魔族②(メティア視点)
家に帰ってきて、ご飯の時にお母さんから学校について感想を聞かれた。
面白かったことを全部教えた。
そして心残りだった、ミリエトラルくんのことをお母さんに言った。
彼の魔力の色が濃くて鮮やかで綺麗な色だったこと。
自己紹介されたけど、思わず逃げてしまったこと。
謝りたくて探したけど、見つからなかったこと。
あの時に感じた焦燥感と腹が立ったことだけは黙ったままで。
話し終わったとき、お母さんは食事を止めて固まっていた。
……不快だったかな。
一流のお母さんの子どもなのに返事せずに逃げたんだ。
お母さんが呆れるのも仕方がないと思う。
彼の家の場所を教えてくれれば、今すぐにでも謝りに行くのに。
だから、お母さんに、
「お母さん、ミリエトラルくんの家、どこかな。謝りに行きたいの」
すると、お母さんはいつもの優しげな声で、「ミリエトラルくんの家は森を越えた先だから、今日は諦めなさい」
と私を諭した。
「貴方が謝るのはことは必要なことだけど、それよりも気になることがあるの。
その子、本当にミリエトラルくんだったの?」
「うん。でもなぜ、そんなことを聞くの?」
「私が知っているミリエトラルくんではないからね」
「どこが違うのお母さん」
だってミリエトラルくんは、とお母さんは前置きして、
「『無属性』が強いと言われた子ですもの」
「え、」
「でも、『ミリエトラル・フロリア』と自己紹介して、お姉さんがべったりしていたというのであれば
ミリエトラルくんで間違いがなさそうね」
と、お母さんは一旦話を切って、居住まいを正して私の顔をじっと見る。
お母さんが、私に真面目な話をするときの視線だ。
いつもこの顔のときは怖くて、その場限りの嘘を吐いてもすぐバレてしまう。
でも、今回は嘘を吐いていない。嘘を吐いても意味が無いし、ミリエトラルくんの色は鮮やかだった。
それもとても綺麗な色だった。私が安心出来るような色だった。
体験上、赤は属性の色のほかに『攻撃色』『警戒色』を示すものだったけど、
ミリエトラルくんの魔力の色を見て安心してしまうぐらいに、私にとって好きな色になってしまった。
そのことをお母さんに話して、お母さんの反応を待つ。
悪いことはしてない筈だけど、この沈黙が怖くてピリピリとした魔力が痛くて泣きたくなってくる。
お母さんは息を吐いたような音が聞こえた。すると、部屋の空気が、魔力が弛緩した。
「お母さんも、そのミリエトラルくんに会ってみたいわね」と、
俄然興味が沸いたようにお母さんは呟いた。
「え、」
「世間的には『無属性』が強い子と認識されていた子が、貴女の目を通すと鮮やかな赤になるのでしょう?
