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がらがらがらがら……。

唐突に土蔵の入口が開けられ、二人は身構えた。薄暗がりに慣れた目は逆光でよく見えない。けれど、そこに立っているのは、二人のよく知っている女の子のようだった。

「来海?」

「来海ちゃん!」

つやつやの黒髪をお団子にして、紋入りの黒い着物をきちんと着た少女は、黒目がちの大きな瞳を二人に向けた。

「……くるみって? おねえさんたち、だれ? お葬式に来た人?」


渓一朗は、ちょっと……と朱音に袖を引っ張られて、蔵の隅に連れて行かれた。

「来海ちゃんじゃないみたい。……あんな子、親戚にいた?」

「いや、でも親戚だろ。来海にソックリじゃん」

「双子でもないのに……って、もしかして来海ちゃんて双子なの?」

「さあ……聞いたことない……」

ん? この双子なのかっていう会話、どこかでしたような……? 

渓一朗は記憶をたどってみた。

朱音はくるりと女の子に振り向くと

「お名前は?」

と聞いた。

「……みなづきたえ」

え? この名前って……。朱音がびっくりしていると

「……ばあちゃん!」

渓一朗は思わず座り込んで女の子を抱き締めた。

「こら!」

朱音に後頭部をスバーンと叩かれる。

「いてっ。何すんだよ!」

(ばば)っ子なのも大概にしなさい! 嫌がってるでしょ!」

女の子は真っ赤になって、渓一朗の腕を外そうとしていた。

「お……おばあさんじゃない! ろくさいだもん!」

「そうよねー。ろくさいはおばあさんじゃないよね」

「けどさあ」

渓一朗は叩かれた頭を、手で押さえながら立ち上がり

「この子がばあちゃんの言ってた『あちらの私』なんじゃないか? 名前一緒だし」

渓一朗は一人納得していた。そうだ、双子とかじゃなく、名前が一緒ってことだったんだな、きっと。

「あら、ほんと」

朱音は女の子の前に座り、顔を覗き込んだ。

「たえちゃん。私の名前は朱音でアヤ。あっちのお兄ちゃんは渓一朗。長いから、ケイちゃんでいいよ」

「アヤちゃんとケイちゃん?」

「そう。それでね、おとうさんかおかあさんの所へ連れて行ってくれるかな?」

「おとうさんとおかあさん、いない。……おじいちゃんならいる」

二人は顔を見合わせた。

「じゃ、おじいちゃんに会わせてくれる?」

「うん、いいよ」

既に蔵の外に出たたえちゃんの後を追いながら、朱音はそっと渓一朗に振り向いた。

「これで『あちらの私』の謎は解けるんじゃない?」

三人は七ノ蔵の外へ出た。途端に朱音は半そでから出ているむき出しの腕を押さえる。

「寒っ! なんで急に寒くなったの? 今日の天気おかしくない?」

「いや……あれ見ろ、アヤ。枝垂桜が満開だぞ」

「なんで真夏に桜が……? 異常気象? それにしてもこんなとこに桜の木あったっけ?」

ふと蔵の脇の竹林を透かして見ると、母屋はお葬式の客でごった返してるようで、大勢の人がしゃべっている声が外まで聞こえる。お坊さんが到着していたらこうはいかないだろう。まだ、時間はありそうだ。

「こっち」

たえちゃんは、いつも渓一朗一家が泊まらせてもらう離れの方へ、池泉回遊式日本庭園を避けて犬走りを進んでいく。

渓一朗は、寒さで腕を組んでいる朱音に自分の上着を着せかけた。朱音は「ありがと」と微笑む。

三人は、離れの庭先に出た。途端に朱音が声をあげる。

「ああっ、そうよ! 思い出したわ! 枝垂桜はこの東庭にあるはずなのよ! 七ノ蔵の竹林の横だと花見がし辛いからって、確かお父さんが子どもの頃、植え替えられたって……」

