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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-啜り啼く黒い海の呼び声-
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碑文伝説 II


 ツペェアの貴族街の朝は遅いが、一般街の朝は早い。

 なにせ首都である以上に、他国からの旅人を受け入れる観光地でもあるのだ。

 よって旅人の朝食を仕込む宿屋が、両の手で数えきれないほど起床する。


 旅人たちはそのツペェア内各地から漂ってくる匂いに釣られて、自然と瞼があがる。

 二度寝は出来ない。

 してしまったら、きっと食べ損ねてしまう危険性を孕んでいるからだ。


 トントンと野菜を切り、ぐつぐつとスープを煮て、カチャカチャとお皿を用意する音。

 それに併せて匂う各宿屋で調整された、その宿屋だけの至高のスパイスの匂い。

 あるところは魚中心の匂い。

 またあるところは、野菜中心の匂い。

 もちろん、朝から肉を提供する宿屋もある。


 その匂いと音で奏で彩る合唱(オーケストラ)劇の中で、朝早いからと二度寝をしてしまうような勿体無い旅人は、少なくともこのツペェアにはいない。

 それだけにこの都市(まち)は、朝が早い。

 そして出来たての料理にありつけた旅人達は、太陽が段々と地平線から上っていく光景に、誰も彼もが悩ましげに溜息を漏らす。

 外は指がかじかむほどには寒いが、それを屋内で暖かいスープを飲み、暖かい食べ物を食む。


 食む度に噛みしめるのだ。

「ああ、とても贅沢だ」と。

 外は寒くて凍えいている者が少なからずいるのに、自分たち旅人もところによれば似たような者なのに、どうしてここまで差がつくのか。

 若い女も、年老いた男もみな、宿屋で暖を取り、この匂いと味の合唱の中、幸せを噛み締める吐息。


 そしてこの日の朝方はとても寒く、昇ってきた太陽によって幾分かは軽減されたが、昼になるまでの間、骨まで染みるほどの寒さを記録していた。

 とはいえ、最低限の旅装をしていれば通常より少々寒い程度であった。

 そして湖の上にあるツペェア。

 珍しい寒さから太陽によって暖められた結果、この日ツペェアは深い霧に覆われた。


 だから、誰も異質に気付かなかった。

 自然と出来た匂いと料理の合唱劇の中で、歪で人工的な歌声があった。

 その歪な歌声に気付いた者は誰一人として気付かなかった。

 そう、都市入り口審査官すらも気付かなかった。


 黒いボロボロな外套を身につける者が歩む。

 悲哀の詩を奏でながら歩む。

 霧によって迷子になった子と、子を探す親を描いた憂いの悲哀の歌。

 歌声が霧に阻まれ蝕まれ、露として消えていく。

 外套の者が歩み去り、歌も聞こえなくなったときには、ツペェアに霧は去っていた。


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