船の中と学園への期待
乗船してからはや二日目、クオセリスとセシルは流石お嬢様(+お姫様)ってだけあるのか、両名はわいわいきゃーきゃー言わず、部屋でゆっくりしており、俺とエルリネは子どものようにあちこちを走り回っていた。
一応、俺は子どもだが。
とにかくこの世界の船は初だ。
小舟すらも乗ったこともない。
乗ろうとするタイミング自体はあるにはあったが、丁稚奉公や図書館に引きこもりが多すぎた。
エルリネは乗ったことはあるようだが、客室を使ったりこのように走り回るということはしたことがないという。
詳しく聞いて見れば幼いときに暗くじめじめした奴隷船に載せられた以来だという。
「だから、みんなと一緒に乗れて楽しい記憶で上書き出来る気がするんですよ」と、涙なしには語れない。
走り回っていると他の乗客にぶつかるかと思えば、そんなことはなく。
というのも、俺が宮廷魔術師と国の要人ということで粗相があったらいけないということで、一般人と隔離されているようで自由に歩き回れるし、走り回れる。
それだけではなく、そもそもとしてこの時期に船に乗り込む人が学園に用がある人しか乗らない。
つまりは学園に入学希望者限定の船だ。
生前の世界でいう小学校、中学校、高等学校はほぼどんな人間でも入学し卒業した。
しかし、この世界では限られた人間しかこういった学園には通えない、ということをあの村で知った。
というのもコネで入ろうとした俺だから分かる。
『十全の理』があったとしても、世間に見せられなきゃ一芸に秀でているとはいえない。
下手に世間に見せたら、どれも規格外で危険視されてしまう。
結局のところ、コネでなければ学園には通えなかった。
今の俺の身も、セシルのコネで行っているもんだ。
更に言えば宮廷魔術師だから、という理屈で通いたいという旨も伝えているがそれでもコネで違いない。
とにかく、そんな限られて選ばれた者だけが学園の門を叩ける。
そんな狭き門を叩ける者が年に何十人もツペェアから出てくるか、いやザクリケルという国から出てくるかと思えば、それは否だろうと思う。
例えそうでなく、何十人も来るとしても今日この日に同じく乗船するとも思えない。
そう思ってからは気が楽だった。
実際に船員さんからは、俺たち一家しかいないとも言っていたので、ほぼプライベートシップで隔離なんかしないので、船長室と船員室に入らなければ好きに使っていいらしい。
遊び場が増えた。
飛んだり跳ねたりしても、船員さん以外から苦情は来ない。
ということで、エレイシアと俺とエルリネの三人で"かくれんぼ"兼"おにごっこ"をした。
この遊びにはもちろん理由がある。
というのも、先日エルリネには『闇夜の影渡』を譲渡している。
早速使ってみてよと言外に、エルリネに勧めた具合だ。
結果は……。
――見つからん。
最初のオニは、エレイシアだった。
まず、恥を忍んで女子トイレに隠れた俺を即座に見つけてきた。
隠れ始めてから一分の出来事である。
分殺である。
その後のエルリネは、別の客室の天井に張り付いていた。
それも死角且つ影になるところにだ。
俺が「あっ」とうっかり言わなければ、エレイシアはきっと半刻は探していただろう。
それぐらい見つからなかった。
で、ついうっかりヒントを与えてしまったことに不満を覚えたようで、エルリネがあてつけとばかりに「本気で隠れます」と宣言された。
その本気が地獄だった。
最初に見つけたのはエレイシアで、これまたエレイシアも簡単に見つかった。
寝台の布団がこんもりと膨らんでおり、ぺろっと捲ればいた、がちょっと走り回っただけで疲れたのだろう。
すやすやと寝ていたので、そのまま寝かせることにして、本気のエルリネを探した。
最初は目視で探す。
どこにもいない。
ズルだとは思ったが、背に腹は変えられないとばかりに「探知」と「視認」を使う。
見つからない。
念のため、自室へ戻るがクオセリスもセシルも見ていないようだ。
結局一刻探しても見つからないので、音を上げたところですぐ隣の空間からヌッと現れた。
曰く、最初は船の外壁の取っ掛かりに座り、その後は透明化して散策。
最後にはずっと隣にいたようだった。
設定したのが自分だとはいえ、チートすぎる。
全く気づかなかった。
不自然な歪みとかそういうのも感じなかった。
全くのステルス。
そんな人生は歩まないとは思うが、暗殺者とかになったらこの魔方陣はとっても垂涎ものだなと思った。
とにかく自分で作ったものに寝首を掻かれたりしたら笑い話にもならないので、設定した俺vs使い手のガチンコかくれんぼ大会を開催した。
その戦いは夜まで続き、結局は俺の負けで、作者でもステルスを看破出来なかった。
