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「あっ!」

光が徐々に収まりつつある時、急に朱音が小さい声を出した。

「何だよ?」

「妙ちゃんたちに、茶碗の隠し場所教えるの忘れた……」

「ああっ!」

しまった……。渓一朗は頭を抱えて座り込んだ。

「だから『望月家の有る有るの家宝』なんて言ってたんだ……」

「どこかにはあるけど、今ここには無いってことね」

『有る有るの家宝』って弓之助じいさんの苦肉の策だったのか。妙ばあちゃんも二人とも困っただろうな……戻ったはずの家宝がどっか行っちゃってて……。

「オレのせいか……!」


がちゃん。がらがらがらがら……。

唐突に蔵の扉が開いた。

「ちょっと、居たわ! こっち、こっち。七ノ蔵よ!」

亮子おばさんのキンキン声が蔵に響いた。

渓一朗は逆光を透かして見た。人が大勢、蔵の外にいる気配が伝わってくる。二人とも蔵から出た。

「なんだ、おどかすなよ」

「よかったな、見つかって」

「なんだってこんなとこにいたんだ?」

「鍵もかけられてたのよ!」

「鍵なんて外からしか掛けられないだろ」

「だれだ? イタズラしたのは!?」

「おう、助かったな」

渓一朗の父・高志が背中をばんばん叩く。母親の水奈も「心配したのよ」と明るい顔で言う。ほんとかよ、と渓一朗は思った。

朱音も両親や侑人、陽人に囲まれている。渓一朗はようやく慣れた目で周りを見回し、正司おじさんを捜した。そばへ行って、小声で伝える。

「おじさん。在り処がわかりましたよ」

おじさんは驚いて目を丸くし、

「本当か!? あったのか!?」

と言った。

「ええ。この目で見ました。けど、今ここにはないんです。後で取りに行きますから、とりあえず、少し休ませてもらっていいですかね?」


朱音と渓一朗は、結局なんとか葬式にだけ出て、その後の焼き場には参加せず、たっぷり食事をとった後、昼寝をした。やっと復活したのは、みんながお墓へ納骨に行った後だった。

二人の服が泥だらけだったり、すごく疲れたりしていても、親戚連中は皆、閉じ込められた時、脱出しようと無駄な努力をしたからだろうと勝手に解釈しているようだった。


渓一朗が黒いTシャツに紺のハーフパンツ姿で昼寝から起き出して、誰もいない大広間でお茶を飲んでいると、朱音もやって来た。

「ねえ、びっくり。パパに聞いたら、こっちでは全然時間経ってなかったんだね」

「ああ。オレも陽人に聞いた。葬式が始まるのにいないから探されてたんだってな。あっちで半日以上過ごしたっていうのに」

「あとさ、私たちを閉じ込めたの拓弥兄ちゃんだって。正司おじさんが困ってるのを立ち聞きして、他で事件が起これば注意が逸れるんじゃないかと思ってやったんだって。謝ってきたよ」

「へえ」

「まあ、お陰で過去へ行けたんだけどね」

「そうだな」

朱音も喪服が泥だらけになっていたので、普段着に着替えていた。濃い紫色の綿のチュニックに五分丈の綿パンという出で立ちだ。

「その拓弥兄ちゃんに自転車を借りておいた。今、行けるか?」

「うん、大丈夫」


◆◇◆   ◆◇◆


その夜。

遠い親戚は納骨が終わり次第、帰って行った。侑人・陽人の両親も仕事が忙しいらしく、一家は帰ってしまっていた。もし、この後のことを前もって知っていたなら、親戚全員が残っていただろう。渓一朗は家宝が見つかったことは夜話すが、それまでは皆に黙っててほしいと正司おじさんに告げていた。

渓一朗と朱音たち、親しい親戚だけ残って、小ぢんまりとした最後の宴会が行われていた。

「弓之助じいさんは、全然あの写真と違って気さくなじいさんでしたよ」

鴨居に飾られた写真を渓一朗は指差して言った。

二人は、過去の出来事を残った親戚に一部始終話して聞かせていた。

「ほんとにそんな不思議なことがねえ……」

おじさん連中は飲んでいて、ちゃんと聞いているのか、次の日になったら忘れているのかわからない様子。貴矩おじさんはちゃんと話についてきている肯き方だった。おばさんたちは、たいむ・すりっぷと言われても……とキツネにつままれたような顔をしている。

