実技試験
フォートラズムさんと共に屋外修練場に出る。
時間的にはお昼と夕方の境目ぐらいで、少々お腹が減っている具合である。
エレイシアは元気一杯戦意上々だ。
鼻息荒い上に左腕の『精神の願望』も元気一杯に煌めいている。
――これって結構ヤバい状況なのでは?
と今更思っても止められない、血に飢えた可愛い子猫の牙はサーベルタイガーでした状態。
「いいか、エレイシア。いくら敵だと言っても、先日の冒険者みたいな明確な敵じゃないんだ」
手加減するように、という意味でこの子猫に釘を刺した。
「うん、わかってる」
お、分かってるんだ。良かった良かっ――。
「肉塊に変えない程度にやるね」
分かってなかった。
「よぅし、準備は出来た。掛かって来い、お兄さんが全て受け止め――」
おう、それは死亡フラグだから止めてくれ。
「よし、いくよ!」
あ、手加減なしですね。
青緑色の魔法陣が六つも見えてる時点で本気ですわ。
「"其は処刑に阿く悪鬼なり! 悪鬼の纏うことばは邪なる言葉!
聞き耳を立てるな、其は生命を削り潰す者!
邪なる者には死を与え! 罪に涙なす者には一瞬の苦罪を! "」
…………なにこの魔法詠唱。知らないんだけど。というか、エレイシアが難しい日本語使えてるんですが、なんですかこれ。
一瞬のエレイシアの溜めのあと、彼女の足元から――ドプんと例のゼリー状の黒い魚『ガルガンチュア』が立ち昇る。
「判決を言い渡す……!」
エレイシアの叫びと共に『ガルガンチュア』が口を開ける。
現れるのは現象。
「お、おう?」
フォートラズムさんの真下から、櫓が組まれる。
それは生前に見た西部劇の絞首刑用の木組み。
みるみる内に組み立てられるそれは、絞首台。
フォートラズムさんの体重を重くするために、鎖と鉄球が装飾される。
「な、なん……」
悲鳴を挙げさせないための口封じの猿轡を嵌められた。
更には足鎖と手錠も嵌められ、それらを鎖で繋ぐ。
――ガチィン。
一際大きな音が響く、それは完全に鍵が掛かったという印。
「其は大罪人なり、よって「苦罪:首縊りの櫓」の刑に処す!」
一瞬後で「――ボキャ」という鈍い音と鳴ったと共に櫓が霧散していく。
刑は執行されたようだ。
つまり、死亡だ。校長か理事長が。
と、思いきや。
「いやー死ぬかと思ったよ」
霧散した櫓と縄から落とされながらも、むっくりと起き上がるフォートラズムさんは不死身か、アンデッドか。
「いやぁ怖いねぇ。これが殺戮魔法か。確かにこれなら手加減覚えたいね」
いや、詠唱しなきゃそこまで雁字搦めにされないと思います。
「凄いね、おじちゃん。「首吊り櫓」を耐えたんだ!」
「お、おじちゃん……」
フォートラズムさんの声が残念そうだ。
ふっ、お兄さんの座は渡さん。
「ねぇねぇ、おじちゃん。もっとやっていい?」
「いや、エレイシアくんのはもうしっかりと――」
「――ダメ?」
エレイシアよ、いつ上目遣いというスキルを覚えた。
フォートラズムさんはタジタジだ。
「エレイシア。フォートラズムさん困ってるから、そこまでにしなさい」
「えー」
「えーじゃない」
「……ぷぅ」
「可愛く膨らんでもだめ」
「ちぇー」
「全く……ほら、あすこにいるエルリネたちの元に行きなさい」
「もっとやりたかったなー」
「はいはい。次にやるときはあの冒険者みたいに殺してもいいときにしなさい。
ほら、行った行った」
といって彼女をエルリネの元へ行かせる。
とてとてと数歩進んではちらっと俺を見る子猫。
遊び足りない猫のようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ええと、最後はウェリエくんの魔王系魔法だね。どんなのを見せてくれるのかな?」
「ああ、それなんですけど、どういうのがみたいですか」
「うん、どういうのとは?」
「そのままの意味です」
「うーん、キミの得意属性でいいよ。じゃあ」
「分かりました」
とは言うものの、特定の得意属性などない。
『属性王』で、全属性に精通しているので『火』『水』『風』『地』どころか『重力』まで持っている。
いや『重力』を無理やり地属性という括りにも出来なくもないが、ちょっと違う気もする。
というのも、俺の潜在属性は『虹』で且つ無属性が強い。
で、『属性王』のお陰で四属性に強い。
今のところ、黒歴史ノートにしたためたウェリエ専用の魔法。
それを今ここで晒そう。
ああ、うん。
これだけのために、今まで隠してきたようなもんだ。
「ええ、では属性魔法を一発撃ちます」
「へぇ……、一発だけ?」
「一発だけです、但し威力は激重ですが」
「へぇ……楽しみだね。それは僕を殺す気かい?」
「死にはしませんよ、余波だけ当てるつもりですから」
「じゃあおいでよ」
「ええ、胸を借りるつもりで行きます」
『十全の理』を起動させ、濃縮した魔力を精製。
目の前のフォートラズムさんが、苦悶に顔を歪ませる。
「流星」
撃つのは一発。
それも直撃はさせない。
適当な大きさの土の塊を作成。
内部に引力、外部に斥力をちょうどいい割合で適度に固めた状態で、一先ず一度斥力で地上から約八十キロメートルほどの高さまで持っていく。
持ち上げた後は、引力という名前のゴム状のヒモをイメージし、括りつけたそれを地上まで一気に墜とす。
本来であれば、そんな適当なもので流星など作れない。
だが、ここはイメージで魔法が作れる。
詳しい物理法則など要らない。
だから作って戻した。
地表に。
「超高高度からの一撃……!」
もちろん、発生する一撃による衝撃波はとんでもない。
だが、これも不思議イメージのパワー。
「指向性の衝撃波だ! 直上に飛んでいけ!」
亜音速で直上に跳び、フォートラズムさんへ向けて亜音速で直下に落ちる!
