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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-暴毒の魂-
131/503

殺戮

※警告※


R15表現あります。

 

「おい、そこの褐色肌のネーチャンよぅ」

 酒蔵めぐりをしているところで、急に呼び止められた。

 振り向いてみれば……。

 ……うっ、この人凄くお酒臭い……。


「えっとぉ、なんでしょう」

「ギャハハハ、ホントにアイツ行ったぞ!」

「うっせ、黙れ馬鹿。

……顔は、刺青してるがまあいいな。

おい、酌しろよ」

「ええと、何故でしょう」

「アアン、てめぇ『奴隷』だろ。

人間様に酌するのが当然だろ、『奴隷魔族』」

 その発言に私は眉を顰める。

 この国で『奴隷魔族』という単語は聞かなかった。

 つまり、この人達はご主人様の出身国であるカルタロセから来ている可能性がある。

 いえ、それは早とちりかもしれない。

 カルタロセの考え方に汚染されてしまった、別の国から来たのかもしれない。


「おいおい、黙っているんじゃねーぞ。

クソ『奴隷』。

てめぇいいカラダしてるんだし、夜は夜で愉しんでんだろ。

俺たちにも遊ばせろよ、なあ」

 

 そう言って私の耳を掴み握る。

 一瞬にして、あの時の恐怖が私の心を黒く染めて、握り潰す。

 ……ゃやだ、助けて。

 怖いよ。怖いよ。怖いよ。


 そんなとき、セシルが私を助けてくれた。

 でも、私は。

 耳が。耳が。

 嫌だ、離して耳を。

 ご主人様に触れて頂いた耳を離して。


「ちょっと!

何していらっしゃるのですか、貴方。

人の家人に手を出さないでください!」

「アアン、んだてめぇ」

「わたくしは、セシル。セシル・キュリア。

彼女は、私の友人です。

その(けが)らわしく下賤(げせん)な手を即刻放しなさい」


「アアン、キュリアぁ?

おい、お前ら知ってるか」

「しらねぇ」

「なにそれ、貴族の家名?」

「だそうだ。まぁ有名人なら、屈服させれば俺たちの名も高くなるってもんだァ!

ってことだ、おいてめぇも酌しろや」

「ひゃはははは、酌し終わったらちょっとはええが、宿屋へ行くからなァ」

「嫌に決まっているでしょ!

何故私たち――ぐっ」

 耳、やだ触らないで。


「うっせぇよ、ぎゃぴぎゃぴ喚くな。

へっ、寝台の上で散々喚かせて……()っ誰だァッ!

俺に石投げた馬鹿はァ!」


「うるせぇッ! 彼女達を離せ!」

「そうだ、離せぇ!」

 なにか雑音が聞こえるけど、私は……。

 もう、嫌だ。怖い。

 考えたくないよう。

「おい、早く警ら隊呼べぇ! ――ぎゅぶ」

「うっせぇ、警ら隊なんか呼ぶんじゃねーぞ!

コイツみたいになりたくなければなァ!」


「コイツ抜きやがったぞ……! そこのアンタ呼んでこ――ごボォ」

「うるせっつってんだろうがよぉ!

おい、そこぉ!

この場から動くなよ、コイツ魔法使いだからよぉ。

後ろから撃ってやるぜぇ。

そこの離れたガキのように爆死だぜ」


「ぎゃんっ」

「あああああああああああアイルうううううう」

「うるせえぞ、ガキなんか俺が仕込んでやっからよぉ!

