一日目朝 V
「頭を垂らずともよい」
その発言が聞こえたとき、儀仗剣を持った騎士たちがざわめいた。
事実、この国の人々からすれば考えられないところだろう。
"宮廷魔術師"と、宮廷の名前が付くとはいえ、一応は平民だ。
その平民が多分きっとこの国の最高位の者に「頭を下げなくてよい」というのは、そこら辺の貴族よりも上位、いや予想だと同級だと思われていないと、そういったことは起き得ない。
一応は『魔王』とは名乗ってはいるので、それがオウネさんの心の琴線に触れたのだろうか。
魔『王』だからとか、そういった理屈だろうか。
それとも知らない間になにかしでかしたか。
真意を計りかねて、思わずオウネさんを見る。
オウネさんのパッと見の特徴は、赤髪、赤髭の若い兄ちゃんだ。
筋骨隆々とまではいかないが、ムキムキの逆三角形の体型だ。
誓ってホモではないが、中々イケメンでイケメン体型だ。
年齢は三十代だろうか。
このまま五十代まで行けば渋い女性ウケのするイケメンになるだろう。
ああ、羨ましい。
頭を下げて「頭を上げよ」とか言われて~を予想していた身としては、余りにも予想外過ぎて、思わずじっと見てしまう。
不敬だろう。
だが、この反応は仕方がないと思う。
「王、この者は平民です!
何故お許しに!」と、儀仗剣を持った騎士が、王に進言している。
ああ、うん。
その反応は全くもってその通りだ。
正直に言えば、俺もそれを言いたい。
何故お許しになるのでしょう。
「よいのだよ。
魔王ウェリエ、近づくことを許す。もう少し、近くに寄れ」
それなりに距離が離れており、それでいて声を荒らげている訳ではないのに、そこそこ聞こえる。
いきなりドカンは無いだろうが、家人に危害が加えられるかもしれない。
だから、念のため展開しておく。
何をって?
そりゃ『前衛要塞』だよ。
そして、現れるは現象。
タワーシールドが幾重にも折り重なって現れる。
その姿はさながら城壁。
……最低駆動のつもりだったが、何故か通常駆動で起動した。
この場で通常駆動は、色々マズい。
だが、現れる現象を今更に止められない。
城壁のように家人を守護るかのように展開され、各タワーシールドが並んだ列が意思を持ったかのように周回続ける。
タワーシールド一枚一枚が蛇の鱗のようで、その姿はさながら巨大な蛇のようだ。
獲物を締め付けるようにとぐろを巻き続ける蛇と言えばよいか。
タワーシールドの蛇の警戒音は、タワーシールドの金属部分が擦れ続けて発生した「ジャララララ」といった不協和音。
余りの出来事に声も出せない俺。
中にいるエルリネもセシル、エレイシアもこの出来事に理解に追いつかないようで、中で慌てているような姿が見える。
とはいえ各タワーシールドの隙間でちらちらと見える程度だが。
「貴様ァ、なんのつもりだ!」
儀仗剣を持った騎士が、俺に対して声を荒らげる。
本当に何しているんでしょうね。
最低駆動のつもりだったのですが……。
その意図の結果は、通常駆動。
ただ、不可解なことに消費した魔力は最低駆動分だ。
使えば使う度に習熟度が上がるなりして、魔力の使用部分に最適化が施され、無駄消費分が消えて、最低駆動分の魔力で通常駆動が使用可能になるのかもしれない。
そういった機能は本来喜ぶべきだろうが、如何せん場面が悪すぎる。
これでは、害意があると見られても仕方がない。
ただ、メタ的なことを言えば、こんな一種のテロ機能は黒歴史ノートに記載などしていない。
つまりは、作者も知らない設定だ。
勘弁して欲しい。
この場で使えそうな言い訳を必死に考える。
「お恐れながら、僕は大事な家族を守りたいと思っています。
ですが、このように彼女たちから離れるときは、僕が守れないときも起き得る。
ですから、自動でああいった大掛かりな、防御魔法が起動するのです」
嘘ではない。
実際、自分を守る能力が皆無に等しい、セシルを中心に展開している。
今更ながら、外盾だけでなく内盾と膜も発生しているのが、魔力の消費量から感じ取れた。
どちらにせよ、沙汰次第だ。
害意あると見られれば、戦闘が起きる。
結果は。
「ふむ、それが『魔王』の魔法か。
やはり、見たことがない。『魔王』、その魔法は独学か」
「……ええ、一応は」
「煮え切らぬな、謙遜のつもりだろうが、この場では厭味だぞ」
「肝に銘じます」
「ふ、素直だな」
「直したいところではあるので。……中々一向に直りませんが」
「面白いな。そのような力を持って、何を望む『魔王』」
「我が家の平穏」
「ほう、国を守るためとか言わないのかね。
我は、ザクリケルの代表貴族だぞ。我の前で耳障りのよいことを言うのもよいのでは?」
「心にも思っていないことは、言わないようにしている主義なので。
あとで、言った言わないになりそうなので」
「『魔王』はザクリケル所属の宮廷魔術師だろう。
剥奪してもよい、のだが?」
「構いませんよ。ただ、この国に危機が訪れて二進も三進もいかないときがあったとしたら、僕の家族を連れて別の国に移動します」
「そんなことはさせぬが、人質をとってもよいぞ」
「人質ですか。では祭りで賑わっている、この地を血塗れにしますね」
「……ほう」
「これで、お互い人質を取りましたね」
一息を強引に付く。
少なくとも向こうは俺の力の上限が分からない。
だから、高圧的に話を進める。
「こちらの大事な家族に対して人質を差し出せというのであれば、僕からは貴方の大事な国民を人質として差し出せ。
そう答えてあげます。
どうしますか。差し出して貰えます?
