チートの弱点とチートの強み
自宅に帰り、夕食当番は俺なので台所に立つ。
おばさんにおすすめされた肉系食材を使ったいわゆる『鍋』系で済ませる。
この世界、みんなで同じ皿にあるものを箸やフォークなど食器で突くのに、忌避感があるようだが、セシルはともかくエルリネやエレイシアは旅人だったためか、全く気にしない。
俺は"日本人"なので元から忌避感などはない。
だがセシルは忌避感が強いようで、最早ある程度慣れたとはいえ、まだおっかなびっくりだ。
ちなみにこの世界は刺してよし、掬ってよしの先割れスプーンがメインだ。
しかし、どうしても俺には刺す食べ方は合わないので、箸を使う。
web小説とかでは、箸SUGEEEEEとか始まるもんだが、ここは箸にとっては世知辛いようで全く見向きもされない。
「なんでそんな不便なもので食べてるの?」と、逆に心配される始末。
世知辛い。
食べながら明後日のお祭りについて話をしてみれば、意外や意外。
俺とエレイシア以外知っていた。
といっても、エルリネとセシルが知っていたというべきか。
まぁ彼女たちには観光をさせている。
街が色めき立っているとか色々あって、そこから知ったのだろう。
……そういう条件なら、俺も知っているべきなんだけどな……。
と、俺が頭を抱えている中で、エレイシアはまぐまぐと俺の代わりとばかりに野菜と肉を分け隔てなく食べていく。
俺以上によく食べていく娘だ。
女性に言うことではないが、この娘も太るのではないだろうか。
女性は男性と比べて、太りやすいとも言うし。
いや、歌を歌うというのは高カロリーを消費すると聞く。
寧ろこれぐらい食わないとやっていけないのかもしれない。
となると、この娘の旅人時代は何をやっていたのか、気になるところだがエレイシアの隠したい過去をほじくり返すような趣味は持ち合わせていない。
いつかきっと、自分から教えてくれるかもしれないしその時に聞けばいい。
俺とエレイシアという大食い組は、ガツガツと土鍋ごと齧りつきそうな勢いで食っていく。
当然、少食組のエルリネやセシルが食べ終わってから、齧りつく。
七人前の鍋の中の野菜と肉を、俺とエレイシアは取り合う。
箸vs先割れスプーン。
こういうときの箸は最強だ。
漫画とかならきっと多分、目にキランと光ってスキルカットインが現れるような、取り合いだ。
エレイシアは最近誰に似たのか卑怯になってきた。
「魔法破壊」がギリギリ発生しない程度の、精神感応系の眠りの歌を歌ってくる。
鼻歌混じりだ。
鼻歌混じりでこれである。
本気でやられたら、きっと多分俺はこの娘に対してずっと『十全の理』を展開しておく必要があるぐらいに危険すぎる。
だが大抵は強制的に眠らされる前に食い終わったりして、最後まで行かなかった。
しかしこの日は違った。
結局、強制的に眠らされる寸前まで食っていき……、最後の肉を口に入れた瞬間、俺は視界が暗くなって……。
――パキィン……。
「はっ」
例の硝子音が響き渡り、起きる俺。
急速に思考がクリアになっていく。
時間にして約一秒とはいえ、その一秒は戦場では致命的だ。
いや、舟を漕いでいる時間を含めると五分近くも、彼女の歌の影響下に落ちていた。
これでは、普通に殺される。
思わぬところで『十全の理』に弱点を見つけた。
反応しない程度に弱めたデバフを恒久的にかけ続けら、効果が積もりに積もってその重みで強制発生が起きるとは。
そして、その方法は『十全の理』の術者修復機能と自動迎撃機能が働かないというのは、流石に予想していなかった。
……戦闘中ではなくて本当に助かった。
今日寝る前に調整しておこう。
『十全の理』は俺の身体の状況とリンクしているため、履歴ログを検索してそれに合わせて調節ということが簡単に出来る。
これで一応、エレイシアの低級デバフ相手に連続で「魔法破壊」が出来る筈だ。
明日以降の鍋戦が楽しみである。
……できれば鼻歌でもなんでも魔力篭った歌は止めて欲しいところだ。
が、悪気はないのは分かっているし、ほぼ無意識だと思われるほど自然に魔力を編み込んだ歌を歌っているので、もし狙ってやっているのであれば凄いところだ。
ぽろっと出ているであろう鼻歌に魔力が編み込まれているのも、実は狙ってますなんて言ったら俺はこの娘を尊敬する。
食べ終わったところで、鍋と皿も片付けていく。
最後まで一緒に食べたエレイシアも、片付けてくれた。
じゃぶじゃぶと俺の生活魔法以上の生活魔法の水を使い、洗っていく。
……そういえば、この土鍋も皿もあと一、二週間ほどでお別れか。
感慨深いところだ。
学園に持って行きたいが、あくまで他人のものだし。
それに嵩張る。
諦めることにする。
食器に対して感慨深く見つめながら洗っていく。
その間、エレイシアと俺との間に会話はなく。
