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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
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人魚姫 I

「ここ……は」

 "日本人"の特徴を持っているから、"日本人"かと思えば言語が普通にこっちの人だった。

 小麦色の足を見ようとした変態さを、おくびにも出さないように努めて「博物館だよ」と素っ気なく答えて、彼女の反応を見れば「……そう」と言ったっきり押し黙った。

 話が続かない。

 とはいえ、よく分からない初対面の相手と話すのも、非常に難しいだろう。


 だから、俺から話しかける。

「ごめんね、ぶつかって」

「う、あ……うん。ありがとう。

気にしてないよ。

私のほうこそごめん。前を見てなかった」

「いや、走っている人を避けるべきだった俺が悪いんだ」

「そんなこと、ないよ」

「そんなことあるさ」

「…………、」

「…………、」

「……ぷっ」

「……くっ」

「「あはははははは」」


 俺たちがお互い引かないことに、二人して笑う。

 彼女を見ると目尻に涙が一粒。


 俺は彼女に利き手である右手を差し出す。

 どんな世界でも握手はみな同じの筈だ。

 差し出した右腕に彼女は疑問符を浮かべているが、恐る恐る彼女も右手を差し出し俺の右手を握る。

 

 彼女の右手が俺の右手を握るその感触は、当然エルリネと違う感触だった。

 一言で言えば柔らかい。

 強く握れば折れそうなほどに、柔らかく華奢だ。

 その手を左手でも優しく握る。

「俺の名前は『ミリエトラル』っていうんだ」

「『ミリエトラル』……くん?」

「そ。

親しい人は『ミル』って言ってくれるから、キミも是非『ミル』って呼んで欲しい」

「『ミル』……くん」

「おう! よろしく!」


 心なしか彼女の顔が赤い。

 恥ずかしいのかもしれない。

 おばちゃん一人とはいえ、この友人の儀を見ている人がいるのだ。

 俺だってこっ恥ずかしい。


 そんなこっ恥ずかしさの気持ちを上書きするかのように「キミの名前は?」と彼女に聞く。

 それに対して彼女は、首を横に振るだけだった。

 その行動に訝しげに見れば、「ごめんね。名前はまだお母さんから貰っていないんだ」と回答があった。


 ほう、"生前"の世界にあった七歳になるまで名前を貰えないという、風習があるのかもしれない。

 そして七歳のお祝いに、両親から名前を貰う。

 そう、まさに「この子の七つのお祝いに」だ。


「そっか」

「ごめん」

「いや、気にすることは無いと思うよ。

お母さんから、いい名前が貰えるといいね」

「…………、」

「え…………、なにか言った?」

 彼女は首を横に振って、「何も言ってない」と応えた。

 嘘だ。

 ただ何か言ったが、何を言ったのかは聞こえなかった。


 無名だと名前を呼べないので、便宜上キミと呼ぶことにした。

 さて、彼女はそれっきり黙ってしまったが、彼女の身体は正直なようでお腹が「きゅう」と鳴った。

「うううう……」と、彼女は腹を抑えて顔が真っ赤だ。

 恥ずかしいのだろう。

 それを予測していた俺は、肉串とスープを彼女に寄せる。


「ちょっと冷えてるけど、食べてよ」

「わ、悪いよ……」

「いや、気にしなくていいよ。

寧ろ食べてくれないと勿体無いだろ。

俺は、ほら」

 と、食い終わった皿と串を見せる。

「もう、食い終わっているんだ。

まぁ食えなくはないけど、俺よりも食いたがっている人にあげるべきだと思っている。

それでも……、食べたくない?」


「……ううん、ありがとう」

「気にしないでいいよ。

ただの、うん。

ただの善意だから」


「あの……」

「うん?」

「……もしかして、見返りに身体――」

「おおっと待ったァー!」

 彼女の発言を強引に被せる。

 すると、彼女の身体がビクッと震えた。

「いやいや、ただの無償だからね!

ただのお近づきの印だから!

いや、そうじゃない。

とにかく、そういう意図は無いけどある。

うーんなんて言えばいいのか、皆目見当さっぱりの助だけど、そういうわけだから!

