試験
応接室に通されてから、数分もしない内に扉が叩かれた。
別に何かやっているわけではないので、扉を開けると恰幅のいいお爺さんと、先ほどの女性がいた。
自己紹介を軽くする。
恰幅のいいお爺さんは、予想通りの宮廷魔術師で女性の方もなんと宮廷魔術師だった。
物腰が柔らかく職員か何かだと思っていたが、まさか本物だとは。
セシル、俺、エルリネの順だ。
結婚したとはいえ、一応この国限定で言えば序列としてはセシルが一番上だ。
だから先に言わせる。
その次は俺。
エルリネはまぁ直ぐに分かる通りの奴隷紋が施されているので、一番最後。
ひと通り自己紹介も終わったところで、本題かと思えばそうではなく、世間話が始まった。
「結婚されてます?」とお爺さんに聞かれた。
隠す必要もないので、正直に答える。
「ええ、二人と」
「それは、キュリア家の方とそちらの奴隷の方とですかな」
「いえ、故郷に婚約者がおりまして、その者とセシルとですね」
エルリネといった奴隷や、姉さんといった血縁関係のある者と結婚予定とか言ったら何言われるかわからないのでボカしておく。
その回答に「なるほど、なるほど」と温かい笑いをされた。
それに釣られて、窃笑する。
しかし、一転して底冷えた声音で「もし、故郷の娘とセシル殿のどちらかを選べと、国から聞かれたらどうするかね」とお爺さんから聞かれた。
スタンスは明らかにするべきだ。
迷わず、故郷と選びそうになった。
しかし、セシルに愛着が沸いているのも事実だ。
扱いが割りと酷なのは認めるが。
だから返した答えは。
「そんなこと言いのけてきた、国を相手取る」と返した。
カルタロセとは違い、姉さんも母さんも、当然父さんもいない。
極端なことを言えば、セシルとエルリネだけを守りながらツペェアを滅ぼすことも出来る。
当然、やらないが。
今のところやる理由がない。
とにかく、あの村で起きたことがあって国というものに不信感がある。
だからこそ、今度は国を相手取る。
手加減、慈悲を与える必要などない。
「あの入り口の門にしたような魔法をたくさん識っている。
それ故に『魔王』と一応名乗っている。
守りたいモノを守れずに何が『魔王』かね」と努めて冷徹に聞こえるように、お爺さんに逆に聞く。
お爺さんは俺を睨み、俺はお爺さんを睨む。
そしてほぼ同時にニカッと笑う。
「あははは、中々肝が座っている子供だね。
気を悪くしただろう、済まなかったな」
「そりゃ、どうも。
……お爺さんだって、無理して言っているのでしょう。
お気になさらずに結構です」
「おやおや、子供に気を使われては型なしだ。
で、何故少年、いや『魔王』がここの扉を叩いたのかね」
「セシルの祖父母に会いに来たのです」
「というと」
「キュリア家の屋敷と間違えたのですよ。
だから、別に"宮廷魔術師"になるために来た訳ではないです」
「なるほど。
だが、もったいないな」
「……何故ですか?」
「『魔王』というのであれば、なおさら"宮廷魔術師"になって欲しいのだからだよ。
儂もそろそろ、引退する時期だしね」
「またまた、まだお若いのでは」
実際にぱっと見、六,七十歳程度だろうか。
「確かにまだ若い者には負けるつもりはない。
だが、少年のような『魔王』が"宮廷魔術師"として一翼を担える、有力な者がいるならば儂の座を明け渡してもよい。
いや、明け渡したい。
どうだ、やらぬか」
「今日、いきなり会ったばかりの僕をそう評価してくださるのは、大変ありがたいですが興味がありません」
「何故か、と聞いていいかね」
「自分の力をお国のために。ではなく、一個人のために振るうと決めているからです」
「それは、婚約者たちへの?」
「はい、そうなります」
「なるほど。
ですが、そちらの奥方と故郷の奥方殿に奴隷を養う必要があるかと。
その場合は、どのように……?」
「僕としては、どこかの森の近くで開墾なりしてのほほんと暮らす予定です。
一応、彼女らに方針として話し済みです」
「そうか、そうか。
……本当かね?」
と、エルリネとセシルに確認を取っていたが、セシルは即首肯を示し、エルリネも「ご主人様の赴くままに」と即答した。
エルリネは間違いなく付いてくるというのは踏んでいたから心配はしていなかったが、セシルもちゃんと方針も理解してくれていた。
で、話が終わりかと思えばまだ続きがあった。
曰く、試験を受けずに帰るのであれば、門を直すか弁償しろということだった。
……卑怯なり。
直す技術などあるわけないし、セシルのお父さんから貰ったお金は生活費と賃貸費だ。
門を直す金などない。
受けるだけ受ければ無料になるという。
国の未来の兵器のための、必要な出費として出るそうだが、このまま帰られると必要経費として出ないらしい。
違いがよく分からないが、そういう理屈があるのだろう。
逃げてもいいが「キュリア家」に訪問しようとした身だ。
何かやらかしたら、「キュリア家」に迷惑が被る。
