1話その1
始業式が終わり、俺は妹と帰路に着いていた。
風に揺られた花びらが舞う桜並木の中、連れ添う妹は頬を軽く染めて、今日の学校での出来事を興奮気味に話す。話の切れ目でころころと変わる表情を、俺は相槌を打ちながら眺めていた。
肩の辺りで切り揃えた髪が、歩く動作に応じて顔の輪郭をなぞる。丸みを帯びたそのラインは、大きくてぱっちりとした目と、小ぶりな鼻、桃色の唇を囲っていた。そして、それらのパーツが保っている絶妙なバランスは、妹自身の感情の発露によって崩され、一コマごとに違った魅力を引き出してゆく。
入学初日にして着こなしてみせた制服と、気合の入った化粧により、今の妹を他人が見たとき真っ先に抱く感想は<綺麗>というものだろう。しかし素の印象が強い俺にとっては、それが背伸びしているようにしか見えなくて、妹がいつもより一層可愛く思えた。
「それで……って、どうしたの? お兄ちゃんの顔、にやにやしてる」
「いや、美奈は可愛いなあ、と思っていたらつい、な」
怪訝そうにこちらを覗き込んでくる妹に、にやけ顔を自覚しながら堂々と返す。我ながら大したシスコン発言だが、今さら隠す気もしない。
「……まったくもう、そんなだからどこに行ってもシスコン認定されるんだよ。分かってる?」
妹が眉根を下げて呟いた台詞に、俺はもちろん、と頷いた。困ったような顔をしても美奈が可愛いことなど、承知の上だ。
「だって俺は、シスコンである自分に誇りを持っているんだぞ。分かってやっているんだ」
胸を張りながら冗談交じりに、美奈がブラコンだったら両思いなんだがなあ、と付け加えて、笑い飛ばした。
そうして数歩――ふと、隣が空席になる。
振り返れば、妹は俯いて立ち止まっていた。
それは『お兄ちゃんって本当に兄馬鹿なんだから!』なんて反応を期待していた俺には予想外で、少しからかい過ぎたかと焦りながらも、どうした、と声をかける。
答えは沈黙。
先ほどより開いた俺たちの間を、風が花びらと共に駆け抜けていく。重苦しい雰囲気ではないのになぜか嫌な予感がして、背筋がすっと冷えた。
「お兄ちゃんに、伝えたいことがあるの」
耐えかねて再び口を開く前に、妹が顔を上げる。
覚悟を乗せた声。決意に満ちた表情。どこかで見覚えのある、妹以外の誰かと重なる瞳。
ドクン。
心臓が跳ねたと同時に、鮮やかだった世界が色あせていく。自分と妹を、残して。
「……なにを」
波打つ鼓動を気取られないように、無理やり押し殺した声で、それだけを口にする。
促してはならないはずだった。しかし、妹に限ってそんなことはないと信じたくて、美奈の真摯な態度を無視することは出来なくて、結局、そうするしかなかったのだ。
小さく首肯した妹。その視線は、顔を上げたときからずっと俺に向けられている。
だが、本質的には違うのだと、双眸の深遠には俺ではない何かを映しているのだと、他ならぬ自分自身の記憶が告げていた。
――なあ、おまえは一体何を見ている? 誰を、見ているんだ?
俺が口を開く前に、またしても妹が先手を取った。
「わたしね、ずっと前から好きだったんだ……お兄ちゃんの……親友の、司さんのこと」
――だから、両思いにはなれない。
俺には、そう聞こえた。