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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-人生の分岐点- II
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三日目 -窓の月-

 夕闇が降りて、篝火が焚かれたころには、セシル、クオセリス、エレイシアは疲れて大衆食堂の中の窓が見える席でぐったりし、俺とエルリネはピンピンして窓から外を見ていた。

 エレイシアはともかく、彼女らは一日中歩きまわるということは、多分したことがない。

 だから疲れてぐったりして、中には舟を漕いでいるのだろう。

 エレイシアはエレイシアでさっきまで普通に起きていたが、セシルとクオセリスの眠気に当てられて夢現だ。


 外で人がわいわいと蠢いている。

 酒を酌み交わし、中には酒瓶抱えてごろ寝し、中には殴り掴み合いの喧嘩をしている。

 正に「人がゴミのようだ」とは名台詞なところ。


「ご主人様」

「うん?」

 エルリネから呼ばれた。

「また、来たいですね。ツペェアのお祭り」

「そうだね、エルリネはお祭りは初めて?」

「いえ、ですが幼いときに見たっきりです」

「そか、覚えてる限りでいいけど、どこか比較対象はある?」

「そうですね、森のなかだったので、火はなかったです。

あとは屋台というものは無かったです」

「へぇ、どういうものだったの。いやエルリネの故郷のお祭りは何を祀ってるの?」

「はい、『杜に響く大智の言葉-ケフ-』っていう森人種の女神です」

「…………、え」

「故郷では、ケフさまに赤子を祝福してもらって、育てるのです。

私も祝福して貰いましたが、折角の名前を捨てて『魔石』と名前を付けられ、ご主人様に『エルリネ・ティーア』と付けて頂きました」


 エルリネが何かを言っていたが、それよりもエルリネが言っていた『ケフ』という単語は「黒歴史ノート」の最古参の一つの名前で、設定と二つ名まで同じだった。

 森人系の女神で、初出はウェリエと主人公が刺し違える物語において、ウェリエが慕う女神。

 ケフは子宝・安産・子育ての女神。

 

