魔族⑥(メティア視点)
お父さんの話が終わって、私は固まった。
そんな話を聞かされたら、打算で彼に近づいたように思われてしまう。
そうじゃない。私は打算で近づいたのではない。
私はただ、あの鮮やかな色が好きで好きで安心するから思わず視界に入れてしまう程度なのに。
嫌だな、そんな打算に近づいたと思われるなんて。
嫌だな嫌だななんて想っていたら、顔がまた熱くなった。
熱いよ。
耳たぶを触って冷たさを取り戻そうとするけども、耳たぶまで熱かった。
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魔法を使えないことに劣等感を感じていて、夕食後の休憩時も熱心に魔法を使おうと努力をしていたあの子が、一人の男の子のお蔭で、談笑出来るようになった。
これは喜ばしいことだと思う。
是非感謝したい、ミルくんに。
考えてみれば、ミルくんの家は貴族だ。
我が家も貴族で釣り合いは取れている。
もし、娘が成人しても気持ちが変わらないようであれば、フロリア家に打診してみよう。
出来れば正妻にして欲しいが、固有属性固有魔法持ちだ。きっと妻はたくさんいるだろう。
だから、親である私がいうのもおかしいが、側室を目指して貰う。
――そうすればきっとメティアも幸せだろうから。
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顔の火照りも漸く鎮まり、お父さんとお母さんに今日の出来事を話した。
ミルの反属性を参考に反属性魔法を使って倒れたこととお昼の朱色の光の話。
お母さんは私の体調を心配してくれた。
私は今はピンピンしているから大丈夫だと、元気に応えた。
そして一番の、朱色の光の話をしたとき、やっぱりお父さんとお母さんは固まっていた。
お母さん特有のピリピリとした痛痒感を私に感じさせながら。
当然だ。
なにせ一歩間違えれば死んでいたのだから。
でも言わねばならない。魔族なら、この危険性が分かる。
子どもとはいえ、人を吹き飛ばすほどの魔法を人里で発動させ、大地を大きく円形に凹ませる。
一流のお父さんの属性は火で、精緻精密な魔法を扱える。
お父さんの場合はピリピリと産毛を焼くような痛痒感をずっと感じさせて、時間を掛けて漸く魔法が発動する。
それなのにあの魔法はピリっと一瞬だけ痛痒感を感じさせた後に、轟音だ。
それも、燃やすのではなく、粉砕という形で木々を千切れさせた。
ほんの一瞬で作った魔法でありながら、大地を円形に抉り木々を衝撃で粉砕する。
そんな魔法は危険だ。
だから、お父さんとお母さんに教えた。
死ぬかと思ったけど、先生に心配されていて、ふとミルを見たら青くなっていて、秘密を共有した気になったということまで話した。
話したが、痛痒感は消えず二人共怖い顔をしている。
ぶつぶつと「……いや、そんな、まさか……」とか言っている。
何が「まさか……」なんだろうか。
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娘からその魔法の存在を聞いた。
聞いたことがなかった。
威力は間違いなく上級魔法。
だが、ピリッとした痛痒感が一瞬だという。
痛痒感というのは魔力の扱いに長けている魔族なら大抵は感じるものだ。
どのようなときに感じるものかといえば、人が魔力を使い詠唱しているときだ。
ピリピリとした痛痒感が感じられるときは詠唱しているときか、魔力を使用し続けているときであり、つまり、娘の感じた『一瞬』という危険な一言は、後者ではなく、前者が理由になる。
つまり、『無詠唱』という高等技術を、聞いたことがない『上級魔法』で行った。
無詠唱自体は簡単だ。生活魔法であれば、魔力の消費が微々たるものであるし、方向性も一つしか無い。
だが、自衛魔法から無詠唱の難易度は跳ね上がる。
「土の壁」という地属性の自衛魔法がある。
これは読んで字の如く、術者周辺に土壁を出して段階的に硬くなり、石になる魔法。
基本的に防御に使うものだが、これを発展させれば、最初から石状態で出して、石弾用の弾にすることも、相手を土の壁で覆い、酸欠死させるとか方向性がいくつも存在するようになる。
その方向性を決める詠唱を必要とせずに、即発動。
これほどまでに恐ろしい魔法は聞いたことがない。
魔法を研究する者として、是非教えて欲しい。
いや、教えるのは難しいだろう。それ一本で軍にも入れる、飯の種を教えて欲しいと言っているものだ。
せめて、間近で見せて欲しい。あとは、俺が研究する。
その技術も去ることながら、その『上級魔法』も気になるところだ。
吹き飛ばす魔法もあることにはある。風の中級魔法だ。
だがその魔法は大地を抉る魔法ではない。
火の上級に魔力を爆発させる魔法はある、あるがメインは火炎による焼殺だ。娘のいう木々が千切れ、粉砕されるという現象に火属性が使われているとは思えない。
だが朱色の光が見えたということであれば、火属性に違いないだろう。
その聞いたことがない魔法を無詠唱で出す。
これが、この村を破壊する腹積もりの不届き者がやっていたとしても心が踊る。
どんなつもりでこの魔法を使ったのか。ドキドキが止まらない。
これは明日、隣の家のアクナー家さんのところと、タクルト家さんらで集まって会議だな。
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一言で言えば
……怖い。
と、感じた。娘が通う学校で謎の魔法の使用があった。
つまり、いつでも子供を殺せるぞという声明にしか見えない。
そんな学校に勇者を輩出させたとはいえ、私は通わせたくはない。
ただ、そういった恐ろしいことの筈なのに、あのミルくんがいるだけで娘は大丈夫と思える。
不思議だ。
歳も娘と一日違いなだけなのに。
固有属性固有魔法があるからかしら。
ミルくんも青くなっていたという、つまりはあの子も見たのだろう。
近場で見たのであれば、その状況をもっと教えて欲しいな。
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結局、お父さんとお母さんはぶつぶつ言ったあと、そのまま寝室へ行ってしまった。
私もそのまま寝室へ行き、瞼を閉じた。
あのときの朱色の光が、鮮明に浮かぶ。
――綺麗だったな、あの光。
と、いうわけでおやすみなさい。