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ウェリエの聖域:滅びゆく魔族たちの王  作者: 加賀良 景
第2章-学園に入るまでの期間-
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九ヶ月間の生活①

 "宮廷魔術師"という称号を貰ってからはや九ヶ月ほど経った。

 この九ヶ月間、あの広くて狭い寝台で寝ている。

 正直、寝返りが打てないので身体の節々が非常に痛いが、薄荷の匂いのエルリネとセシルの花のような匂い。

 エルリネに俺の息が当たるとじっとりと汗ばみ始め、例の薄荷の匂いが強く色濃くでる。

 対するセシルはエルフ系ではないらしく、例の特徴はないが、一般街で購入した花の匂いがする石鹸を使っているため、これもまたいい匂いがする。


 物凄く柔らかくていい匂いがするので、"生前"では考えられなかったパラダイスがここにあった。

 ただでさえ、二人で手狭なのだ。

 更に二人(内訳:メティアと姉さん)が付いたらどうなるのか。

 平面な川の字ではなく、立体になるのだろうか。


 寝台事情はこんな感じだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あと"宮廷魔術師"になったら支払われる超高額給与だが、年齢などお構いなしとばかりにとんでもない額が支払われたという。

 なぜ伝聞調なのかといえば、数字と字が書けない、読めないの二重苦なのでセシルの伝聞からでしか、状況が読めない。

 いつも澄まし顔のセシルがギョッとする顔なのだから、さぞかし高額なんだろう。

 そんなギョッとするお金を毎月貰う。


 そんなお金を贅沢に使おうとか考えもつかないようで、セシルに「使いなよ」と言っても首を振るだけで、手を付けない。

 付けたとしても、エルリネと共に朝昼晩の食事の材料と日用品の買い出しに、下着程度に使うだけで、必要以上に服飾は購入しないし、装飾品とかなんかにも使わない。


 もちろんエルリネも使わない。

 それどころかセシルと違い、エルリネは服も買わない。


 初めて高額給与を貰ったその足で、日用品を買いに行った。

 その際にエルリネのいつもの民族風の格好だと、『奴隷』に同じ服を着せている非情な主人という目で見られるかもしれない。

 世間体的にそれは避けたいし、そうではなくてもエルリネはとてもエロい肢体をもつ娘だ。

 

 つまり、ちゃんとした服を着せればその分だけ咲く娘なのだ。

 それなのに恥ずかしいのか、それとも(ごしゅじんさま)のお金に手を付けるのが嫌なのか。

 下着はともかく、服を手に取ることもしなかった。

 必要以上に白く漂白されたしまった例の民族衣装をずっと着込んでいて、さぞかしエルリネの出汁がよく染み込んでいるだろう。

 

 ということを朝食の場で言ったところ、エルリネが眉を八の字に下げて、セシルは張り切った。

 その日は、セシルが誤って洗濯板を割ってしまったので、購入するついでにエルリネの服も買うことになった。

 そしてエルリネの服を買いに行った。

 女性の買い物は長いとは、よく言ったもので目の前の服屋で、着せ替え人形とばかりに着せられているエルリネ。

 エルリネ特有の八の字に垂れ下がった眉。

 それに追随するかのような垂れた笹穂の耳。


 心底嫌そうだが、ここは心を鬼にして見守る。

 

 しばらく、胸ポケットに入れていたトカゲくんと指で遊んでいたところ、セシルに呼ばれたので服屋の中に赴いてみれば、不満気な顔つきのダークエルフがいた。

 だが、服はとても似合っている。

 彼女の青みがかった銀髪に合う、薄い明るめの青色を基調としたワンピースだ。


 おもわずポカーンと口を開けていたところ、それを否定の感情を受け取ったのか、エルリネの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。


