同身分同士の愚痴
おばちゃんは食堂にいた。
鍋のふたを盾に、得物は菜切り包丁。
きっと俺が出ていかなければ、おばちゃんがあの『鬼神』の装具と一騎打ちしたんだろう。
俺がいるところに鉄屑が現れて本当に良かったな。
そんなおばちゃんをリコリスがリスのようなクリクリした目を見はって、「あぶないよ」と窘めている。
歳は下でも立場はやはり上のようだ。
でも、おばちゃんは若いのにまだまだ負けられんよと言わんばかりに、鼻息をフンと吐き胸を張っていた。
また、いや今後もやりそうだなおばちゃん。
俺の魔法に巻き込まれなくてよかったよ。
ホントに。
敵も"味方"もまとめて殺るのが、俺の魔法だしね。
今回の件においての反省点はそこかな。
などと、一人脳内で反省点を洗っているとおばちゃんが俺に気付いたようだが、訝しげに俺を見やる。
……はて、睨まれる理由は……。
ああそうか。
今は一応、『魔王:ウェリエ』として仮面を被っているんだった。
だからといって、仮面は外さない。
『ウェリエ』とミリエトラルは別人だ。
ただ、後ろから何食わぬ顔で彼女が食堂に入れば、流石に気付いたようで、更に仮面を被っている俺の立場も理解したようだ。
リコリスに見せていた態度はなりを潜め、厨房の奥へいなくなった。
「話はまだ終わってません!」とリコリスは叫ぶが、おばちゃんとしては非戦闘員に見える俺と、人魚姫が庭へ出てしまった訳だ。
助けにいく必要がある。
だから、慣れ親しんだ得物を持った。
そういった経緯が予想出来る。
もちろんおばちゃんの真意は分からない。
ただ、もしそうであればこれ以上に嬉しいことはない。
理由はなくとも。
軽く苦笑いをしながら、リコリスを抑える。
「まぁまぁ。抑えて抑えて」
「抑えられないですよ……!
……抑えられないですよ。
今回の件は……、その……ただでさえ。
亡くなった方がいるのに……」
そういって、リコリスは俺から顔をそむけ顔を歪ませた。
歯を食い縛り、下唇を噛む。
ほんの昼頃にみた、彼女のぷっくりとした唇が裂け血が流れる。
俺はここの職員ではない。
だから亡くなった人のことなど知らないし、非道なことを言えば興味がない。
唯一興味があるのは、何故こんなことが起きたのか。
その一点に限る。
だが、この場でことのあらましを追求するような空気を読まないことはしない。
「ほら、リコリス。
リコリスが満足するまで待つから。
……この際だから、愚痴も言っちまえ」
そう言って彼女の肩を抱く。
ビクッと彼女の肩が震える。
「"宮廷魔術師"って不便だよな。
心配ごととか不満なこととかを、ポロッと言えないんだから」
俺にはエルリネという理解者がいる。
旅している間、理解者に悲しいこととか愚痴みたいなものとか聞いて貰ったりしていた。
たまに、エルリネに「母さん」と言い間違えるぐらいに、色々甘えさせて貰った。
そういった繋がりがあったから、この都市で"宮廷魔術師"という身分を貰ってもエルリネに愚痴とか聞いて貰い続けた。
もちろん、彼女も俺を頼ってくれた。
お互いにいいパートナーだと思う。
でも、そういった対等な存在がない人は。
自分が不満をぶつけるだけで、その人の職が失ってしまう可能性を孕んでしまい、不平・不満は自分の心に貯めこんでしまう。
「リコリスは言ったよな。
『"兵器"という呼び名を変えた結果、"宮廷魔術師"という職業と称号が生まれた』って」
「…………、」
「俺たち"宮廷魔術師"は"兵器"だ。
でも、ただの"武器である兵器"ではない、"自分で考えて勝手に悩んで勝手に自滅する人間"だ。
だからまあうん、不平不満といった愚痴があるなら言ってしまえ。
俺はリコリスより年下だから、生意気言ってるけど」
「…………、」
「同じ"宮廷魔術師"だ。
つまり歳が違えど、立場が同じ。
お互いの持つもの違うからこそ、お互いのことには干渉出来ない。
自分と同じ立場の奴が、愚痴を聞いてやるよっていうお誘いは滅多にないと思うよ……?」
支離滅裂だ。
何言ってるんだろうな、俺。
「…………慰めようとしてる?」
「いや……なんだろうね。
思ったままを言ってるよ」
「……そう。
ありがとう。お言葉に甘えて早速愚痴らせて貰おうかな」
そういって微笑んだ彼女の顔は、唇が裂けて血がぼたぼたと垂れ、うっすら泣いた顔とその光景が相まってちょっと不気味に不細工だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
"宮廷魔術師"の二人と、全く関係がない『人魚姫』を交えた愚痴大会。
と言っても俺自体には特に不満もなく、思うがままの生活をしているようなものなので聞き専に回っていた。
唯一の不満は、引っ込めたいお腹だけだ。
ただ、女性にそんな話は見えている地雷だ。
絶対に踏めない。
ということでずっと聞き専。
愚痴の比率としては八割リコリスで、残り二割が『人魚姫』だ。
やれ、流行りの装飾品で「オトコノコのハートをガッチリ掴んじゃえ☆(要約)」が云々で、最後には「オトコノコのウェリエくんズバリどう思います!?」と、聞かれてもセシルとエルリネしか見ていないし、二人とも装飾品の類は身につけないので「どうなんでしょうね」と答えるだけで精一杯だ。
そしてその答えに当然満足せずに「チッ」と舌打ちではなく、声を出して言われる。
……どうすりゃいいのよ。
ほかにも誰これの足が臭いとか、加齢臭とか、特定頭頂の部分とかをグサグサ言うの止めてもらえませんかね……!
"生前"二十七歳でしたけど、ちょっとだけ、いやほんのちょっぴりだけ気にしてた人がいるんですよ、ここに!
そんな愚痴というより悪口大会の話を聞いている内に、段々とこの食堂に太陽が地平線に隠れるときのような、光が入り込む。
心なしかカーテンの影が濃くなり、世界が朱色と黄金色に染まったとき。
リコリスの顔にも朱が混じり、脈絡なく、そう正に唐突に人名を上げていく。
「今日、この日みなが亡くなりました。
私が彼らに思っていたことは、全て友たる"宮廷魔術師"の『魔王』にも伝えました。
"宮廷魔術師"としての立場として彼らへ想いを贈りました。
『魔王』。
私のことばで、彼らをどう大事に想っていたか理解して頂けましたでしょうか」
……だ、大事?
まぁ、う、うん。
色々人の欠陥というか、その手のことの悪口大会だったような……。
セクハラ死滅すべしと願っていたら、実際に亡くなったとか笑い話にしていいのか悩むんですが……。
なんて、脳内で考えるが顔には出さず毅然とした態度で「当然」と応える。
その回答に満足したのかニコッと微笑むリコリス。
「ありがとうございます。『魔王』」の一言を漏らす、その姿の後ろから黒い魔力が見える。
……やだ、この人普通に怖い。