表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
111/503

博物館

 頬を膨らませる女の子をどうにか説得して、午前中の売上を帳簿を記入し、しばらくしたところ店番交替としておじさんが来た。

 入れ替わるようにして、簡単に引き継ぎをしてこの店の店員用食堂で、昼食としてのまかない飯をごちそうになった。

 その際に、おばさんにあの男女のことを念のため報告したところ、夫婦たちのほうから、警ら隊に訴えてくれるようだ。


 ふぅこれで一安心だ。

 あんなクソ怪しくてクソ目立つ男女はいない。

 そう、時間が掛からずに見つかってマークされるだろう。

 そう考えてあの男女を頭の隅っこに追いやる。

 ……また現れたら今度は返り討ちの芋虫にでもしてやろう。

 そんなエグいことを考えながら、(つとめさき)を出て図書館に向かった。


 図書館へ向かえば絵本が待っている……、ということはなかった。

 何故なら。


「……臨時休業…………?」

 この九ヶ月間、それなりの頻度で通い詰めた。

 今まで休業なんてものは見たことがない。

 暴漢が襲ってこようが何が来ようが、覚えている限り開いていたところだ。

 それが何故か閉まっている。

 休業に追い込まれること。


 1.司書さんが全員風邪で倒れた。

 2.馬鹿が中で暴れて、本が数百冊単位で廃棄された。


 …………。

 1.だろうか。

 とても感染力の高い風邪菌なるものがあるのだろうか。

 具体的に言えば、インフルエンザのようなものが。


 とにかく、休業であれば仕方がない。

 図書館から離れ、一度も行っていない博物館へ向かう。

 博物館を具体的に表すのであれば、図書館の大きさが"生前"住んでいた地域の図書館程度の大きさだったが、博物館の大きさは東京の国立科学博物館。


 大体一千メートル四方の敷地で、いわゆる城壁に囲まれている。

 城壁に囲まれているので中の様子は分からないが、屋根が城壁からちょこんと見えることから高さもそれなりなのだろう。


 ぱっと見、大きくて中は広そう。

 そんな感じの建物だ。

 とはいえ、入り口の兵士さんと入り口の様子しか知らないので、なんとも言えないのが本音だが。

 さて、それなりに読解能力を身につけた俺だ。

 ここの展示物(てんじぶつ)の小難しい説明を読めるようになれば、卒業してもよいのではないだろうか。

 何を卒業だって?

 図書館で絵本を読む作業だよ。


 読解能力がないからと、勉強のために甘んじて絵本を読み進める作業。

 どうせ読むならこの世界のラノベみたいなモノを読みたい。

 だが、ラノベは文だらけだ。

 場合によっては挿絵なしの文しかない。

 そんなものを司書さんに読ませる。

 お互い、どんな苦行だろうか。


 そんな想いもあり、今まで頑張った。

 その結果、ラストスパート兼卒業試験と決めていた博物館。

 この都市にいれる残り約三ヶ月間で、卒業してみせる……!

 と、決意新たに博物館の入り口の列に並んでいると、一見さんの冒険者とか旅行者がやたらと俺に突っかかってきた。

 そろそろ八歳程度の俺が、保護者無しでここにいるのもおかしいだろう。


 中には本当に心配してそうな旅装の女性が俺に聞く。

「お母さんどうしたの?」

 ……村にいるがな。

 なんてことは言えず。

「今日は一人で来た」と、素っ気なさげに返す。

 学者然としたおじさんとかは「子どもがここのモノを理解出来ると思えませんな」と、思いっきり馬鹿にしたようなことを呟く。

 聞こえてんぞ、おっさん。


 その様子に俺のことを知っている、兵士の皆さんは苦笑いしているように、俺のことを見ながら困り顔で笑っている。

 俺は多分一種の名物だろう。

 貴族街で名実ともに現"宮廷魔術師"の旧家に住んでいる子ども。

 どうみても只者ではない。


 そんな奴が図書館や一般街のお店の店員をしている。

 で、やっていることと言えば絵本を読んでもらって、字を覚えようとしている姿勢。

 それを知っている司書さんにそれ繋がりで、知っている兵士さん。

 なお、それが発覚したのは、店員として働きに行く際に会う兵士たちから直接聞いた。

 司書さんと兵士さんたちに横の繋がりがあって、その繋がりから一種の名物とカウントされているようだ。


 で、そんな奴が店員として字を実際に読み、書く訓練。

 只者ではない者が、人並みに努力する。

 兵士さんからそんな感じの評価を受けていたようだ。

 なお最後は「応援しているぜ!」と、背中を叩かれた。


 そんな感じで、兵士の皆さんに知られている俺。

 そんな訳で兵士さんたちの間で、一種の名物に数えられている俺。

 そんな名物の俺が、何も知らない一見さんに色々言われている。

 これには苦笑いをしてしまうだろう。


 俺もそんな場面を見たら微笑うだろう。

 そんなこんなで入り口の審査官が見えてきた。

 目の前の旅装の女性も、緊張しているようだ。

 博物館には遺物が多くあり、どれもが未だに力を持つという「アーティファクト」と呼ばれるものがあるという。

 ……記○の壷とか戦鎚とかあるかもしれない。

 そんなものを使われて、更に悪用されないように警備も万全だ。

 

 なにせ、この都市(まち)を警らしている兵士さんよりも多く、且つ実力者がこの博物館にいるという。

 そんなんだったら、まがい物を展示しておけばいいものをとは思うが、贋作作成しても本物を保管する場所がないとかなんとか。

 よく分からんね。


 目の前の旅装の女性の番がやってきた。

 自己申告として、短剣やら何やらを審査官に差し出す。

 その後旅装も脱げば、一般街の娘のような格好だ。

 この女性もワンピースだ。

 だが、(ほの)かに魔力の反応がある。

 魔力を仕込まれた布か何かだろうか。


 旅は危険だ。

 ちょっとやそっとで切り裂かれるような布より、魔力織りの布が好まれるだろう。

 当然「脱げ」なんてことは言われずに、他に得物がないか女性の審査官にボディタッチされ、満足気に頷いた女性審査官は通行を許可した。

 次は俺の番だ。

 女性審査官にボディタッチなんて、とても張り切ってしまう。

 いやあ楽しみだなー!


