第一話 主役達を語ろう
俺は目の前で繰り広げられている、奇妙な光景に戸惑いを隠すことが出来なかった。
自分は、ただ書類を提出したくて上司を捜していただけなのだ。優秀な上司様は自分の書類仕事が終わると稽古場で稽古をしているか、王宮の薔薇園で休憩しているかのどっちかだった。ちなみに、稽古場に6割、薔薇園に4割の確率でいる。
休むにしたってなんで薔薇園なのかと上司に聞いたことがある。なんでも、自分が慕うお方がよく薔薇園を通るからお見かけしたくて通っているのだという。「自分でも女々しいと思うが、今の自分ではこれで精一杯なんだ」と切なげに笑う上司の艶っぽさにくらりと来たのは秘密だ。上司は俺の守備範囲外だ!誰が自分よりも漢前で令嬢にモテキングな女に惚れるもんか!惚れてたまるもんか!俺には妻子がいるんだ!
まぁ、稽古場に行ってもいなかったから薔薇園だろうと来てみれば目の前の光景が広がっていた。
なんで、我が近衛騎士団屈指の“美形”騎士が王宮でも屈指の実力者"美しき野獣”に跪いているんだ。
決闘でもして、負かされたんか。いや、紳士の鏡である上司がこんなところで決闘なんかしないか。
いやいや、でもじゃぁなんでだ。なんで、そんな姫に仕える騎士のように跪いてるんだ。上司殿。
俺の上司、クリス・ブライド男爵令嬢殿は女性で初の近衛騎士団副団長にまで上り詰めた女傑であり、女性でありながら『結婚したい王宮の漢ランキング』の上位者である宰相と王子方を差し置いて堂々の一位を誇る人間だ。舞踏会が開かれれば老若問わず招待客の女性達の視線を奪い、三秒以上目と目が合った初心な令嬢が失神したこともあった。
陛下の息女、つまりは王女からも「どうして貴女が男性じゃないのよっ!」と泣かれたらしい。婚約者である団長は涙目であった。元気を出せよ大将!いつか、王女様もあんたの良さが分かるさ!・・・多分。
もちろん結婚はできなくとも、それならば自分の騎士となってほしいという令嬢は沢山いた。さきに言った王女は勿論のこと、公爵令嬢に豪商の娘に色町の花形まで選り取りみどりのラインナップだった。
しかし、副団長がその要求を飲むことは無かった。
「私の剣はただお一人、心に決めた方に捧げると自分の胸に誓ったのです」
申し訳ない、と謝る副団長の憂いの色気によって令嬢達が軒並み失神したことは言うまでもあるまい。
そんな『女にして女泣かせ』のクリス・ブライドがなぜよりによってあのケリー・マスティンに跪いているのか?なぜ、よりによってあのケリー・マスティンなのだろう!?
ケリー・マスティン公爵。彼は少し、いや遠慮せずに言うとかなり変わった人物として有名な人物だった。
20代という若さにして王宮にある魔法研究所の局長を任されるほどの天才でありながら、軍人の名門マスティン家の当主ということもあって武闘でも強者という地位も実力もある人でここまでならばただのスペックの高い優良物件である。
けれど、彼には様々な問題と言うか伝説があった。
それは、彼の当主を受け継いでからのお披露目パーティーでのことだった。
実はその時、俺もその場にいた。あれは公爵家に相応しく、とても華やかで豪華な催しだった。当時の彼は今よりもマスティン家の男らしく刈り上げられた黄金の髪に鮮烈なアイスブルーの瞳という、男の俺から見ても良い男っぷりだった。魔術師としてもその頃から天才っぷりを発揮し、将来有望で見目も良いということで様々な女性とその親が彼に群がっていた。
しかし、この日この時からケリー・マスティンの世間からの認識を劇的に変える事件が起こったのだ。
パーティーも佳境に入り、新しい当主からの挨拶ということで彼が壇上に登った時それは起こった。
「ご来場の皆様、本日は私の当主世襲の祝いの会にお集り頂き誠にありがとうございます。」
ケリー公爵の後ろに控えている父親が誇らしげな顔で立っている。立派に自分の跡を継いでくれる息子に誇らしい気持ちで一杯だったのだろう。その後に起こった悲劇を思うと、同じ父親として悔やまれない。
「私は、この人生の節目とも言うべき日を決して忘れることは無いでしょう。」
うんうん、と俺や公爵の父親を含めたその場にいた人間が微笑ましい笑顔で頷いていた。ここまでは良かった。そう、ここまでは。
「今日、今この時から私は生まれ変わるのです。本当の自分になろうと思うのです。」
うん。うん。ううん?
