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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
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『奴隷落とし』

 一日や二日でこうはならない。

 それこそ、半年いや一年単位は必要なほどに、ボロボロだ。

 足は擦り切れて、ところどころが血で滲み、爪は剥げかけている。

 毒草を踏んだのだろうか、炎症を起こしているところもある。

 小麦色の肌ではない。

 旅をしていた俺だから分かる。

 これは。

 今までの彼女の旅の色だ。


 声にならない声が、また聞こえる。

――みないで。

 俺の頬に彼女の目からこぼれ落ちた水がポタリポタリと落ちる。

 だが、もし両親がいて旅人ならば、こうはならない筈だ。

 もし、そうであれば最低限、靴の作り方は学ぶはずだ。

 俺だって、エルリネに教えて貰った。

 ただ、靴が丈夫に作られていたお陰で、実践する前にツペェアに着いて買い替えたが。


 とにかくそうであれば、彼女は両親に捨てられたか、それともはぐれたか。

 それは分からない。

 彼女の人生だ。

 俺が探りを入れていいことではない。

――お願い、みないで。

 既に彼女の足は見ていない。

 見ているのは、彼女の能面のような顔とその顔から流れる水。

 

 それでも、見たからには聞くしかない。

「ご両親は」

「…………、」

「……一人?」

「…………、」

 瞳が揺れた。

 是か。

「……そっか」


 だとしたら、謝らないと。

「さっきはごめん」

「…………、」

「知らなかったとはいえ、不躾(ぶしつけ)なこと言った」

 名前が無いと『人魚姫』から聞いたとき、『いい名前を貰えるといいね』と言ってしまった。

 両親がいないのにだ。


 ああ、今気付いた。

 今更気付いた。

 あのときに言ったことばは、「おかあさんはもうきえちゃった」だ。


 どのように「消えた」のか分からない。

『人魚姫』の親ならば、泡のように消えたのか。

 それとも彼女を置いて、蒸発したか。


「ごめん」

 俺はなんてことを言ってしまったんだ。

 俺みたいに生死に関して、ある程度達観している人間がいる訳ないのに、知らなかったとは言え、言ってしまったんだ。

「『名前が貰える』といいね」は、それほどまでに重くて想い重なり重い言葉だ。


 エルリネに"エルリネ"と名付けるときも、重く重い言葉だった。

 ポンポンと適当に名付けていいモノではなかった。

 一個人のこれから一生を共にする『名前』、それを『貰えるといいね』か。

 名付けられる側は愛玩動物ではない。

 そして名付けられた側は、その名前で『縛られる』。

『魔石』と名付けられれば、周囲は『魔石』と認識され、「エルリネ」と名付ければ一個人の「エルリネ」と認識される。

 

 なんと、拘束力が強い言葉だろうか。


「気にしないでください」と『人魚姫』は、水を垂れ流しながら、俺を見つめ続ける。

 ああ、また彼女の瞳孔から例の炎が現れる。

 先ほどよりも濃い。

 燃え盛っているようだ。


 硝子が何枚も割れている音がする。

 音がするだけで、今度の彼女の瞳孔の深海色の焔は揺らぐだけで燃え盛る。

「ただ、本当に申し訳ないとおもうのであれば……」


 一瞬だけ目の中の焔が鎮まる。

「私に名前をください」

 焔が爆発した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


魔法破壊(ディスペル)」発動時の硝子破砕音が響き渡る。

 その現象からしてなんらかの魔法効果が発生している筈だが、なんの効果かが分からない。

 魅了系か。

 それとも別の精神感応系か。

 ただ、もし洗脳されそうになったとしても、『十全の理』の標準装備である強制覚醒(レジストクリーンアップ)で洗脳魔法から強制脱却させた上で、攻性魔法でもある「魔力支配(マジックスナッチャー)」で支配返しが出来るから問題ないが、何をされているのか分からないというのは非常に恐ろしい。

 

