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「弓之助じいさん。今、何か困っていることあるんじゃない……? 例えば……家宝のこととか?」

「なぜそれを……?」

「それはもちろんばあちゃん……でなくて、親戚の勘ですよ。でなきゃ今日、ここにオレたちが現れた意味がない」

「なぁーにが、親戚の勘じゃ。どうせばあさんから聞いたんじゃろ。まあいい。……実はな。家宝は夕べ盗まれてしまったんじゃ。多分……飲み屋のママに」

「飲み屋の?」

「ママに!?」

二人にダブルで突っ込まれて、じいさんも怯んだ。

「うっかり店で飲んでる時に家宝の事をしゃべってしまってのう。昨日のお通夜で、見せろ見せろとやいやい言われて、うっかり見せてしまったんじゃ。ばあさんにも散々叱られたわい……」

シュンと肩を落とす弓之助じいさんだった。

飽きれたスケベじいさんだな……。

渓一朗は朱音と顔を見合わせた。

「見せた後はちゃーんとこの床の間の金庫に戻してカギを掛けておいたんじゃが、夕べはお通夜でごたごたしていてのう。お開きになってもどってみると、金庫が開いてて、中は空っぽになっておったのじゃ」

「床の間!? 何でそんな分かりやすいところに金庫置いておくんだよ!」

渓一朗は思わず突っ込みを入れた。

「何が? 別にワシが子供のころから、ずっとここに置いてあったぞ」

じいさんは何がなんだか、わからないという顔をした。

『望月家の有る有るの家宝』、つまり家宝があるかないかは誰も知らないんじゃないのか? それともここに確かにあるということは親戚中に知れていたのか? 渓一朗にもよくわからなくなってきた。

「で、飲み屋の方は? 行ってみたんですか?」

気を取り直した朱音も訊ねる。

「それが、家宝が無くなったのに気付いて、夜すぐに車を飛ばしてみたんじゃが……もぬけの空じゃったよ」

「じゃあもう、その人以外あり得ないな。顔の特徴は?」

「それが、(こと)(いと)()に似た美人でなー」

急にじいさんはだらしない笑顔になった。

渓一朗と朱音は顔を見合す。

「誰?」

「知らないな」

「なんじゃ、知らんのか。お前たち、東京に住んでて映画も見ないのか? 有名な映画女優なのに。ほれ、そこに写真が」

見ると、壁にモノクロのレトロな美人が額に入れられて飾ってある。映画のワンシーンのようだ。

「とにかく、その美人に家宝を奪われたというわけだ」

「まあ……そうなんじゃ」

「警察に届けました?」

朱音が至極まっとうな質問をした。

「警察には言ったが、もともと本当にあったのかなんて言いおるし、ちゃんと探してくれるとは思えなんだな。後でうちの親戚の警察関係者からも言ってもらうつもりじゃが」

じいさんは気難しそうに腕を組んで言った。

えっ、と朱音は驚いて渓一朗を見た。

「じゃあどうやって取り返すの?」

「名探偵でもおればのう……」

弓之助じいさんの本棚には江戸川乱歩やルパン、ホームズが並んでいる。じいさんはしゅんとしおれて妙ちゃんにもたれかかった。妙ちゃんに「だめでしょ!」と言われている。

「渓一朗……」

朱音が縋るような眼差しで渓一朗を見た。

渓一朗はしばし考え込んだ。

いや、確かにここでオレたちが間に合うはずなんだ。ばあちゃんは『最後に一目見たかった』と言ってた。ばあちゃん、つまり妙ちゃんは知ってたんだ。オレたちが家宝を取り戻したことを。だから出来るはずなんだ。考えろ、考えろ。


「犯人の気持ちになって考えるんだ。顔も割れてる犯人が、持ってたら明らかに盗んだとわかる物を所持している時、どうする?」

渓一朗は朱音に言った。朱音は首を傾げた。

「なるべく早く、遠くに行く? それかどこかに隠して自分だけ逃げて、後から取りに戻るとか?」

「顔が割れているのに後から取りに来るのは危険だ。最初の案だな。じいさん、この時代、車は珍しいんだから、長距離の移動といえば電車? それとも汽車?」

「電車なんてまだまだ、都会だけじゃ。蒸気機関車に決まっとる」

「夕べ遅くに盗られたなら、まだ移動はしていない。今日の一番早くに出る汽車は? わかるか?」

「そこの壁に時刻表が貼ってある。確か、もうすぐ出るのがあったと思うがな」

「あったわ! 10時丁度発の名古屋行きが」

「何? 今、何時だ?」

渓一朗は柱時計を見た。既に9時45分を回っている。間に合わない!

渓一朗は体中の血が逆流するような気がした。

『家宝のことは頼んだよ』

ばあちゃんの顔が浮かぶ。無理なのか? ばあちゃんの最後の頼みが……。

渓一朗は朱音を見た。

「そうだ、電話! 確か電話があったはず」

「あ、ああ。電話は玄関横の控室にある。こっちじゃ」

じいさん、妙ちゃん、朱音、渓一朗は玄関脇の控室に移動した。まだまだ来る弔問客のために、玄関の受付はごったがえしており、控室には客の預けた上着が山となっていた。隅に避けられた書き物机に置いてある電話機は、昔のドラマなどで見る洒落た黒猫のような電話だった。

「じいさん、駅の番号わかるかい?」

「なんじゃ、番号とは? 電話はどこへ掛けたいかを交換手に言うんじゃ」

「へええ」

渓一朗は受話器を持ち上げた。呼び出し音がなり、交換手が出るなり相手にしゃべらせず

「松本駅に」

と言った。

『先方出ました。どうぞお話し下さい』

交換手の声を聞くや否や。

「十時発の名古屋行の汽車に爆弾を仕掛けた。嘘だと思うなら、先頭車両の乗客荷物をくまなく調べてみろ!」

受話器をフックに叩きつける。

じいさんはびっくりした顔をして動きが止まっている。

「な、な、な、何てことをしてくれたんじゃ! 相手にはどこから掛かって来たか、わかってるんじゃぞ!」

「いいから、さっさと車を出してくれ! 駅へ行くぞ!」

「わ、わかった」

何しろ、自分の失態で先祖代々の宝を盗られた弱みがあるので、じいさんは素直に言うことを聞いた。


じいさんは受付の人たちに「ばあさんにワシ抜きで葬式は始めてくれと伝えてくれ」と伝言し、三人で弔問客に見つからないよう、裏からそっと車庫に行くと、妙ちゃんもこっそり付いて来た。

「だめじゃよ、妙ちゃん。連れてはいけないぞ。ばあさんのところへ行ってなさい」

「やだやた! ぜったい、やだ! たえちゃんもついてく!」

「だめだって言うとろうが」

渓一朗は二人の押し問答を聞いていて、気が気ではなかった。いくら時間稼ぎしていても、何もないとわかれば、汽車は出てしまうだろう。

「時間が無い。妙ちゃんも乗って!」

妙ちゃんは朱音と後ろに乗り、渓一朗は助手席に座り、じいさんの運転で出発した。

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