気にしなくていいの!」

「でも……」


「でももへちまもありません!

第一、俺もキミも同じ年齢ぐらいの子どもでしょうがァー!」

「私、そろそろ七歳だから出来るよ……?」

 と、何か問題が? と聞くように首をかしげる彼女。


 この娘の本質、まさかセシルと同類か!

「ナニが出来るんでしょうネェ」

 と口の端をヒクヒクさせながら返す。

 すると。

「……子づ――」

「っと待ったァー!」

 再度、強引に被せる。

「……女の子がそんなことを口に出さない!

それと初対面の男相手にも言わない!」


「私、言う相手は選んでる……つもり。

『ミル』くん相手ならいいと思っている。

……これが理由ってダメ?」

 理由が理由になっていない。

 これどこの恋愛チートですか。


 いや、まあ嬉しいですよ?

 ハーレム云々抜きにして、異性に好まれるというのは非常に嬉しい。

 天にも昇る心地だ。

 だが、理由がない。

 彼女はどこに胸キュンしたのか、分からない。


 エルリネはお互い一生涯の『ご主人様と奴隷』という間柄になりたいと言ってきた。

 セシルは裏切った者を再度召し抱えたくないが故に、俺に近づきそして今に至る。

 姉さんは長い間、家族として過ごした。

 その間に彼女の琴線に触れる何かがあって、弟を一人の男として認識しちゃったんだろうなぁ。

 メティアは俺がいつの間にか惚れていた。

 とおもっていれば、彼女も俺に惚れていた。

 このようにある程度理由がある。


 もう、俺が「NO、ハーレム!」とか頑張っても、無駄だというのがわかった。

 この際、俺が納得できる『好き』という感情の理由がわかれば、ハーレムの一員として数えることをしてもいい。


 だが、彼女には理由がない。

 少しでも打算、いや取ってつけた理由でもいい。

 納得出来る理由が欲しい。

 理由がないうちはダメだ。


「気持ちは有難いけど……」

「……そうですか。

私の初恋は、よく分からないまま終わりましたね。

いきなりですが、知っていますか」

「…………ん、なにを?」

「私の種族は、初恋が大失敗すると『泡』になるんです」

「……は?」


 思わず片方の口端が上がる。

 ……人魚姫かよ!

「『泡』になりますね。

大失敗したので」

「ちょ、ちょっと待てぇ!」

「なんですか。

止めないでください。

一世一代の悲劇です」

「いやいやいやいや、『泡』ってなんだよ!」

「『泡』は『泡』ですが……」

「いや、意味とかそういう意味じゃなくてって」

「ではどんな意味で」


「とにかくそんな自殺は禁止です」

「ダメなんですか」

「はい、ダメです」

「種族としての特徴に駄目だしを食らったようです。

私の種族は何になるのでしょうか」

「魔族でいいのではないのでしょうかね」


「……私は魔族です」

 まぁ見れば分かる。

「種族じゃなくて、ただの魔族でいいんじゃないのって話だよ」

「なるほど……。ただの魔族ですか」

「そう。森人種でも炭鉱種、人魚種でもなく、ただの魔族。

これでキミは『泡』になることがない、種族になった」


「……それは無理ですね」

「なんでだよ」とジト目で彼女を見る。

「『ミル』くんに二回目の恋をしました」

 惚れっぽい人魚らしい。

 思わず頭を抱える。


「……、ところでさ」

「なんでしょうか」

「初恋のご理由は」

「……秘密です」

 といって、彼女は舌をちろっと出す。


「然様でございますか、では二回目は」

「……秘密です」

「然様で」 


 ……「秘密です」といった彼女の舌に何か紋様が描かれていた。

 なんだろうか、種族的特性だろうか。


 彼女は一度口を開けばセシルみたいな娘であった。

 ザクリケルの女性魔族という生き物はこういう生き物なのかもしれない。

 夕方前の柔らかく優しい風が、カーテンを大きく舞わせた。


 そして。

表現変更。(12/12 13:20)

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