはそんなつもりはないが、邪推する輩は当然出てくる。
ウチのお嬢様が、ウチの娘がキズ物にされたとか、その手の類の。
「大まかな理由は二つ。
大きくなるまで、大体の目安としては基本学校を卒業するまでの間は女児であれば、胸が大きくなることもなく子どもを作る能力はまだない。
だからそれに対して、男児がいても特に間違いは起きないんだよ」
まぁ、確かに。
現状、エルリネ相手にごくりと感じることはあるけども、セシルたちには全く感じない。
生前の記憶があるからか、セシルやクオセリス、エレイシアを見ても娘とかそんなぐらいしか感慨が沸かない。
「男児よりも華奢だからね、荷物持ちとか。
他にも色々世話をしてあげるためにも、一緒に住んで欲しいというのが一つ」
なるほど。
「もちろん、基本学校を卒業するころにはお互いの性別がハッキリとくっきり別れるだろうから、そのときは引っ越しするのもありだね」
「ふむふむ」
「二つ目は、ウェリエくん。宮廷魔術師でしょ」
「ええ」
……うん? まさか。
「王族と婚約したという話は聞いていたけども、やっぱり貴族の娘とか狙ってたりするらしいんだよね。
ザクリケルだけじゃなくて、他の二国の息がべったり掛かっている貴族もさ。
ザクリケルの中枢に近い人間、それも幼い男の子が娘の側にいる。
手を出したくなるのは、当然じゃない?
孕めば、子どもと自分は楽が出来て、一族も箔がつく。
ザクリケルの貴族は、姫様との顔があるから必要以上に関わってこれないだろうけど、他国はどうだろうね」
……やっぱり要らない、宮廷魔術師の称号。
「三国の思惑が絡みつき、切っても切れないのがこの学園だ。他の二国の思惑はほぼ政治的な理由のため、表向き拒否はするけども、裏では手ぐすね引いて、掛かるのを待っている」
こんなところまで、他国の思惑かよ。
「で、これが何故、女子寮に関わるかというと。
これがさ、女性の可愛くない嫉妬だよ」
はい、嫉妬来たー。
「目立った虐めはないとは思うけども、ありえるかもしれないというのがあってね。
リーネ様が虐められたことが原因で他二国と戦争とかも、勘弁して欲しいところなんだ」
でも、と呟き。
「何だかんだいって、異性が側にいるとさ。
よく見せたいと思うのが異性の心理なんだよね」
「ああ、なるほど」
つまり、俺が女子寮にいれば「カッコ悪いところを、未来の旦那様かもしれない人には見せられない」とか、「虐めているところを見られてしまっては、一族の恥」とか考えて図らずとも虐めの抑止力となり、セシルとクオセリスだけでなく、他の娘たちに対する虐めも起きない可能性もあるということか。
このように考えるかは、あくまで妄想だけども。
「幾らお嬢様でも警護役は大抵兄弟、姉妹といった肉親ではなく私設騎士団の者とかが多く、気安さもなく息苦しくなる可能性があり、少々言いたくはないのですが、他所の方に手を出すということが、過去にはあったそうです。なのでそういった方の入寮は許可しておりません。
ですが、ウェリエくん達はご家族です。なので入寮は当然許可されます」
なるほど、一応筋は通っている。
ただ、家族でも襲いかかる奴は襲いかかるのではなかろうか。
「それにウェリエくんは大変家族想いですからね。
必要以上に他人に手を出しませんよね」
「必要以上どころか、クオセリスが嫁ぎに来た時点で打ち止めです」
「なるほど、ただザクリケル以外の二国の貴族が狙っていることは忘れないで下さいね」
「ええ、それは当然」
家族を守るためならば、それぐらいの努力は当然するわ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
姦しくお喋りをしている女性四人と共に、フォートラズムさんの後ろを鴨の親子のようにぞろぞろと着いていった先は、女子学生寮。
あたり前田のクラッカーもとい、当たり前のように当然着いていく俺について、嫁ズは特に何も言わず、突っ込まず。
やたらと美人でその手のゲームやマンガだとアレなことになりそうな寮母さんにも、特に突っ込まれず。
寧ろ挨拶を交わされ、明らかに男声なのに何も言わない。
既に話は通っているのだろうか。
いや、もしかしたらこの場限りの付属品だと思われているのかもしれない。
そう、フォートラズムさんのように。
で、肝心要の部屋だが。
「いやー、広いですねぇ……」
そう感嘆せざるを得ないぐらいにでっかい。
基本的が二人部屋で、学習机が二つ。
寝台が横並び二つに、共用箪笥と洗面台にそこそこ大きめの窓。
トイレまである。
これが普通の部屋。
ところが、宛てがわれたお部屋は。
まず広い。
普通の部屋の壁をぶちぬいてもまだ面積があるお部屋。
というか、個人の部屋が一々大きすぎて、村の生活に戻れなくなりそうなほどに広い。
更に、寝台二つごとにカーテンらしきもので区分けされ、仲良しペアごとに分かれることが出来る。
更に共用箪笥も四人で、ではなく一人で一つ。
で、余った部分がなんと、居間である。
というか台所というべきか。
食堂で集まらずにここで食える始末。
更にベランダまであるし、あと日当たりの良い物置まである。
流石に全員のスペースはツペェアで借りてた家よりは小さいけども、ここでも普通に十分すぎる。
こういった空間に七年いや、途中で中退するから六年か。
六年もいたら、村の生活は出来ない。
だってここ、村の実家並みの広さだぜ?