「ごめん、エルリネ。

見惚れてしまって、言葉を出せなかったんだ」

 事実だ。

 服に対して語彙能力がないが故に、固まってしまったのだ。

 だから、背丈が違えども意味は同じく。

 彼女の腰を抱いた。


「大丈夫だよ、エルリネ。とても似合っている。

エルリネというの儚げな白い一輪の花のことを、きっと誰よりも知っている俺が、太鼓判を押すんだ。

エルリネは誇っていいんだよ。

主人に認められた一輪の花だってことを」


 ちょっとクサすぎたかもしれない。

 だが、偽りなく心の底から彼女に対する想いを当てた。

 彼女の前に立った俺は、背中をぽんぽんと叩く。

 店員さんに「お見苦しいところ、お見せしました」と謝って、エルリネが着ていた一セットを購入した。

 それと併せて、グラディエーターサンダルまで売ってたのでこれも買う。

 以降、外着は例のワンピースを着こみ、部屋着は民族衣装を着るようになった。

 あと『俺が認めた一輪の花』というワードが気に入ったのか、女性陣らで度々買い物に赴きその度に服を買ってくる。


 そのどれもがセンスがよく、中々唸らされる。

 一輪の銀の花と金の花、侮る事なかれ。

 なお彼女、特にエルリネは俺と長い間旅していたためか「俺の母親か!」と突っ込みたくなるぐらいに、俺の身体の成長に合った服を買ってくる。

 

 長い間俺の相棒としていた一張羅も小さすぎて、おへそが見えてしまうぐらいになってしまった。

 なんてことを昼食のときに笑い話として漏らせば、エルリネとセシルの二人で一般街に赴き、俺の服を買ってくる。

 更に下着まで買ってくる。

 とっても恥ずかしい。

 

 一緒に買いに行く旨を伝えても、二人仲良く「いいですよー」とやんわり拒否される。

 いつの間にやら仲良くなっていたようで、おいちゃん寂しいです。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 女性陣が仲良くなっている間、俺の方は図書館をよく遊びにいった。

 字が読めず書けない俺からすれば、何が書いてあるのが皆目見当つかない。

 セシルもエルリネも暇といえば暇なんだろうが、俺の学習のために連れ出すのも悪い。

 だからといって目の前に、本があるのに読めないのは非常に悔しい。


 だから気になる絵本をいくつか探した。

 少なくとも"生前"の世界の常識になってしまうが、『絵本』というものは大きい挿絵のなかに申し訳程度の文が書いてあるものだ。


 情景を妄想し易い絵が書いてあるものを探す。

 そんななか人族らしき勇者が、打倒魔王をしているようなものを見つけた。

 コテコテの勇者ものだ。

 

 王様が剣を抜けと全国民にお触れを出した。

 抜いた者にはお金と姫だろうか。

 挿絵に、お金の絵と姫様が描かれている。

 それらをやろうとかやっている。

 騎士っぽい見た目のお兄ちゃんとか、如何にも野生の騎士っぽいのとか、山賊っぽいのとかが挑戦してダメで。

 村の如何にも選ばれたひょろそうな兄ちゃんが、抜いちゃったもんだから凄いことになって……。

 海を越え、山を越えそして魔王っぽいのを倒して……。

 自国に戻るという描写で終わった。


 うむ、中々に面白い内容だ。

 ページ数は多いが、実際の文量は非常に少なく、見開き二ページに文が三個ずつしかない。

 これらを全て『十全の理(じゅうぜんのことわり)』の記憶領域に保存させる。

 ノートと鉛筆が高いので、苦肉の策だ。

 文も一種の絵として認識させておき、あとはまた別の絵本を探し、記憶領域に突っ込む。


 で、あとは最初に読んだ本を司書さんに持っていって、読んで貰って音を解読する。

 もちろんその間の音は、『十全の理』の記憶領域に保存。

 俺が見ているものを情報物としてスキャンするだけではなく、俺が見て聞いた内容を撮る動画撮影機能まで付いている。

 更に音とスキャン機能を駆使したら、プロジェクター出力まで出来てしまう代物だった。

 ちょっと工夫すれば個人映画館作れるかもしれない。


 閑話休題。


 とにかく、読んで貰うことによってこれがこう読んで、これがこう書くというのが分かる。

 それを続けるのだ。

 "日本語"のような言い回しとか、同音異義語みたいなものも入っているようだというのは村の学校で分かったことだ。


 途轍もなく途方ないことだ。

 でも、やらねばならない。

 いつでも、どんなときでもセシルがいるとは限らない。

『魔王』のような力を持っているからこそ、字を読めるようにしなければいけない。

 俺が読めないことで、セシル、エルリネ、メティアに姉さんが、路頭に迷うことなんてさせたくない。

 

