兵器
倒れながら魔法を唱えて、一縷の望みを賭けるも賭けに負けた。
どうにかせねばならない。
逃げるか。
いや、さっきも考えた通り逃げるには無茶がある。
では、どうするか。
「合格だよ」というニッコリ笑顔が厭味にしか見えない。
厭味を見るとあれを思い出すな……!
あの腐れイケメン友達、略して腐ったイケ友Aめ……!
何が銀行……!
待てよ?
あのイケ友は、就職活動して銀行に内定したのに蹴った。
蹴ってどこに行ったかと思えば、当時彼女の親父さんが経営していた田舎工場に勤めていた。
その後音沙汰がなく、地元の友人らと遊んだり仕事して、アイツどうなったんだろうとイケ友Bに聞いてみたら、突発大学の友人連中で同窓会開こうということになって。
久しぶりにイケ友Aに会ってみれば、工場勤務から成り上がっており、正直言って覚えていないがテレビでも、その手の雑誌でも紹介されるような企業に勤めているらしく、あの時の彼女は嫁さんになり、息子と娘がいて、嫁と子どもたちの惚気を友人らで聞いた。
友人らは惚気に対して「厭味言うの止せよ! 俺なんかお義父さんに死ぬほど酒呑まされて、この間の健康診断で引っ掛かんだぞ」と、独身だった俺からすれば、お前らも厭味かよと突っ込み入れたかったが、それは置いといて。
言いたいことは合格、または内定しても「蹴る」ことが出来るということだ。
例え、異世界であろうとも「蹴る」ということは出来る筈だ。
王族とかから「お願い」されたら、聞かざるをえないだろうが、生憎俺はこの国の人間ではない。
それに、もし「お願い」されてもこの魔王の力を使えば、黙らせいや、逆に「お願い」を聞かせることも出来る筈だ。
よし、そうしよう。
これしかない。
ということで実践する。
「合格、そうですね。合格ですね」
「そうだ、合格だ。
君は確かに幼いが、実力がある。
考え方なども、幼いがゆえの危うさもあるが、許容範囲だ。
だから、ようこそ。"宮廷魔――"」
お爺さんの言葉を最後まで言わせずに、被せるようにして言い放つ。
「評価ありがとうございます。
では、"宮廷魔術師"を蹴らせて頂きます」
「…………、なに?」
「言葉の通りです。
蹴らせて、いえ、お断り致します」
「何故……と、理由を聞いても?」
お爺さんの声に怒気が籠もる。
正直怖い。
怖いが、こっちにも事情がある。
強引に事を進めさせるならば、こちらも強引に「お願い」する準備を進める。
「理由は幾つかありますが……、そうですね。
そんなクソ面倒くさい職業やってられるかというのと、未来ある子どもを相手に兵器になれと強要するアンタらに嫌気が生じているのと。
貴族という存在が嫌なのに貴族になれと言っているのと」
と、一旦言葉を区切る。
「それに俺は、ここにいるセシルと共に学園に行く身だ。
……"宮廷魔術師"とかいう職業に就いたら、セシル一人で学園に行けということをアンタらは強要するのかね。
俺一人に「お願い」するのではなくてセシルにも、ね」
セシルの学園行きを引き合いに出したが、正直に言えば学園へ行くのは非常に怖い。
あの村のような、分岐点なるものが間違いなく待ち受けている。
だから、行きたくはない。
だが感情的にいえば、俺は二回めの学校というものに興味が沸いて止まないし、セシルも楽しみにしているものだ。
俺と目の前の爺の都合で、"無し"に出来るものではない。
現地"作者"としての見解を述べれば、この世界は俺の黒歴史ノートの世界が程よく反映されているが、知らないことも起きている。
姉さんの存在や、父さんの職業だ。
あとは旅するということと、ミルがいる世界ではエルリネという存在はいない。
というか、人族しかいない魔法があるファンタジー世界だ。
このミルがいる世界が大本の幹となり、ダークエルフたちがいる物語に派生していく。
それなのに何故、ミルがいて且つダークエルフがいるのか。
いや、それよりも俺がいるのにメティアがいたり、村にエルフがいるのも既におかしい。
このようにただでさえ多くなってきている、俺の知らないイレギュラーをこれ以上増やすのは危険だ。
何が起きるか怖くとも、知っているルートに出ねば逆に怖い。
俺が知っているルートであれば、ある程度予測しこの『十全の理』を使ってゴリ押しが出来る。
イレギュラーだらけなこの世界でありながら、"作者"のご都合と言えるような展開もある。
あの村では、メティアというコネを使って共に学園に行くというルートだった。
そして例の事件があった。
ここまでは、黒歴史ノートの範囲内だ。
