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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-閑話- II
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エレイシアの環境


 私はこの家の中で一番の最年少だ。

 一番上はエルリ姉さん、次にお兄ちゃんとセシル姉さん、そして私の順番。

 確かに『tdxklnad(トカゲ)くん』 さんと『マンディアトリコス』さんがいるけど、人ではないので最年少とはちょっと違う。


 そんな私が「最年少」だからという理由で、「家人の行事は、みんなで仲良く参加」というこの家の法律に私は入れず、エルリ姉さんとセシル姉さんと一緒に、この都市(まち)の観光が出来ないらしい。

 と、いうのも私がこの家の家族になった日、少々危ないことになったため、これ以上の人は入れられないとかなんとか。


 私は「ザイニエア」から「ツペェア」まで長い旅をした。

 おかあさんは「悲しくなったら歌いなさい」と言って、私に明るい歌とか悲しい歌とか教えてくれた。

 だから、私は毎日歌った。

 毎日が悲しかったから。

 足が痛くて痒くて、足なんか要らない。

 足が棒になるぐらい歩いて、毎日が心細くて啜り啼くように歌った。


 その間に観た景色は、悲しくて目からの涙でぼやけていたけどもとても綺麗で。

 どこの森も山も街でも、全てを歌に出来るぐらいに綺麗で好きだった。

 だから、毎日が悲しくなくて幸せなときに、このツペェアだけとはいえ私が知らないツペェアを見れると思ったのに……。

 初めて新しく嬉しい気分の歌が作れると思ったのに。

 でも、私は聞き分けのない子どもである期間は、とうに過ぎた……筈。


 だから、喚いたりしない。

 ただ、とても残念だなと思った。


「そうですか……。とても、とても残念です……」

「ごめんなさい、本当は本当に連れて行きたいのですけども、その日に事件がありまして……」

「いえ……、大丈夫です。とても残念なだけで」


 皆さんが外に出払っている間、私だけお留守番なのだろう。

 最年少だから仕方がない、といって諦めがついたとき、お兄ちゃんから提案された。

「あー、じゃあエレイシアは、俺と行動しよう」と。

 その提案に「え?」と説明を求めるような視線で、お兄ちゃんを見たと思う。

 その私の視線を受けてか、「お留守番なんてつまらないだろ。

だから、まぁ外に出て一緒に……図書館の本と丁稚奉公(でっちほうこう)しようぜ、っていう話」と説明された。


 その説明に私は、『本』というものと『図書館』というものは見たことがない。

『でっちほうこう』というものも、初耳だ。

 だから興味が沸いた。

 そんな興味を沸かせることを大好きなお兄ちゃんが言って、私を誘ってくれる。

 私が選ぶ選択枝など一つしか無い。


 その提案以来からは、毎日お兄ちゃんと一緒だ。

 私が読めなくて書けない字を、お兄ちゃん図書館へ行く度に絵本を読んでくれる。

 私が初恋破れたら「泡」になるということを題材にした、物悲しい物語を本を読まずに、寝台の上で一緒に寝るときに、詠んでくれることもあった。

 きっと、お兄ちゃんは"宮廷魔術師"だけではなく、"吟遊詩人"のちからもあるのかもしれない。

 寝台の上で詠ってくれた物語は今のところ四つだ。


 私のことを想って詠った『人魚姫』という物語、セシル姉さんのようだと言って「灰かぶり姫」とか「眠れる森の美女」に「ももたろう」とかいうのまで、詠ってくれた。

 これらは全部、お兄ちゃんの"日本語"講座の一環として詠ってくれた。

 もちろん、私はお兄ちゃんのやること全てに興味がある。

 だから、お兄ちゃんが詠ってくれる『物語』に興味があるし、"日本語"もお兄ちゃんの『魔王系魔法』というのにも興味がある。


 そして、その『人魚姫』もいくつか変種があるようで、悲恋だった話が最後には王子様と結ばれるという展開も詠ってくれた。

 寝台の上だからいつもいつも眠くなるけども、『人魚姫』の物語だけは私の目は覚醒する。