単純な質量と加速でちゃちな防御陣程度では、一瞬の抵抗もなく即貫通!
足元に落ちたその質量に耐えられない大地は、ひび割れ砕ける。
内部に入り込んだ、超質量のたった一つの弾が持っていた衝撃波が大地の中でクモの巣状に派生。
更に大地を砕き、隆起させる。
直撃はさせていない。
させたのは衝撃波(とそれに伴う大地の隆起)だ。
当然、それでも普通の人間なら死んでいる。
目の前には穿った一撃によって、ほじくり返された一つの山が出来ていた。
……うむ、流石に凄いな『惑星』は。
俺TUEEEのためだけに作った設定なだけある。
ウェリエはこれがあったから、色々扱いにくかったというメタなこともあった。
正直に言えば、『惑星』という属性が何でも出来てしまった。
この世界を『惑星』の中の世界として見てしまえば、「探知」が『惑星』魔法になる。
『視認』もそうだ。
火、水、風、地はもちろん、派生の雷、氷、重力、磁力も地球にある。
光なんかは太陽であるし、太陽から離れた冥王星なんかは闇一色だ。
そうでなくても光と闇は『惑星』で括れる。
生命の力も生命あふれる『惑星』があってこそ。
ということで、属性回復魔法も『惑星』内だ。
こんな万能属性持ちのキャラクターとか、作者としてやりにくいったらありゃしなかった。
これも『十全の理』が起動して初めて使えるようになるとはいえ、これは本当にキツい。
何がキツいって?
そら、物語の進め方だよ。
でも、物語の進め方も最もな理由をくっつけて一旦退場させた。
そして、最後に主人公のチート能力vs『十全の理』(とその仲間たち)+『惑星』を併せても、チート能力に勝てず、また人生を諦めて主人公の剣に自ら刺さって退場。
今更だが酷いバトルだ。
どんだけ酷いんだ、主人公のチート能力。
そういえば、その主人公ともこの学園で会うのか。
――「二人で魔王を倒して有名になろう!」か。
似たような台詞を吐いた奴が、俺のライバル……か。
「ゲホッゲホッ、心非ずのようだけど、それは余裕から……かな。ウェリエくん」
「あ、忘れてました。生きてましたか、やっぱり」
まぁ当然か、死なないようには努力はした。
思ったよりホーミングに落ちたけど。
「さっきよりは、生きた心地はしなかったよ」
「いや、それは嘘でしょう」
「何故……だね。結構、本当に危なかったんだが……」
「エレイシアの櫓みたいに派手じゃないですし、いわば衝撃波だけですし」
第一、本気で殺す気だったら、これじゃないもっとド派手なものを使います。
「神剣」とか「焼灼の槍」とかもそうだし、『惑星』解禁した訳だし、「超新星」も「電離嵐」もあるぞよ。
「流石、『魔王』って自称するだけあるね。
……少なくとも僕の派閥の人間からはキミの怒りなどに触れないように通達出しておくよ」
「ええ、是非やって下さい。今度は手加減抜き……かも知れませんよ」
「ヒェッ、怖い怖い」
心底げんなり出来るワードが聞こえたな、今。
「……今、さり気なく素通りしましたが、派閥あるんですか……」
「うん、あるよ」
「うへぇ……」
「まぁここは、ザクリケルとその他の国が入り混じってるからねぇ。
あ、僕は三国仲良くしましょうねっていう派閥の長だから、よろしく」
まぁ"三国仲良くしましょうね"の会でないと、学園の長も出来ないだろう。
じゃないと公平に物事を進められない。
「まぁ僕は三国のどこの国にも属していない国生まれだから、気楽だしどこかに力を入れるなんて考えないし」
「そうなんですか……、ちなみにどこの人ですか」
「うん、ちょっと言えないな」
「そうですか」
「あ、そうそう」
「ん?」
「ウェリエくんと、エレイシアくん両名とも合格ね。
お腹も減ってるだろうし、今なら誰も利用してなくて空いている食堂で食事したら、寮に行こうか」
「本当ですか。良かった。お腹減ってたんですよ」
「うんうん、食事したら。歩きながら寮に説明しようか」
「ええ、お願いします」
さぁ食堂へ!
と行こうとしたところで、訝しげにジト目でフォートラズムさんに睨まれる。
「……何か」
「いや、ウェリエくんは言葉遣いが荒いときとこう丁寧なときがあるなぁなんて、思ってね」
「……珍しいんですか?」
「まぁ子どもっていうのは基本的に言葉遣いが荒かったりするからね。
丁寧に言わなかったりするのが、殆どでね。
商人とか貴族の、それも高位なところの子どもなら分からなくもないけど。
ウェリエくんはいいところの子?」
「さぁ、どうでしょう」
ちょっとだけ口の端を上げて笑っておいた。