だが、旅するという描写は入れていない。
そこから、エルリネというイレギュラーが俺の傍にいる。
このままであれば、適当な街か森を見つけて成人になるまでひっそりと暮らす。
そんなルートかと思われた。
だが、この国に来て都合よくセシルに会い、都合よくセシルに気に入られ、都合よく婚約し、都合よく学園に行くことになった。
都合が良すぎる。
とにかく、強引に学園に行かざるをえないルートだ。
これを無理して学園に行かないようにルートを取ったらどうなるか。
もっと強引な手段で、学園にいかざるを得なくなる可能性がある。
もしかしたら、俺がここに残ってセシルだけが行った場合、セシルに何らかの事件に巻き込まれて、行かなければいけなくなるということも起きえる。
俺の都合で、姉さんと母さんはあの村で死にかけた。
俺の都合で、セシルまで死にかけさせるなんて出来ない。
いや、下手をすれば今度は死んでしまうかもしれない。
離れ離れになったことでそういったことが起きえるならば、最初から俺が付いていればいい。
とにかく、セシルから離れない。
もちろん、イレギュラーのエルリネからも離れない。
エルリネも結構危ない。
"イレギュラー"だからという理由で、"作者"としての力が発生して排除に掛かるかもしれない。
俺の"作者"としての力がどこまで通用するかは分からない。
だが、俺の"作者"としての力が通用出来るように、近くに置いておきたい。
だから、"宮廷魔術師"という職業にはなれない。
あとは精一杯凄み、とはいえたかが七歳の顔でだが爺を睨みつける。
「それに……、『魔王』の力を貴様ら如きが制御出来るか」
と、声をぶつける。
それに対する答えは無言。
当然か。
今まで以上に強い意志で、ハッキリと「NO」と突きつけた訳だ。
だが、俺自信が言うのもおかしいが、ここまで火力特化な奴を手放すのは惜しい。
だから、あの手この手で引き止めに掛かるだろう。
まずは戦闘でもして強引に言うことを聞かせるか。
または、金か女か。
戦闘は試験官に見せた通りだ。
試験官に影分身がなければ、試験官は焼いたひき肉になっていた。
金は欲しいが決定打になりにくいだろうし、あっちも有効打になると考えないと思う。
女は婚約者二人に奴隷までいる。
欲しがるとは思えないだろう。
どう来るか。
戦闘か。
話術か。
戦闘しても即座に殺れるように「電磁衝撃」の準備をする。
雷球のような帯電したものが俺の周りを周り始めた。
帯電したものが、周回するため辺りがきな臭くなる。
爺も構え始める。
戦闘しかない、と考えたようだ。
先に構えたのは俺だが、大人の余裕(笑)とやらを見せつけて話術にすればよいモノを。
「残念だ」と爺は不敵に笑む。
対して俺は「試験官に魅せた力が『魔王』の全力だと思うなよ」と、心底残念そうに嗤う。
俺の頭上にあった夕雲が、黒く塗り潰され始める。
最近ちょっと「雷槌」を考えただけで、雷雲が現れるのは勘弁して欲しい。
しかしそんな異常気象に驚く様子もなく、不敵に笑んだままの爺。
詠唱もなく嗤うだけの俺。
どうみても、どっちも悪役だ。
戦闘――開始するところで、試験官の女性に止められた。
戦闘に水を掛けられたようで、不機嫌を露わに試験官の女性を睨む。
爺も似たような顔をしていた。
その様子に気後れするようでもなく、髪をかき上げて俺に試験官の女性は聞いてきた。
曰く「"宮廷魔術師"ってなんだと思う?」
文字通り宮廷で働く国の中でもトップの魔術師のことだろう。
だから、そう答えた。
「宮廷、国の中枢で働く、魔術師のことだろ。
俺はそんな中枢で働けるような能力なんて持っていない」
それに対して、試験官の女性は「合ってるんだけど、違うんだなーこれが」と言って、俺に視線を合わせるように前かがみになった。
胸の谷間が見えた。
卑怯ねこの女。
注目せざるをえない。
なお、爺もこの女の胸を見て鼻の下を伸ばしていた。
なんとなく、この爺は俺と同類な気がしてきた。
で、話を聞いてみれば、そもそも"宮廷魔術師"というのは職業で存在しなかったという。
で、国民の中に防衛戦、電撃戦などに特化したような人材がいた。
そして"宮廷魔術師"という名前がつくまでは、"兵器"という名称で蔑称だった。
確かにその通りだろう。
戦争であれば重用されるが、平時であれば"兵器"という火力は要らない。
だから、"兵器"であるが故に戦争がある国へ渡った。
元はここの国民であった者が巡り巡って、この国に牙を向ける。
