一日目朝 XI
土煙が晴れたとき。
そこに残るのは、大地が隆起しするも砕かれた大地にへたり込む、ゼルファーさんの姿。
先ほどまでゼルファーさんが着けていたそこそこ立派だった鎧が、今や凹み砕かれ、丸盾は無い。
回復術を使っているのであろう、身体全体が淡く緑色の燐光を帯びており、狙撃銃の銃弾が貫いたと思われる部分には、治りかけの銃創が見えるだけだ。
しかし、それ以上に目を引く傷は、肩と腹から溢れ出る血の色。
致命傷ではない。
だが、勢い余ってやり過ぎた。
罵倒されるだろうか。
いや、絶対にされる。
なんと言われるか。
オウネさんとクオセリスから「よくも、ゼルファーを」とか言われるだろう。
「あー、降参しまーす」
そんな俺の考えを否定するかのように間延びしたゼルファーさんの声が耳朶を打つ。
その発言と同時に規定に設定していた『世界』が閉じられ、外界の音が聞こえ、風を感じるようになった。
「いやァ、強いねぇ。ここまで強いとは、予測してなかったよ。
いやホントにヤバいわ、これ。
これで手加減しているんだろ、流石"国墜とし"と自称するだけあるよ」
アハハハとあくまで軽く乾いた笑い声が、広い闘技場に響く。
『世界』に覆われていなかった家人たちの様子を『戦熾天使の祝福』で視界強化させて見れば、各自千差万別の顔色をしていた。
例えばエルリネは、全く心配していないかのようにニッコリ微笑っているし、エレイシアは凄いものをみたとばかりに目をキラキラと輝かせ、クオセリスは「よくも、兄を!」とか言うかなと思えば、彼女もエレイシア並に目をキラキラさせ、黄色い歓声をエレイシアと共に挙げている。
対して、セシルは呆然としているのか口を開けて「ぽかーん」としており、オウネさんは顔色が土気色で、唇を戦慄かせていた。
実際に国を運営している身からすれば、この火力は恐怖以外の何者でもないだろう。
俺が王族でこの状況を見たら「どうにかして、彼をこの国に縛り付ける必要がある」と考える。
下手に牙を剥かれたら国が滅ぶ。
更に国民総奴隷化の危険性もある。
秘密裏に殺すと考えているか、味方で良かったと考えてくれているか。
出来れば後者であってほしい。
呆れたような乾いた笑い声が止んだときには、ゼルファーさんの肩と腹から溢れていた赤は、既に乾いているようで赤茶色になっていた。
「っと……。おっとっと」
と、ゼルファーさんは立ち上がるも立ち眩みをしたようで、少々足元が覚束ない。
それでもどうにか立ち上がれたようで、「さて、ウェリエくん」と俺に声を上げた。
「俺が認める、実力については申し分なし!
父が何と言おうとも妹のことは全て任せるよ、キミの子供が楽しみだ!」
……まだ、俺もクオセリスも子供なんですが。
その点は無視ですかね。まぁいいけども。
「ときにウェリエくん!」
「はい、なんでしょうか」
「近いうちに学園に行くようだけど、学園がある大陸を渡るための船の席の予約取ったかい?」
「いや、取ってない。家人たちをお祭りで楽しませている間に、俺だけ港に向かって予約取ろうかなと考えてた」
「そうかそうか。じゃあきみのお義兄さんということで、この予約券をあげよう」
そういって、俺にくれたものは学園がある大陸への片道切符六人前だ。
あれ、一つ多いな。
「一つ多いけど、それは予備だよ」
あぁなるほど。
「その券はどの日でも使えるものだ。きみの都合がいい日に使うといい」
「ありがとうございます」と言って頭を下げる。
だが。
「頭を下げる必要はないよ」
……なにゆえ。
「俺は王族であり、且つ、きみのお義兄さんではあるが、それ以前に俺はきみの友達だ。
ザクリケルニアからツペェアまで短い期間であったけど、友達だと思った。
年齢も一回り以上の差があるけども、友達だ。
その友達相手に頭を下げさせる奴がどこにいる」
「親しい仲にも礼儀はあります」
「それでもだ。
堅苦しい仲ではない。こういうときは『ありがとう』の一言だけいいんだよ」
そういうことなら。
「では」
ゴホンと一咳。
「ありがとう、ゼル」
「……!
ああ、どういたしましてウェル」
驚いた顔から一転、いつもの柔和そうな甘いマスクで返された。
「……なんだよ、ウェルって」と苦笑いしながら聞いてみれば、「愛称だよ、愛称。ウェリエだと硬いだろ」と言われ、お互い同時に笑う。
短いですが、朝は終わりです。