「人族の方がよく子守唄で歌う『誰が嫌おうともわたしは貴方の味方だから』という歌ですけど、あれはケフさまのお言葉ですよ」

 子供を信じる歌、生まれてきてありがとう、とか子育ての女神らしい歌じゃないか。

 良かった、この世界には俺の作った世界観が反映されている。

 そしてそれが彼女たちの心の支えになりうるものであれば、"作者(かみ)"として、これほど嬉しいことはない。

 良かった、俺の作品の読者がこの世界の住人だということが分かって。


 自分とその周辺だけに物語を押し付けているだけでなくて、本当に……。

「良かった」


「……ん? 何がですか、ご主人様」

「ん、なんでもないよ。

いや、エルリネと会えて本当に良かった。そう思っただけだよ」

「はい、私もご主人様に出会えてとても幸せです」

 そう呟いたエルリネの顔は赤みがかり、相変わらず笹穂の耳がピコピコと上下に揺れていた。


 顔は暗いながらも花のように咲き乱れたような笑顔で、思わず。

「はははっ、エルリネはやっぱり笑顔が一番似合うな」

「そう、ですか?」

「うん、そうそう」

 またにこやかに笑う彼女の前に手を出して顎から、耳の後ろをカリカリと掻く。

 そのときのエルリネの顔が、「ちょっとやめて」と赤くなってちょっと逃げようとするが、構わず耳の後ろを掻く。

 お洒落用の服を口で噛み、「んっ」と心地よさを我慢しているのか、その姿はなかなかエロチックだ。

 思わず、イケナイことをしているように思えるが、こっちは掻いているだけである。


 ……森人系のテンプレートに違わず、耳が弱点だったりするのだろうか。

 今度舐めてみようか。

 掻きながら、「さて、エルリネには」と声を掛ける。

 相変わらず、エロチックに悶えているが、ご都合よろしいことに周辺に人はいない。

 だからそのまま続ける。

「エルリネは最近頑張っているからね。

だから、まぁなんだ状況には合わないけどこれをあげる」

「なに、をでっ……ウ……ン、すか」


 これ以上はピンクな空間になりそうなので、耳から手を離し代わりに彼女の手を握る。

「俺の魔法陣の内の一つ、『闇夜の影渡』だ。

きっと多分、エルリネ向けだろうから使ってやって欲しい」

「……え?」

「こいつの効果は多分見たことがあるとおりに、術者を視力的にも魔力的にも隠蔽するものだ。

エルリネなら使いこなせるだろう。

ささっ、ほ……ら……」

 エルリネの『精神の願望』に触れようと、本人を見ると目尻に水が溜まっていた。

 思わずぎょっとして見ていれば、エルリネが自身の気持ちについて回答してくれた。


「すみません、嬉しくて……つい、出てしまって……」

 うっえぐっと鼻を啜る音。

「直ぐ止めますから」

「いや、いいよ。止めなくて。別に見苦しいものではないし、そうやって嬉しく思ってくれるならあげた甲斐があるものだよ」

「そう、ですか」

「うん、そうそう」

 安心させるように笑ってあげる。

「ほら、エルリネも一緒に『にこー』」

「に、にこー」

「うんうん、それでよし」

 にこーと笑ってから、泣き顔を見せないように頭を垂らして嗚咽を響かせるエルリネ。


 その丸めた背中を押して俺の小さな胸元に押し当てて、ぽんぽんと背中を叩き、(さす)る。

「ご主人様、お見苦しいところを」

「いいって、いいって」

「このように下賜(かし)されることは、初めてで。

いえ、このように我が主の大事な大事なものを下賜されるのが、本当に……」

「いいんだって、そんなに気にしなくたって」

「名前だけでも十分なのに、エリーやセシルさん、セリスさん達に構っているだけで、私は幸せでしたのに」


 扱いが割りと雑かもしれないけど、

「俺はエルリネのことが大事だよ。

だってさ、あの初めて会った檻の中でも約束したでしょ。

俺とエルリネはお互い『理解者』だって。

もし仲違いがあっても、絶対に離れない。

俺とエルリネは共に歩み続けると、そう誓ったじゃないか」


「そうですね。

私も大事にされていると思っています」

「でしょ。じゃなかったら今頃邪険に扱っているよ」

「はい」

「エルリネは、さ。

他の子と比べてお姉さんって感じがするから、どう扱っていいのかわからないんだよね」

「ええっとそれは、どういう……?」

「俺はまだ八歳で、他の子もそれぐらいなのに対してエルリネは成人しているでしょ。

他の子みたいに撫でていいのかなーとか色々、あるんですよ。

ほら、子供扱いしないで、とか」

「ああー、でも私は。

ご主人様が私にやって頂くことがあるのであれば、気にしませんし出来ることなら、エリーのように甘えていたいです」


「……ほう」

「ご主人様の体格がしっかりしたら、ずうっと甘えさせて下さい。それまでエリーやセリスさん達に譲ります」

「……ほほう」

「……なんですか、ご主人様」

「いや、可愛いなあと思って、ね」


「…………、」

「……なんだよ」

 エルリネはじっと俺を見つめてきた。


「……ご主人様は」

「ん、」

「いえ、なんでもないです」

「なんだよ、言えよ」

「ヤです」

「……、」

「さて『闇夜の影渡』の使い方教えてください」

 思わず、溜息を一つ。

「……逃げたな。まぁいいや」


 こうしてエルリネと共に狭い窓から暗くも、篝火で明るい夜空の星を見上げ、あの岩山で見た双子の月を見た。

 あのときの双子の月は変わらず綺麗で、今の俺とエルリネの位置はまさに双子月のように隣り合っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さて、説明も雑談もひと通り終わったし、明日も早いし帰ろっか。エルリネ」

「そうですね、その前に皆さんを起こさなければいけませんが」

「中々に難しい依頼だな。身体が大きければエレイシアとクオセリスは抱えられたんだが」

「あははは、そのときは私を抱えて下さい、ご主人様」


 寝ていたセシル、クオセリス、エレイシアを起こしたとき、当然のことながらぶう垂れたのは内緒である。

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