『マンディアトリコス』
似たような境遇の呪われた武具というのは割りと多いらしく、"宮廷魔術師"同士の喧嘩で亡くなった人の外套が展示されていたりしている。
一種の呪物展示場である。
生前の博物館も似たようなものであったが、酷いものだ。
読む以前にひっきりなしに、誘惑になっていない誘惑の声を聞かされ続ける。
酷いストレスを感じる。
ラノベを読んでいる時に耳元で、ギャアギャア喚かれるのと同じでイライラする。
声から逃げるようにして、気付いてみれば庭に出ていた。
庭も中々に大きく広い。
リコリスは庭に行ったようだが、見た限りリコリスはおろか暴れている馬鹿という者も見かけない。
多分、鎮圧したのだろう。
ただっ広いところだが、視界の端っこ辺りに植物園のようなものが見えた。
どうやら、植物園も兼ねているらしい。
この世界で未だハーブを見たことがない。
一応、エルリネの体臭がユーカリ臭なので、存在しているとは考えてはいるのだが……。
どちらにせよ、もしハーブがあれば精油を貰えないかと交渉したいところだ。
そう思い立って、植物園へ向かった。
植物園に入ってみればと思った通り、規模は小さいようだ。
土造りの鉢が所ぜましと並べられており、それぞれ草木の名札と説明文が掛けられている。
誘惑の声が聞こえないので、精神的負荷は掛からないようだ。
一人でひたすら読み続けていく。
ツペェア周辺の見るものに微笑ませる可愛らしい草花に、火傷やら切り傷に聞くという薬草に媚薬などの特殊薬物の材料になる草花、更に危険な毒草も展示されていた。
この辺りは、旅する上で必要な知識である。
傷は「属性回復魔法」でどうにかなるとはいえ、疾病などは本人の体力を信じるしかない。
そういうものを治せうる薬草を知識として持つのは十分アリだ。
というわけで、『十全の理』を展開し薬草の見た目と説明文をスキャンさせる。
もちろん、毒草も見た目と説明文を読み進める。
読み進めた先に赤い字で『危険』と書かれた扉があった。
注意文を読めば、なるほど魔獣ならぬ魔草の類があるようだ。
一定以上の強さか、学芸員がいないと入室はダメですよと書いてある。
"宮廷魔術師"の『魔王』たる俺なら、一定以上の強さの分類だろう。
ということで入室する。
念のため『十全の理』と『前衛要塞』、『蠱毒街都』を起動しておき、扉を開けた。
中に入ってみれば……、一言で言えば『カオス』だ。
鬱蒼と茂った森の中で、三十センチメートル程度の人型の茸のようなものが走り回り、俺の身長よりも大きいウツボカズラっぽいものが超甘い匂いをだしていたり、通路でハサミ罠のような葉っぱが見えていたり、粘着式トリモチっぽいものが中空に浮いていたり、申し訳程度に書いてある説明文を読んでみた。
「何々、『マンディアトリコス』……?
どれのことだ?」
なんてことを口に出してみたところ、走り回っていた茸達が一斉に振り向いた。
ハサミ罠の葉っぱも口を閉じた。
この反応はなんだろうか。
魔法使いを題材にした某映画のような、名前を出してはいけないという存在がいるのだろうか。
通路を塞ぐ木々が、蠢き道を開ける。
代わりに後ろの扉が、草木に覆われていく。
一度入ったら出られない系のダンジョンか。
この世界でダンジョンなぞあるんだな。
レベルとかステータスの類が見えないのに。
強引に出ようと思えば出れるが、『マンディアトリコス』という固有名詞が非常にきになるので、向かうことにする。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
通路には魔獣や魔草の類はおらず、ひたすら進むだけだった。
とはいえ通路から外れれば、魔草がもっさりいるが襲ってくる様子はない。
なんて思っていれば、目の前に目から炎を立ち上らせている魔獣、いや魔狼というべきか。
いや、狼ではない。
狼、いや犬系であれば立派な毛皮がある筈だが、目の前の犬っぽいものには毛皮はなく、あるのは乾いた樹木のような、節くれ立った皮膚だ。
口からは炎が噴き出し、目からも炎が立ち上る。
「グルルル」という警戒音が、犬っぽいもの口から響く。
その音に合わせて、通路の奥から似たのが現れる。
……薙ぎ払うか、押し潰すか。
と、考えていたところで、後方から「ガルルル」という警戒音が聞こえたので、振り向いてみれば虎がいた。
……前門の虎、後門の狼ってか。
というよりも、前門の狼、後門の虎だが。
狼と違い、虎の方は明らかな猫系の生き物だ。
いや、「生き物だ」というよりも、「生き物だった」というべきが適切か。