なおエレイシアは自分で自室へ帰り、人数分の寝台があるのに俺の寝台の上で寝ており、クオセリスはうつらうつらと舟を漕ぎながらも起きていた。
妻として旦那の帰りを待っていたらしい。
提供されたときは暖かったであろう夕食もすっかり冷たくなっていたが、エルリネの火属性の生活魔法で温めてくれた。
あとクオセリスという妻が、食べ終わるのを待つ娘もおり、心がぽかぽかして夕食は美味しかった。
食べ終わってからクオセリスを寝かせて、旅している頃にあった夜更かしの癖が旅装になると現れるようで、寝れなかった。
それはエルリネも同じのようで、共に甲板に出て夜の潮風に当たった。
中々風情のある幻想的な空間だ。
目下からは波の飛沫が、船に当たり弾けて潮風の匂いが前から背中に抜ける。
相変わらず空の双子の月は、明るく輝き白いと感じうる雲が流れ行く。
小説で読んだことがありそうな逢引の空間。
だが、惜しいことに俺は八歳。
十七歳の少女相手に逢瀬など、少々いや早過ぎる。
「……ご主人様」
なんて悶々と考えていたところで、エルリネから声を掛けられた。
「んー、なぁに?」
と答えれば、エルリネは天蓋の夜空の月を見上げ「月」と短く呟き、「月が綺麗ですよね」と呟かれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
なんて答えればいいのだろうか、と考えると同時に口から出た答えは。
「ああ、死んでもいいね」と、考えるより先にぽろっと出るのはその手の逸話を知っていれば出てくるであろう。
だがエルリネはそうは思わなかったようだ。
というよりも、このやりとりは"日本人"限定だと思う。
外国人いや、外世界人に当然伝わらない。
エルリネの方へ振り向けば、彼女は座り込み、目尻に水溜りを作っており今にも溢れ出しそうだ。
エルリネの背は高い。
俺が爪先立ちして腕を伸ばしても、胸の下に触れる程度だ。
だが、彼女は今座り込んでいる。
だから、彼女の目尻に人差し指を曲げて当てて、水溜りを拭き取る。
「……別に」
「…………、」
「言葉通りの意味じゃない。"死んでもいいぐらいに、嬉しい"ってことだよ。この"ことば"は」
「え……?」
「エルリネは花が咲いているような可愛い顔が素敵なんだ、泣かないように、ね」
ああ、言っちゃった。
web小説を読んでいるころからそうだったけど、歳上の女性がやっぱり好きだわ。
お姉さん的なキャラクター。
エルリネなんて少なくとも現状はお姉さんだし、俺の知らないこの世界の常識を教えてくれる。
エルリネと姉さんがとても好きで困る。
もちろん一番は幼馴染で、姉さんを性的な目で見るのは少々キツいけども。
「"死んでもいいぐらいに嬉しい"ってどういう……」
ことなのって聞かれているけども。
「そのまんまの意味さ。エルリネが言った"月が綺麗ですね"という単語は、ちょっとだけ特別な意味を持っていてね。
それをエルリネが言ったから、それに対して返答した訳さ」
「特別な意味って、どんな――」
その言葉に対して「――秘密」と被せておく。
これを言うには少々心苦しい。
主に恥ずかしさ的な意味で。
「悪い意味じゃないよ。寧ろとてもいい素敵な意味だよ」
「そう、なのですか?」
「うん、そうそう」
潮風に当たり過ぎて、ちょっと寒くなってきたが、顔は熱い。
きっと風邪を引きそうなんだろうと思う。
うん、きっとそう。
「さ、エルリネ。潮風にあたってちょっと寒く……なってきたし、部屋に戻ろうか」
「そうですね、……戻りましょう」
そう言って立ち上がるエルリネは心なしか、意味を知りたいような不満気な顔で俺を終始みていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三日目の朝。
温かい朝食を食べてから、船員さんに到着は昼ごろだということを告げられた。
甲板へ出て見ればなるほど確かに水平線の向こうに薄っすら、建物っぽいものが見える。
薄っすらとしか見えないのでなんとも言えないが、中々の広さを持つようだ。
というのも視界の端から端まで水平線に薄っすら見えるのだ。
これを広いと言わずして、何を広いというのか。
新しい環境、この地で七年。
いや途中中退を予定しているので、六年。
どんなことが起きるだろうか。
入学して友達を作って、ライバルが出来て。
修学旅行みたいなのをやって、男同士だし猥談か何かやって。
いや、嫁いるしその手のあれは出来なそうだ。
リコリスたちが言っていた、サバイバル試験と使い魔獲得イベント。
あとはなんだ?
闘技場を使った実戦とか、その辺りだろうか。
とにかく楽しみだ。
昼ごろまで待てない。
俺は逸る気持ちを抑えて、潮風がちょっと寒い甲板の上でずっと座した。