思わず首をかしげてしまったのは俺だけじゃなかったはずだ。
「私、ケリー・マスティンは運命の騎士様が現れるまで生涯独身を通すことをここに宣言しますわ!」
“わ”ってなんだ。“わ”って。
会場の時間が一瞬止まって、次の瞬間には真冬もかくやというぐらいに室内の温度が氷点下にまで下がった。俺の隣の老婦人が、「今度の公爵様ったらご冗談が上手くないですわねぇ〜オホホ」と強ばった笑顔で言っているが俺にはどうにも壇上の公爵が本気と書いてマジのように見える。
すぐにはっと我に返った公爵の父親の厳しい叱責が飛ぶ。
「け、ケリー!こんな時に、そんな悪趣味な冗談をいうな!」
「いいえ、お父様!わたしは本気ですわ!」
「やめろ!お前がちょっと内股で“お父様”とか悪夢の何者でもないからやめろ!」
「お父様の分からず屋!もうっ、知らない!」
「やめろ〜!マスティン家の男が乙女走りをするなぁ〜っ!しないでくれ〜!」
父親の懇願虚しく、乙女走りで走り去ってゆく公爵。
ちなみに乙女走りとは少し内股気味にして胸を支えるように腕を引き締め肩を左右に振って走る、可愛い女の子(例えば我が家のお姫様達)がやると大喝采だが、筋肉隆々の男がやると大惨事になる諸刃の剣的な走り方である。
逃走するのを止めようとしたマスティン家自慢の屈強な衛兵達が「えいっ☆」という掛け声と共に薙ぎ倒された。
どうした衛兵ども!それでも王都で最も暑苦しい一族の衛兵か!
ちなみに、さきほどまで公爵に恋する乙女の目を向けていた令嬢達は皆一様に死んだ目をしていた。おじさん、年頃の女の子達のそんな目見たくなかったなぁ。同じ娘を持つ身として。
まぁ、でも妻子連れてこなくて良かった。と、俺はこの時思った。あんなもん、うちのお姫様の教育に悪くて見せられん。
それから会場は大騒ぎだった。あまりのショックに倒れた親父さんに「ケリー・マスティンはオカマだったのかっ!」と騒然とし、収拾がつかなかった。
その日から、ケリー・マスティン公爵の伝説の幕開けである。
あの日の宣言通りに、ケリー公爵は自分を偽ることを辞めたらしい。それまでの彼は寡黙だと思われていたが、実はオネェ言葉を抑制する為だったらしい。宮廷の女性達と「や〜だ〜、それ本当〜」と談笑する姿を見てできれば、そのまま寡黙な彼でいて欲しかったというのが大多数の意見である。
精悍さを主張した刈り上げられていた頭は女みたいにダラダラと伸びた髪がぶら下がって、簡素だが彼の肉体の魅力を引き立てていた格好はレースやフリルのついたオーダーメイドらしきシャツやローブに変わった。はっきり言って、視界の暴力である。
マスティン公爵としての義務として嫌々毎年出ている武闘会ではいつも上位に並んでいたが、三年前に決勝で顔を傷つけられた際に、「・・・ちょっと、あんた!なにしてくれちゃってんのよ〜っ!!」とキレて「どっせー!!」という掛け声とともに団長をぶん投げた事から今まで手抜きをしていた事が露見、実力を知られてから今までの大会は負け無し連覇である。
数々の伝説(というか、奇行)の結果に上級階級に定着した彼へのイメージは触らぬオカマに祟り無し。ついた渾名は実力とその美貌から『美しき野獣』だった。
そんな化けも、いやオカマになんで近衛騎士団の自慢の騎士がなんで跪いてんの!
