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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
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自己紹介


『マンディアトリコス』の鉢についてはとことん悩んだが、結局買わずに帰り道にあった例の試験会場に、伺った。

 頻繁にエルリネとの戦闘訓練でお邪魔するため、仲良くなった警備員さんとは、二言三言話して、ほぼ顔パスで入場し……ようかと思ったら、一番形のいい植木鉢を探してきて貰ってしまった。

 ついでに、植木鉢に並々と試験会場の土まで盛ってもらった。


 確かに「魔力が篭った土が欲しい」とは言ったが、本当に込めてもらえるとは。

「すみません、いきなりのご訪問でなにからなにまで」

「いえいえ、いいんですよ。

……ここだけの話しですが、ここは暇な職場なんです」

 お、おう、いきなりぶっちゃけたな。

「その職場にウェリエさんが度々来て頂き、そのいつも褐色肌の美しい方と暴れる。

その姿を見るだけで、ここに来てよかったと思えるのです」


 ……そういえばあの店の夫婦が言ってたな。

 闘技場で見るような内容だったとかなんとか。

 つまりは警備員さんは、闘技場の内容になりそうなものを、この暇な職場で九ヶ月間見続けたということになる。

 仕事中に闘技場の内容を観続ける。


 片方は"宮廷魔術師"という名前の兵器で、もう片方は"宮廷魔術師"という兵器に立ち向かう女奴隷の剣闘士……か。

 シチュエーションとしては、最高だろう。

 自身の自由のために、奴隷身分から脱却を目指す女剣闘士。

 金になる女剣闘士を脱却させたくはないために、超火力をラスボス設定し、それを傍目から見る観客。

 

 脳内でシチュエーション設定なんて誰でもすることだ。

 だから、別に口を出さなければ女奴隷の剣闘士の自由を阻む、悪の魔法使いでもなんでもなってやるわ。

 というのは、あくまでも俺の想像なので、別にこの警備員さんがそう思っているかは知らない。

 とにかく、そんな感じでお礼を言われれば、こちらも応えるしかない。

「いやあ、拙い魔法をお見せして、申し訳ないぐらいです」

「いえ、ご謙遜(けんそん)なさらず、今ではこの職場も人気が高くなっております。

あとウェリエさんがいらっしゃるのは、半年もない……のにです」

「……、」

「とにかく、我々が勝手ながらウェリエさんを見者にして失礼致しました」

「いえ、暇を潰すためのネタになるのであれば、本望です。

……ただ、行き過ぎて職場の業務を(おろそ)かにしないでくださいね」

「……あははは、これは一本取られましたね。

植木鉢はそのままだと非常に持ちづらいでしょう。少々お待ちください、袋を取ってきます」


 そう言って警備員さんの彼は、通路の奥に声を掛ける。

「おーい、ザルッツェー。ウェリエさんの植木鉢を入れる袋を持ってこい」

 通路の奥から「はいはーい」と、二つ返事が聞こえる。

 中々に仲が良さそうな職場だ。

 などと、感心して思っていれば「はいはーい、じゃねえだろうがこのスットコドッコイ!」と通路の奥から更に聞こえた。

 まぁそりゃそうか。


「……あはは、ごめんなさいね。こんな職場(ところ)で」

「いえ、楽しそうな職場(ところ)で」

「……正直に言えば、ちゃんと言わなければいけない立場なんですよね。

子どもだから、と言って舐めていた人たちもいましたし、今もなお舐めている人はいます。

それでも我々、いえ僕はウェリエさんのことを尊敬しています」

「いえ、そんな尊敬されるようなことは……」

「では、……そういうことにしておきます」

 話が終わったところで、ちょうどザルッツエさん(? )ともう一人の職員の方が息を切らせて警備員室へ入って来た。

 袋と言っても白色の風呂敷包みのようだ。

 ま、安定すればいいかと思い植木鉢を包む。


 うむ、お花屋さんでよく目にする包装だ。

 風呂敷包みをキツく縛り、こちらから能動的に暴れない限りは勝手には解けないだろう。

 更にエレイシアには両手で持ってもらう。

 これで、落とさないだろう。

 まあ、落ちたら落ちたでどうにかしよう。


「なにからなにまで……ありがとうございます」

「いえ、お役に立てて光栄です。

今後もまた来てください。お待ちしております」

 この国は比較的温暖な気候とはいえ、夜はそれなりに冷える。

 それなのに、警備員さんと職員さんはわざわざ外に出てまで、見送りをしてくれた。

 中々に良い人たちばかりだ。


 その後は特に寄り道をせずに真っ直ぐ家へ向かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 自宅に入りにくい。

 真に入りにくい空気だ。

 どこの世界にちょっと出かけたら、女の子を一人拾ってくるのだというのか。

 入りにくいが、いつかは入らないといけない。


 意を決して入れば、待っていたのはエルリネとセシルの沈痛そうな面持ち。

 何か事件が起きたのだろうか。

 エレイシアそっちのけで話を聞いてみれば、「なんでもない」とのことだが、気になって仕方がない。

 それでも気になることは気になる。

 しかし、「気にしないで」と二人から言われたら口を閉ざすしかない。

 

