旅路の途上
我が家のお姫様たちを寝台の上に載せて、ニルティナに魔力水をあげたあと、一通りぐねぐねと蠢いたのを確認してから床についたのは夜遅く。
残念なことに朝になり起きても、エレイシアはいなかった。
仕方ないねとは思うけども、少々いやかなり残念とも思う。
それはともかく、今日は待ちに待った旅立ちの日だ。
思えば二年前の旅立ちは、自分の因果応報として出て行くと相成った。
今回はそうではない。
楽しみにしていた、そして自分の魔王系魔法の手加減を知るための学校だ。
これを楽しみにしないで何を楽しみにするのか。
web小説や転生、転移系で使い古されたネタだけども、異世界に来たからには学校編はそれだけ、心が湧き踊るイベントだ。
なまじ"生前"の学校生活が青春の"せ"いや"s"もない残念生活だったので、尚更楽しみだ。
楽しみにしているところで思い出す。
ツペェア焼き用のクリームどうしたものか。
リコリスさんに会って渡すかなんて考えたけども、昨日会ったし、そもそも彼女の自宅の場所知らないし、職場の博物館はまだ開いてないだろうし、それになによりこんな得体の知れないものを貰っても彼女は困るだろう。
セシルの祖父母も、同様だろう。
……持って行こうか、荷物が重くなるが。
……あと、荷物が重くなると言えば。
いつだったかに、セシルとエルリネが貰ってきたツペェア印のお酒が五銘柄。
俺は今のところ飲めないので、多分エルリネが飲むだろう。
もちろん、エルリネ以外のお酒を飲める者が飲めるなら飲んでいい。
エルリネが保存して、みんなが成人したお祝いに開けるというのも良さそうだ。
この世界のお酒に"ン年物"という感じで保存出来るか分からないが、アルコールが抜けてただの米かブドウ百パーセントジュースになったらなったで、笑い話として話のネタにもなる。
そこら辺はエルリネらの自由だ。
俺が決めていいところではない。
ニルティナの鉢を袋詰めにしバッグの中に固定する。揺れても揺さぶっても一応土は溢れないし、ニルティナも多分ズレないだろう。
もちろん、念のため溢れてもいいように予備用の服も、袋詰にしておく。
web小説によくある"アイテムボックス"が切に欲しい。
何度目かはとうに覚えていないが、無いものを強請ってもしょうがないと、自分に言い聞かせる。
まだ寝ているであろう我が家の姫様たちを起こさないように、足音と扉の蝶番の音が響かないようにゆっくりと部屋を出て、氷庫へ向かう。
瓶詰めされたクリーム二個が完全に固まっている。
瓶の蓋に軽く力を入れて開けようと試みるも、びくともしない。
「凍結の棺」を強く設定してしまったかもしれない。
軽い火属性の魔法、いわば生活魔法を誰かに唱えて貰えば氷が解けて、食べれるだろう。
図書館で得た知識として、出港して中一日掛けて学園に着くようだし、明日一日で一瓶使おうか。
クリーム瓶をバッグの中に詰め込み持ち上げると、ちょっと重たいが持てないほどではない。
そんなバッグを背中に背負って食堂に向かえば、みんな揃っていた。
みんなも準備が万端のようだ。
幸か不幸か、全く一回も警報を鳴らさなかった自作魔法の「遠隔常時探査」の全てを解除する。
壊れている感触もなし。
放ったらかしのメンテナンス無しで、ほぼ一年間も保つとは。
さて、あとは鍵を締めてセシルの祖父母たちに、鍵を渡すだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
特に探すこともなく、祖父母の屋敷に家族全員で赴き、鍵を渡した。
爺さんからは「ちゃんと道具を使ったか?」と聞かれたので、「もちろん」と答えた。
その回答に満足した爺さんはそれっきり俺とは喋らず、セシルたち女性陣と話し込んでいる。
なんとはなしに見れば、鼻の下を伸ばしている。
なにしてるんだ、あの爺は。
それに対し、お婆さんの立ち振舞が凄く意識高い。
見れば見るだけ、なんかこう。お婆さんの脇にこう芍薬が絵が現れる。
そう正に"立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花"っていうそんな感じだ。
「孫を頼みますよ」とお婆さんから頼まれた。
「出来る限りのことは」
「そこは"絶対に"と応えないのですか?」
「守れない約束はしないようにしている。
……それでも"絶対"と言って欲しかった?」
「いいえ、『魔王』らしくて良いかと。
正直に言えば"絶対"と言っていれば、胡散臭く感じておりました」
……どっちなんだよ。
「『魔王』とまた会えるときを楽しみにしております。何年後でしょうか」
「"僕"とですか。あと、七年後ですね」
「七年ですか、永いですね。生きていられるでしょうか」
「……、縁起悪いこと言わないでください」
「冗談ですよ」
そう呟くお婆さんの声には力がない。
おいおい、大丈夫かこの人。