本当に噂されていたように無属性なのか、気になるじゃない」
本当にお母さんは面白そうに呟いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日、お母さんと一緒に学校へ行った。
教室に入ると昨日と同じく、
ミリエトラルくんがお姉さんの膝の上で抱かれていて、口をへの字に曲げて頬ずりを受けていた。
異様な光景に私は腹が立ち、お母さんは固まっていた。
昨日は気にしなかったが、お姉さんの方も中々な赤色だ。
ただ、ちょっと毒々しい赤さで、多分これは……ミリエトラルくんに対する情熱の色も混じっていそうだ。
教室の中の人たちはミリエトラルくんとお姉さんから、距離を取っていた。
それもそうだ。
私も謝る云々の前に、異様な光景で謝りに行きたくない。
この空間は毒だ。
私はともかく、お母さんは元々部外者だ。だから、お母さんの服の裾を引っ張って学校の外まで移動した。
強めの風が私の頬を叩く。
お母さんはその間、何も言葉を発さない。
ただ、例のピリピリとした魔力は感じる。なにか、考えているのだろう。
「お母さ――」
「あの子はミリエトラルくんで間違いないわね。お姉さんのあの熱愛具合も噂通り。ただ、あの魔力の流れはきっと固有属性固有魔法ね」
……固有属性固有魔法ってなんだろう。
「お母さん、固有属性固――」
「いいこと、ミリエトラルくんと仲良くしなさい」
出鼻をくじかれた。
「……もちろんだけど、なんで?」と聞いた。すると、お母さんはしゃがみ、私に視線を合わせた。
「お母さんはね、貴女が魔法が使えなくて悩んでいることは知っているの。
いざとなったら魔法を使わないと助からない場面があるかもしれない。でも、彼がいればきっと助かる。
そんな打算があることよ。
思考が早熟する魔族とはいえ、3歳の子にする話じゃないけど、ね」
「……お母さん」
「……忘れないで。貴女は自分のことを五流だと称したりして、努力しているのは知っているの。
でも、五流でも一流でも私の子どもには違いがないの。
だから、心配するの」
いいこと? とお母さんは前置きした。
「昔、言ったでしょう? お母さんも成人するまでは、ずっと魔法という魔法は使えなかったの。
成人してから使えるようになった。だから貴女も成人してから使えるようになるの。
だから、大丈夫。学んだことだけ忘れないでいれば、成人したときに使えるようにから。
さ、ミリエトラルくんに謝ってきなさい」
そういってお母さんは私を送り出して、お母さんは帰っていった。
しばらく、お母さんと話していたつもりだったが教室には、まだ毒々しい赤をまき散らすお姉さんと、不服そうな彼がいた。
その空間に私は勇気を出して割入った。
お姉さんは幸せそうに頬ずりしている。
冷や汗が流れるほど、嫌な空間だ。でも、謝らなければいけない。
だから。
「ミリエトラルくん、昨日はごめんなさい」と頭を下げた。
彼は私に顔を向ける。
ほんのり笑った顔で、
「ん、うん。気にしなくていいよ。ごめん、僕みたいな奴が調子に乗って」
……調子ってなんのことだろう。
「う……うん? 調子? え、えっとね。私の名前は……」と、言葉を一旦切る。
……なんで、自分の名前を伝えるだけなのに。
……こんなにもドキドキするのだろう。
「メティア。メティア・フォロット」
と、意を決して伝える。
顔が赤くなるのを感じる。なんでだろう。逃げたくなる気持ちを抑えて、彼の言葉を待つ。
熱い。顔が特に熱い。ああきっと火属性のお姉さんと彼の魔力が漏れているんだ。
だから熱いんだきっとそうだ。
「良い名前だね」
と、彼は言った。
……良い名前?
「個人的に、って注釈つけるけど、僕は好きだな、その名前。語呂の良さ」
なんだろう、このふわふわした幸せな感覚は。なんだろう、この認められたような心地の良さは。
そう言うと彼はお姉さんの膝の上から立ち上がり、私の前に立った。ゴホンと咳をして
「改めて」というと、私に右手を差し出した。
「僕の名前はミリエトラル。ミリエトラル・フロリア。属性は無属性で、虹がほんのりなんだ宜しく!
姉さんとか母さんは僕のことをミルって呼んでるから、メティアもミルって呼んで欲しいかな!」
と一息で紹介される。
「で、……姉さん、そこで僕の友だちに自己紹介してよ」と、お姉さんを促す。
すると蕩けきった顔のお姉さんが凛々しい顔のお姉さんになって、
「私の名前はシス。シス・フロリアだ。属性は火だ。呼び名はシスでいい。以後、お見知り置きを」
切り替えの早さに驚く。
あの毒々しい赤は身を潜めて火属性らしい赤色が強く感じる。
「っとそろそろ、授業が始まるだろう。私は自分の教室に戻る」
といって、お姉さんはペロっとではなく正にベロっと彼の頬を舐める。
……何故だろう。とっても腹立つ。