 なんて思ってたらスルーされました。

 素っ気なく審査官全員から、声を揃えて「許可」と一言。

 後続の学者然としたおっさんや、旅装の女性も俺をみて目を丸くしている。

 俺は「は?」と審査官を見上げ、女性審査官は俺を見下げる。

 すると、女性審査官は俺の声なき疑問に答えてくれた。


「貴方相手に警戒は無意味です。時間の無駄です。

さっさと行ってください」

 つまりこの女性は俺が何者か知っている。

「え、ええと」どういうことかな……? と聞こうとしたところで、後続の学者然としたおっさんが、俺の代わりに聞いた。


「この子ども相手に『警戒は無意味』とは、どういうことだね!

子どもだからだというのか!

それともこの子どもが、この都市(まち)の――」


「ええ、小憎たらしいですが私たちが束になっても勝てませんよ、この子どもには。

そんな相手に警戒なんて無意味でしょう?」

 ……口ぶりから知っているようだ。

 つまり、只者とかそういう次元ではなく、普通に兵器と思われていた。

 が、そんなことを(にじ)ませずに接してくれる、朝の警ら隊の兵士のお兄さんたち。

 有難い。


 怖い化け物を見るような目で、旅装の女性と後続の学者然のおっさんと更に後ろ人間どもが俺を見る。

 ま、別にそんな目で見られても、人生で一度っきりの出会いなんて気にしてられない。

 悲しいとは思うが、そういった好意的に見ない意見などはある。

 旅装の女性なんかは涙目で見てくる。

 更に言えば後退(あとずさ)りしている。


 そんなに怖いか俺。

 ちょっと悲しくなる。


 なお、学者然としていたおっさんは、汗でてらてらした顔を青くしている。

 さっきの無礼な発言を思い出しているのだろう。

 ザクリケルの人間であれば、ツペェアの"宮廷魔術師"という存在は知っている。

 そんな"兵器"が目の前にいる。

 無礼なことを言ったことについて、手討ちされるかもしれないと考えているかもしれない。


 そんなおっさんに向けて、手を伸ばせば本気で後退りされた。

 更に「ヒィィイイ」という悲鳴付きだ。

 本気で怖がられている。

 どうしたものか。

 個人的にはこの女性審査官を手討ちしたいところだ。


 なんて考えたところで、背中に重みを感じた。

 更に肩の上に腕が載っている。


 後ろを振り向いてみれば、女性の上半身が俺の背中に載っていた。

 誰これと誰何しようとしたところで、女性審査官が「お姉ちゃん!」と叫んだ。

 ……なるほど、女性審査官のお姉さんね。

 妹を半殺しにしていいですか、お姉さん。

 なんて思ってみれば、抱き抱えられ頭の上から声が降ってきた。

「相変わらずですね、ウェリエくん」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 聞いたことがある声なので、声のする方へ顔を向けてみれば"宮廷魔術師"の試験官の女性だった。

 名前は……知らん。

 そういえば、聞いてないな。

 

「ウェリエくんも、言ってくれれば私が博物館内を案内するのに」と試験官の女性が俺に言う。

 真意が取れず(いぶか)しげに見たところで、

「あれ、言ってなかったけ。私、学芸員だよ」と衝撃の新事実。

 職業"宮廷魔術師"と言っていたような気がしたが、兼業らしい。

 兼業で出来る"宮廷魔術師"。

 ガチ本業の"宮廷魔術師"っていないのでは……。

 いや、セシルのお爺さんが本業の人か。


 後続のおっさんが、試験官の女性を知っているようだった。

 いや"宮廷魔術師"という単語で顔を青くしたぐらいだ。

 常識として知っているのだろう。

「よ、要塞の、リコリスだと……」

 なるほど、リコリスさんね。

 可愛らしい名前だこと。

 

 本人も仕事出来る的OL風のほんわかお姉さんだし。

 後続の人間どもは、そんな「要塞のリコリス」さんと親しげに話す俺を見て、更に恐怖を纏った目で見てくる。

 そんなに「要塞のリコリス」さんは怖いのか。

 こんなに虫も殺せなさそうな金髪さんなのに。


「ごめんね、妹に気になる男の子として話したのが裏目に出たみたいで」

「いえ、別に気にしてませんよ」

 嘘である。

 実は結構気にしてました。

 具体的に言えば、妹さんを半殺しにしたいぐらいに。


「あとで妹にはキツく、『折檻』しておくから許してね」

 ……折檻というところを強調して言い放った。

 後ろの妹さんを見れば、ガクガクと震えている。

 それほど怖いことなのだろうか。 

 ちょっと興味があるが、具体的なことは聞かないでおこう。

 恥ずかしいものだったら、いたたまれなくなる。


「さ、行こうか。ウェリエくん」といって、リコリスが俺の手を持って引く。

「待ってお姉ちゃ――」

「――アニス」

「…………、」

 すげえ、リコリスの一言で妹さんが一発で黙った。

 それだけ、折檻が怖いのか。

 リコリスを怒らせないようにしよう。


 いざこざがあったものの、どうにか俺は博物館の中に入れた。

衍字訂正しました。(12/11 9:28)

表現を訂正しました。(12/12 11:44)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