プロローグ「二人の出会い」
晩餐も終えて暖炉の前の、微睡むように心地良い空間の中で家族団欒を楽しんでいる最中だった。私たちの元へ、妻によく似た愛らしい我が愛娘がペンと紙を持ってやって来た。
「ね、お父様?お母様?」
「なぁに」
「なんだい?」
「お二人はどこで、どうやって出会ったの?」
「まぁ、なぁにこの子ったら突然どうしたの?」
「あのね。ミセス・オールストンが次の次の水曜までに“りょうしん”について作文を書いてきなさいって」
「それで。マイ・レディは私たちの出会いについて書くつもりだ、と?」
「そうよ!!」
「やぁね、この子ったらおませさんなんだから。ふふっ」
嬉しそうに、けど少し恥ずかしそうに微笑むケリーは天使が舞い降りたのかというくらいに美しかった。
もうすぐ六歳になる娘は最近恋物語に夢中で、メイドの語る枕物語にも騎士と姫のお話をねだるほどだ。
なら、いつも仲睦まじい両親の馴れ初めに興味を持つのも当然だった。
そろそろ話しても良いかもしれないとクリスは目を細めて思ったが、いかんせん自分は言葉が上手くなく娘が期待するように二人の恋物語の魅力を十分の一も伝えられない。ここは、ケリーに任せよう。
自分の考えが伝わったのだろう。ケリーは、その魅力たっぷりの瞳をウィンクさせて娘を膝に乗せると語りだした。読書をしていた息子も聴きたそうに近寄って来たので、彼は私の膝の上に乗せた。しっかりとした重みが彼の成長を物語り、そろそろ剣を教えようと思った。
息子の教育について考えていると、うっとりするほどに美しい声が語り始めた。
それは二人の出会い。二人の恋の始まりだった。
二人の出会いは王宮にある薔薇園だった。庶民にも開放された、その場所は憩いの場であり若いカップルが散策を楽しむ人気のデートスポットとしても人気だった。その時期は甘い香りを放つ白薔薇が見事に咲き乱れていた。
そこをちょうど、王宮魔術師であるケリー・マスティンが書類や資材を抱えて通り過ぎようとしていた。王宮の中心に位置するこの薔薇園を横切った方が王立魔法研究所に帰るための近道になるのだ。
蜜色の髪をなびかせて駆けるケリーの目の端に初々しいカップルが映った。
女は地味な侍女用ワンピースで男は下級騎士用の制服姿でそれぞれ城に仕える侍女と騎士だった。決して華やいだ容姿の二人ではなかったが遠目にもお互いを思い遣っている二人の姿は乙女と自分の姫を守る騎士そのもので、ケリーの目には輝いて見えた。おもわず、溜め息が出てしまう。
なんて、羨ましいのかしら。
いつの頃からか夢見ている自分を守ってくれる騎士様が現れることなんて、ありえないとこの年になれば分かる。でも、やはり諦めきれないのだ。と、もう一度溜め息を吐いた瞬間だった。足元から、突然の衝撃を感じた。
わずかな段差につまづいてバランスを崩してしまったのだ。腕から資材や本が飛び出して、目の前に地面が迫る光景をゆっくりと感じながらケリーは衝撃に備えて目をギュッと閉じた。
けれどケリーの身体を受け止めたのは無慈悲な固い地面ではなく、細いがしっかりと鍛えられた腕だった。
誰かに抱きかかえられている。その事実にはっとして目を開ければ、そこには
「お怪我はありませんか」
一部の隙もなく着こなされた上級騎士の浅葱色の制服。
艶やかなブルネットは後ろに撫で付けて一つの束にまとめられて制服と相まって、目の前の人物がストイックであるように見える。けれど蠱惑的な菫色の瞳とまだ幼さの残る顔つきがアンバランスな色気を醸し出している。
なんということだろう。高身長で、決して軽くはないはずのケリーをその細腕でなんなく受け止めてしまえるなんて愛読書『真の愛〜我が御霊を貴女の元へ〜』に出てくる忠誠の騎士カイリのようではないか!
まだ男を知らない乙女達が一度は夢見る理想の騎士が、ケリーの目の前にいた。
「あの、お怪我は?」
返事もなく唖然とした様子を怪訝そうに見ながらもう一度声をかけられたので、首を横に振って無傷を伝えた。そうすると目の前の人物は自然にケリーを抱き起こした。
立ち上がって二人並んでみると、騎士とケリーの身長差は、頭一つ分ほどだった。
必然的に片方が、片方を見上げる形になる。
改めて騎士を見れば、見るほどに美しい。こんな人が私を抱きとめてくれたのだとおもうとケリーは自分の頬が熱くなるのを実感した。なんという名前なのかしら。
「あの、ありがとうございました、騎士様。お名前を伺ってもよろしいかしら?」
「・・・我が主ケリー」
「えっ!?」
じっとケリーの顔を見ていたかと思えば、ケリーを自分の主と呼び膝をついた騎士。突然の騎士の行動にもちろんケリーは戸惑いを隠せなかった。初対面の、少なくともケリーは初めて出会った美しい騎士に名を知られているのか、なぜ自分を主人というのかケリーには分からなかった。
「突然のことで戸惑う、お気持ちは分かります。けれど、どうか私の誓いを受け入れて欲しい」
「あの、騎士様?」
「もう、私は自分を抑えることが出来ない。許しを下さい。」
妖しく潤んだ眼差しが真摯に自分を見つめている。この自分を!
懇願するように縋るような物言いに、そして『誓い』という言葉に僅かながらも期待を抱いてしまう。まさか、この人は私の望みを、夢を叶えてくれるというのだろうか。
「私の名はクリス・ブライド」
「クリス、様」
名を呼ばれた瞬間、天使の祝福を受けたかのように幸せそうに微笑するクリスの表情にケリーは目眩がしてしまう。嬉しそうに「どうか、クリスとだけお呼びください」という声もなんと涼しげで麗しいことだろう。
そのしなやかな手でケリーの手を取ると、指先にその柔らかな唇を軽く当てた。
愛読書の序章に出て来る、騎士が姫へ忠誠を捧げる光景と一緒だった。
「ケリー・マスティン。ずっとこの時を夢見ていました。どうか、私を貴方の騎士にして下さい」
恥じらう乙女のように咲き誇る白薔薇が溢れる、薔薇園の中心で二人は出会った。
中世の騎士のように跪いているのは、女性初の近衛騎士団副団長で名門ブライド男爵家の令嬢、クリス・ブライド。頬を赤く染めて潤んだ目で騎士を見つめているのは王宮魔術師筆頭であり王家主催、無差別流武闘大会にて現在三連覇を更新している猛者、ケリー・マスティン公爵。
こうして、絶世の麗人騎士が愛おしい乙女を見るような目で筋骨隆々のオカマ魔術師に忠誠を誓うという世にも奇妙な光景は薔薇園の伝説として語り継がれるようになった。
「まぁっ、ロマンチックね!では、お父様とお母様は」
薔薇園での出会いというロマンチックな話に娘は興奮で頬を赤くしている。対して、妹の言葉の続きをつなげる息子は、
「・・・出会う前から、今と変わら無かったのですね。」
目の前の世間一般とはかけ離れた両親を見て「うんざりだ」という顔だった。
「あぁ、彼は出会ったときからずっと美しいままさ」
「いやだわ、クリス!貴女だって会った時からずっとセクシーでチャーミングよ!」
熱っぽく見つめ合う二人の様子を見て、息子は「あ、これは妹連れて退散しなきゃな」と思った。
この私が、まともな男女の恋愛を書くと思ったら間違いです!!(へけーー!!)