生前、田舎の方が部屋は広いと聞いてたけど、異世界だと田舎のほうが狭いな。
ホントに。
軽い使い方……とはいえ、壁を破壊しないとか、灯りがあるから就寝時間は特に決めていないけども、双子の月がこの窓よりも上に来たら寝ましょうとか、そういった話をしてからはそそくさーとフォートラズムさんは出て行き、「明日以降のことは、後で係の者が伺うから部屋で待ってて」とのことだ。
さて、女子寮に紛れ込んだ異物な俺はどうなるか。
と、思って嫁たちを見ていれば、特に異物でもないように接してきた。
何も突っ込まれず、「旦那様、お荷物を下ろしてください」とクオセリスに勧められる始末。
で、お互いの鞄を置いて中の物を取り出す。
服は全て箪笥の中へ仕舞おうとしたところで、「あら、そういえばミル、いえウェリエさまの箪笥と寝台、ないですね」とセシルが気づく。
それまで四人が二人で分かれての仲良しペア組の寝台構成だったのに、俺という異物がいたお陰で取り合いに発展しそうだったので、物置で寝ることにした。
エルリネなんかは「私は奴隷生活長いので、物置でも全く構いませんよ!」とかなんとか言っていたけども、その発言は俺に対して逆効果なので黙って寝台組にさせる。
日当たりの良い窓には「ニルティナオヴエ」の苗が入った鉢をセットし、箪笥に入れるべき服は畳んだ状態で置いておく。
寝台については布団になるものがあればそれでいいわということで、思考の端に追いやる。
胸ポケットのトカゲくんは、寝ているようなので起こさないように持ち上げて、畳まれた服の上に置く。
ちょっとだけ起こしてしまったのか、ちろっとみた黒いつぶらな瞳の小動物はやはり愛しくみえた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらくしたところで、係という方が来た。
というのも、ただの寮母さん。
それもまた美人な。
「初めまして、ウェリエさんとそのご家族様。私はクォリャと申します。
早速ですが明日のことなので、宜しいでしょうか」
拒否する理由など無い。
「ええ、もちろん」
「では、早速ですが、明日は編入される教室の初顔合わせになります。
なので、朝早いですが八の鐘が鳴る頃にこの寮の入り口にいて頂きたいです」
「割りと早いね」
低血圧で眠たがりはいない……筈なので、誰か起きれば芋づる式に全員起きるだろう。
もちろん、俺が起こすつもりだ。
眠り姫を起こすのは王子様の役目だしな。
「初顔合わせ以降は九の鐘までに教室にいればよいので、初回だけですね」
ふむふむ。
「初顔合わせを致しましたら、そのまま授業をします。
授業は潜在属性検査と、簡単な実力検査になります」
ちょっ、実力検査て。
「……ちょ――」
「エレイシアと旦那様の魔法は少々特殊なので、実力検査は危険かと思うのですが」と俺の言いたいことを代弁したクオセリス。
「もちろん、エレイシアさんとウェリエさんの両名は免除です。教師陣は、少なくとも明日担当する者はみな、事情を知っております」
それなら、いいのかな……?
「火砕流」辺りはやり過ぎとしても、「氷柱の柱」辺りならば、綺麗で終わるだろうし、それでいいか。
「服飾などの購入については二日後、つまり明後日が休養日なので、その日に購入をお勧めします」
「わかったー」というのはエレイシア。
明日一日過ごしてから何が欲しいか決めて、買い出しか。
いや、中々いいタイミングにこの地に来れたな。
「一先ず、以上になりますが。何か気になることとかありますか」
「ええと、二つほど」
「はい、お聞きください」
「あれだ、女子寮に男という異物がいる件についてどう思う?」
「事情は我々と教師陣は全員存じているので、別にどうも思いませんよ?」
「あ、そう」
突っ込むとか突っ込まないとか、そういうレベルじゃなくて既に通達が行っている訳ね。
突っ込む余地はあるけども、納得と理解は出来るし、まぁいっか。
「以上でしょうか?」
「いや、最後に。
……質問とかではないんだけども」
「はい?」
出来るだけ真顔でクォリャさんを見据える。
そして口を開く。
「寝具貰える? 五人目だから寝台無いんだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クォリャさんに寝具を用意して貰った。
寝台については、空きがないとか何とか。
生前はベッドよりも敷布団派だったので、特に文句はなく。
ただ、必要以上にそれも美人に謝られると、なんかムクムクするのはきっと普通の反応。
時間をピークタイムからズラして食堂に訪れば、閑散としていたのでそこで皆と夕食を取り、寮に帰り今に至る。
タイミングがいいのか、今のところ学友となる人たちと出くわしていない。
とにかく、明日だ。
明日から、楽しい楽しい青春の学校生活in異世界。
そう思うと、心と身体がワクワクしていて、身体が火照ってくるが。
それと同時に瞼が降りてくれた。
瞼が落ちきる瞬間に見た生き物に、挨拶をする。
――おやすみ、パイソ。
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