来海にソックリなたえちゃんが、離れの縁側の沓脱石に立ち、戸を開けている。

「おじいちゃーん。お客さん。ケイちゃんとアヤちゃん」

「おお、妙ちゃんか。ははは。お客さんとは母屋で会うからいいんだよ」

戸を開けて妙ちゃんを抱き上げたのは、黒い紋付き袴の知ってるようで知らない恰幅のいいお爺さんだった。


「妙ちゃんはなあ、お母さんとお父さんが旅先の船の事故で一度に亡くなってしまってな。それからはワシとばあさんで育てているんじゃよ」

離れに上げてもらった二人は、件のおじいさんと妙ちゃんの前に座っていた。

渓一朗たちが泊まっている部屋と同じ場所にあるはずの部屋は、すっかりこのおじいさんの自室と化している。ちょっとレトロな雰囲気の書類を積み上げた文机、分厚い本がぎっしりはいったガラス扉付きの本棚、古めかしい火鉢。床の間には掛軸が飾られ、どーんと大きないかめしい金庫も置かれている。どれも渓一朗たちの離れにはないものだ。書き付けなどが散らかり、雑然としていて、急に荷物を運び込んだ感じはしない。

「おじいちゃん、好きー」「そうか、そうか」「でも、おばあちゃんの次ね!」などとやっている二人の前で、朱音と渓一朗は小さい声で話していた。

『このシチュエーションって聞いたことない?』

『ある。ばあちゃんの身の上とそっくりだ』

『それって……』

「ところで、お二人はどこから来たのかな? 初めて見る顔だが……名前は?」

孫にでれでれしていたおじいさんとも思えない鋭い目付きに、二人は慌てた。

「えっ……と、東京から……。朱音といいます」

「オレも東京。渓一朗です」

朱音が苗字を言わなかったので、渓一朗もそれに倣う。

「何? 東京?」

動きが止まったじいさんを見て、どう言い繕うかと思案を始めた時に

「……東京とは、また遠い親戚だな……。又五郎の親類の者かの?」

「はい」

渓一朗は心の中で、セーフ! とつぶやいた。

「道理でハイカラな服を着ているわい。東京ではそういうのが流行っとるんか?」

「ええ、まあ……」

「信じられない……」

朱音が小声でつぶやいている。

渓一朗は『どうした?』と言うように朱音を見た。

朱音が目で示す先を見ると、カレンダーが掛けてある。その日付が昭和十年の卯月となっていた。


◆◇◆   ◆◇◆


「おじいさん」

渓一朗は改まって話しかけた。

「ん、何じゃ?」

「おじいさんの名前は弓之助とおっしゃるんじゃありませんか?」

朱音はびっくりしたように、おじいさんと渓一朗を交互に見つめた。

「あの、自家用車を持っていて、自分でガソリンスタンドを作った?」

「そう。あの、県下で二番目に早く電話を引いたじいさんだよ」

「いやいやいや。そんなに早くはないぞ。この中信地区で二番目じゃよ」

何だ、意外といい加減に伝わってるんだな。渓一朗は戻ったら直樹おじさんに教えてやろうと思った。

どこかで見たことあるような気がしたのだ。母屋の鴨居に飾られた写真では、弓之助じいさんの顔は偉そうにムスっとしていた。目の前の孫にでれでれのじいさんとあまりに雰囲気が違うので、すぐに気付かなかったのだった。

「照れるのう。そんな東京にまでワシの噂が?」

「いえ、親戚の間でだけです」

「あっ、そう……」

「おじいちゃん、しょんぼりー!」と妙ちゃんがじいさんをからかっている。

朱音は渓一朗に詰め寄り、小声で言った。

「ってことは……どういうこと?」

「タイム・スリップしかないだろ?」

渓一朗は不敵にニヤリと笑った。

「『七ノ蔵』だよ。神隠しにあったご先祖もタイム・スリップしてたんじゃないかな?」

朱音はショックで黙り込んでしまった。渓一朗は砕けた態度で話しかける。

「弓之助じいさん。今、何か困っていることあるんじゃない……? 例えば……家宝のこととか?」

「なぜそれを……?」

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