 それはともかくとして、名前か。

 何をどう名付ければいいのか。

 そんなとき、頭のなかで閃く。

 イメージで言えば頭上に豆電球が点く。


 困ったときは黒歴史ノートの人物表だ。

 人物表を脳内で検索する。

 あれもだめ、これもだめ。

 これはイメージに合わない。

 そこで悶々と悩むこと一、二分。

 その間、燃え盛る深海色の瞳の焔とその燃えカスと思える涙と、水が流れ落ちている。

 俺を見つめるその目は「早くしろ」と急かすものではなく、ただ真摯(しんし)に見つめ続ける。


 そんな彼女の一つ聞く。

 それは黒歴史ノートに作った設定との答え合わせだ。

「一つ、聞きたいんだけど」

「……なに」

「種族、教えて」

「……魔族、だけど」

「いや、そうじゃなくて。

そうだな、歌とか好き?」


「歌が好きな魔族は知らないけど、おかあさんは好き……だった。

いつも歌ってた」

「生まれは」

「……ザイニエア」

「……えっと……ごめん、どこ」

「……海が見えるところの街の傍の村」

 海且つ歌があるってことであれば、これが一番設定に近い。

 セイレーン系に付けた名前だ。


 エルリネ達がいる世界観で、エルリネと共に冒険者として主人公と会う仲間だ。

 それを今ここで使う。

 それと併せて幾つか必要事項を聞く。

 それは、彼女との契約書。


 名付けは真に勝手ながら一つの契約と考えている。

 エルリネとは一生涯、共にすると契約した。

 そして、彼女(エルリネ)とは"対等な存在"として生きていたいと伝えたが、『奴隷紋を刻んで欲しい』と応えた。

 それに対して俺は『精神の願望(マインドデザイア)』をなんちゃって『奴隷紋』として刻んだ。


 何を言いたいか。

 つまり、彼女との契約はどこまでなのか。

 彼女は俺に『惚れた』と言ったが、どこまでなのか着いてこれるのかが分からない。

 ある意味一生ものの『精神の願望』を、彼女の身体に貼り付ける価値があるのか否か。

 正直、この魔法陣は誰にでもペタペタ貼り付けていいものではない。

 一応遠隔で解除は出来るので、裏切りにも対応出来るが、こちらとしてはなるたけしたくはない。


 なので、彼女に本気度を試す。

 

「名付ける前にまず二つ。

一つ、俺の家庭にはキミと同年代の女の子が一人、あとキミのように居れから名前を上げた『奴隷』が一人いる。喧嘩しないように。

更に言えば、俺の故郷にはキミと同年代の女の子が二人いる。そちらとも喧嘩しないように」


 分かった?

 と、言外に伝える。

 その言葉に、無言で彼女は首を縦に振る。

 彼女の反応に満足し、続ける。


「次に、キミをなんでもない立場で迎え入れるのは、少々犯罪です。

本来だと、国を通して両親なしという認定を受けて、孤児院送りしてから改めてウチに来るという段取りになります。

ただ、そんなことをすると時間がかかり過ぎて、名前云々どころじゃないというのと、この国、この都市にいる期間があと三ヶ月程度なので、キミが孤児院に行ったころにはきっと俺はいません。

なので、少々違法だけど強引な方法を取ります」


 ……これやると、正直人の目がキツいんだよな……。

 だが、一人の少女のためにやるしかない。

 それはなにか。

「つまりは……、『奴隷落とし』します」

 なんでもない身分の彼女に対して、『奴隷紋』を施すという鬼畜所業。

 エルリネ曰く、奴隷紋を施されるのは非常に痛いらしい。


 実際には肌は焼かれないようだが、焼け焦げるような痛みが身体を貫くという。

 いま考えれば、そんなものを複数受けたエルリネは、凄いな。

 とにかく、そんな痛いものを年端もいかない少女に施す。

 痛くて泣きそうだ。

 想像するだけで、痛くなったものだ。


 その『奴隷落とし』という単語に、恐れも抱かずかのようにただ真摯に俺を見つめ続ける。

 その瞳孔の中の火焔も盛るのみで、本当に感情を動かしていないようだ。

 その俺の脅しに関して、彼女は。

 たった一言。

「やってください」

 と、そう応えた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『奴隷落とし』とは、高貴の身分の者が低俗な者によって受けてしまった被害があれば、特例処置として、その加害者に対して『奴隷化』という魔法を使い、『強制隷属』させ加害者に償わせるという魔法があるとかなんとかをこの九ヶ月間で学んだ。

 それを彼女に与える。

 もちろん、言葉の意味を念のため教える。

 知らなかったなんて、後で言われても目覚めが悪い。

 その上でも「分かっている」と言わんばかりの真摯な瞳でじっと見つめ、首が縦に揺れる。


「痛い……らしいよ。

『奴隷落とし』って」

「……これ以上、痛い思いはしたくないです」

「二度と日の目を見れないかもしれないよ。

……それで――」

「もう、泣きたくない」

「……そっか」


 ……泣きたくない、か。

 そっか、そうだよな。


 万感の思いを込めるかのように彼女に名を付ける。


 それはエルリネと同じ時期で同じ世界で同じく主人公を好きになるという、俺TUEEEEの食傷気味となるぐらいにベッタベタな展開のヒロインたちに付けた、語呂がいいだけの名前。

 でも、それに付けた名前は"黒歴史ノート"の中でとても大活躍をする。

 別世界となる筈の世界でも、失われた英雄の名を冠する装備とかその類の名前に使われたりする、そんなヒロインたちの名前だ。

 語呂だけで名付けた名前。

 つまりは、付ける奴は俺しかいない。

 名前被りは『ない』。


「キミに付ける名前は」



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