 私のことだと想って詠ってくれる詩だ。

 どこに、眠くなる要素があるだろうか。


 わくわくしながら、続きをせがめばお兄ちゃんが寝ていることもある。

 その度に残念と思いながら、私は寝る。

 私は長い旅をしていたときに見なかった、夢というものを見るようになった。

 内容は必ずお兄ちゃんの『人魚姫』。

 お兄ちゃんは自覚がないかもしれないけども、この『人魚姫』のことを初めて詠ったときに、例の「泡」の話をして、「エレイシアのことだとおもって話す」と言ってくれた。

 つまりは『人魚姫』の主人公は『私』。

 そして、『人魚姫』の好きな人は一目惚れした『王子様』。

『私』の好きな人は一目惚れした『お兄ちゃん』。

 だから、私は『人魚姫』の悲恋を聞いたとき、夢の中までに悲恋があって悲しいと思った。


『王子様』を助けたのは、『私』なのになんで『お兄ちゃん』は別の『女の人』と仲良くなるの。

 私は、夢の中でも結ばれない。

 すきなひととむすばれない。

 だから泡になる。

 自分で言ったとはいえ、あんまりだ。


 お兄ちゃんと一緒に本を読みに行っても、内容が頭に入らない。

 どんなにお兄ちゃんが騎士様になって、お姫様を助けても私は結局のところ『泡』になるんだ。

 だから、聞きたくなかった。


 でも、お兄ちゃんが悲恋の『人魚姫』の二次創作とかいう変種ものを作った。

「『人魚姫』の基本の物語はあんな悲恋だけど、これを『人魚姫』の想いが成就する形にも出来る」

 とかなんとか。

 そして、『二次創作』の『人魚姫』はとても幸せな物語だった。

 そして、私は単純なことにお兄ちゃんが『王子様』で、私が『人魚姫』の物語を夢の中で体験した。

 それからは、私なりの解釈をした『人魚姫』の夢をみるようになった。


 本当に単純だと思う。

 聞いた物語で単純に私が主人公になって、それを夢で見る。

 でも、嫌いじゃない。

 寧ろ大好きだ、私の単純な夢は。


 ツペェアを観光出来ないというのは、非常に残念だったけど、『人魚姫』になれなかった。

 と思ったら、全く残念とか思わなくなった。

 寧ろ、観光に行かなくて良かった。

 お兄ちゃんと一緒にいられてよかったと思う。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「でっちほうこう」というのも、今までにやったことがない体験だった。

 要は物売りとのことらしい。

 よくわからないけど、お兄ちゃんは『店員』というものをやっていた。

 お兄ちゃんの姿をずっと見て、一日が終わるなりお昼ごろまでいるなりしていた。


 始まりは覚えていないけども、私も『店員』というものを体験した。

 字が読めなくて、何度も泣きそうになったけどもお兄ちゃんや、おじさんおばさんに助けてもらった。

 乱暴で言いがかりの苦情を言う「お客さん」というのにも遭遇した。

 他にも「お客さん」がいるのに、だ。

 そんななか、乱暴なお客さんが、商品を購入した別のお客さんのことを突いて、商品を落とさせた。

 その落とした商品だった「購入物」がその人に踏まれそうだったから、咄嗟に商品を守ったらお客さんに私はお腹の辺りを蹴られた。

 とても、涙が出るほどに痛かった。

 それを見たお兄ちゃんは、今までに見たことがない顔で、「お客さん」を店の外に追いやり、「お客さん」を口から血の塊を吐くまで、痛めつけていて、胸がすくと同時にちょっとこわいと思った。


 でも長い旅をしていて、いつこの旅が終わるともしれない恐怖よりも、この日に起きた恐怖の方が程度は低く感じて、それ以上に怖いとか思ってはいない。

 でもそんなことがあってから、お兄ちゃんは私を店員にしないで、代わりに歌を歌って欲しいと頼まれた。

 理由はよく分からないけど、『ばっくぐらうんどみゅうじっく』とかいうのをやるとかなんとか。

 詳しく聞くと、やっぱりよく分からないけど、店内の背景音楽とかいうのに歌を歌って欲しいとのことだった。

 歌は歌えるけど、音楽は無理だと言ったら「じゃあ、歌だけで」ということで、歌うことになった。

 

