一日目朝 VII
「………………は?」
思わず、気の抜けた声を漏らす。
怒る立場だと思う騎士も、うんうんと頷いている者多数で、中には拍手している者もいる。
「う……、うーん?」
なにこれ。
何故に一国の姫を娶る話になっているのか。
求む説明。
作者とはいえ、この辺りの設定なんてしてないんだ。
説明を頼む!
説明をしてくれそうな肝心のオウネさんは中腰になって、娘さんとお話をされている。
「嫁いでも手紙を我に出すんだぞ」とかなんとか聞こえているけど、いつだれが一国の姫を娶ると言ったぁあ!
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「ん、なにかね」
「誰が娶ると言ったのですか!」
「多人数の女性を相手に出来ないのであれば、我が娘を差し出すしか他はないだろう」
「いや、ちょっと待って下さい。多人数を宛てがって、男の精に合う壷を探し出すのですよね?!」
「そうだが」
「では、何故一国の姫が出てくるんですか!」
あれか?
一国の姫が唾を付けているから、姫が孕むまでお前ら寄ってくんなよっていう奴か?!
「……ああ、そうか。ついさっき聞いたことだったが、そういえば『魔王』は、この国の者ではなかったな。
済まなかった。
肝心なことを伝え忘れた」
おお、この場で説明来るか。
おお、バッチコイや。
「この国の姫はな」
おう、もったいぶらずにはよ言えや。
「――確実に孕むことができる」
ビシッと時が止まる。
「身体の中の魔力が柔軟に富んでいるのか、男の方の暴れまわる精の魔力を受け止めて、確実に混ぜ合わせることが出来るらしくてな。
事実、我が一族の姫は宮廷魔術師の多くの精を取って、子を為してきている」
「…………、」
「女は、魔力を貯蓄し続け、一定量を超えれば子を孕み、為すということが基本の知識だ」
「……、」
「だが、宮廷魔術師の魔力が人以上にあるため暴れまわる。
暴れまわった結果、貯蓄出来ず漏れでていってしまい、孕むことが出来ない。
だが、この国の姫は違う」
「……、」
「『魔力を多く持つ者同士が交配を続けたことによって、女に暴れまわる魔力を逃さないように出来るようになった』と、過去に魔力の扱いに長けていた魔族系宮廷魔術師が仰っていたようだ」
オウネさんの隣に付いていた騎士が、飲み物を差し出し、それをオウネさんは飲み干した。
「よって、確実にこの地に遺したい血筋は、確実に孕むことが出来る、姫を宛てがうのだよ。
もちろん、中には姫一人ではなく複数人と交わりたいが故に、多人数を相手にしたがる者が多かったらしいがな」
そう言ってオウネさんはちらっと、姫さんを見やる。
そして、その姫さんは俺をじっと見る。
「もし『魔王』がいなければ、我が娘には降嫁させ恋愛させるのもよし、漂泊の民になるのもよし。好きにやらせる予定だった。
だが、『魔王』が現れた。
我は悩んだ。
娘を嫁に出したい、と。
物語のように『魔王』に姫を差し出し、この国の安寧を図ろうとした」
ええと、その場合俺は勇者に討ち取られるんですが。
そこら辺わかってるのかな、オウネさんは。
「そのことを姫に言えばな……、ふっぷくくく」
なんだよ、笑うなよ。
「ああ、済まない。思い出し笑いをしてしまった。
まだ見ぬ『魔王』に対してな。なんと――」
「『私のまだ見ぬ勇者を物語の魔王のように扱わないで下さい』、そう私は言ったのです」
今まで話しにノッてこなかった、姫様が口を開いた。
「父はウェリエ様のことを、邪悪非道なる魔王のように仰ってました。
世界を滅ぼしかねない力を持つ者だと」
ですが。
「叔母様は仰ってました。彼の者が勇者だと。物語でよくある姫様の危機に現れる騎士様のようだと」
ですから。
「私は何を信じればいいのか。だから、私は見に来ました。私はウェリエ様に取って姫か妻か。
そして私に取ってウェリエ様は勇者か魔王か。確かめるために、私は今ここに」
「……結果は?」
「……聞きたいのですか?」
「是非、今後の指針にもしたいので」
「面白い方ですね。……一目惚れですよ」
エレイシアも言ってたな、一目惚れって単語。
一目惚れした理由が分からない。
「申し訳ございませんが、一目惚れっていう言葉に関して余り信じていないものでして。
……どの辺りに一目惚れを?」
「私も腐ってもこの国の民ですから、その強さにですよ」
「姫様、貴女に僕の強さは見せていない筈ですが」
「いいえ、十分に見ました」
どの場面だ。
分からん。
「望むものに対して即答された『平穏』という単語。
強者でなければ、中々その答えは即答出来ません」
「……へぇ」
「金、名誉、女性であれば、まだ欲望が足りぬ貪欲な者と見て見限っていました。
そして家族であれば、力の足りぬ者。
ですが、平穏は。
国が豊かであり、女が子を育む環境であることを意味します。
つまり望むものを、我々王族に信じ託したのです。
王族は民のために進む者達であります。
頼られたからには、それに応える。
化け物・兵器と呼ばれる宮廷魔術師が望む、戦争等の戦いではなく静かで平和な平穏。
……ここに惚れたのです」
……"我が家の平穏"と答えた筈なんだが……。
まぁいいか、うん。
「急なお願いで大変恐縮ですが、私を娶って下さい」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
さてここで究極の選択だ。
セシルと何かとキャラが被る一国の姫様を娶るか否か!