国民だからと願っても"兵器"と蔑称をつけられ、場合によっては迫害された身だ。
国に恨みはあれど、愛国心などとうにない。
そういった事態を重く見た当時のこの国の王様が、"兵器"という蔑称を取り止め"魔術師"という名称にしたのだという。
名称だけ変えたのかよ、と思うかもしれないが、結構これは重要なことでイメージがガラリと変わる。
例えば"ファイア"と"フレイム"どちらも炎を意味するが、フレイムの方が凄そうに見える。
そういうことをしたのだ。
名前を変えただけではなく、その貴重な人材が国で生きていけるように保障するようになったのが、始まりだという。
そして王様もとい国が認めた生活面の保障と、他の国へ逃がさないための高給与、そして"兵器"が持つ莫大な威力を持つ魔法を織りなす技術と魔力の血筋を絶やさないようにと、一定人数以上の嫁がいなければ国が女性を宛がう。
国が生活面・身分を保障しているが故に"宮廷"の"魔術師"。
要は"宮廷魔術師"は職業というより、身分だ。
称号と言ってもいいかもしれないものだという。
勿論、職業としての"宮廷魔術師"は存在するという。
この爺と試験官の女性は、職業としての王を守護する"宮廷魔術師"もやっている。
だがそれ以外の"宮廷魔術師"は、この街で「大工」としていたり、無職で毎日飽きずに色に溺れている者もいたり、図書館で「司書」とか、自宅で研究している者もいるとか。
つまり、試験官の女性が言いたいことというのは、職業の"宮廷魔術師"ではなく称号・身分としての"宮廷魔術師"にならないかとの誘いだった。
もちろん、職業ではなく身分であってもこの国の"宮廷魔術師"の成り立ちから、身分が確定したその瞬間から"宮廷魔術師"として名乗り、生活面保障などを受けることが出来るという。
更に例の高い給与まで支払われる始末。
年齢が年齢だから、異性を宛てがわれることはないが将来は可能性があるという。
それは心底要らない。
で、今は空席だらけなので三人以上の現役"宮廷魔術師"から認可されれば、その人は"宮廷魔術師"になるという。
今は試験官の女性と、この爺は認めている。
そして、最後の一人が認めれば晴れて俺は"宮廷魔術師"と名乗れるという。
ほんのちょっぴり「チッ惜しい」と思ったのは内緒だ。
職業ではなく称号としての"宮廷魔術師"なら、そこまで影響は出ない筈だ。
貰えるものは貰っておきたい。
特にお金。
セシルのお父さんを信じていない訳ではないが、正直言って胡散臭さを感じるのがまた事実だ。
セシルへの評価とか、兄姉たちの反応を知らない訳がない。
あそこまで割りとハッキリしているのに、気付かないなんてどこの鈍感系主人公だ。
あのときはそこまで思わなかったが、離れてみればあの異常さがふつふつと感じる。
借りてきた家というのも、怪しく感じる。
実際に見てみないと分からないが。
この国における俺の身分が、これで出来たが俺一人で決めていい問題ではない。
セシルとエルリネに「どうしよう」と聞いてみれば、エルリネは目を輝かせて「ご主人様、すごいです!」と言わんばかりな顔に耳がピコピコと揺れている。
ただセシルは心配そうな顔だった。
その心配そうな顔について、聞く前にセシルが口を開いた。
「その成り立ちと由来から見ても、私たちは学園、いえ外国に行けないのではないのでしょうか」
……たしかに。
国から離れてその間に戦争なんて物があれば、不参加にせざるを得ない。
そんなのでは直接国に牙を向かずとも、間接的に牙を向けているようなものだ。
だからといって、起きない戦争を待つわけにもいかない。
その点はどう考えていいのだろうか。
それについては特例措置が発生するという。
内容は「特別な理由で国を離れる場合は、それを追うことをしない」というものだ。
過去にとはいえ俺より歳上だが、学園に通う予定の者がいた。
その者に対して特例措置を取られ、無事に学園に通い卒業出来たという。
この特例措置も結構ユルいらしく「家族の旅行行ってきます」程度であっても、認可されるという。
まあ、暴れられたら困るものだしな。
いいこと尽くめだ。
「特別な理由」でない限りは国に束縛はされるだろうが、この国が前の国のように嫌になったら「特別な理由」として「お願い」でもして、権利から外させて貰うか。
その解答について、セシルは一先ず満足したようでいつものすまし顔で俺を見た。
その顔に俺は背中を押された気になった、そして試験官の女性に応える。
「であれば、称号としての"宮廷魔術師"を拝命したい」と。