喫茶店の日常-恋する後輩-
「先輩、聞いてくださいよ~」
ギャルソン姿の青年を座ったまま見上げる少女。
「聞かない。迷惑だ。それに……どうでもいい?」
少女の言葉を叩ききっておきながら、最後は意地悪な視線と言い方で締めくくる。
「!っつ、ひどい。そんな風に思われてたなんてっ!ショックです~」
少女はあからさまな泣き真似とともにテーブルに沈んでいった。
「勝手に沈んでろ。だいたい毎度毎度、狙ったようにバイト先に現われるな。迷惑だ」
「お客さん多くないんだから、いいじゃないですか。喫茶店なんだからお客様と会話で和むのも醍醐味ですよ」
「何の醍醐味だ?」
青年の呟きを『興味を示した』と受け取った少女が再生し始める。
「で、それでですね」
「御注文は?」
「ほえ?」
口を開くタイミングにあわせて、すかさず決まり文句を入れられ、少女の思考が一時停止。おかしな声が出た。
「御注文は?」
「む~。切り上げる気ですね。負けませんよ」
「いや、勝負じゃないから」
「勝ってみせますよ?」
「だから、意味がわからない」
「先輩のためにわざわざ反対方向まで来たのに。駅の構内逆走ですよ。逆走!恥ずかしかった」
「いや、いるから、普通に」
「それに、ですよ。こんなに悩めるかわいい後輩を見捨てるなんて先輩失格です」
「は?いや、これバイトだから」
「先輩はこんっなにかわいい後輩を見ても、ときめかないんですか」
「?」
青年は危険を察知した。
なんか問題が摩り替わってきている気がする。
マスター、ヘルプ。
……って、あからさまに無視しないでくださいよ!
「先輩、最寄り駅から反対の列車に乗ってやってきた私に対して冷たくないですか」
「あ、あのさ」
「はい?」
「言いたいことがあるなら先に言ってくれないかな。とりあえず、他のお客様も待ってるから」
「誰もいないじゃないですか」
一瞬の静寂。懐かしの音楽だけがかすかに聞こえた。
「……。とにかく、言いたいことが何なのか。はっきりしてくれないと、先輩としても何を話せばいいかわからないんだよ。それに、学校も同じなんだから学校で話してくれると嬉しいな」
「いやです」
「学校で先輩なんかと話したら、学校中の噂の標的になってしまいます。そして、あることないことばら撒かれ……。私と先輩の秘密の時間も奪われてしまいます」
「今でも充分堂々としていると思うけどな」
「ということですから、先輩。話し相手してくださいね」
「だから、ここはそういう所じゃないんだって」
溜息をつく青年の手元に何か硬くて冷たいものがあたった。
「何?」
「注文。取りに来たんでしょ?」
あたったのは空調でひんやりとしたメニュー表だった。
「あ、ああ」
「これと、これ」
「いつも注文違うんだね」
「全部試してみたいから」
「そっか」
少女の答えに青年は少し嬉しくなった。
「マスター、オーダー入ります」
カウンターに戻った青年を見つめながら、注文したものを待つ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
丁寧に置かれたグラスを、丁寧に受け取る。
少女の席を離れ、働く青年の姿を追いながら、少女はひとり呟いた。
「だって、先輩のいるお店だもん。先輩って、鈍すぎるよね。学校じゃ、話す隙なんて全然ないのに。女の子の憧れだってこと、全然わかってない」
「う、苦い。砂糖、砂糖」
何も入れずに一口含んだコーヒーの濃さに驚かされ、慌ててシュガーポットを探した。
恋愛未満の二人の会話でした。
突発なので、続きはありません。