久し振りの理性と感情を召喚。
それぞれの選択枝とメリット・デメリットも提示する。
一.一国の姫様を娶る、嫁に貰う。
メリット:現状確実に孕んでくれるので、今後の面倒くさい貴族のお誘いをシャット出来る。
デメリット:個人同士ではないが、国と縁付くことが確実。
戦争とか面倒な状態になったとき、頑張る必要がある。
二.孕むか分からない多人数の女性を相手にする。
メリット:情欲に塗れることができる。
お互い納得しているので、面倒なことは多分ない。
寝取り、寝取られ、不倫も思いのまま。
デメリット:いや、普通に刺されますわ。
故郷の村のお二人が何思うか分からない。
それに、俺にこのルートを選ぶ覚悟なんてあるわけない。
議題に上るのもありえないぐらいに、絶対に断る。
三.今後もセシル、エルリネ、エレイシアの三人で進む。
メリット:今後の方針も変わらない。
余計な知識は付いてしまったが、俺のやり方で愛しきることができる。
デメリット:成人したあとが怖い。
主に強制的に多人数の女性を相手にすることになるだろう。
それは嫌だ。
だが、せざるを得なくなるかもしれない。
成人してから、五人と関係を持って孕むことがなければ、誰かを貰う必要がある。
いや、子供を作らないということも出来るが、どんな人間でも結果は欲しいものだ。
だから子作り。
結局泣き言を言って、姫様を娶ろうにも既に誰かの嫁に行っているなんてこともあるだろう。
強引に奪うということも、出来なくはないかもしれないが、そんなことしたら寝取りだ。
理性も感情も要らない。
メリットとデメリットを考慮したら『一.』しかねぇ!
いや、成人してツペェアに住むのではなく、別の大陸に移り住めば『三.』のデメリットの大半の理由が消えるが、子を為せないかもというデメリットは残る。
それに対して『一.』も、国捨てて移り住むということも出来なくはない。
だが、ううーん。
縁付いたものを強引に引剥返すのは難しい。
いや無理だ。
少なくとも俺には出来ない。
……俺って、カルタロセっていう隣国の村出身だよな。
なにがどう人生が狂ったら、他国のお姫様を娶る話になるんだ。
信じられるか、俺元平民だぞ。
いくら"作者"という力を持っていたとしても、こんなご都合展開の設定入れてねーよ!
と、嘆いても仕方がない。
答えは決まった。
一応娶る方針だ。
現状のメリット・デメリットが安いのはこれしかないという消去法だ。
縁付きぐらいは、まあ平穏に暮らせることを約束されるのであれば、それぐらいはサービスと考えてやろうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「今後、痛い思いをして、嫁がなきゃ良かったと思うかもしれないのに、本当にいいのか?」
「そのときは、読めなかった自分の責任です」
「さよけ」
深く息を吸い、同じ量の空気を吐く。
「それじゃ、姫さん。俺のために子を孕んでくれ」
我ながら最悪なプロポーズの台詞だ。
だが、それに対して姫様は。
「はい、喜んで。旦那様」
満面の笑みを浮かべ、俺のプロポーズを受けた。
そして周りの儀仗騎士たちの歓声が響き、会場が沸いた。