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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
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人魚姫 II


 さて、この食堂(へや)に残るのは俺と、『人魚姫』の二人のみ。

 いや、おばちゃんも含めて三人か。

 おばちゃんは厨房の奥に引っ込んでいるから、実質二人だけど。

 愚痴大会前の先ほどまで聞こえていた、ドカーンとバリーンという戦場らしい音は既に聞こえず、リーンリーンと鈴虫っぽい虫の音色のみが聞こえる。


 ……ああ、もう夜か。

『マンディアトリコス』の鉢は明日にしようか。

 夜だし、酒場が開く時間だ。

 植木鉢を売っている植木屋も閉まっているだろう。

 それとも、試験会場に行けば、貰えるだろうか。


 ああ、それよりも。

 ……目の前の『人魚姫』どうしようか。

 ご両親とはぐれたと思われるし、正門が開いたら一度家に帰ってからご両親探すか、それとも直ぐに、貴族街にある警ら隊駐在所に送り届けるか。

 俺自体は夜遊びしても多分大丈夫だと思われているフシがエルリネとセシルにあるが、『人魚姫』にはないと思うし、ぱっと見俺と変わらない歳に見える。

 そんな年齢、それも女児が夜を歩けるかというと答えは『否』だ。

 即刻、厳重保護に保護者には注意が行く。

 

 それに彼女を探しているであろう、ご両親は必死に今頃探している筈だ。

 いくらなんでもこんな戦場(デッドフィールド)で一緒になったとはいえ、連れ回していたら"生前"でいう『事案』物だ。

 身分が高くてはっきりしていても、『事案』は拙い。

 ああ、そのこともリコリスに通せば……!

 などと言っても、既に彼女の姿はとうになく、後の祭り。

 

 視線を感じて俺の視線を上げれば、『人魚姫』の水のように澄んだ()が俺を見つめる。

 綺麗だなと思う反面、暗く昏い深海のような濃い暗澹たる寒気も薄やかに感じる。

 なんだろうか、この目は。

 じいっと見つめ続けられる。

 まるで、なにかの答えを望んでいるかのように。

 仄暗くそれでいて澄んでいる瞳が、蝋燭(ろうそく)を灯したようにポウッと光が灯る。

 

 薄っすらと灯る瞳いや、瞳孔(どうこう)

 これは……魔眼か何かか。

 瞳孔から、濃い深海のような色合いの炎が現れ出る。

 両目からではなく、右目のみだ。

 今の今まで感じなかったが、ピリッとした痛痒感が発生した。

 

――バキィン。

 と、硝子を高いところから落としたような、破砕音が鳴る。

魔法破壊(ディスペル)」が自動起動したようだ。

 ビクッっと『人魚姫』の身体が揺れ、強張(こわば)り、先程まで俺を見つめていた瞳に、水が貯まっていく。

 結果、起きるのは決壊。


――うむ、非日常の連続で怖がらせすぎたのが原因かもしれない。

 普通の人間なら自分の一生で、こんな戦闘なんてあるかないかだろう。

 俺自身、"作者"なので仕方ないとは思っているが、巻き込まれた側としては洒落にならないだろう。

 一先ず、泣いた際の魔法の行動である、「泣き止むまで前から抱いて、背中をぽんぽん」作戦を『人魚姫』相手に実行した。

 これで泣き止んでくれると有難い。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 結果、泣き止むには例の『鬼神』の鉄屑(笑)と外套を相手にするよりも時間がかかった。

 正門はとっくに開いているだろう。

 泣き止んだと思われる彼女に、布巾(ハンカチ)で目の下の涙の跡と、同じく鼻の下の洟水(はなみず)の跡を拭いた。

 あとは、鼻をチーンしようねと身振り手振りで伝えて、チーンさせる。

 流石『人魚』らしく、体内水分量が高いようで、もっちょりと洟水が出た。

 

 思わずギョギョっとするが、この世界では誰にも通じないネタなので黙っておく。

 ひと通り顔を綺麗にしてから、改めて『人魚姫』を見るが、どこをどう見ても"日本人"顔である。

 青というより藍色の黒髪に深海色の瞳とはいえ、遠くから見れば黒い髪に黒い瞳だ。

 折角だから、彼女の顔や身体に着いた埃やらを拭くために、生活魔法というには疑問符が発生する水球を出す。

 ……うむ、相変わらずデカい。

 もうちょっと小さくならないものか。


 とはいえ、生活魔法に対する努力などとうに捨てているので、これ以上小さくなることはまずないだろう。

 だが、愚痴りたくはなる。

 さっきの愚痴大会で吐けばよかったかなこれ。


 そんな戯言(ざれごと)と共に「多重起動(マルチタスク)」で水球を二つ出す。

 一つは洟水で汚れた布巾を水で流すためで、もう一つは比較的清潔な水で手足の汚れを落とすため。

 決して健康的な小麦色を見たいからではない。

 うん断じて。

 いや、多分きっと。


 そんな煩悩を脳内の隅に蹴りやり、一心不乱に両腕を拭き、汚くなった水球を割らず、追加で二個作る。

 俺としてはなんでもない使い方だが、『人魚姫』からすれば異常なんだろう。

 呆けた顔で俺、というより水球を見つめている。

 そりゃそうか。

 ここまで、澄んだ水を作るのは難しいとエルリネという、生活魔法の先生が太鼓判を押すぐらいだ。

 生活魔法という括りだけど、生活魔法ではないというレベルらしい。


 そんなレベルではないものを複数で同時起動。

 更に言えば、無詠唱で中空発生。

 なお、中空発生に関しては、セシルから『異常』というお言葉を頂いている。

 うん、立体使用には「X,Y,Zの爆弾(キュービックボマー)」のイメージを、使っているだけなので、"日本語"魔法を使えるようになれば、きっと出来る筈である。

 最近、エルリネもX軸(たて)Y軸(よこ)Z軸(おくゆき)が理解出来ているようだし、これに相応する魔力を身に付ければ、きっと即使えるようになる筈だ。


 エルリネに関してはこれからが楽しみである。

 セシルも俺みたいな魔法使いを目指しているようだ。

 これに関しても非常に楽しみだ。

 ただ、エルリネにも言えることだが、とにかく俺の魔力をどうにかして彼女たちに宿せることが必要だ。

 どうにかならないものか。

 と、この場で少々関係ないことに思いを馳せる。


 ええ、煩悩を追いやろうとしています。

 

『人魚姫』の足を拭こうとしたとき、『彼女』の手が俺の肩に触れる。

 先ほどとは違う瞳が俺を見る。

 泣きそうとか、魔眼が篭った目ではない。

 ただ何かを訴えるような瞳だ。


『人魚姫』の口が開く。

 声は聞こえないが、意味は通じた。

――みないで。


 だが、見てしまった。

 実は拭く瞬間に。

『人魚姫』の足は。


――裸足でボロボロだということに。


短いですが、キリがいいので投稿します。

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