 そんな状態の彼女らに追い打ちを掛けるのは、少々心苦しいが家族の一員となる者を紹介する。

「えーっとエルリネとセシルには、余り言いにくいことなんだけども」

「なんでしょうか」

 と、セシルが代表して俺に問う。

 対するエルリネは無言。

 だが、笹穂の耳がピコピコ動いている。

 あの動き方からみて、物事に興味が沸いたのだろう。

 本当に彼女の笹穂の耳は、犬の尻尾だ。


「ええとですね」

「……はい」

「なんと、家族が増えました」

「…………、」

 嫌そうな顔ではない。

 が、なんだろうかこの顔は。

 先ほどと同じような沈痛そうな顔。

 そこでふと気付く。

 セシルとエルリネの視線の間にトカゲくんがいた。


 トカゲくんが何か粗相をしたのだろうか。

「ええと、トカゲくんが何か……?」

「いえ、お気になさらず」

 とため息交じりにエルリネが応える。

 なんだろうか。


 とにかく、紹介だ。

「ええとですね。

増えるのはこの娘です。

名前は『エレイシア』です。

ほら、エレイシア。入りな」と手招きをすれば、静々と入ってきた。


「ミルくんに名付けて貰いました。

エレイシア、エレイシア・フローレスです。

よ、よろしくお願いします」と腰をほぼ直角に曲げたおじぎをする。


 そして教えてもいないのに、『精神の願望』に魔力を通して仄かに蠢く魔法陣。

 ……これでエルリネには同類の友達が出来たと考えてくれるといいな。

 なにせ、彼女(エルリネ)しか知らない、素の状態の『精神の願望』だ。

 奴隷紋をエルリネのように壊したかした後に、『精神の願望』を貼ったように見える。

 そう考えなくても、同じ『精神の願望』を貼られた仲だ。

 仲良くして欲しいと思う。

「ええとね、この娘とは博物館で出会ってね。

詳細は俺からは言えないけど、通常孤児院送りするところを、すっ飛ばしてウチの子にするために『奴隷落とし』しました」


 セシルが「キッ」と睨む。

 まぁそりゃそうか。

 こんなセシルと俺と変わらないいたいけな年齢の子に『奴隷落とし』などやってはいけない。

「もちろん、名目上はこうですが、事実は全く違います」

「では、なんだというのですか!」

 セシルが我慢できないとばかりに声を荒げる。

 エルリネも「あんなに痛いことを、この娘にも……」と思ったような軽蔑したような目で俺を見ていたが、彼女(エレイシア)の『奴隷紋』を見て気付いたようで、セシルを抑える。