こちらが差し出す人質はセシルで。
但しセシルは元よりこの国の国民ですから、巡りに巡って結局僕の元に戻ってきますが」
暗にどうしますか? と、聞く。
「我が国と戦争をするつもりか、ね」
「それがお望みならば」
「子供一人でどこまで行けると思うのかね」
「少なくともツペェア程度半日で墜とせますね」
「……真か」
「ええ、聞いているかと思いますが、リコリスらに見せた太陽と火焔の槍、あれだけだと思わないで頂きたいですね」
「そのような力を持って、何故この場で力を振るわない?」
「そんなこと望んでいないからですね。
俺は、人の上に立つような能力なんてない。そんなものは誰かに任せる。
俺に内政も政治なんて出来ない。一兵士として、何も考えずに力を振るう。
でも、俺には自分の家族という守るものがある。
だから、その思いを仇なす者に力を振るう。それだけです」
「だから、望むものが『平穏』か」
「ええ、平穏です。家族に平穏が半永久的に続くのであれば、それのために力は振るいます。
ただ、望む平穏がなく身軽であれば国を渡ります」
「ですが、身軽ではなく国に恩があり家族が、お国のためにと思うのであれば力を振るうのも吝かではない。
そう、考えています」
「良くも悪くも『砲台』か」
「ええ、家族の意思によって砲口の向きが変わります」
「ならば、『魔王』の力を借りなければいけない訳か」
「別に強制しているわけではないですので、どうぞ剥奪してください」
「ふん、剥奪などしてみろ。
別の国に渡られ、我が国を攻撃されては意味が無い。
宮廷魔術師という称号は『飼い殺し』という意味もあるのだよ」
「ええ、リコリスから聞いております」
ニヤッと嘲笑う俺。
「……とんでもない者に宮廷魔術師という役柄を与えてしまったようだな」
「とあれば」
「現状、『魔王』に害意はなく、あの現象も『魔王』の家族を守るための現象だと考えるのが自然。
皆の者、警戒を解け。
……我々が無意味に、彼らに警戒心を起こしただけだ」
オウネさんの号令で、儀仗騎士達は剣を納める。
見れば、儀仗とはいえみな、抜剣していた。
確かに人質だの、血塗らすとか云々言ってれば、思わず抜剣するだろう。
事実、彼らの剣を持つ手が震えている者や、血の気を失ったように青、または死人のように土気色になった顔色の者もいる。
試験会場で俺とエルリネのじゃれあいを知っている者は非常に多いと聞く。
つまり、この場で暴れられると彼らは為す術もなく死に絶える。
死因はなんだろうか。
凍死か、焼死か。
爆死もありうる。
袈裟懸けによる斬殺。
圧死、粉砕死、切断、串刺し、高温度の水ぶっかけによる火傷死。
とにかく、そういったモノが頭のなかをぐるぐると回ったと思われる。
だから、自分を守ってきたお守りである剣を握る。
そんなことが予想できた。
「すまないな、試すようなことを言って」
「いえ、本心ですし、どこかで言わなければいけない事項なので、お気になさらずに結構です」
そう言って距離にして約五メートルほどまでに近付いた。
「そこでよい、『魔王』」
「ええ、ではこの場で失礼致します」
そういって片膝をつく。
「片膝もつくのも良いというのに」
「いえ、僕だけ特別というのはおかしな話なもので」
「……、まあよい、近付いて貰ったことに感謝する」
「……止して下さい、そういうことを言うのは」
「ここからは一人の王として述べるから、聞いて欲しい」
「ええ、拝聴致します」
「先日の博物館の出来事、大義であった」
はて、何か特別なことしただろうか。
別に鉄屑と外套を粗大ゴミにした程度しかない。
「…………、」
「あれらが、敷地から出れば甚大な被害が齎された。
しかし、それらを食い止めたのは『魔王』のお陰だと聞いている」
「止してください。
あれ相手に食い止めていたのは、リコリスです。
言うなれば、留め防いでいたリコリスの獲物を横から掻っ攫っただけです」
「厭味な謙遜だな」
「そうですか?
少なくとも僕はそう考えていますが」
「あの場で決定打などなかった。
確かにリコリス嬢がいなければ、一人残らず殺戮されていただろう。
だが、リコリス嬢に決定打などはない。
彼女一人でどうにか出来るものではなかった」
「…………、」
「実は我の妹があの場にいた。
あの場で何度も死ぬかもしれない。死ぬかもしれない。
隣にいた男性職員は、妹を庇って重傷を負った。
次は自分かもしれない。
リコリス嬢が守ってくれている、でも一瞬後には決壊するかもしれないと、思っていたようだ」
「…………、」
「だが、『魔王』が来てくれたと、妹は喜んでいたよ。
妹は『魔王』にお礼を言っていた。
助けてくれてありがとう、とな」
「…………、」
「誇ってよいぞ、王族から礼を言われるなど滅多にないからな。
そして我も、いや俺の大事な妹を守ってくれてありがとう」
そういってオウネさんは、俺に頭を下げた。
それに釣られて、儀仗騎士の数名も俺なんかに頭を下げる。
「異様な光景かもしれないが、彼らの家族、知人があの場にいた。
中には重傷を負ったものや、亡くなった者もいる。
だが、あの場では仕方がないことだ。
何度も言うが『魔王』がいなければ全滅していた。
だから、ありがとう。あの場にいてくれて」