あるのは、エレイシアの即興歌。
「じゃぶじゃぶ~」とだけ言っているが、緩急のメリハリがついており、なんというか……、そのなんだ。
親馬鹿っぽく言えば、エレイシアちゃんってば神童ね。
ってところか。
いや、なんだろうねこの娘、本当にスペック高いわ。
ウチの『十全の理』共が霞むわ。
……流石に霞むというのは言い過ぎにしても、同等レベルだろうか。
これで『永久不滅の誓文』と『精神の願望』で引き出された特性が絡み合って、化学反応を起こしたら、どうなるんだ……。
ただでさえ『精神の願望』がエレイシアを主人と認めた瞬間に発生したあの海中の現象。
魔法陣に好かれるというか、なんか最初から使い方が分かっているような、不自然さ。
いやもう何なのこの娘。
この世界、ネトゲなら歌魔法弱体化されるね。
しかも重ねがけ効くとか、ないわ。
某ネトゲのように、ノーキャスト・ノーディレイ、身体能力・武器強化、魔力容量強化とかまでやってのけるんじゃないだろうか。
『永久不滅の誓文』の部分は申し訳程度のちょちょいと設定しただけなので、ちょいとうろ覚えだが、某ネトゲにおいて歌唱系の効果を丸ごと入れた覚えがある。
それらの情報を元に化学反応を起こす……?
……ないわー。
身体能力向上だけでもチートなのに、身体能力強化。
且つ、範囲内の味方全員に効果が行き渡る。
味方強化系チートだ。
そして、俺にされた強制睡眠といった状態異常もある。
精神感応系状態異常チート持ち。
RPGゲームなら、一PTに一人は欲しく、そして最大限に守られる存在だ。
いるといないとでは難易度に差が出るレベルの。
言っては悪いがエルリネと差がですぎる。
エレイシア並とは言わないが、何か彼女が勝るところがないと腐ってしまうかもしれない。
だが、これといって勝てるところが、思い付かない。
わんこっぽいぽんこつでへっぽ娘。
今のところ最年長で、胸でかい。
長身。
俺の好み一直線。
動きが今のところ一番速い。
「X,Y,Zの爆弾」の生成速度より速い。
短剣と体術で接近戦は強い。
……う、うーん?
贔屓にならないようにどうにかせねば。
これは学園に行くまでの、宿題だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
洗った食器は皿立てに置いて水落しをしておき、食後の香茶の用意をする。
お茶請けは練り菓子。
家族四人共に、揃って香茶を一啜りし「はふう」と息を漏らす。
いやあ、幸せだ。
さて、幸せを噛み締めながら明後日の祭りについて予定を組み立てる。
お互いの回りたい景色のぶつけ合いになるかと思えば、満場一致で俺に付いていくことになった。
王族と謁見するかも、なんて言ってみればミーハーなセシルが大騒ぎするかなー思って、言ってみても期待していた答えは帰ってこなかった。
曰く、気さくな人たちらしいが、誑しが多いらしく女性にとって敵らしい。
……一夫多妻を奨励しているのだから、誑しのほうがいいのではないだろうか。
なんて、思っていれば曰く「釣り上げたら釣り上げただけで、料理もせずに餌も与えず」だそうで。
ああなるほど、それなら確かに敵だ。
釣り上げられた側は可哀想に。
一応王族の唾が付いているから、他の男は手出しは出来ないし。
だからといっても女の方は、餌を与えられないから……以下略、南無三。
で、結局話し合うこともなく明後日予定の突き詰めは終わった。
結局、話し合うまでもなく家族四人とトカゲくん一匹を含めたみんなで回ることになったのだ。
そして寝るまでの余った時間は、希望者だけ受講する――とはいえ、最早全員参加の――"日本語"講座。
トカゲくんも参加するので、『ニルティナオヴエ』の鉢を持ってきて強制参加させる。
今日は四則演算の日だ。
加算と減算をひたすら解かせる。
で、真っ先にダウンするのはセシルだ。
次点でエルリネ。
但しだいぶ時間が経ってから舟を漕ぐ程度で、ちゃんと解いた上で寝るのでセシルよりマシである。
なお、エレイシアは解いた上でピンピンしている。
本当にこの娘は最年少なのだろうか。
ピンピンしている。
大事なことなので二回言いました。
こうして夜は更けて行き、この日から翌日の今日も最後の丁稚奉公をした。
その後は当然みんなと約束したとおりに、明日の祭りのために早寝した。
今日からお祭りが開催される。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
我、想いはここにあり。
貴方の想いの道に"幸多からんことを"。
古代の歌詞の碑文:薬毒の蝕海、銀杖の姫-ニルティナオヴエ・コリュッソス-
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