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翌朝。

渓一朗は再び大広間へ寝起きの紺色Tシャツ・綿のハーフパンツ姿で行った。

すでに女性陣が立ち働いており、あきらかに昨日飲み過ぎた様子のだらしない男たちに朝食の給仕をしてくれている。渓一朗は、すっかり支度を終えている早起きの父・高志に起こされてやって来たので、一人だった。水奈はとっくに台所に行っているのだろう。

用意されている朝食の席に着き、そばにあったお櫃からご飯をよそっていると、隣に陽人が座った。既に黒いスーツに着替えている。

「ケイちゃん。食べながら聞いてね」

何故か、周囲を見回し、小声で言う。

「おう。何だ」

「こんなことやってんのうちの兄さんに知れたら、どんな目に遭うか」

「だから、何?」

「アヤちゃんが、お葬式の前に『七ノ蔵』に来て、だって」

「え、前に?」

「そう」

こくりと肯くと、陽人は「じゃっ、ちゃんと伝えたからね!」と念を押して去って行った。

お葬式の前になんて、忙しすぎる……渓一朗は慌てて朝ごはんを食べ始めた。昨日、何か話したそうだったけど、急ぐことなのか?


◆◇◆   ◆◇◆


「渓一朗? いるの?」

薄暗い中に朱音の声がする。

「おー、朱音。ここだ」

二階の手すりから、黒スーツに着替えた渓一朗が土蔵の下階を覗き込んだ。その時。

がらがらがらがら……がちゃん!

土蔵の入口が閉められてしまった。

「ええっ!?」

驚いて渓一朗と朱音は戸口を振り返った。すると、入り口の扉が突然、輝き始めた。始めは蛍光灯ぐらいの光だったが、ぐんぐん輝きを増していき、真夏の太陽のように眩しく直視できない。

痛いほどの光の洪水に、朱音はしっかり目を閉じた。渓一朗は光を腕で遮りながら、何が起こっているか確認しようと試みたが、辺り一面白くなったのが見て取れただけだった。

やがて光は始まった時と同じように、唐突に消えていった。目が開けられるようになってみると、もとの薄暗い土蔵のようだ。

「今の、一体何?」

朱音のつぶやきは、渓一朗の叫びにかき消された。

「荷物の配置が変わってる!」

朱音は目を軽く手で押さえながら言った。

「どういうこと?」

「だから、――」

渓一朗はひらりと二階の手すりを乗り越えると、そのまま一階にジャンプした。

「きゃっ」

朱音の脇にキレイに着地する。

「ここに、荷物なんかなかったろ、さっき」

朱音の後ろの隅を指す。

「え、そうだった? 気付かなかったわ」

朱音は目を押さえ、特に気にした様子もない。渓一朗はそのまま入口に行き、扉を押したり、叩いたりしてみたが、びくともしない。

「鍵が掛けられてるみたいだ」

「大丈夫よ。葬式が始まるのに二人ともいなかったら、すぐに誰かが気付いて出してくれるわ」

朱音は能天気に言った。

「それより」

と朱音は目を押さえていた手を外し、渓一朗に向いた。

「何で急に呼び出したの? 急ぎの用?」

「は? 呼び出したの、そっちだろ。陽人を使いに寄越して」

「待って。私、呼び出してないよ。私の所にも来海ちゃんが来たのよ」

「マジか。……じゃ、誰かがワザとオレたちを蔵に閉じ込めたってことか?」

朱音は考え込んだ。

「正司おじさん……とか?」

「は? 何で?」

「実はね、昨日配膳をしている時に、色々聞いちゃったんだ」

「え、何を?」

「おじさんの会社の経理をしているっていう人が、昨日のお通夜に来てたんだけど……」

朱音は昨日の出来事を話し始めた。


「はい、グラス持ってって。コースター敷いた上に伏せて置いてね」

台所の扉を開けた途端に、グラスでいっぱいの大きなお盆を渡されて、朱音は母屋に向かった。本当は台所の中にいたかったのだが、仕方がない。大広間の机にグラスを並べ始めた。