心証を悪くして、親族であるセシルの扱いが悪くなるのは非常に困るので、試験を受けることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
試験会場は屋外だった。
試験内容を長々と説明されたが、要約すれば「でっかい魔法を使いましょう」という話だった。
「神剣」か簡易起動の「焼灼の槍」でも打てということだろうか。
撃つこと自体はやぶさかではない。
だが、この後に確実に待ち受けるのは"宮廷魔術師"への道だ。
それだけは避けたい。
試験官のお姉さんに「不合格になるためには、どうすればいいですか」と聞いてみてもニッコリされるだけで、回答されなかった。
世の中の人間は大抵、合格するには云々あろうが、俺は逆だ。
きっと世の中の受験者は半ギレだろう。
だが他人の事情など知らん。
とにかくさっさと試験を終わらせたい。
試しに、先ほどの使用した「土石流」を使う。
「これ、一種類しかありませんよ」という意図で使うが、あっさり回避された。
これ当てて女性のひき肉なんて見たくない。
避けて貰って大変有り難いが、なんでも彼女に当てなければ試験が終了しないらしい。
ならばと「X,Y,Zの爆弾」を「多重起動」で先置きしまくる。
エルリネと違いこの人は非常に足が遅い。
とはいえ、十分早いのだが、それでも目で追えるレベルだ。
目で追いながら、逃げる道を「X,Y,Zの爆弾」で構築する。
そして出口に「魔力装填」した「焼灼の槍」を構える。
「X,Y,Zの爆弾」でダメージを与えて、脅しとして「焼灼の槍」で刺す。
うっかり射出なんてすれば、事故が起きる。
少しでも道から外れれば「X,Y,Zの爆弾」に接触し炸裂する。
エルリネ相手には爆竹程度のダメージだったが、彼女相手にはちゃんと魔力を通している。
つまり炸裂した爆弾に当たれば相応のダメージを負う。
しかし、思ったより硬い。
ダメージを受けている様子がなく、決定打にならない。
そして、彼女の魔法の詠唱も止まらない。
仕方がない、脅しとして装填させていた簡易起動中の赤白い火焔の槍を射出する。
狙うのは女性の足。
頭は死ぬ。
胸も死ぬ。
腹は、もし妊娠していたら人道的に不味い。
腕は当てにくい。
となれば、足しかない。
事故が起きるとしても、そこまで酷くはならないだろう。
そう、軽い考えだ。
結果、射出させたことにより、音速時特有の空気を圧縮爆発させる音を纏いながら、赤白い槍が彼女の足に突き刺さり、地面に縫い付ける。
障壁と柔らかい女性の肉を貫通させた感触を遠隔の魔力越しに感じる。
直後に破壊の音。
簡易起動でも人を殺した。
流石、「水爆」である。
屋外試験場の広さが縦横約500mほどあるが、その爆心地を球形に抉り、その後方は強力な何かで直線状に抉ったように傷跡を残した。
人を即死させる破壊の爆発は、高さ15,6mほどの灼熱の火柱とともに発生した。
その火柱も円形の柱ではない。
いや円形だが、連続した柱で直線状に大地を穿つ。
一緒に見ていたお爺さんを見ればポカーンと呆然しているようだ。
当然だ。
まさか、現役の宮廷魔術師を殺したのだ。
普通に事故じゃ済まされない。
やっべー、ど、ど、どうしよう。
なんてガクブルしていたところ、女性が足を切断して難を逃れていた訳でもなく、ピンピンしていた。
お爺さんポカーン、俺もポカーンとバカ面をしたと思う。
このような惨劇でピンピンしているのだ。
これには驚く。
試験官の女性は涼しい顔をして、髪をかき上げる。
意味が分からず、疑問符だらけの俺に、ネタばらししてくれた。
なんと、彼女いわゆる影分身というのをしたようだ。
つまり、当たったのは分身のほう。
いやあ凄いですねえ。良かった良かった、って何そのご都合主義。
影分身とかありかよ! なんて叫んでも女性は微笑っているだけだった。
ひとまず、女性が言うには対人の部はこれで合格らしい。
つまり「ようこそ、宮廷魔術師へ!」を、してしまったようだ。
地面に倒れ込む。
理由は、後悔。
「焼灼の槍」を使うんじゃなかったという後悔。
「この際だから、君の持つ最高にでっかい魔法を使いなさい」とお爺さんが俺に言う。
「もう、宮廷魔術師なんだから。隠してもしょうがないだろう?」ということだった。
なので、不合格になるために、一縷の望みを掛けて約一年ぶりの魔法を使用する。
それは例の『擬似太陽』だ。
どの時代も、どの世界でも『太陽』という存在は神として祀られる。
生前の世界でも、太陽神という存在は神話に必ず出るし、土着神話にもある。
それぐらい『神』としてメジャーな存在と言える。
それを魔法として撃ちだす。
結果、起きる現象は屋外試験場の地面の溶融。
試験会場を壊して不合格狙いの魔法だ。
更に言えば『神』という存在を、魔法として撃ちだす罰当たりとしても狙った。
しかし、結果は変わらず、いや寧ろ文句なしの『合格』だった。