なんでうちの、いや俺の見習い時代から可愛がってた上司(元部下)がオカマに跪いてんの!
なんでだー、と混乱していたら薔薇園にいた他の人々も二人に注目し始めていることに気がついた。ちなみに二人はまだ、二人だけの世界にいて気がついていない。
やばい、このままじゃうちの副団長とついでにオカマの間に変な噂が流れちまう!
「ふ、副団長!こんな所にいたんですか!」
ここは、自然に!自然に二人を引きはがそう。
「トリスタン!そんなっ、待ってくれ!まだ彼から返事を貰ってないんだ!」
「こんな所にいると、またご令嬢方に囲まれてしまいますよー」
「いや、しかし」
「しかしもへったくれもないですから〜」
副隊長の体面もそうだが、薔薇園には一般庶民や貴族など身分の隔たりなく交流できる場だ。こんな所を噂好きの娘っ子にでも見られたら副団長個人どころか近衛騎士団全体にまで噂が飛び火する可能性がある。
年頃の娘の噂話ほど、尾ひれやら背びれやらつくものはない。年頃の娘を持つ父親として断言できる!
「ほら、他の人の目もありますから!行きm」
「行きましょう」と言葉を続けるつもりだった。そう、ただ「行きましょう」と言うだけだったのに俺は言葉を続ける事が出来なかった。集まりつつある人々の中に、うちのお姫様(愛娘)と腕を組む男の姿を見つけてしまえば上司やら騎士団の体面どころではなかった。
わぁ、リリー。お城(仕事場)で会うのは初めてだねぇ。
侍女服もリリーが着ると可愛いなぁ。まぁ、それでねリリーどうでもいいことだけど隣にいるのは彼氏かなぁ?しかも、そいつ父さんが知ってるやつだと思うんだよねぇ。
て、いうか知ってるぞぉ。だって、そいつ俺の部下だもん。見習い騎士時代から面倒見てた奴だもん。結構、可愛がってたもん。あはは〜、そっかぁ最近なんかまた可愛くなったから男でも出来たかな〜と思ってたけど、そっか〜アランかぁ。
「そこに直れや!この狼野郎!いつうちの娘に手を出しやがったーーー!」
「と、トリスターン!ここは抜刀不許可区域だぞ!気持ちは分かるが抑えろー!」
副団長が俺の身体を抑えるもんだからアランの×××野郎の首を穫れん!止めるな、クリス!!こいつ、人が仕事してる最中に娘に手ぇ出しやがってぇ!
あっ!抱きつきやがった!?
「ちょ、クレア様とケリー様とかどんだけ私得よ!どっち!?どっちが下なの?ねぇ、どっちがどっちなんですかぁ!」
「リリー!駄目だから!ここでそういう話駄目だから、抑えてぇ!しかも、隊長に見つかっちゃったから〜!俺、殺されるからー!」
娘がなにか叫んでいるが聞こえん。そのまま娘を抱えて逃げて行くアランを睨みつけていたが、俺も副団長に襟を掴まれたまま薔薇園から退場してしまった。
「ケリー様!部下が乱心していますので今日は、失礼させて頂きます!後日改めて伺わせて頂きますので、その時にお返事を下さい!」
・・・とりあえず、オカマと副団長を引きはがすことは成功したといえよう。
それから余談ではあるが、後日娘にアランの事を問いただそうとしたら逆に娘にすごい剣幕で俺が一割も理解できない事を言われた。いつの間にか娘が遠い存在になっていた。ぐすん。
「ねぇ、父さん!クレア様とケリー様ってどういう関係なの!そう言う関係なの!?そういう関係なのね!いや〜ん!綺麗系おねぇと美少年騎士とか美味しすぎるわぁ!しかも体格差と年齢差のダブルコンボなんて最高!!どっちが下なのかしら!やっぱり体格から言ってオネェに組敷かれる美少年って感じかしら?それとも、年下逆転攻め!?まさかの、昼はクレア様が騎士だけど、夜はケリー様が騎士!私の××を××に×××したい、なんて!?きゃっ!」
実は序章にもアランとリリーのカップルが出ています!(どうでもいいですね!)