「だから言ったでしょ? 七ノ蔵は閉じちゃいけないんだって!」

本家の亮子おばさんだけが鼻息も荒く、周囲に語っている。

唯一人、正司おじさんだけは飲んでも酔ってはいないようだった。

「だが、それなら話の符号は合うな。ばあさんはいつも家宝の話になると『もう少ししたら、分かるから』と言っていた。いつ、渓一朗たちが過去へ行くのかわからなかったんだろう。でも、行くことだけはわかっていた。だからそう言ってたんだ」

「正司おじさん」

渓一朗は改めて言った。

「なんだ?」

「家宝は今も代々の当主しか見ちゃだめですか?」

はは、とおじさんは笑い、

「そんなことはない。どうせ紀夫に引き取ってもらうんだ、みんなで見たらいい」

紀夫おじさんとにこやかに顔を見合わせた。

「じゃあ」

すっ、と朱音が立って、一度部屋の外へ出、今度は小さな木箱を持って入ってきた。

おお、とみんなが朱音の手元を見つめる。

「それが、家宝か?」

貴矩おじさんも興味津々の様子だ。朱音は正司おじさんの前の畳に箱を置いた。皆がその周りに円を描くように集まる。

渓一朗は皆を手で制し、

「えー、過度な期待はしないように。宝石とかの宝物じゃありませんから」

と告げた。

正司おじさんは、ちらと渓一朗を見たが、何も言わずに木箱のふたを開けた。

「黒い……茶碗か?」

紀夫おじさんも覗き込む。

「いや……これは……」

布を取り払いながら、正司おじさんの手は震えた。

畳に置かれた茶碗の中には、真っ黒な宇宙の中に、瑠璃色の光を放つお星さまが散りばめられていた。

紀夫おじさんが呟く。

「よ、(よう)(へん)天目(てんもく)茶碗……」

その場にいた親戚が騒ぎ始めた。

「えーっ!」

「あの国宝の!?」

「世界に三つしか現存してない幻の茶碗か?」

「そういや、本当は四つあったって話だぞ」

「ああ、信長が持ってて、本能寺で行方不明になったやつか」

「まさか、これがそうなのか?」

渓一朗は朱音と顔を見合わせた。え、宝石なんかより、すごい……のか?

「これが、妙ちゃんの言ってた『お星さまの茶碗』なのね……」

朱音もため息をつく。

「妙ちゃんて?」

来海ちゃんが朱音の肩につかまって覗き込む。

「ああ……えーと、妙おばあちゃんのことなんだけど、向こうではまだ六歳だったから妙ちゃんて呼んでたのよ。ほんと来海ちゃんにそっくりでね」

「ふーん」

来海はわかったのか、わかってないのか興味無さそうに肯いた。

「だが、どうする、兄さん。とてもこれじゃ買い取れないぞ」

驚きが過ぎ去ると、紀夫おじさんは渋面で言った。亮子おばさんが口を挟む。

「え、いくらくらいするものなの?」

「昔、といっても大正七年に稲葉天目、静嘉堂文庫が所蔵するヤツな。それが小野哲郎氏に買い取られた時は……当時の価格で16万8千円、現代の価値にして17億くらいしたって話だ。けど、今オークションにでも掛けたら50億や100億いっちまうかもな」

「それは困る……」

正司おじさんは顔色を変えた。

「おまえんとこの美術館で引き取ってもらえれば、一応家宝は一族の元にあるって言えるが、他所に売り渡すなんてだめだ……」

「じゃあ、こうしたら?」

貴矩おじさんが苦悩する二人に割って入った。

「所有者は正司おじさんで、紀夫おじさんの美術館に貸し出す。で、年間貸出料を貰ったらどうかな? 紀夫おじさんの美術館も目玉があれば、来場者が増えるだろうし……」

「名案よ!」

真っ先に朱音が称賛した。うんうん、それならいいんじゃないか? と話す親戚たちの間で、おじさん二人も顔を見合わせた。

「……それなら、もし国宝に指定されても展示する義務を果たせるな」

「……いいんじゃないか?」

「じゃ、あと細かい料金設定などは、お二人で」

貴矩おじさんは気さくに言った。渓一朗の父・高志が立ち上がった。

「今日は、家宝が再び見つかったことを祝って、乾杯だ!」

「乾杯!」

「乾杯!」

せっかくだからと国宝級の家宝と一緒に親戚一同で、写真を取り始めて、その夜はやたらと盛り上がった。

……これでいいんだよな、ばあちゃん……。

渓一朗は祭壇を振り返った。写真のすました顔のばあちゃんが笑いかけたような気がした。

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