理由としては、冬虫夏草のようなものが虎の耳と眼窩から生えているのだ。
この様子だと、虎としては「死んで」おり、今は冬虫夏草として「生きて」いるのだろう。
草木は生きているとはいえ、「電磁衝撃」の効果は余り認められなさそうである。
内部から凍死させる「凍結の棺」も効きにくそうだ。
などと考えている内に、狼と虎が襲いかかってきた。
それに対して咄嗟に使った魔法は、重力。
咄嗟に使った魔法と共に「魔力装填」で「重力杭」を装填する。
超荷重の一撃で、狼の鼻頭をひしゃげさせる。
虎は頭骨が明らかに砕けているところに、「重力杭」で更に砕く。
枯れた樹木を砕くようなパキャッという音がした。
また「自動起動」に「重力」をセットし、狼からの攻撃をひとまずシャットする。
「獄炎」や「土石流」などで広範囲を壊せばいいかもしれないが、ここは博物館の敷地内であるはずだし、それにダンジョンだ。
下手なことをすればダンジョンが崩れる可能性があるし、そうじゃなくても博物館の敷地内なので、地形が変わるような魔法は使えない。
『世界』で隔絶すればいいかもしれないが、このダンジョンのデカさが分からない。
それに、『世界』で内外遮断させた際に、検知できずに人を遮断させる可能性がある。
もし、そうなればスプラッタな現場になる。
なので見えない範囲を『世界』で括るのは、勇気以上の狂気とかそういったものが欲しくなる。
とにかく、ひたすら虎を粉砕したあとは、狼をぶちのめしながら先へと進む。
木々がジャングルのように鬱蒼と生い茂り、太陽の高さが見えない。
更に言えば夜のように薄暗い。
夜の帳が降りているとは思えないが、リコリスがもしかしたら探しているかもしれない。
だから、さっさとここを攻略する必要がある。
逸る気持ちを抑えながらも、身体は抑えることは出来ずに走り出す。
その道の行く先々で狼っぽい魔獣が襲い掛かってくるが、それも「重力杭」で砕いていく。
足を進めた先には、扉があった。
ロールプレイングゲームでよくある、あからさまなボス扉。
中には初めて俺が苦戦するようなボスがいるのだろうか。
初めてこの先の展開にワクワクする。
俺は扉を開けようと触れようとした瞬間、自ら扉が開いた。
ゴゴゴゴ……、という音だ。
なんて、異世界だ。
重そうな鉄っぽい扉が自動扉になっている。
中は見えない。
というよりも、中には暴力的な光量で目を焼いてきた。
暴力的な光量から逃れるべく、その場で目を閉じて腕で更に抑える。
時間にして約十数秒。
暴力的な光量が目を焼かなくなり、しばらくしてから目を開ける。
まだ目が痛いが、だいぶ慣れてきた。
そして異変に気付く。
先ほどまでは薄暗い通路の中であったはずだが、気付けば先ほどの通路とは違う円状の部屋の中にいた。
その部屋は草木が蠢き、一際大きな球状の植物は、腹に響くような音でドグンドグンと心臓のように鼓動している。
部屋の天蓋には、これまた円状に切り抜かれたように、外の空が見える。
明るさからしてまだ、夜にはなっていないようだ。
だが、博物館に入った時間も加味すると夕方に近いはずだ。
このボス部屋について思案する。
ボス部屋のようだが、ボスなる者がいない。
しかし、通路で隠れた道があったわけではない。
であれば、ここが最奥地であることは間違いない。
しかし、この部屋自体が「ハエトリグサ」的トラップであれば……。
その考えに行き付き、即座に部屋を破壊しようとした。
その瞬間、地面から球状の植物が盛り出し現れ、俺を中空にカチ上げた。
「……いっつぅ」
『前衛要塞』が衝撃を逃してくれたようだが、逃しきれない分は当然俺に襲いかかる。
中空に浮いている時間、約五秒を使って「衝撃吸収」を使用する。
身体を屈めて足からの衝撃に備える。
直後。思った通りの衝撃。
響く鈍い痛み。
骨折などはなし。
――動ける。
球状の植物を具体的に言い表せば、如何にも果肉が詰まった『玉ねぎ』だ。
但し色は濃緑色。
みっちりと詰まった果肉がグパァッ縦に裂ける。
中から現れるのは、直径五センチメートル程度の蔓。
但しただの蔓ではない、獣のような牙を生やした口を持つ蔓。
他にも牙がないが身体を覆うほどの口を広げる蔓まである。
そんな蔓の数、約五十本。
どれもを両手に装填した「重力杭」で打ち払う。
しかし数が多い。
蔓を断ち切れば、それだけで緑臭い汁が血液のように流れ出る。
その汁の臭いに釣られたのか、そこらかしこから魔獣だか魔草の気配がする。
襲いかかる気配はなし。
だが、気を抜けば襲ってくる可能性がある。
――っていうか、ツペェアという都市の中でこんな化け物を飼ってるなよ……!
