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「渓一朗! やっと着いたわー。電車だと遠いわ、ここ」

母親の水奈(みな)が大きいスーツケースを土間に置いたまま、広い玄関の上がり(がまち)に汗を拭きながら座っていた。

確かに、いつもはオヤジの運転する車で来るもんな。道中ずっと寝ていたら、そりゃあ、あっという間に着いちゃうだろうさ。

渓一朗は、スーツケースを受け取って持ち上げる。

「お疲れ。母さんのお蔭で、ばあちゃんの死に目に会えたよ」

「えっ、よかったじゃない! あんた可愛がられてたもんね。さすが、私!」

「いや、まあ、よかったんだけど……」

謎の言葉がな……。まだ納得していない正司おじさんのことを思って、渓一朗はどんよりした。

「じゃ、あんた先に着替えなさい。この中にスーツ入ってるから。私はもう少し汗が退いてからにするわ」

暑い、暑い……と言いながら、水奈は台所方面へ消えた。多分、冷たい飲み物でも漁るつもりだろう。渓一朗は重いスーツケースを持って、離れに向かった。


母屋を出て大廊下へ向かったが、ふと先ほどのことが気になり、脇の廊下をわざと通る。こちらからも少し遠回りだが、荷物のある離れには行ける。人気のない廊下を進むと、正司おじさんたちの部屋から細く光が漏れていた。

「あなた、どうするの? おばあちゃんから何も聞いていないのに!」

思わず渓一朗の足が止まった。

「前の日まで元気だったのに、まさか急にあんなことになるなんて、誰も思わないだろ。母さんも母さんだよ、いつ聞いても『まだ時期じゃない、まだ教えられない』ばっかりで。結局最後まで聞けず終いだ」

「そんなこと関係ないわよ。今後どうするつもりかって聞いてるの!」

「土蔵とか……全部探せば、どこかに……」

「あるわけないじゃない! 何度も探したわよ! だいたいいつも使ってるんだから、変わったものがあれば気付くわよ!」

「そうだな……」

渓一朗はそっと足音を忍ばせて通り抜けようとした。

「あとは渓一朗だな。あいつが何か知ってるんだろ。ばあちゃんのお気に入りだったし、最後まで来るのを待ってた。家宝のこと言ってたのは、お前も聞いただろ?」

「渓ちゃんは心当たりないって言ってたけどね。……そういえばさっき、アヤちゃんと『七ノ蔵』にいたわ。……でも、代々の当主にしか言わないことを言うかしら?」

「わからないだろ、七ノ蔵で何か探していたのかも知れん。渓一朗呼んで来い!」

「七ノ蔵になんかあるわけないじゃない! いつも開けっ放しなのよ? あそこは閉められないから要らない物置き場にしてるんじゃない。それにだめよ、今は。もうお客さんが来るころだから、母屋に行ってないと」

渓一朗は慌ててそこを通り抜けた。離れについて扉を閉めると、フーっと息を吐く。

やっぱり家宝はあったんだな。おばあちゃんが急に亡くなって、在りかがわからなくなったってことか? でもオレは何も聞いてないけど……。


◆◇◆   ◆◇◆


渓一朗が黒のスーツに着替えて母屋へ戻ると、正司伯父さんの娘の京子伯母さんに会った。

「あら、ケイちゃん、大きくなったわねえ! さすが、高志さんの遺伝子! まだまだ伸びるんじゃない?」

「いえ……もう」

あんなに要らない。ほんと、まじで。

心の底から渓一朗は願った。伯母のあけすけな話しっぷりは、母の水奈に似ている。二人は従姉妹なのだ。

格好良くなっちゃって! などと背中を叩かれ、渓一朗が引いているのも全く気付かぬ様子で伯母さんは畳み掛けてきた。

「今、玄関で侑人が受付しているから、一緒に記帳の方手伝ってくれない? 貴ちゃんと拓弥もいる筈だから」

「はい」

侑人とか……。渓一朗は先ほどの事を思い出して憂鬱になった。


「よーし、ケイ。いいか、俺と拓弥はこの後ろの控室にいる。お前はお客さんに記帳してもらって、一枚終わるごとに控室に入れてくれ。俺たちは侑人が受け取った香典と氏名を確認して、入力している。何かあったら、すぐ後ろの戸を開けるんだぞ」

貴矩おじさんは、コンピュータ関連の仕事をしているのでこういうことは得意なんだろう。若くて独身の叔父さんは垢抜けていて、いつも女性に囲まれている。渓一朗には同じような黒スーツを着ているのに、結婚式と葬式に出ている人というくらい華やかさが違うように思えた。何をどうすればああなるのか? 年月が解決するとはとても思えない。

「オレが控室で入力しますよ」

一応、言ってみる。だけど

「ダメダメ。香典の確認は本家の人を入れておかなきゃな。だから拓に入ってもらってるんだ。大人もいなきゃだしな」

と貴矩叔父さんはにべもない。

「悪いな、ケイ」

本家の孫の拓弥兄ちゃんが片手を上げて、謝った。渓一朗と侑人の相性の悪いのは、親戚中の暗黙の了解らしい。

「じゃ」と言って二人は控室に消えて行った。控室というのは、江戸時代に望月家が豪商だった頃の名残で、玄関脇でちょっとした商談をする場所として作られている。今では来客の荷物置き場や今回のような用途に使われていた。

広い三和土の玄関には布を掛けた長机が二つ配置されており、記帳用と香典受領用と分かれているようだった。


受付に着くと、すぐに弔問客が来はじめた。案内に追われて、渓一朗は侑人と全く会話せずに済んで、ホッとした。

「ちょっとアヤちゃん、見惚れてないで、手伝って」

渓一朗の母親の水奈の声がする。受付の二人は揃ってそちらを見た。水奈がお盆を持って立っている横に、シックな黒いワンピースに着替えた朱音が、太い黒檀の柱の影からこちらを覗き込んでいた。柱は隠れられるほど太いのに、角度的に全身が見えてしまっている。……可愛い。

「ちょっ、見惚れてなんか」

「侑人、イケメンだもんね、無理ないけど。仕事、仕事」

言いながら水奈は広間の方へ歩いて行ってしまう。

朱音が小さく手を振ってきたので、渓一朗は手を振り返そうとすると、隣の侑人がブンブン大きく手を振っていて、向こうが見えない。朱音は苦笑して台所方面に消えた。

朱音の姿が消えた途端、侑人はふん、というようにそっぽを向いた。何か雲行きが怪しくなってきたな……と渓一朗は身構えた。

案の定、しばらく弔問客が途絶えると、侑人が突っ掛かってきた。

「お前、朱音とあそこで何してたんだよ」

「何もしてない。座布団取りに行っただけだ」

「二人っきりでか?」

「そうだ」

「あの薄暗い布団部屋に?」

「そんなに暗くはなかった」

突然、後ろの控室の扉が開いた。貴矩叔父さんと心配そうな顔の拓弥兄ちゃんが出てきた。

「こら、二人とも。ケンカしないで仕事きっちりやれ」

貴矩叔父さんは二人の間に入り、ぐいっと二人を両方の腕で自分の方に引き寄せると、ニカッと笑った。

「……後でお駄賃弾むぞ」

二人はまた神妙な顔で受付席に座った。うんうん、と叔父さんは満足そうにうなずき、拓弥兄ちゃんと控室に戻って行った。それからは侑人も無言だったので、渓一朗は落ち着いて仕事をこなせたのだった。

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