 最初は明るい歌、次に別の明るい歌、次は最近の幸せになったときの歌。最後はお母さんから教えてもらった明るい歌。

 明るい関係はこの四つしかなかった。

 ああ、『人魚姫』の歌があったので五つだった。

 あとは悲しいときの歌で、旅しているときのもあった。

 そういうのでもいいからと、歌うことになった。

 そして歌った。

 いっぱい歌った。

 悲しいけど好きな歌も歌った。

 お店の建物内だけではなくて、店先でもやるようになった。

 私だけしか出来ない仕事というものは、やりがいがある。


 喉が潰れるほどに歌いたい。

 でも、それは駄目だと言われた。

「頑張るのもいいけども、エレイシアは一人しかいないんだから、身体を壊さないように」と、お兄ちゃんは心配してくれた。

『奴隷』というものは、使い潰すものだというのはあの長い旅で知ったことだ。

 一応、形だけとはいえ私は『奴隷』の筈なのに、お兄ちゃんに大事にされている。


 普通の『奴隷』と私がなっている『奴隷』は明らかに扱いが違う。

 扱いが違うからこそ分かる。

 これは、幸せなことなんだと。

 毎日、エルリ姉さんたちとは別行動でお兄ちゃんと一緒だけど、エルリ姉さんらからは別段何か言われたり、されたりしていない。


 いい人達だとおもう。

 自分でも思うほどに、女性は嫉妬する生き物だと思うから。

 でも、特に嫉妬されていない。

 それどころか、良くして貰っている。

 私は『奴隷』という身分でお兄ちゃんといる。

 セシル姉さんはお兄ちゃんの『奥さん』という身分だ。

 本来なら嫉妬して当然なのに、特に嫉妬を匂わせずに私によくしてくれる。


 セシル姉さんへ恩をいつか返せるようになりたい。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『はくぶつかん』で初めてお兄ちゃんに会って、お兄ちゃんの強さが分かった。

 お兄ちゃんと離れたくないから、思わず嘘で「魔獣程度なら」と言ったけども、実は魔獣なんか殺したことなんてない。

 出くわしたらいつも歌いながら逃げた。

 怖くても歌った。

 歌ったら不思議と魔獣は追ってこなかった。


 だから、旅するときは歌った。

 悲しいときは歌って気を紛らわした。

 寂しいときも歌った。

 魔獣に襲われたときも歌った。

 私が歌う度に、私にとってよいことが起きた。


 魔獣に追われなくなったし、夜寝る前に歌えば翌日まで寝れた。

 街に入るときも素通りだった。

 そんな私だ。

 もしかしたら、本当に魔獣程度を倒せると思われて頼られてしまうかもしれない。

 そのときになって「できない」なんて言えない。

 だから、強くなりたい。


 お兄ちゃんに頼られてもいいぐらいに強くなりたい。

 私の歌でお兄ちゃんが助けになるようになりたい。

 そう、心に誓ったとき、私の左腕の奴隷紋が怪しく明滅した。

 私の想いを応援してくれているようだ。

 お兄ちゃんに彫って貰った奴隷紋を優しく撫でて、そう想う。

 都合のいいことかもしれないけども。

 この奴隷紋があるお陰で私は頑張れる。


 ということでお兄ちゃんに聞いてみた。

『魔王系魔法』を私が使えるか否かだ。

 それについて答えは「いめえじ」という想像力を働かせることが必須なんだとか。

 "日本語"が使えれば簡単なんだとか。

 だから、私は覚えるようにした。


 いつも私はお兄ちゃんといるんだ。

 誰よりも使えるようにならなければおかしい。

 だから、毎日歌を歌うときのように発声練習をした。

 そのお陰で多分今では、きっとエルリ姉さん以上に"日本語"が出来ていると思う。

 ある程度なら"日本語"で話せるし、寝るときの物語だって「ももたろう」とかいう騎士物語は"日本語"で聞いた。


 木の実から生まれた騎士様とか斬新だと思う。

 とにかく、私は"日本語"を学び続けたけども、一向に覚えなかった。

 でも、いい。

 私は"日本語"で言う"一朝一夕"で覚えられるとは思っていない。

 一朝一夕で覚えられてしまったら、私よりも頑張っているエルリ姉さんの"立つ瀬が無い"と思う。

 だから、毎日頑張る。


 その度に左腕の奴隷紋が明滅する。

 やっぱり応援してくれているのだと思う。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 最後に変わったところといえば、『マンディアトリコス』さんの名称だ。

『マンディアトリコス』という名前だった筈なのに、いつの間にか『ニルティナオヴエ』という立派な名前がついていた。

 正式名は『ニルティナオヴエ・コリュッソス』……らしい。

 私と同時期に名前が貰えるなんて、親近感が沸いて自分のことのように喜んだ。

 もちろん、理由もあるようで学園には『ニルティナ』さんらも連れて行くようだけども、エルリ姉さんのように『マンディアトリコス』という名前を聞いて、一々説明したり身分を明かすのが面倒だから、という理由で名前を変えちゃおうというのが、理由らしい。


 ちなみに私はお兄ちゃんと『ニルティナ』さんを見ていたけども、エルリ姉さんとセシル姉さんは「トカゲくん」さんをじいっと憐れみを湛えたような顔で見ていた。

 当の「トカゲくん」さん本人は、そっぽ向いていたけど、「トカゲくん」さんになにかあったのだろうか。

 

 そんなこんなで、私が来てから二ヶ月とちょっとが過ぎた。

 あともういくつか寝ると、お兄ちゃんとセシル姉さんに着いて学園だ。

 楽しみだ。



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