気になる男の子 II
そして今日この日、ウェリエくんは職場に来てくれた。
この国で骨を埋めるために歴史を学ぶために、言語を学んでいたに違いない。
だから、今まで職場に来なかったのだろう。
いや、本当に私がいるときで本当に助かった。
実を言えば今日は休みの日だった。
やることも特にないので、軽く見まわって正門から外へ出るところで、ウェリエくんがいた。
並ぶことに特に不満を持たずに、自然に並んでいる。
大抵、並べずに駄々を捏ねる人は大人子供問わずに一定数量はいるのに、彼は特に文句も垂れずに並んでいる。
彼は意外なところがある。
あ。
後ろの男性に因縁付けられている。
おおっと、前の方の女性に心配されているようだ。
正門の影からじっとウェリエくんを見る。
気分は尾行者だ。
イケないことをしている気分になるけども。
私とウェリエくんと最後にあったのは、九ヶ月ほど前だ。
一方的に気になる弟として、気になっていて今に至る。
ここまで思うことは、肉親以上にも無かった。
多分異常なんだろう、私は。
む、正門審査官はアニスだ。
あの女は、なんだかんだ言って私からお金をせびり取る他に、私が気になっている男を取って、自分の一族の回し者の男を私に宛てがうように仕向けてくる嫌な女だ。
あんなのが親戚だと思うのも嫌になる。
でも、いつの間にかアレは親戚ではなくて"妹"だと名乗り、周辺もそれを認めてしまった。
とにかく、あの下衆からウェリエくんを守らなければ、急いで駆ければ……。
やはり、妹の毒牙に掛かってしまったようだ。
あの無駄に攻撃的な性格で、周囲を陥れる不出来な馬鹿。
私たち宮廷魔術師は兵器ではないのに。
なんで周辺に死を振りまく兵器だと、言うの。
兵器としてなんで必要以上に口撃されなければならないの。
ねえ、なんでなの。
貴方達が享受しているその平和は、私たち宮廷魔術師が作っているものでもあるんだよ……。
それを知らないで孤立させることを言うのか。
そして、それを大人である私とかにいうのではなく、年端もいかない少年に言うの。
男性、女性に手を差し伸べるウェリエくんが一際悲しいという感情を湛えた顔をし、それが私の目に映る。
これ以上彼を壊さないでという気持ちと、久しぶりに会えたという気持ちがごちゃまぜになってだから、思わず後ろから抱きしめた。
「相変わらずですね、ウェリエくん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ウェリエくんをその場から連れ出して、私の知識を彼に教える。
あとはずっとそれだけだ。
他の男性学芸員の歯の浮くような台詞は雑音だ。
私は、彼をツペェア生まれの男の子にする。
生まれは知らない。
育ちも知らない。
でも、知識はツペェアの子にしたい。
キュリア家……、だけではない。ツペェアだけでもない。
きっと、私の気持ちも入っているんだと思う。
肉親以上の弟として。
彼をずっと見ていたい。
だから、あの今日の戦闘があって彼の戦いが見れなくて、『帰った』のではなくて『逃げた』なんて思ったら。
じゃあ、今まで彼に想っていたことは無駄だったのか、と。
私は一人で張り切っていただけなのか、と。
肉親以上の弟だと思っていたけど、ただの男の子だったんだと。
そう思ってしまった。
だから、私は彼を明日からどう見ればいいのか。
蔑んだ目で見ればいいのか。
罵倒を浴びせればいいのか。
ああ、頭がぐるぐるとぐるぐると。
なんて、一級兵士さんと戦えるみんなが必死になっているのに、私は全然別のことを考えていた。
どうしよう。どうしよう。どうしよう!
考えても考えても結果は出ずに、『要塞』だけの力を使ったままとにかく考えて、お腹が痛くなって。
心が痛くなって。
泣きたくなって。
そうしたら、仮面を被った。
恋愛小説のような仮面を被った『勇者』が――来た。
未だに覚えている。
あの「加勢する」というたった一言。
その後に続く、「俺は『魔王』ウェリエだ」ということば。
悩んでいたのが馬鹿らしくなるような、彼の一言。
それとあんな化け物相手に苦戦したのも馬鹿らしくなるような、彼のたった一つの魔法。
その一撃。
いくら私たちで削っていたとはいえ、彼は一瞬にして削り砕いた。
なんて強いんだろう。
なんて格好いいんだろう。
ああ……。
なんで、好きになってしまったんだろう。
私を励まそうとしているだろうなと感じる彼の言葉が、心に染みて。
愚痴大会なんてのを開催して、さり気なく彼の好きなところを探って。
彼の仮面で隠している顔をまともに見れなくて、思わずそっぽを向いて。
私より数段も下の歳の相手に好きになって。
彼はあと三ヶ月で数年間、それどころかもう二度と会えなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ。
でも…………。
ああ、神様。
私がもっともっと幼いときに、彼に会えていれば。
この想いは成就出来たのに。