 出来れば直ぐに気付いて欲しかったが、まあいいか。


 これぐらいは、予想していた通りの普通の人の反応である。

 しかし、エルリネに施した奴隷紋もどきの『精神の願望』が、エレイシアにも貼られた。

 つまりは痛いことは一切していないのである。

 ただ、そんな反応が出来るのはエルリネだけである。

 セシルにはエルリネの奴隷紋もどきの『精神の願望』など教えていない。

『精神の願望』の緻密(ちみつ)な文字配列と魔力線。

 明らかに『奴隷紋』である。

 その誤認識を狙ったものだが、こうも見事に騙されるものか。


 俺の口から理由を話せば、更に炎上するので黙ってエルリネに任せる。

 たどたどしいが、エルリネの体験談をセシルに言い聞かせていく。

 もちろん、エレイシアも黙ってそれを聞く。

 この『精神の願望』を貼りつけた理由を彼女が察してくれることを祈ってだ。


 エルリネの話は大体三十分程で終わった。

 無駄にセシルに会う前の話までするから延びた。

 聞き終えたセシルはため息を一つ。

「……いたいけな娘に、痛いことはさせていないのですね?」

「もちろん、痛みは……無いはず。

ただ、受けたことはないので確約は出来ないけど」

「そうですか。

エレイシアさん、でしたっけ。

痛くありませんでした……?」

「もう、痛い想いはしたくないから気にしないで」

 微妙に噛み合っていない。

 というかその言葉まんまに取ると、「痛かったけど気にしないで」とも取れるのですが……。


 やはり「やっぱり痛いんじゃねーか!」と言わんばかりに糾弾する目つきで俺を睨むセシルさん。

 その様子にあわあわする、エルリネ。

 渦中の人物であるはずのエレイシアはなんてことはないように、トカゲくんを見つめる。


 こうして夜は更けた。


 ……ということはなく、最後に『マンディアトリコス』の苗と植木鉢を見せる。

「ええと、最後にですね。

こちらも詳細を避けますが、色々ありましてこんな苗を貰いました。

そして、それを育てるための植木鉢を試験会場で貰いました」

「「「…………、」」」


「この苗は、元々育てていた方に魔力漬けで育ててねと育て方に一言聞いたので、それを忠実に守りたいとおもいまして、土から水まで魔力を込めて育てたいと思います」

「「「…………、」」」

「というわけで土は、試験会場の屋外試験場の土です。

程よく俺とエルリネの魔力を吸っているであろう、あの一角の土らしいです。

その土に、俺の素の魔力を三滴垂らします」

 そういって、幼い頃にみた例のキラキラ光る水をポタポタと垂らす。

 出したのは精製した高濃度の魔力水。

 明らかに三滴以上落ちたが、まあいいか。


 トカゲくんがじいっと俺の指を見ている。

 食べたいと思うのだろうか、でも駄目である。

 それを手でかき混ぜる。

 無意識下で混ぜている間に、魔力水を出しているかもしれないが、そこはご愛嬌だ。

 もし、死んだら耐えられない『マンディアトリコス』が弱かっただけだ。

 うん、そう思っておこう。

 そして、最後に胸ポケットから『マンディアトリコス』を取り出す。

 仄かに光っている、草花でこれは明らかに身体に悪いものだ。


「?!」

 エルリネが即気付いたようだ。

 流石森人(エルフ)種。

「このように根がない、不思議な苗を……、この鉢にぷすっと差し込みま――」

「駄目です、ご主人様。それは!」

 エルリネの制止の声に気付かない振りをして、ぷすっと植木鉢に挿す。

 もぞっと苗が動いたが、直ぐに止まった。


――フハハハ、栄養過多の魔力に苦しむがよい。


「ご主人様!

なぜ、アレを芽吹かせるのですか!」

「ん、アレ?」

「『マンディアトリコス』ですッ!

あれは私の村でも禁忌の魔草です。何故ご主人様が持っているのかもそうですが、なんでそんなものを!

滅んだ筈です、それは完全に!」


 エルリネの様子とエルリネが断言する『禁忌の魔草』という単語に、セシルとエレイシアがドン引きする。

 これは詳細を教えるべきか。

 軽く詳細を話す。


「というわけで、ソレの化物化した草を焼き払ったら、その苗が現れてその苗の持ってけって言われたんだよ。

次代に遺したい、なんて言われたら持ってくるしかないだろ」

「……たしかに、そう言われてしまったら、そうですけど。

でも、魔力が足らずに滅んだ村と森はたくさんあるんですよ!」


「そう言われると弱いけど、俺だったら焼き払えるし大丈夫だよ」

「いえ、そうだとしてもですね……!」

「とにかく、決めたことなの。

危険だから全部駄目なんて言ったら、なんにも出来なくなるよ。

幸いなことに俺は"国墜とし"が出来るような魔力持ちなんだから、"国墜とし"出来うる草花に魔力吸われて逆に益草かもしれない。

花についても、もしかしたら危険な魔草から咲いた花ってことで、邪除けになるかもしれないし。

とにかく、育てます。

あと芽吹いたのはその滅びかけた森の中でです」


「わか……りました。ご主人様がそうおっしゃるのであれば、それに付いていきます」

「ありがとう」

 エルリネは話が終わったとばかりに、居間の席に着く。

 エレイシアは興味がないのか、特に気にしていないようだ。

 トカゲくんは、俺の指を見てから苗を見ているので、念のため食べちゃ駄目だよと釘を刺しておく。


 だが、セシルはドン引きしたまま、固まっている。

 立ちながら気絶したようだ。

 どこかぶっ飛んでいないと、こういった反応は無理があるよな。

『禁忌の魔草』を育てることになった、キュリア家いやフロリア家。

 彼女からすればとんでもないところに、嫁に来たもんだ。


 森人種が恐れ(おのの)く、『禁忌の魔草』を育てると言い切られ、年端もいかない娘に『奴隷紋』によく似た魔法陣を貼る技術に、まさかあっさり"宮廷魔術師"になってしまう旦那。

 うら若き女性のダークエルフを『奴隷』で持つ、セシルと同い年の男の子。

 どこの俺TUEEEE系の主人公かと突っ込みが入るわ。


 そういえば、今まで気にしていなかったけど、セシルの境遇って『シンデレラ』っぽいな。

 末娘でいじめられていたとか、あの辺りが。

 王子様は俺で。

 別に硝子の靴とか履かせていないけど。


 一先ず立ったまま気絶させるのも悪いので、お姫様抱っこで持ち上げて便宜上セシルの部屋としてある部屋の寝台に、着の身着のままで寝かせる。

 その後、居間に戻り、エルリネに俺を待っている間に、夕食を食べたか聞く。

 一応、今日の夕食当番は俺だったが、もしかしたら食べたかもしれない。

 そう、思ったが食べていないようだ。


 よかった。

 では、我が家ならではの家庭の味を、エレイシアには覚えて貰おうかな。


 それからしばらく時間が経って、夕食ができた。

 俺の『奴隷紋』を刻まれた魔族二人は、仲良く隣同士に座り幸せそうに俺の作った夕食を食べてくれた。

 エレイシアの笑顔は、エルリネのような花が咲いたような笑顔だった。

 うん、『人魚』の顔は物憂げな顔より、笑顔が似合う。

――良かった良かった。

次でこの小章終わります。

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