「おお、朱音ちゃんじゃないか。おじさんのこと、覚えてるかな?」

早速声を掛けられる。これがイヤなのだが、仕方なくそちらに笑顔を向けて『どなたでしたっけ?』というように首を傾げる。

「いやだなあ、忘れちゃったのかい? 前に会ったことあるよ、8歳くらいの時。望月さんとこの、正司おじさんの会社の経理をしているんだ。山本ってんだけど」

「そうでしたか。山本さん、今日はわざわざお越しいただいてありがとうございます」

8歳の頃一回会っただけの人なんて覚えてないって。朱音は心の中で苦笑した。

まだ時間が早く、弔問客もちらほらしかいない。山本さんは辺りを窺うようにして、朱音のそばに来た。

「朱音ちゃん……いや、もし知ってたらなんだけど……」

山本さんは横に座り込んで、声を低くした。

「何でしょう?」

朱音はほとんど知らないと言ってもいい人から、何を聞かれるのかと身構えた。

「『望月家の家宝』ってあるだろ? あれ、モノは何なのか、知ってるかい?」

親族じゃない人にまで、話が知られているの? 朱音はちょっとびっくりした。

「いえ、知りません」

「そうか……。価値のある物かどうかだけでも知りたかったんだけどね……」

「さあ、あるっていう噂を聞いたことがあるくらいで……」

「見たことは無いんだ?」

「ええ」

「うーん、そうかあ。いや、実はね……知ってると思うけど、今、正司おじさんの会社がちょっとね……。家宝を損失に充てるって聞いてたから、どんなモノなのかなと思ったんだよ」

「え、そうなんですか? 知りませんでした」

「あ……そうなんだ。じゃ、内緒で頼むよ」

「別嬪さんがいると思ったら、アヤちゃんかい? これはこれは」

また、知らないおじさんが寄ってきた。山本さんは、軽く会釈をして席を立って行った。

朱音も会釈を返す。知らないおじさんは自分にされたと思ったようで、席に座った。

「見違えるようだね、七五三の時も可愛かったけど」

今度は7歳の時? ありえない。

手持無沙汰な弔問客が朱音の周りに集まりだした。朱音は失礼のないように相手をしながら、グラスを配置するのに冷や汗をかいた。

「そういやあ、受付にいた兄ちゃんもいい男だったな。朱音ちゃんの兄弟?」

「いえ、違います。又従兄妹です」

「二人とも小町娘と評判だった妙さんに似ているからな」

「そりゃあ美男美女なわけだ」

はははは、とお通夜とも思えない陽気な笑いが上がった。

「おばあちゃん、美人だったんですか?」

「そうだよ、町一番の別嬪さんだ。皆の憧れでねえ。……ん? でもおばあちゃんじゃないだろ、アヤちゃんには」

「あ、そうですね。曾おばあちゃんです。うちでは『おばあちゃん』って言ったら妙おばあちゃんのことなので」

「受付の兄ちゃんは、紀夫さんとこのお孫さんだろ」

「そういや、紀夫さんとこのホテルはエライ羽振りがいいらしいな」

「あの碧湖に面したとこな」

「おう、遊園地やらレストランやら手広くやってるみたいだな。美術館もあったろ。行って来たよ、この前」

自分の話題でなくなったので、朱音は徐々に遠い机へとグラスを配りながら、聞くともなく聞いていた。

「それに比べて、正司さんとこはなあ……」

「おう、なんかあまりよくないって話だな」

「昔は豪商、その後紡績で結構羽振りもよかったのにな」

「そりゃ戦前の話だろ!」

「今は精密機械やってるんだっけ?」

「でも中国や東南アジアの方が安いしなぁ、太刀打ちできないんだろ」

やっとお盆いっぱいのグラスを配り終えた朱音は、そっとその場を後にした。

まだ渓一朗と話す時間あるかな……?

玄関に行ってみると、すでに弔問客が来始めていた。外面だけは良い侑人が、パリッとした黒のスーツ姿で神妙な顔をして受付で挨拶を受けている。その隣でやはり黒のスーツを着た渓一朗が記帳の係をしていた。とても話しかけられそうもない。

「ちょっとアヤちゃん、見惚れてないで、手伝って」

渓一朗の母親の水奈おばさんが通りかかる。

「ちょっ、見惚れてなんか」

「侑人、イケメンだもんね、無理ないけど。仕事、仕事」

その声に気付いたのか、受付の二人がちらりとこちらを見た。朱音は渓一朗に小さく手を振ったが、手前にいた侑人が大きく振り返した。苦笑しながら台所に戻る。


「それで柱の影から覗いてたのか」

話を聞いて、渓一朗は肯いた。

「なるほど。だから正司おじさんはあんなに必死なんだ。でもなんで紀夫おじさんが絡んで来るんだ?」

「紀夫おじさんに売ろうとして、声を掛けたんじゃないかな、最初。あっちは会社を大きくしたし、美術館も持ってるじゃない? いい物だったら買い取る気なんでしょ。もしかしたら、すでに借金しているのかも知れないし……」

「そういうことか。まさか在り処が分からなくなっているとは言えないし」

「渓一朗は知らないって言っても、本当は知ってて隠してるって思ってるんじゃない、正司おじさんは。だから土蔵に閉じ込めて、ゆっくり聞くつもりなんじゃ……」

「勘弁してくれよ」

渓一朗は、深いため息をついた。

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