欠けたオルゴール
私の部屋にあるオルゴールの音色を聴いていた彼が、首をかしげた。
「これ、ときどき音が飛ぶね」
「うん」
オルゴールの演奏に合わせて回転しているガラスのウサギを見ながら、私は頷いた。私の隣で胡坐をかいている彼が、勿体ないなと呟く。
「壊れたのか」
「ううん。そのオルゴールは、初めから壊れていたの」
オルゴールを眺めていた彼が、こちらを向いた。音飛びしながらも演奏を続けていたオルゴールが、空気を読んだかのようにぴたりと止まった。
「初めから? 欠陥品だったのか?」
「……そういうことになるわね」
彼は目の前にあるオルゴールをもう一度見てから、腕を組んだ。
「返品しなかったのか?」
「だって、壊れているって知ったうえで買ったんだもの」
彼は眉をひそめる。欠陥品を買うなんて、変なやつだと思われただろうか。
そのオルゴールを発見した時、素直に綺麗だと思った。似ているようで微妙に形が違うガラス細工は、見ているだけでも面白い。ウサギのガラス細工つきのオルゴールは何点かあったけれど、この子が一番綺麗だな、と思った。
けれど音を鳴らしてみたら、欠陥品だということがすぐに分かった。どうしてそうなったのかは知らないけれど、何箇所か音が飛んでいる。普通ならば、廃棄されるような代物だろう。
私はそのオルゴールを棚に戻し、けれどもまたすぐに手を伸ばした。欠陥品だけれど、何故か惹かれるものがあった。
欠陥品だから、惹かれたのかもしれない。
「――だけどこれ、なんか愛着がわくな」
彼は止まったオルゴールを手に取ると、台座の下にある回転キーを回した。プツプツと途切れるメロディーとともに、再びウサギが回りだす。
彼は、オルゴールにあわせて歌い始めた。
「音が飛んでるから、そこを歌ってあげたくなるというか」
彼は笑いながら歌う。彼の低い声はとても心地よくて、けれど残念なくらい音痴だった。
彼の声に、か細いソプラノを乗せる。彼が歌いながら、こちらに顔を向けた。
「……一緒に歌いたくなったの」
私が呟くと、彼は目を細めて頷いた。
もう一度、オルゴールにあわせて二人で歌い始める。
私がこのオルゴールに惹かれたのはきっと、『欠けていた』から。
それはこのオルゴールだけじゃなくて、私も。
一緒に歌っている、彼も。
何かが欠けていて、どこか不完全で、――だから、埋めたくなる。
低い声で歌っている彼と、目があった。
……同じことを考えていたんだろう。
私は歌うのをやめて、ゆっくりと目を閉じた。
時が止まったような空間の中で、欠けたオルゴールの音だけが、流れ続けていた。