お婆さんが力なく笑いながら、「ええ、『魔王』と次に会える日ですね」と口ごもる。
「それは、どういう……?」
「確か『魔王』は故郷へ戻る、と」
ああ、それか。
「ええ、戻りますよ」
「ツペェアの、いえザクリケル人にならないのですか?」
あー。
「そうですね、それなりに恩義はありますので特に理由がなければ、ザクリケルで一生いる予定です。
ツペェアか、別の街かは分かりませんけど」
「それは……」
「ええ、貴族という面倒な生活が嫌なので、適当に畑を開墾して故郷の二人と今の四人を合わせて、慎ましく生きる予定です」
「そうですか。一度は戻ってくるのですね?」
「ええ、故郷の二人を連れて戻ってくる予定です」
「それはいつ頃に」
「うーん、成人の十五歳ちょうどに迎えに行くと約束していますから、十四歳ぐらいの途中で中退して伺う予定です」
「では、卒業式は出ない、と」
「旅慣れしていないセシルと、同じくしてなさそうなクオセリスは学園に置いて行きます。
もちろんエルリネたちが、卒業式に出たいというならば置いていきますし、彼女らも着いていきたいというのならば連れて行きます」
「旅路は長いのですか?」
「ええ、ここに来るまでに一年とちょっとは費やしたので……、ところで何故こんなことをお聞きになるのです?」
「私的と公的な理由ですね」
「…………?」
「公的な理由としては学園を卒業しても、"宮廷魔術師として在り続ける意志"があるということで、『魔王』に一月の給与を支払い続けるか否かですね。
今のところ、給与を払い続ける形になります。つまり、学校に七年通い続けていてもその間、給与は与えられるということです」
思わず口の端が歪む。
今現在、どれほど贅沢を極めても三ヶ月分を消費出来ない今、ぶっちゃけ使い切れない。
だからといっても、今打ち切られたとしたら七年保つかどうかは非常に怪しい。
まさに"帯に短し襷に長し"だ。
「支払われ続けたとしても、どうやって給与金を確認するのですか?」
「学校はザクリケルも共同でお金を出しています、つまりあそこはザクリケルでありザクリケルの法律もあります」
それは知っている。
「だから、給与も当然ザクリケルの法律として支払われ続け、公的機関の者に訴えて頂ければお金を捻出という次第ですね」
深く、そう深くは考えないでおこう。
『うわーいやったぁ、お金がいっぱいでお金持ちだよ!』の精神で行こう。多分、それがきっと精神効率がいい。
「私的な理由としては、やはり孫娘が嫁いだのですから、嫁ぎ先を気にするのは当然でしょう」
それもそうか。
「置いていくにしろ、付いていくにしろ。旦那様である『魔王』が故郷へ赴き、待たせている者を迎えに行く。その道を遮ることは出来ません。
だから、せめて『魔王』がツペェアへまた、来て頂けるその日を望み続けるのが、私とあの人の考えたことです」
「そう、ですか」
「ええ、必ず戻ってきてくださいね」
「"必ず"は卑怯じゃないですか」
「ええ、卑怯です。ですが、今の私は『孫娘』が無事に戻ってくるのを待ち望む哀れな老婆です。少しでも信じたいのですよ」
「全く……。いいですよ、"必ず"戻ってきますよ」と口約束をしながら哀れなる老婆の手を握る。
いわゆる握手だ。力強く握り、その力強さが俺の手にも残る。
どこが哀れだろうか、普通に力がある人の手だ。
お婆さんとの握手を解き、背を向ければ既に我が家のお姫様たちは、お爺さんとの話は終わっていたようで、横並びで俺を待っていた。
みんなの目が希望に満ち満ちている。
二年前の旅の始まりは自分のせいとはいえ、最悪だった。
何より一人だった。
あのときはいくら強い言葉で、自分を誤魔化しても寂しくて寂しくて、何度も後悔をしたけれども、よき理解者たる彼女が共に歩んでくれることを約束してくれた。
それから、共に歩んでくれる者が三人増えた。
……俺の旅はまだまだ、始まったばかりだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから、半日かけて港へ着いた。
歩き慣れしている俺とエルリネ、エレイシアはピンピンしていたが、クオセリスとセシルの二人は船の中に入ったときには疲労困憊でそのまま部屋に宛てがわれ、寝台の上に突っ伏して、泥のように眠り込んだ。
帰郷まであと七年。
七年後にまた姉さんとメティアに会える。
会ったら、あのときからずっと体験した九年間の記憶を話すんだ。
こんなに女の子を増やしてとかなんとか罵られるかもしれない。
それでも、話す。
隠し事はしない。
どんなに待ち望んでいたか。それを話すために。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――人生の分岐点まであと七年。
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