死んだぐらいでガタガタ抜かすんじゃねぇ!」


 雑音が聞こえる。

 耳が痛い。

 ぃやだ、怖いよ。

 ご主人様助けて。


 私の心を黒く染め続けたその感触で、私は一際大きく響く声を聞いた。


――ジャリ。

「大の男の大人が女二人相手に剣を抜く……か。

それで、関係のない者にまで手を上げて、死傷者三名」

 その声は聞いたことが無い筈なのに、聞いたことがある。

 そんな声。


「内一名は子ども相手。

喪った子どものうら若き母親に仕込むというクソ発言。


言い表すことが出来ないほどに、クズね。

親の顔が見てみたい……。

……ああ、ごめんなさい。

どうせ貴方の親もクズよね。

"蛙の子は蛙"と兄上は言っていたし、クズの子はクズ、クズの親はクズ。


とにかく、その穢らわしい手で握っているその耳は兄上の大事な人のものなの。

だから。

――邪魔」


 私の耳元で聞こえるのは、繊維ものを無理やり引き裂く音と、温かく半液体のものが耳に掛かり、ツンと鼻孔を貫く鉄錆の臭い。

 そして聞こえる悲鳴。

「ぎゃああああああああああああああああああああ痛ええええええええええええ」


 漸く開放される私の耳。

 そして、落ち着いてくる私の呼吸。

「全く、何やってるのエルリネ。

こんなクソゴミ。さっさと殺しなさいよ」

 聞いたことがない声に発生源に顔を向ける。

 やはり、会ったことがない。

「えっと、その。

だ、誰ですか」

 朱色の髪が凄く綺麗な人だ。

 それでいながら、とても苛烈な印象を受ける女性。

 私にはないものを持っているような女性。

 右腕には私の足と同じぐらいの長さを持つ剣が握られていた。


「…………、はあ」

 と、見たことがない女性が、溜息をつく。

「全く、それどころじゃないでしょうに、つくづく……この阿呆は」

 そこで漸く気付く。

 この声、あのときの岩山から抜けた森の中で「たすけて」と呼んでいたときの……。

 それともう一つ気付いたものがあった。

 それは。


「その両腕にあるものは……」

「……フン、漸く気付いたの。

貴方の麗しのご主人様の『最終騎士(クラウン・シュヴァリエ)』よ」

 そう、彼女の腕にあったのは、奇妙な文字配列と魔力線で描かれた幾何学模様の濃緑色の魔法陣。

 ご主人様と違うのは、関節それぞれに発生していたものが、ここでは両腕にだけ発生していること。

「くっくっくっ、その顔だとエルリネは兄上の『最終騎士』の通常駆動を見たことないようね。

時間が押しているから、私からは教えてあげない。

あとで兄上に聞きなさいっと、はい、行きなさい『最終騎士』-(スピアー)-」


 そういって彼女は左腕を遠く離れた子どもを殺した魔法使いへ向けた、瞬間。

 右腕で握っていた筈の長剣は消え、代わりに左腕から射出される刃渡りが伸びた長剣が魔法使いの頭にぶち当たり貫通し、対面にあった建物の柱に突き刺さる。

 長剣が突き刺さった衝撃で首と頭が分離し、建物の柱に突き刺さった衝撃で頭だったものが粉々に砕ける。

 青黒い脳漿(のうしょう)が飛び散った。


「て、てめっ」

「あらぁ~弱すぎるわねぇ。

欠伸が出ちゃいそう。ふわあぁ。

ごめんなさぁい、出ちゃった」

 ちろっと舌を出す、女性。

「こ、殺――」

「オイラが殺す!」

 一際小さな体格の男が女性に躍りかかる!

 が。

「……クズだと愚策以下の選択をとり続けるのね。

前衛要塞(フォートレス・ヴァンガード)』起動。

外盾よ――。あのクズを害虫のように叩き潰しなさい……!」


 現れる現象。

 それは、私の身長以上の長方形の盾を何十枚も並ばせ、ただでさえ重そうなそれを幾重にも折り重ね、それを小さな体躯の男を受け止める。

 そして地面に転がし、直上から幾重に折り重ねた重く重い盾を振り落とした。

 骨と肉が砕け散る音。

 バシャッという水袋が弾ける音。

 その結果が分かるように、振り落とされた盾と地面の間から、透明度が見受けられない水と鉄錆の臭いが辺りを漂う。


「う、うあっ」

「ヒッ」

 長方形の何十枚の盾が、私たちを覆うかのようにジャラララと音を響かせながら、周囲を回る。

 目の前の下手人達が恐怖に怯えた顔をしていた。


 正直に言えば、私も呆然とする。

 躊躇(ためら)いなく、人を殺していく姿は慣れない。

 だから、ご主人様が躊躇いなく人を殺していく姿は、最近まで慣れなかった。

 だから、正直に言えばいくら嫌なことをされても、最後まで出来なかった。

 だから。

 だから。

 だから、初めて人の姿を取った筈の彼女が、あっさりと人を殺していく姿に呆然としてしまった。


「おい、おい。

先に手を出したのはクズ共でしょう。

なに、被害者ぶっているのかしら」

 と、彼女は溜息を漏らしながら呟く。

 そして、私に小声で話しかけてきた。

「それと、エルリネ。

いつまでボサっとしてんの、セシルがまだ捕まっているでしょうが」

「あ、うぁ」

「ああん?

なに、アンタまだ殺すことに抵抗覚えてるの」

「だ、だって」

「だっても、へちまもないでしょう」


 ぽろっと彼女が言う台詞に、ご主人様の顔が映る。

 言い回しがとてもご主人様と似ている。

 笑ってはいけないのに、何故だろう。

 私の胸中でもやもやが晴れていく。

「な、なに笑顔になってるのよ、気持ち悪いわね。

とにかく、喪っていいの。

……家族を。

私は嫌だけど」

「はい……、私も嫌です」


「そう、やることは分かるでしょう。

ただ、それでも……ええ、殺りたくないならセシルを助けなさい。

助ければ私が代わりにぶっ殺すから」

「いえ、殺ります」

「そう、じゃ宜しく。

外盾開けるから、ほら、行きな」


――ご主人様。見ていて下さい。

 そして、私は駆け出したセシルの元へ。

「へぇ、やるじゃん。

闇夜の影渡(ステルス・フィールド)』に気に入れられるなんて。

まるで私と『最終騎士』、『前衛要塞』みたいな仲ね」

 と、後方から聞こえたけど、私みたいな面倒な性格の人間についてくる人なんていない。

 だから、雑音。

 きにしない。


 征け私。

 走る。

 走る。

 私なりの覚悟を。


 そして私は。



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