 それをモチベーションに暇してそうな司書さんに、絵本を持って行き読んでもらう毎日。

 そんなある日、今日も読んで貰おうと図書館に行ってみればいつもの司書さんに人集りが出来ていた。

 よく分からないが、暇でないのであれば仕方がない。

 別の暇してそうな司書さんを捕まえて、読んで貰った。


 流石にほぼ毎日入り浸っているためか、俺の扱いに慣れている司書さんで、嫌な顔一つせずに「今日はこのご本ね」といって、タイトルから読んでくれる。

 その読んでくれた内容の音を動画として撮影し、スキャンして文を保存する。

 "生前"であればこれらを作ったことで満足していたが、今は例のモチベーションがある。

 もちろん司書さんには、たくさん聞く。

 例えば、最初に聞いた打倒『魔王』の『勇者』の絵本では、こう読んでいたものが、この本ではああいう音だとか、似たような場面ぽくて字も似ているのに、音が違うとかその辺りも、懇切丁寧に教えてくれた。

 そのお陰で絵本程度であれば、初めてのものでもなんとなーく読めるようになった。

 それでも、司書さん捕まえて音のチェックをして貰う必要があるが、習熟度は前より上がっていると思う。


 もちろん、図書館以外でも学ぶようにしている。

 例えば、ツペェアまで運んでくれた荷馬車の夫婦の店に足を運び、商品を音読みする。

 最初のうちは訝しげに、「何をしているのか」と聞かれたが、隠すものでもないし恥ずかしいと思えば、その悔しさをバネに学ぶことに力が入るだろうということで、「字を読み書き出来るようにすることの一環」だということを教えたところ、なんと教えてくれるようになった。


 そのお陰でリンゴっぽい見た目のバナナ味の果実とか、米沢牛のようなとろける味の鳥肉の名称とかが分かるようになった。

 ほかにも話を聞いていると、肉に等級まである。

 更に実際に実践しないと分からないだろうということで、等級違いの肉とか果実も食わせて貰たお陰で、ある程度の等級まで分かるようになった。

 

 更に言えば、お金の数え方も軽く教えて貰いあとは実戦した。

 そう「アルバイト」だ。

 いや、「丁稚奉公(でっちほうこう)」と言うべきか。


 金銭が介在しない間柄のつもりだったが、頑なに夫婦は受け取りなさいと言ってくる。

 曰く「働いた者の正当な権利」だという。

 確かにそう言われればそうなのだが、こちらとしても夫婦の仕事の時間に読み書きを教えて貰っている。

 それだけでも涙が出るほどに有難いのに、その上で金銭なんか受け取れない。

 結局押し問答し、折衷案を提案してそれをお互い飲んだ。


 金銭は介在せずに、金銭の代わりに肉や野菜、果物といった現物を貰うことになった。

 昼のまかない飯も現物として貰うことになった。

 それでも過剰といえるほどに貰うが、まあしょうがない。

 また、押し問答になったら面倒だ。

 ちなみに「こんなに貰えません!」なんて言えば、「キュリアさんとあの奴隷さんもいらっしゃるのでしょう?」と普通に三人前、いや四人、五人前ほど貰う。

 食いきれずに腐らせるのも勿体無いということで、俺がひたすら食っており"生前"の七歳の頃よりガタイがよい気がする。


 あとこの夫婦は、俺の強さを知っているので問題ないだろうということで"宮廷魔術師"になったことを伝えてある。

 おばさんは「流石ねぇ」と言って、相変わらず肉を食わせようとするし、荷馬車の人いや、おじさんも「これはお祝いだ」といって果物をお土産袋(通称:エコバッグ)にポイポイと突っ込む。


 金銭面は気にする必要は無いというつもりで言ったもんだが、何を思えばこうなるのか。

 まあネームバリューで、(かしず)かれるような対応などはされたくはないのでありっちゃあアリなんだが、なんか予想していたのとは違う。

 さて、そんなこんなで図書館である程度字の読み書きが出来るようになり、お店で商品限定とはいえ、商品の読み書きと金銭が読めるようになったため、計算とかも出来るようになった。

 元々四則演算は出来るしな。

 更に栄養満点の、食い物で身体が大きくなった。


 おばさんが「この歳でその大きさだと、将来は巨人ねぇ」と悪意ないような笑顔で指摘されたが、メティアと姉さんに再会したときに「誰だお前?!」っと言われたら一日ずっと凹む自信がある。

 そう考えると素直に喜べない俺がいた。


 なお、博物館はまだ行けてない。

 学園に入学する前に一、二度は行きたいところだ。


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