次々と増殖る蔓を、ひたすら「重力杭」で引き千切っていると、『玉ねぎ』の頂点から茎が伸びていく。
「ホント、『玉ねぎ』だなコイツは!」
今のところ危ない場面は感じない。
触手といえば『魔法少女』だろJK! と考える余裕ぐらいある。
茎が伸びきったところで、花の蕾が現れた。
先ほどとは打って変わって明らかにヤバい気配がする。
「――チィッ。焼き払え「獄炎」、いや改め」
魔法の名前を起動のきっかけとして、発生するのは現象。
『玉ねぎ』を中心にした円形の範囲を作り、中を焼き尽くす。
『玉ねぎ』の周囲を炎が赤い線を残しながら走る。
赤い線が走る毎に火の壁が精製されていく。
赤い線が円を描き、中の『玉ねぎ』真下は赤い魔法陣が描かれていく!
相変わらず奇妙な配列をした文字列だが、イメージの意味は通じる。
たった一言のイメージ。
『炎』
"日本語"での『炎』はイメージをダイレクトに表した、いわゆる象形文字の『火』が二つ合わせる字だ。
つまりは更なる『火』つまり『炎』が、ダイレクトに相手に伝わる。
この世界の魔法はイメージが大事だ。
イメージ一つで何でも出来る。
『天空から墜つ焼灼の槍』のイメージ元は『水爆』で、これもまたイメージ通りの破壊を齎した。
イメージどおりの現象が発生し、術者が想像したとおりの威力になる。
結果、現象に見合った魔力が使われる。
そして「獄炎」のイメージ元は、『"鉄をも溶かす"地獄の炎』だ。
「幼少時からゲームとアニメと漫画と小説といった、物事の現象をイメージにする手段が溢れかえっている"日本人"を舐めるなよ!
こいつのイメージ元は!」
炎と赤い線が魔法陣を描ききり、発生するのは超極大の火柱。
『天空から墜つ焼灼の槍』は爆発とそれに生ずる衝撃波に魔力汚染による攻撃だ。
一応火属性という括りではあるが、どちらかと言えば衝撃波なので風属性になる。
比べて、「獄炎」は違う。
『炎』を使った本当の意味の火属性。
「鉄をも溶かす!
即ち、温度一千五百度以上の熱量だ!」
一息をつく。
紡ぐ言葉は簡易起動としての『獄炎』ではない。
本気の通常起動の『獄炎』。
「文明根源の厄災炎禍!」
魔法陣の直上にしか発生が許されない、炎禍とそれに伴う熱。
その熱は生命の呼吸を許さず、内部から焼き尽くす。
当然一撃だけでは終わらせない。
何故なら「やったか!?」はやれてないフラグだ。
一撃当てて「やったか!?」ではない。
やるなら三回ぐらい当ててから「やったか!」をしてやる。
「もう一丁!
電磁……いや「災禍、太陽の電磁嵐」!」
効果は名称どおりで、雷嵐が範囲内に発生するだけだ。
但し、帯電した雷球から着弾地点に向かい雷が墜ち続け、円状の魔法陣を描く。
常に雷が落ち続けるその姿は、荒れ狂う雷竜が魔法陣を描くようだ。
その雷球の数は消費した魔力によって増えて行き、最大で六本。
少なくとも設定上では六本と決めた。
地上の魔法陣を雷竜が描ききれば、それが地上で黄金色に輝き、中空とそして天上に転写される。
そして現れるのは、各階層で生じる電磁嵐。
電磁による衝撃で大地を穿ち、生命を殺し尽くし、最後は黄金色の竜と雷球が一つに合わさり極大の雷槍が魔方陣の中心に向かって墜ちる。
先ほどとは違う人工的に作った光の奔流が術者の網膜ごと焼く。
今回作った雷球は四個。
「天雷、裁終の神剣」と見た目が被っているが、あちらは対軍用。
こちらは対集団用で、見える範囲。
いや、範囲をわざわざ括る必要があるのだ。
それに比べて「神剣」は範囲が決めることが出来ない。
発生する破壊力が甚大で、制御しきれないからだ。
兎角、決められた範囲内で暴れまわる雷竜が墜ちて『玉ねぎ』が文字通り消し飛んだ。
表現変更。(12/12 12:21)